第10話 調べもの
馬車が揺れる。崖のようなつづら折りを下って。
「あれか・・・。」
日が赤みを帯びる中、男の目線の先にある山のような中央教会はどこまでも影が伸びる。教会を山頂としてその中腹に家々が、その下の端には濁りのような下町が見える。
「もうすぐですか。」
「まだしばらくかかるだろう。着くのは日暮れのようだ。」
「そうですか・・・。」
そういって少女は壁にもたれかかる。それもつかの間で、馬車がまた揺れ始めて背中と翼を何度か打ち付けてすぐに背を丸めた。
二人の間にはたくさんの工業品と、それを隠すように藁が積まれている。男が口を押えながらもう一度教会を見つめる様を道の端の世界の眼は映し続けていた。
馬車の揺れに耐えていると少しづつ揺れが少なくなっていく。外を見直すと暗くなっており、辺りは良く見えなかった。しかしそれも徐々に人の声が聞こえはじめるとぽつぽつと灯りが見え騒がしくなっていく。
話に聞いた中央教会の外側に入ったのだろう。とはいえ、このうす暗さで馬車の中が見えないのはありがたいかもしれない。そしてゆっくりと馬車は止まった。
「ついたぞ、教会の検問だ。降りて昨日話した神父の検問を受けてくれ。」
「わかった。」
そういって俺は荷台から降りた。靴や服に結構な藁が付いてしまったので手で払い、ハクウが荷台から降りる手助けをする。
昨日ハクウは馬車への乗り継ぎで態勢を崩して思わず翼を広げてしまった。あの時は山の中で内輪だけだったので助かったが、町中でやるわけにはいかない。
「ありがとうございます。」
「それじゃあ行くぞ。」
「わかりました。」
外套が広がる様子もなくハクウは荷台から降り、服を手で払った。背中にも付いていたのでそれを払う。薄暗い中である程度お互いで見栄えを確認したら、第一の関門へと向かう。
[中央教会へは通行許可証がいる。こいつをどうするかだな。]
ガンズの言葉を思い出す。積み荷は賄賂を払い通してもらえるが、人となると管理が別であり、別途許可証が必要なのだそうだ。
[正規での発行は基本的にやっちゃあいねえし、偽造もうまくいった話をとんと聞かねえ。何を見てるか分からねえが、一発で見抜いちまうんだ。]
[許可証の確認は時間がかかるのか?]
[いや、神父の方の判断自体は早い。恐らく割と流れ作業だ。]
昔、父に連れられて中央教会に行った事を思い出す。そういえばその時に、父は神父の証を出していた。
そして確かこの証を受け取った時も、中央教会へ出向く際に持つ必要があると伝えられていた。
自分の神父の証を再度確認する。俺は村を飛び出した時に自分の神父の証を持ってきていた。教会に置き忘れた程度のものだが、まさかこれを使う事になるとは思わなかった。
確認した証を懐に戻す。村の象徴を破壊した手前、指名手配されているだろうが簡易的な検査であれば通れるのではないだろうか。先ほど懐に入れたばかりだが逆に落としたりしてないかと、検問に行く前に入れた場所を軽く叩き証の有無を確認する。
これも機械の町を出てから五回目の確認だ。よしと小さくつぶやくと、行く先から声がした。
「ありゃあ駄目だ。もう検問は閉まってるわ。」
載せてくれた男がそう言った。予定では検問が開いている時間に到着する予定だった。だが遅れた原因はわかっている。
「すまない。」
「いや、いいさ。車酔いはしょうがないさ。特にあの馬車の荷台は人が乗るように作っていないしな。」
今回は車と馬車を乗り継いでここまで来た。途中まで車で進むが機械に乗って教会に行く訳にはいかないので山の中で馬車に乗り換えるのだが、道中のつづら折りの下りで完全に気持ち悪くなってしまった。
馬車の荷台には子供の頃に乗った事もあり、そこまで苦手という意識は無かったが、今回の道が最悪だった。そのために運転手が見かねて速度を落としてくれたのだ。
「とはいえ積み荷が多かったから馬車への積み込みの時点で少し遅れ気味だったんだ。速度を落とさなくても間に合わなかったかもな。とりあえず今晩は休もう、ついてきてくれ。」
そういって男は案内してくれた。下町も壁際の方は綺麗な宿があり、場所によっては舗装までされていた。
「ここから下の方には行くなよ、下町は治安が悪い。教会にあやかろうとして来たはいいが、門前払いを食らってはじかれた連中だ。教会を恨んでいるが、離れられないのさ。」
そう言って男は通りを行く。
「ここも一応門の外だがこの周辺だけは治安が確保されている。今日の宿は元機械の町の人間でな、ランズの言伝でいくらでも泊まっていいそうだ。教会の中に入っている宿もいくらかツテはある。」
そういって三人で宿に入る。荷物の積み込みを行っていた人々は既に着いており、窓の外に乗ってきた馬車がある。受付に名を名乗ると二つ返事で部屋まで案内してくれた。
翌朝早々に検問へ向かう。人がごった返しており、辺りを見回すと警備の騎士が声を上げて指示をしている。不意に肩を叩かれて振り返ると馬車の運転手がいた。
「交易と教会関係者では間口が違うはずだ、昨日検問の話をしたが、神父の証を使うとなると我々とは勝手が違うだろう。それと中に入った後の話だが地図のここが昨日話した宿だ。中に入ったら直ぐ向かった方が良い。うちらは荷物の受け渡しだけで中に入る事はできない。交渉が終わったらすぐに町へと戻る。頑張ってくれ。」
分かったと答えた後、男と握手をかわす。特に名乗る事もなかったが彼も戦争回避に喜ぶ一人であり、道中とても親切にしてくれた。
結局の所、こうやって交易をして教会側の人と交われば、お互い普通の人である事がわかるのだろう。彼と別れて言われた間口を探す。しかし中は広く、人が多い。子供の頃の記憶とも違う配置に戸惑っていると一人の騎士と目が合い、声をかけられる。
「あなたはこの町の人ですか?」
「いいえ、遠く離れた村の神父です。巡礼と、ここの書物庫を見たいと思いまして。」
「そうですか、先ほどの方は?」
「彼らは道中で仲良くなって馬車に乗せてくれたのです。」
ここも昨日彼らと話をした内容で、偶然知り合った事を装えとの事だ。
「気を付けてください。彼らは機械の町の商人です。戦争を起こした方達だ。何をされるかわかりません。」
その言葉に怒りを覚えたが腹に言葉を押し込む。
「そうですか、気を付けます。」
「それでは、神父の方はこちらになります。」
騎士の指さす方向に向かうと緑色の扉があった。他の検問よりも人がまばらで待つ人はいなかった為、すぐに中に入れた。中に入ると鉄格子の中に一人の男がいた。
「証を。」
緊張の一瞬である。それを悟られないよう取り出し、渡す。男は受け取った証を確認し始めた。その様子は話と違い、何かと照らし合わせてしっかりと確認しているようだ。
ここは簡易だと聞いていたがまずい。村を出た後に神父の証を取り消すような申請をされた可能性が高い。息を飲み、駄目だった時の脱出口を探して周りを確認する。
ハクウの方を振り向くと入ってきた入り口に騎士が付いていた。更に鼓動は速くなるがそれでもハクウに逃げる用意の合図を送る。彼女の外套がわずかに動いた。その解答を確認し腰の武器に手をかけようとしたその時、パチッと音を鳴らして神父の証が机の上に返ってきた。
「では、あちらへ。」
鉄格子の中の男はそう言いつつこちらに目で先に向かえと頭を動かす。これは、問題なかったのか。唾を飲み込み言われるままに先の扉を開けると騎士がいた。ばれたのか、再度筋肉が強張る。
「それでは、こちらにいらしてください。」
騎士の声に敵意は無い。無理矢理力を抜いてハクウに目配せしつつそのままついて行った。
「こちらにお願いします。」
騎士の後をついて行くとまた同じような緑の扉に案内された。おとなしく入ると騎士が一人、長机の横にいた。
「すいませんが荷物の確認と二人の顔を見せていただけませんか。」
ここで武器を手放した場合、もう逃げる事は出来ないだろうと一瞬迷ったが、ハクウの奇跡があれば突破できるかもしれない。
武器を取り外す一瞬だけ動きが緩慢になったのだが果たして怪しまれるのだろうか。俺は短剣と剣を机に置き、背中の荷物も机に置いた。その横でハクウは外套を頭から取った。
「これは・・・。」
「どうした、おお…。」
二人の騎士が声をあげる。何を驚いているのだろうか。
「非常に美しい方ですね、関係は。」
「いも」
「妻です。」
自分が言葉を言いかけた所にハクウは言葉をかぶせた。事前の話と違い驚いたがこの状況では合わせるしかない。
「はい、妻です。」
「どちらでお知り合いになりましたか。」
「同じ村の出身です。」
話を考えていなかったので適当な事を言う。
「そうですか・・・。それではどうぞ。ようこそ中央教会へ。」
その言葉を聞き無理矢理ではない正しい脱力が体を走る。
「ありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます。」
荷物をまとめ、二人で軽く礼をして部屋を出る。ハクウはすぐにまた顔を隠すように外套をかぶる。
送ってくれた運び屋達はどうなのかと見回すとまだ検問の入り口の方で話している。恐らくこの速度で検問が終わるから確認が少ないと思ったのだろう。
無事入れた安堵から声をかけようとしたが辺りにある柵や騎士が目に入り、誰にも分らぬほど小さく彼らに頭を下げて検問を去る。指示された宿に向かう途中でハクウにあの回答を聞く。
「なぜ妻と答えた?」
「ランズに聞いたのですが、この町では天使を見ている人が多い為か天使の顔が最も美しいという価値観だそうです。妹では手間が増えるとおっしゃっていました。」
もともと天使の顔だちは美しいものだが、中央教会ではその考えが更に強くなるのだろう。だが妻を名乗られた事で私の過去に無遠慮に入り込まれたような気がして、今になって不快感が出てくる。
そして何より妻が、家族がいない事を自然と受け入れている事が申し訳なくて悲しくなってしまった。
しかしあそこで色々と話が長引けばハクウの翼も見られたかもしれない。今回その解答で助かったのだろうが、出来れば事前に言ってほしかった。
「・・・そうか、わかった。」
「すいません。」
謝るハクウの顔はとても悲しそうだった。
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