第7話 選択
男は一人小さな路地を行く。見上げる建物は今までに無いほどに高く、狭い空には黒煙が薄く舞う。
男は少女の捜索を町長に頼みつつ、連れ去られた場所まで戻りその辺りを探したが、結局夕闇の中を独りで宿に向かう事となった。
しかしその足取りは力強い。今まで誰にも受け入れられないと思っていた行動に賛同者ができたのだ。暗闇の中で光を見つけたように安心と心強さを得た故なのだろう。
建物から出てきた少女の足取りはいつも通りだった。時折少し考えるそぶりもあったが、その目に迷いはなかった。
宿には先に男が入り、三十分後に少女が入っていく。その様子を街灯の隣の世界の眼が映し続けていた。
「ハクウ!大丈夫なのか。」
「マビダ!よかった。無事でしたか。」
明日どこを探しに行くかと考えていた所にハクウが帰ってきた。怪我もない様子から安堵したが、町長とハクウを利用する話をした手前、自身の行動の一貫性の無さに罪悪感を感じて少しだけ彼女から目を逸らす。
だが言いたい事が沢山ある今、すぐに彼女に向き直った。
「あの連れ去った奴らから抜け出せたのか?」
「ええ、彼らからは少し話をした後に開放されました。」
その話に違和感を感じつつも今、最も重要な話をする。
「俺はあの後この町の町長にあったんだ。それでこの町は中央教会に戦争を仕掛けるらしい。その際に協力を頼まれてな。金にもなる。今度二人で会いに行こう。」
その話をするとハクウは少し戸惑った後にこちらに向き直った。
「私はレジスタンスのリーダーに会いました。彼はその戦争を止めるために協力を求めていました。」
俺は出鼻をくじかれた気分になる。唸りつつも言葉を考えて、話す。
「お前は天使だから教会の肩を持つのもわかる。しかし、お前を操っていた相手だぞ、そんなに綺麗な存在じゃない。」
機械の町が戦争を起こしたという事が嘘である事をガンズから聞いて教会に不信感を感じたと同時に、旅立った理由も重ねて自身が願っている事を真実のように語ってしまう。
「それでもその戦争が新たな火種になるでしょう。天啓に影響する可能性もあります。そうなれば悲しむ人はとても多くなります。何が良くて、何が正しいかはわかりませんが、悲しむ人が多い事はよくない事だと思います。」
「わかった口を利くな!」
俺は思わず叫んだ。ハクウの肩が少し震える。自分の気持ちをないがしろにされている事もあるが、それ以上に他の人への影響は考えないようにしていた事だったからだ。
そして、それは何となく気が付いていた事でもあった。ハクウは目を下に向けるが、すぐにこちらを向き直り言葉を続ける。
「マビダ。私にはあなたがとても迷っているように見えます。山では生きる一心で悩みつつも進むあなたはとても強く見えましたが、今のあなたは誰かに肯定を求めるだけで頼りなく見えます。」
俺は近くの椅子に座りうなだれる。あれほど救われた気分になっていたが、たった一言で迷いが生まれて態度に滲み出たというのだろうか。それでも、俺にはガンズを肯定する理由がある。
「俺が旅をした理由は、まだ話していないよな。」
「はい。」
「俺は・・・。」
俺は村から出た時の話をした。自分が神父だった事、村に病気が蔓延した事、家族が病気にかかった事、沢山の人が天啓の治療法で治った事、家族が死んだ事、神を殺すと村を出て、町で傭兵になった事。
「俺は神を殺すために村を出たんだ。町から先は生きるために必死だったが、足がかりができた今この機を逃すわけにはいかない。」
自分に言い聞かせるように絞るような声で言う。
「お前に近づいたのも神の居場所を聞き出すのが目的だった。結果的に戦場でお前が子供を殺していた事に激高してこうなったが。」
そういってハクウをにらみつける。ハクウは目を逸らした。
「俺には戦争に賛同する理由がある。お前はどうなんだ。」
「私は…。」
私は言葉に詰まる。レジスタンスの意見に賛同したのはその方が良いと思った程度だった。
しかし戦う側にも思いはあり、理由がある。自分の良いと思う程度の理由に意味などあるのだろうか。
「そもそも神はどこにいるんだ。俺の家族を見捨て、お前に子供を殺させて、機械の町の人を殺した神なんて禄なものじゃあない。俺が殺してやる。お前は天使だ、居場所を知っているんだろう。」
「わかりません。」
「本当に知らないのか。本当に?」
「わからないんです。」
そういって私はうつむいてしまった。感情が混ざっていてよくわからないが、悲しくなり涙もでてきてしまう。前にいる彼は機嫌悪そうに舌を打つ。
「まあいい。とりあえず近日中に町長に会いに行くぞ。お前の顔を見たがっていた。」
「でも、そうしたら、みんな戦ってしまったら。」
「そのために今悲しんでいる者を置いていっていいのか。彼らの意志は捨てられていいのか。」
「でも、じゃあミズたちはどうなるんですか。故も知らない暴力を振るわれる教会の方たちはどうなのですか。」
「ミズとは誰だ。」
「レジスタンスのリーダーの、孫です。戦争になれば彼女もいかなければならない。彼女も町の決定であれば、それに従うと言っていました。」
「そうか…。」
「みんな、みんな守るものがあるんです。それを奪われたくないんです。」
「じゃあ!奪われたものは!守るものがなくなった者は!どうすればいいんだ!」
彼は大声で叫ぶ。今まで理性や考えでの会話なのだろうが、この言葉は彼の本心だろう。
「どうすればいい!」
見ると彼も泣いていた。そして泣きながら私に掴みかかる。私はどうしていいのかわからなくて立ちすくんでしまう。
「どうすればいいんだよ…。」
彼はそのまま崩れ落ちる。常に心の隅にあったのだろう。自分はどうすればいいのか。何もなくなって、飛び出して。そして神を殺すなど馬鹿げていると理解していたのだ。だけれども何もやらないでいられる程、失ったものは軽くなかったのだろう。
「それでも…。」
私は口を開く。
「それでも、守らなければいけません。そして、奪う側に回ってはいけません。」
私はそれでも自分の考えを、ただただ正しいと思ったことを言う。だがそれよりも彼がこの復讐を成し遂げたとして、それを喜ぶ姿が思いつかなった。
「でもそれじゃあ、失った者達があまりにも惨めじゃあないか…。」
もうマビダに先ほどの覇気はない。結局の所、彼もこの戦争の意味を判っているのだ。
「失う事がそんなに辛く感じるのなら、そんな方たちを増やしてしまうのはとても悲しい事だと思います。あなたがそんなにも恨むものにあなた自身がなるのなら、それはあなたにも辛い事だと思います。」
「俺は…。」
私には彼の体がひどく小さくなったように感じた。
「わかりました。先ほどレジスタンスの話をしましたが、私はあなたの意見を支持します。」
「それは、町長側に付くという事か?」
「私の意見はレジスタンス側です。しかし、最終的な判断はあなたに委ねます。そして私はどちらを選んでもあなたを支持します。」
「何故だ?」
「あなたが自身を惨めだというのであれば、せめて心の拠り所になりたいです。あなたはひどく孤独を抱えているように見えました。それに天使でない、ハクウとしての私は貴方と同じく何もありませんから。」
ハクウはそういってマビダの頭をなでる。子供を慰めるように。
「だから、二人で考えましょう。そして選びましょう。あなたの決断の責任を、半分私が持ちます。」
「…ありがとう、ありがとう。」
そういってマビダは泣いた。その時のマビダは町長と話した後よりもずっと表情が和らいでいた。
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