第13話 情報
夜の教会の世界の眼に人影が二つ映る。二人は腰の小さなランプに灯りをともす。そして真っすぐに壁へと向かう。
「ここだ、ハクウ。ここにその印がある。」
「これは、社章ですね。この刻印であればもしかすると。少し力を使います。」
「わかった。」
そういって男は手首を抑える。少女が壁に手を付いて少しすると淡く光り、青い光が壁に伝わって印となる。次の瞬間、彼らの足元から音が鳴る。
「なんだ?」
「入り口は足元のようですね、どきましょう。」
その場所からどいてしばらくすると床が動き階段が現れた。その先は灯りが灯っているいるのであろう、ほのかな明るさが壁に写る。
「これは。」
「機能は生きているようです。応答速度からこの場所は独立した端末により機能していると考えられます。」
男はあまり要領を得ない顔をする。少女は悲しそうに階段を見つめる。二人は味気ない灰色の壁を手で触りながら階段を下ると小さな部屋に出た。
質素な棚がいくつかあり、その中には青いファイルとタブレット端末の二種類が棚に並べられていた。少女は先に端末を手に取った。
「それは?」
「端末です。先ほどの操作端末とはまた別の機能を持つ物です。恐らくこの中に何十冊と本が入っています。電源が壊れている可能性が高いですが奇跡を使えば少しだけ動かす事ができるかもしれません。試してみてもよろしいでしょうか。」
「たのむ。最近は先ほどの階段を出した程度の力であれば痛みも感じなくなった。きついのでなければ許可を取らずに使ってくれて構わない。」
「…わかりました。」
そういって少女はいくつかある端末を確認する。男は青いファイルを手に取る。プラスチックの肌触りに怪訝な顔をしながらも中を流し読みしていく。
読み終わった端から鞄に詰めようとするが、思いのほか量が多い事からすべてを持ち帰る術もない。いくらか選別を初め、中に描かれている図で判断する。
「確認しました。」
半刻ほどたった時少女はそう言って一つの端末を持ちながらつぶやいた。男は少女の方を向く。
「今から言う背表紙の本を手に取ってください。バッテリー、ええと、この端末は力を使いながらでないと本が観覧できないので、紙の物を取っておきましょう。」
「わかった。」
「それでは、」
そういって少女は2つの題名を言い、そのあと自らも探し始めた。一人二冊、計四冊の本と一つの端末をファイルとは別に鞄に入れ、部屋を出た。
「では、閉じます。」
「ああ。」
階段を再度閉じるために力を使い、光る手首を男はさする。痛む様子は見受けられない。
さする手からこぼれる光が二人の顔を微かに灯す。男は小さな、少女は大きな違和感を抱えた顔が、古ぼけた教会の象徴に映った。
「あったのか、マビダ。」
「ああ、恐らくは。」
俺はランズの顔を見て一息ついた。ハクウと共に息を切らせて宿に戻ってきた。意外と早く済んだ上、その帰り道に襲われる事も、追われる事もなく戻れた。
しかし今も手が少し震えている。ある意味では盗みを行った故の罪悪感からだろうか。
「そうか…。」
ランズはもしもの時に構えていたのだろう、我々が壁を越えてきた時につけていた白い義足で立っていた。ランズの顔がこの時少し悲しそうだったのは何となくこの後の事を感づいていたからなのだろうか。
「なら、少し休みなさい。まだしばらくいるのだろう?」
「ああ、すまない。」
「こちらのほうも、用意せねばな…。」
そう言ってランズは自室に歩いて行った。結局その日は緊張が残り、夜が白むまで眠れず時間潰しに持ってきた青い本を読んでみたが、内容は頭に入ってこなかった。
それから三日間ハクウと共に持ち帰った本を調べた結果、天輪を取ったまま寿命を延ばすという術は見つからなかったが、天輪を元に戻す方法を見つけた。
特殊な液体に痣を浸けると痣が天輪に戻り、外す事が出来るらしい。問題はその液体の在りかであったが、今は作る事が出来ない物らしく遺跡から使えるものを探し出すしかない。
手詰まりかと思いきや、ハクウはそれがある可能性が高い場所を探し出した。彼女はあの板の用な端末を見ながら座標がどうとか言っていたが、彼女が何故わかったのかはよく理解できなかった。そして最後の問題はその場所が教会が定める禁忌の場所である事だ。
「ここか…。」
端末に入っていた地図は今の地形とかけ離れていたが、一部の地名や名が同じ山々であったため、それらの位置を合わせた結果、指し示す場所は禁忌と記された砂漠であった。
そもそもここからかなり移動距離があり、道中に人の住む場所は無い。行くのは難しい場所だと思っていると、ランズが言うにはなんと手だてがあると言う。その付近に住む遊牧民がいる為、そこから向かえば移動出来る距離になると言う。しかし遊牧民の間でもそこは禁忌の地と呼ばれていたとの事だ。
「ここへ行く道中に住む遊牧民族と過去に取引をした事がある。彼らは教会とのかかわりが無いがここへ行く事は禁じられていると言っていた。通行を妨げる事はしないようだが、そちらへ向かった者は二度と戻る事がないらしい。」
過去の取引の後にこの先へと行こうとした所で止められたそうだ。だが、我々の立場からすればその解答は逆に信ぴょう性がある。
「本当にいくのか?戻ってこれないかもしれないぞ。」
「ああ。手がかりがある以上足を止める事はできない。」
「その意味が分かっているのか?」
「解っている。」
「ハクウ、君もそれを望んでいるのか。わしは天使の事が嫌いだったが君の事は好きだ。そのままでいてくれないか。」
「私は…わかりません。恐らくすぐに死ぬという事はないと思いますが。」
「だが天輪が外れてどれくらい生きれるかが不明だ。彼女の事を考えた場合、それは必要な事だと思う。」
「そうか…。」
ランズは悲しそうな顔でそうつぶやくと、すぐに鋭い目つきに戻った。
「わかった。出発はどうする?」
「用意が出来次第すぐに出るつもりだ。」
教会の捜査が未だないのも不気味だ。本来ならば一刻も早く出た方が良いはずだ。
「マビダ、あと十日間待ってくれないか。そうしたら遊牧民の場所までは送ろう。」
俺はその一言に驚いた。ありがたい事ではあるがここまで助けてもらっている身である。それに何より。
「それはありがたいですが、教会の捜査が来てしまうかもしれません。」
俺が言おうとしていた事をハクウが言ってくれた。最近部屋にこもっていたため状況はわからないが危険であるはずだ。
「いや、確認を取ったが厳戒態勢は二日前から解除されているようだ。あの騒動はなかった事にするらしい。」
教会は事を荒立てない事にしたのだろうか。堕天した天使を逃す、というのは教会にとってあってはならぬ事だろう。
教会側も総本山であの騒動、更に実害が無い事から大々的に動く事はできないと考えれば理解はしやすい。だがそれはこちらに都合が良すぎる考え故、楽な思考に流されるというのはいかがなものか。
「検問の方は未だ厳しい為、中央に入る事は変わらず難しいだろう。だが目立たずに残る事ならば容易だと思う。それに向かう場所から用意も必要だろう。十日という日数は悪くないと思うが。」
こちらとて、送ってもらう事に越したはない。だがあまりにも恩を受けすぎている。回答に一寸迷った所でランズが更に話を続けた。
「マビダ、すまんがついてきちゃくれないか。」
急な話で面を食らったがランズの目を見ると強い決意が見て取れた。俺はため息をかみしめ、少し頷いてついていく。
「ハクウ、すまないが君はここで少し待っていてくれ。」
「はい。」
ハクウの声が背中から聞こえた。彼女に立ち上がる素振りがなかったのは彼の呼びかけの意味が解っているからなのだろうか。俺はランズの後ろについていく。
ランズも最近は車いすでなく義足をつけている事が多くなった。足先に目をやると少し泥がついている。先日は雨だったからだろうか。我々の知らぬ所で情報を集めてくれているのだろう。
「恐らくハクウが元に戻ったら、お前を殺すだろう。」
「…ああ。」
皆言わなかったが、その確率が一番高い。最良であれば今の人格を維持し、天輪がある状態になれば良いが、天輪を戻した時の情報は今回も得られていない。だが、自分はそのつもりで行動をしていた。
「だがな、わしはお前に死んでほしくない。生き残ってほしい。」
そういってあまり近寄るなと言われた扉の前に行くとランズは鍵を開けた。開いた扉の先は長い階段であった。ランズは壁のスイッチを押すと灯りがつき、そのまま先に進んだ。
ついて行くと鉄扉があり、その扉の鍵を開け部屋の灯りをつけた。部屋は地下にしては異常に広く長く、机で隔てた先には穴だらけの人形が置いてあった。そしてランズは棚から一つ、片手で納まる折れ曲がった鉄で出来たものを取り出した。
「これは?」
「銃だ。使った事はあるか。」
「いや、ない。」
ガンズとの闘いの前に銃を使うかと言われたが慣れぬ物はやめておこうと断ったために見るのは初めてだ。こんなに小さい物もあるのか。
「そうか。大きさと発射機構は違えど弾丸を飛ばすという点についてはガンズの腕についていたものと同じだ。基本的な銃器がここにある。練習をして、使えるようにしておいた方が良い。」
「これは、しかしそこまでしてもらうには。」
「いいんだ。どのみち中央教会の戦争のために用意した、今は余りものだ。」
そういってランズは銃を分解し、まずは構造から教えてくれた。その後に耳当てを渡され、いくつかの種類を撃ってみた。何丁か撃った後、ランズが俺の肩を叩いたので俺は耳当てを取った。
「本当に、行く意味は分かっているんだな。」
銃を説明する前に比べ顔色が曇っていた。俺は目をそらし少し考える。だが、答えは変わらない。
「ああ。」
「殺されるとしてもか。」
「…ああ。」
必ずしもあの状態に戻るとは限らない。今のまま、そのままに戻る可能性もあるかもしれない。なぜならその部分の情報を確認できなかったからだ。故に可能性はある。だが、まず一番に考える可能性は天輪をハクウに返してすぐ、あの無機質な表情で異端者の俺を殺す事だろう。
「そこまでする理由があるのか。」
「俺がやりたいという事もあるんだが、それと同時になぜか漠然とその方が正しい、と思う気持ちもある。だがそれ以上に何よりも。」
「なんだ。」
「それをやらない理由がないんだ。」
「…どういう意味だ?」
俺は思い出すようにランズに今までの道程を話した。家族を失い、自暴自棄で神を恨み飛び出し、ハクウを攻撃し、ハクウと逃げ落ち、機械の町をへて今の状況となった。
結局の所、今の家族と言えるような存在はハクウだけであり、そうしてしまった負い目もある。そしてそれが原因で彼女が弱り死にゆくのであれば、治すために自分が死んでもまるで構わなく、彼女が助かるならば生きるのをあきらめられるほどに先が何もないのだ。
「そうか、それは、すまなかった。」
「構わない。説得してくれるのはありがたい事だ。」
「それもあるが、ガンズの無力化だ。」
「いや、あれは俺がやらなければいけなかった。後悔がなかった訳ではないが。だが、あれでよかったんだろう。」
「ならばマビダ。君も変われないのか、我々の町で暮らそうじゃないか。ガンズのように血がつながらなくとも家族のように。」
「ハクウを踏み台にしてそれはできない。それじゃあ、俺が恨んだ神の様じゃないか。いや、家族の死に目に会えなかったのは神のせいですらない。俺の判断だ。だから今回は自分自身ができる事をやるのさ。他に頼らず悔いを残さないために。」
俺の回答を聞きランズはうつむいた。彼も天使と戦い、子を失ったと聞いている。悔いはどうしてもあるのだろう。それを残さずに生きる術があるのであれば、それに命をかける必要があるのならば、恐らく彼も。そして俺に向き直るランズの眼は真っすぐに俺を見ていた。
「そうか、ならばもう何も言うまい。だがわしの望みはマビダ、ハクウ、二人が戻ってくる事だ。それに対しての協力はさせてくれ。」
「すまない、ありがとう。」
そういって銃を撃つ練習をした、連発式の物も試したが、いずれも的にうまく当てることができなかった。それから四日間、様々な銃を撃ったが目に見える上達はなかった。五日目はガンズが来た。
「ようマビダ!久しぶりだな!また無茶しに行くって聞いたから挨拶にきたぜ!」
「ああ、ガンズ、久しぶりだな。まあ、必要な事なんだよ。」
宿の一階で話をする。三人座れる椅子をほぼ一人で使うほどの相変わらずの巨体だった。暖かいここで長袖を着ているが、鉄の腕を隠すためなのだろう。
「相変わらず声がでかいな、ガンズ。すまないが今回は持ってきてもらったもののすり合わせを頼む。」
一瞬、ガンズの表情が変わるがすぐに戻る。そして立ち上がった。
「ああ、んじゃあさっそくいこうか。午後には少し用があるんでね、すり合わせ程度はしておこうか。」
そういって机の上に置いてあった袋を持ち上げて俺の肩を抱えて地下へ向かって歩き始めた。
「ハクウ、君はこちらを手伝ってくれないか。」
「はい。」
背中でハクウの声がした。
「しかし、何をしに行くってんだ、銃の選定とそれに合わせた武器や道具を持ってきてくれと言われたが。今更一人で教会に喧嘩売るってのは無しだぜ。」
窮屈そうに地下へ行く階段をおりながらガンズは言う。
「相手はまだ決まってないさ。だが、もしかするとハクウと殺しあう。」
一瞬で空気が変わる。
「どういう意味だ。」
「ハクウに天輪を戻す。今のままだと寿命が縮むんだそうだ。」
「おまえ。いや、いいか。ランズが連絡をよこしたんだ、あいつが説得した上なんだろ?」
「ああ。」
「まあ後で詳しく聞かせてくれ。今は道具を合わせるとするか。」
そういってガンズは射撃場の扉を開け中に入り、俺も続いた。
「とりあえずだ、銃は持っていくとして剣は使うか?」
「ああ、いくらか撃たせてもらったが、あまりうまくはならなくてな。やはり手慣れたものは持っておきたい。」
「ならばコイツは必要だな、汎用可変鞘だ。銃を片手で持った状態でも抜刀、納刀がしやすいように鞘の半分が割れて剣が抜ける。納刀に癖があるが、慣れればどこからでも剣が入れられる。一応、ある程度剣の形が変わっても使用可能だ。あと刃がつぶれた時の為に鞘の口に砥石を仕込んである。片刃だけだが出先でも多少は砥げるぞ。」
「そんなものがあるのか。それも遺跡からなのか?」
「いや、コイツはあつらえた。ランズの孫が渡してきたぜ、もしかしたら、あいつらはこうなる事がわかっていたのかもしれん。」
「そうか、礼をいわなければな。」
「ああ、とっとと終わらして言いに行ってやれよ。」
そういってガンズは大声で笑う。俺もつられて笑ってしまった。
「銃はどうする?というか、どこで使う。」
「ああ、ここから北東に行った先の砂漠だ。遊牧民族が近くに住むという。そこの禁忌の場所らしい。」
「あそこか!それなら自動式は駄目だ。回転式のコイツにしろ。」
そういってガンズは乱雑に1丁の銃を机に投げた。
「なぜこの銃なんだ?この銃は持ち手が大きく引き金が遠くて撃ちにくいのだが。」
ガンズの選んだ銃は打つと弾倉部が回転し、次の弾を装填するものだった。自分はこの銃は引き金が重く、持ち手と引き金の距離が離れている事から撃ち難くあまり練習しなかった銃だ。更に弾を弾倉に一発ずつ込めなければならず給弾がやりにくい。
「自動式は摺動部に砂が噛んじまうと薬莢をうまく出せなくて詰まって動かなくなっちまう。だがコイツは機構が単純だ。弾の装填もやりづらく排莢も手動で使いにくいが、確実に動作する。」
「そうなのか…。」
確かにいろんな銃を見ている時に仕組みを教わったが金属がこすれあう部分も多くあった。あそこに砂が入ると銃には厳しいだろう。
「ランズは銃に関しちゃ使うの専門な部分があるからな、とりあえず使いやすい物をと思って一通り触らせたんだろうが、教会とやり合ってた時にあいつの銃の面倒を見ていたのは俺だからな。それで今回呼んだんだろう。確かに回転式は装填数も少ないし給弾も手間だから戦闘じゃあ他に劣る。だがお前は剣主体で銃はおまけみたいにやるんだろう。撃ち切ったら投げ捨てちまいな。どのみちハクウは真正面から俺の弾を受け止めたんだ、ここら辺にある銃じゃあの光の盾は貫けねえよ。」
「わかった。ならば回転式で練習しよう。」
「だが持ち手が合わないのは良くないな、いくらか削って合わせておくぜ。後はこの籠手もちょっと着けてみてくれ。」
「これは?」
「ランズ指示の耐熱合金の籠手だ。申し訳程度の大きさだが盾もついている。」
片手だけだが金属でできた立派な籠手で腕部分に小さな円盾がついている。だが持ってみると見た目より軽い。
「うちの倉庫に眠ってたやつを掘り起こしたんだ。それをランズに依頼された内容でいじって、一部を軽金属に変えて軽くしてある。なんでもその盾部なら、もしかすると天使の攻撃を防げるかもしれないんだと。昔二人で教会と戦争の準備をしていた名残だ。」
「どうやってつけるんだ?」
「肘の丸のところを押し付けるようにしてみろ。」
半信半疑で押し付けるとバチンという音とともに内側が回転し、はまった。
「あの荒野でそれをつけっぱなしは厳しいからいざって時以外は外しておきな。試作品なもんだからで前腕分しかないがね。」
「ああ、すごいよ、ありがとう。」
「ただ腕周長があってないだろう。今晩そいつの調整をやろう。それに銃鞘の取り付けと調整が必要だ。そいつも合わせてやろうか。」
「ああ、わかった。」
それから回転式の銃の練習を行った。それもただ撃つのではなく、左手の片手撃ちでだ。前よりも難しい撃ち方で当てる事は更に難しいがそれでも剣主体で戦うならばこれしかない。
それにハクウを堕天させた時、彼女が受けていた傷は裂傷がほとんどだった。天使は岩肌を抉る射撃武器を持っている以上、近接戦闘が唯一の勝機なのだろう。
だが戦う事にならなければそれが最良だし、そして戦う事になっても俺に戦う理由はほとんどない。だがなぜか練習の手を止める事は出来なかった。
耳当てを取り銃声の耳鳴りに少しずつ慣れてきた次の日に、居間に置いてあった袋の中に見慣れぬ剣がはみ出ていた。
不意に興味が出て引き出してみる。明らかに今までの剣と形状が違う。後ろから大きな足音が聞こえる。ガンズだろう。
「うん、どうしたマビダ。」
「ああ、少しこの剣が気になって。」
「あん?なんだそりゃ。曲がってるじゃねぇか。」
「これはガンズの持ってきた荷物じゃないのか?昨日はここに置いてなかったぞ。」
「ああ、その袋は俺が持ってきたもんだが、その剣は覚えがねえ。まあ急ぎでかき集めてきたもんだから中身も覚えちゃいないがな。」
「どうした、二人して。」
ランズが静かに入ってきた。今日も義足をつけているようだ。
「ん?ああ、この剣をマビダが気に入ったらしくてな。」
「いや、まあ気になっただけなのだが。」
「それは、カタナか。珍しいな、倉庫にあったのか?」
「さあ、覚えてねえや、カタナってのはなんなんだ?」
「普通の剣と比べ切れ味が良いそうだ。恐らくその少し曲がった形状故なのだろうが詳しい事はよくわからん。たまに遺跡から出てくるが、それはずいぶんと状態が良いな。」
「遺跡からという事は白鉄製か?」
以前白鉄製の短剣を値段が理由で買いそびれた事もあり、白鉄製には少し憧れがある。
「いや、刀は錆びているものもあった。恐らくは通常の鉄だろう。錆びてないものはいずれも油が塗ってあった。それで錆びを防いでいたのだろう。」
「まあ、いいんじゃねぇか?気に入ったものを担いでいきな。武器ってもんは使い勝手も大事だが、それを抱いて死ねるような、気分を奮い立たせるもんがいい。」
試しにゆっくりと抜いてみる。
「持ち手と重心が普通の剣と異なるがいくらか素振りをすれば慣れそうだ。少し貸してくれないか。」
「ああ、わかった。後で鞘の方も合わせておくぜ。もともと幅広の剣を入れる余裕があったんだ、恐らくそいつも入るだろう。」
「その可変鞘だが調整のやり方を教えてもらってもいいか?細かい調節もできれば自分でやりたい。」
「ああ、いいぜ。大きな変更は工具がいるが微調整なら素手でできる。一通り教えてやるぜ。」
「あの、私も一緒にいいですか?」
その声に驚き全員が振り向く。おずおずと、だが進んでハクウがガンズに話しかけてきたのだ。
「お、おう。いいぜ、教えるぜ。」
ガンズも今まで避けられていたのを自覚していたので驚き半分、戸惑い半分であった。
そういって二人で鞘の説明をうけるが、どちらかというと俺よりもハクウの方が理解が早かった。俺は基本的な事だけ学び、ハクウは大体の構造と調整法を理解した所でガンズと別れた。
俺はその夜にカタナの素振りを行った。重心の違和感は数十回振った辺りで消えて、妙に手になじむ。
しかし、いくらカタナを振っても自身の迷いは断ち切れず、空だけが虚しく切れていくだけであった。
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