第6話 分断
黒煙が立ち上る町の中央で、男は大きな館の前にて嘔吐していた。その傍らには顔をしかめながら横目で見る男が立つ。
その脚は黒く光る機械で出来ていた。吐く男は先ほどまで抱えられたまま屋根を飛び跳ねた際の強烈な重力により胃が逆流したのだろう。男はひとしきり吐き終わったのか、口を腕で拭って立ち上がり周りを見始める。
その表情には明確な焦りが見て取れた。その様子を煤でくすんだ世界の眼が屋根から見続けていた。
肩に抱えられながら家以上の高さまで飛ばれたからか、先ほどまでハクウと一緒に食べていた物を一通り吐き出したようだ。吐しゃ物に見覚えがあった。
およそ生きてる上ではありえない体験、状況であったが、それにひるまずに俺を抱えていた男を見る。視線に気が付き男は気まずそうな顔をしていた。それに腹が立ち声を上げようとするが、またむせる。
「いや、すまなかった。あのままレジスタンスに君まで奪われるようではこちらも面目が立たなくてね、急いで連れてこさせてもらった。」
男の口調からは、申し訳なさと飽きれ半々での謝罪であろう。声を出す前に呼吸を確認する。
「一体何の用なんだ。レジスタンスとはなんだ!」
感情から思わず声を荒げる。
「まずは移動だ。町長がお待ちになっている。道中で背景から説明させてもらおう。ついてきてくれ。」
そういって背中を見せて歩き始める。その時ここから走って逃げようかと少し迷う。
「あと逃げても無駄だという事は、先の移動でよくわかってもらえたと思っているよ。」
先の移動距離はわからないが速度は体感している。今の彼との距離は人二人分ほどだろうか。彼からすればほぼないに等しい距離だろう。
「それに、敵の正体もわからず探すのは難しいのではないか?」
その言葉で急に現実に引き戻され、諦めに似た後悔が胸に沸く。先の説明という言葉からも、今は彼についていくのが最善なのかもしれない。俺は黙って足を前にだす。
「協力感謝する。また彼女の捜査についても協力することを約束しよう。そもそも町長の目的は君たち二人だ。」
彼はそう言って俺に背を向け歩き出した。足が機械でできているにも関わらずその歩みに不自然な様子はない。ハクウはこれを見破ったのか。
「この町が中央協会と戦争を起こしたのは知っているな?」
ついて行ってしばらくして義足の男は話始めた。
「ああ。」
「あの戦争をどう聞いているかわからないがあの戦争は我々の見つけた遺跡発掘を教会側が止めろと命令してきてな。それまでは取引も多く友好的だったのだが、そこから一気に対立が起こったのだよ。」
「機械の町側が攻めたわけではないのか?」
「教会側はそう言い広めているみたいだがな。最近は取引を徐々に再開し始めて知ったが、そもそもこちらを止めてきた理由は天啓による指示らしい。結局その遺跡は破壊された上に侵入できないように守りが置かれている。今となっては強行で行くのも可能だがどのみち破壊された遺跡ではうまみはない。」
「天啓?神の指示という事か?申請も無しに天啓が降りる事などあり得るのか。」
「それはわからないな、ここに神職はいない。」
門をくぐり建物の中に入る。調度品もあるが、主に機械を飾っているようだ。硝子の棚に歯車などが置かれている。
「戦争も最初はこちらが押していたのさ。騎士なんてこちらからすればものの数ではない。だけど天使が出てきてから戦場は変わった。」
「・・・そうか。」
天使の言葉を聞き呼吸が少し詰まったが動揺を隠そうと声を立てないように気を付ける。
「天使は圧倒的だった。こちらの銃弾は届かずにこちらの鎧や盾を一撃で破壊してくる。相手はたった五人だったがどうにもならなかったんだよ。町長の息子はその際死んでしまったんだ。」
「そうか。」
その言葉に俺は少し親近感を感じた後、またも僅かな望郷を感じ、まだ心に残るくすぶりを思い出す。
「そしてその無敵の天使を無力化した男があの町で出たというじゃないか。」
胸が跳ね上がる。
「あそこは教会が一番上だ。そしてその男は追放されたという。教会の教義は知らないが、そんな男はここに来るしかないだろう?」
義足の男は顔をこちらに向ける。その顔は微笑んでいた。
「知っていたのか。」
「おおよそ検討はついていたさ。宿からの情報でね。宿の主人は人を何人も見ているが背中に見慣れぬ改造を施した女性は目立ったのさ。機械化した人間の足運びや体さばきは独特になってしまう。だが背中に何かしらの独立した動作機関がありながら実に自然に歩く者が来たとなると隠していても目立ってしまう。なおかつ町の外から来たという事だったので書類が上がっていたのだよ。」
「・・・そうか。」
宿の書類をもっと別の書き方にすればとも思ったが、ただ見られただけでそこまで判別されていたのならば手は無かったのだろう。
「だけど我々は接触をするなら確実に、確信を持ってから会いたかったのさ。天啓のようなよくわからないものに全幅の信頼を渡すような、教会とは別でありたくてね。」
天啓にすべてを任せ家族と向き合えなかった自分の心に刺さる。
「すまない、何か気に障るような事を言ってしまったようだな。さて到着だ。どうぞ。」
義足の男は焦りながら取り繕ってそう言った。顔に出てしまっていたのだろう。そして彼は大きな扉の前で横にそれた。
「君は来ないのか?」
「町長は一対一で話し合いたいそうだ。天使を倒した英雄さんとね。」
彼はそう言って扉の前に手を差し出した。かなり大きく重厚な扉に見えたが、差し出した手に反応するようにひとりでに空いた。
彼の手をよく見ると、手袋と袖の隙間から黒色の腕が見えた。扉の先にはまた扉があり、小さな個室のようになっていた。一人中に入ると義足の男は立ち去り、しばらくして勝手に扉が閉まった。
「おう、はいれ!」
扉の先から声が聞こえる。少しだけ迷ったが意を決し扉に手をかけて押す。だが扉が重く全力で押してやっと開いた。
「おうすまんな、そいつは防弾扉なんだよ、めちゃくちゃに厚くしたから戸を叩かれても聞こえねえし、開けれるやつは限られちまうんだよなあ。」
はっはっはとそういって笑う男が町長なのだろうか。部屋は長方形に机と椅子が並んでいる。村の集会場のような部屋だった。
そしてその最奥に男がいる。彼の方に歩いて向かうと、座っているが見るからに大男で既に俺と同じ目線の高さだ。彼の椅子には車輪がついていた。
「椅子の上からすまんな。俺が立つのは有事ぐらいなもんでね。」
有事ということはどういう意味なのだろうか。
「すまないが要件はなんだろうか。」
「まあ、端的に言えば中央教会との戦争を手伝ってほしいんだ。」
「戦争?」
「そうだ。中央教会は俺らが戦争を仕掛けたと言っているだろう?あいつら俺らの仕事に口出して、手まで出してきやがって、返り討ちにあったら神にすがってきた卑怯もんが事実まで曲げてきやがるんだから、いっそ言った通りにしてやろうって事さ。」
そういって彼は笑う。彼も四肢を機械化しているようだが、腕は良く分からない穴がいくつか開いている太い腕だ。
それらは彼の座る椅子の後ろについているごちゃごちゃしたものと関係があるのだろうか。いろいろと見た事ないものばかりだが、彼を初見で信用できるほど俺は抜けていない。
「理由は?」
「息子の敵討ちだ。」
単刀直入に返答が来た。そしてその解答と同時に彼の目から笑いが取れた。
「あの戦争で俺の息子は塵になって死んじまったのさ。俺も両脚を焼き断たれちまったよ。…どうにもならなかった。」
声が詰まる。そんな理由で戦争をとか、気の毒になどとを言う事が出来ない。明確に神からの攻撃で家族を失ったのだ。俺の逆恨みにも似た逆上とは別に。
そして感情の勢いやその場しのぎでなく、目標に対して計画を行いそれを実行する力を備えた男だった。
「結局の所、うちには教会にやられたやつらがたんまりいるのさ。」
そう言って町長は椅子の車輪を手で回しこちらに近づく。
「しかしあの天使をどうやって倒したんだ?あとなぜ連れて歩いているんだ。」
「それは。」
山を越えるために、と言おうとしたが果たしてそうだろうか。結果的に彼女は役に立ったが、彼女が山の中で飛び出した時に見捨てるという事も出来たはずだ。
そもそもあの討伐の日から生きるためにここまで流れてきただけだ。だが、彼女の事を考えた途端にハクウが心配になり考えも纏まらなくなってきた。
「まあいいさ。なんにせよ戦争は今日明日じゃない。布告は三カ月後くらいか。その間に天使の対策も練っておきたい。こちらからの先制攻撃であれば天使を出す前にかたを付ける事も可能だろう。お前を連れてきたベルトのやつを見りゃお前もそう思うだろう?」
息をのむ。あの機動力があれば本丸に直接乗り込むことも容易だろう。
「うちの精鋭にはベルトのようなやつがまだまだいる。戦争で戦力は大幅に削られたが虎視眈々と準備をしてやっとここまできたんだ。そこに天使を打ち負かした英雄の登場だ。会わない訳にはいかないだろう。」
「英雄はよしてくれ。」
英雄。村を離れる際にリトルに言われた言葉だ。お前は英雄だと。あの日の怒りや悲しみが胸に滲む。村から離れ、まさか別の立場でまた呼ばれるとは思ってもみなかった。
「まあいいさ。今日は顔合わせだ。良い返事を期待しているよ。」
「待ってくれ、敵討ちをしたその後はどうするんだ?」
「教会をぶっ壊す、ぐらいしか考えてねぇなあ。」
そう言って町長は笑う。
「そんなのでいいのか?」
「いいに決まっているだろう!」
町長は強く言い放つ。巨体通りの声とその気迫で思わず後ろに下がってしまう。
「子供が、家族が殺されたんだ。その事実に対して正しいもクソもあるか!一方的に大切なものが奪われる事が正しい訳があるか!あいつらにも家族はいるんだろう。だが、同じ目に合わせても文句は言わせない。初めたのはあいつらだ!」
その目には正しく怨恨が揺らぐ。しかし同時に強い意志もあった。自分とは違い迷わず、やることを決めているようだった。
「なんだ、お前も教会に恨みがある口か?」
急に見透かしたように含み笑いで言う。何でわかったというのだろうか。
「なぜそう思う。」
「来て直ぐよりも表情が柔らかくなったからな。伊達に町長はやってねえよ、人は良く見てる。特にその顔は戦場で助けられたやつがする顔だ。何があった?」
いつのまにか顔に出ていたようだ。その通りかもしれない。なぜなら神が多くの人に受け入れられている中で、誰も見たことのない神を一人殺しに行くという狂人めいた理由で村を出たのだ。しかしここで同志とも言える者が現れたのだ。ただ一人だけの旅と思っていた所に。
「いや、すまない。理由はまだ言いたくないんだ。それに天使を倒したといってもはっきり言ってそんなに強くない。ベルトの方が何倍も強いぞ?」
「かまわんよ。俺らに今必要なのは戦力ではない。団結力だ。状況はそろったってのにいまだに賛成しないやつらがいてな。勝てない事を考えて恐れているのだろうが、そいつらを説得したいのさ。神輿に乗るのは嫌か?」
そういう事か。確かに天使の力は強大だし、直接本丸を叩く戦法を取ったとしても天使が後から出てくる可能性は十分にありうる。
その場合は一度負けている以上二の足踏むのは当然だ。だが実際に天使に勝った証拠が居るのであれば迷っている者は戦いに赴きやすくなるだろう。
「担がれるのは好きじゃない。だが俺はあなたの戦争を指示するよ。」
町長の顔が破顔する。自分も神を殺すなんて場所もやり方もわからない旅に出るよりも、教会に襲撃をかけ神の力を削ぐ方が現実的である。さらに中央協会を制圧すれば神に関する文献を手に入れられるかもしれない。悪くない話だ。
「ありがとう!感謝するぜ。俺はガンズっていうんだ。よろしく頼む。」
「マビダだ。よろしく頼む。」
そういって握手をした。俺の手を覆うような彼の金属の手はとても冷たかった。
ハクウは空中で抱えられた腕の中でもがいていた。高速で家々が過ぎる景色から飛んでいるのだなと思い、天輪があった頃の記憶が少し蘇る。その移動もついに止まり、ある家の地下に連れてこられる。
「乱暴にしてごめんね、天使さん。」
歩きながら一人が話しかけてきた。女性のようだ。
「あんまり余計な話をするな。というか本当に天使なのか?うちらの軍隊はこいつらに壊滅させられたんだろ?」
もう一人は声から男性のようだった。
「私をどうするつもりですか?」
単刀直入に言う。思い返せば意識が戻ってからよくわからない事だらけだった。そしてなぜか私はいつも辛い思いをする。
「ほらあんたビビっちゃったでしょう、どうするのよ。」
女性の方が急に軽い感じに男に話しかける。
「しょうがないだろう!向こうの追手が来たら直接ここに戻ってこれないぞ。」
男の方も急に姦しい感じの返答をした。私はそのやりとりに恐れよりも戸惑ってしまう。
「ああ、そうだ、一応背中の羽を見せてくれない?もし間違えちゃってたらすぐに開放するから。」
「あ、あの。」
天使であることがばれている。いつばれたのだろうか。見せるわけにはいかないが、どうすればいいのかわからない。
「ほらアクス!あんたが見ているから服を脱ぎずらいんでしょうが!後ろをむいて!」
「え?ああ、そういう事か。わ、わかったよ。」
彼らの表情を見ているととても悪人とも思えなかった。
「すいません、別に外套だけですから大丈夫です。それとあなた方はなんなのですか?」
直にそう聞いた。
「え?ああ、私たちはレジスタンスよ。この町で今戦争起こそうとしているからそれを止めたいの。そのカギがあなたたち二人なの。」
「お前確認してないのに言っていいのかよ・・・。」
「あ。」
女性はコロコロと表情が変わる。それがなぜかおかしくて笑ってしまった。
「と、とにかく背中だけみせていただけないかしら?」
どのみち自分が取れる手段もなく、奇跡を出す事も出来ない今は切り抜ける手段が何もない。運ばれている時に剣を出そうと挑戦したが出来なかった。恐らくマビダと離れすぎている為に力が使えないようだ。首の留め具を外し、外套を外す。
「わあ、綺麗・・・。」
そういって女性は恐る恐る自分の羽に触る。
「ふわふわでなめらか・・・すごい・・・。」
いきなり自分の羽を褒められて、なんというか、うれしいという気分なのだろうか。そして触る手がこそばゆい。
「あ、ありがとうございます。」
「おーい、もう見ていいかー?」
外套だけと言ったはずだが男の方は律儀に後ろを向いていたようだった。
「ええと、大丈夫ですよ。」
「どれ、うお!すげえ!」
「あ、ありがとうございます・・・。」
男の方も手で触ろうとして、少し考え手を止めた。
「何あんたも触ろうとしてんのよ変態。」
そういうものなのだろうか。
「んぐ、というかそれどころじゃないだろ。本物っぽいんだから爺さんのとこまで行くぞ。」
「そうね、じゃあ歩きながら私たちについて話しましょうか。通路が狭いから気をつけてね。」
そういって彼女は通路の奥に進み始めた。男の方は私の後ろに陣取っている。逃げないようにするためなのだろう。
マビダ以外の人と関わる事が初めてであったので恐怖もあるが彼らの雰囲気から怖い感じがしないので、少し楽しい気分になってしまう。
「知っていると思うけどうちらは昔教会と戦争して負けてしまってね、交易自体は最近復活したんだけれど、復讐のために町長がこちらから戦争を起こそうとしているのよ。」
「はあ・・・。」
思いの他大きい話のようだが教会もこの町もどれくらいの規模かわからないので生返事になってしまう。
「ああ、そうあたしはミズ。そっちはアクスよ。よろしくね。」
「アクスだ。よろしく頼む。」
「あ、はい、ハクウです。」
「教会に父さんを殺された恨みはあるけれど、見ず知らずの人をいきなり殺すなんてやりたくないもの。それを私たちは止めたいの。」
「あの戦争でやられた事は忘れないさ。おやじもその友人も戻ってこない。だけど俺は戦争をやる側に回りたくないだけだ。こんな思いを他の人に味あわせたくない。」
二人の声は強い。
「まあそれで私たちは戦争を起こしたくないのよ。戦争を起こした後どうするかがよくわからないし、結局得るものがないの。」
「はあ・・・。私はどうすればよいのでしょうか。」
「とりあえず私たちのリーダーにあってもらうわ。そろそろ着く。」
そういってミズはノックの後にドアを開けた。ドアを開けると車いすに座っているちいさな老人がいた。腕は生身だが、足が太ももの半分ほどしか残っていない。足の先は特殊な形状をしている。恐らく義足の接続部だろう。
「おお・・・。お前ら、よく連れてかえってこれたのう・・・。そちらが天使かい?」
「ああ。二人組でとりあえず男じゃない方を連れてきただけだが。しかし爺さんの言ってたのと違って全然危なくないぞ。おとなしいし話せるし。」
「はあ・・・。お前ら間柄がわかるように呼ぶんじゃないと言っただろうが。」
老人はそう言って呆れる。アクスはそう言われて気が付くと、ミズがアクスをにらみつける。アクスはミズの視線にも気が付いてばつの悪そうな顔をした。
「まあ良い。あらましは二人から聞いたかい?天使さん。」
「え、あ、はい。」
「うーむ、何か全然違うねえ・・・。わしが戦場であったときは機械を相手にしているようだったのだけど、ずいぶんと人間のように見える。」
「あ、そ、それは普段は頭の天輪に操作されているので、私たちが正常に動作している時は意識がないんです。今はマビダが天輪を持っているので、私の意識があるんです。」
「なんと。そういう仕組みなのか。」
「マビダってあの横にいたどんくさい男?天使からわっかをひっぺがすなんてよくやったね・・・。」
「この情報は拾い物じゃな。あの光の力は使えるのかい?」
「いえ、それも今はつかえません。原因は正確ではありませんが、天輪が近くにないとできないようです。」
「ふーむ、これは技術者としていろいろと伺いたい所であるが、その前に私の方のお願いを先にしようか。天使さん、戦争を起こさないために我々と協力していただけないかね?」
その問いに私は少し考え、聞く。
「あの、私はよくわからないのですが、戦争をするのと、しないのでは、どちらの方が悲しむ人が多いですか?」
「そんなの戦争しない方が決まっているでしょ!」
ミズが思わず口を挟む。
「ですが何か理由があるはずです。戦わなければいけない時はあるのではないでしょうか。それが私の製造理由ですから。」
「理由は復讐じゃよ、町長の子供が戦争の際に天使に殺されてな。そして似たような立場の人がここにはごまんといる。復讐のために戦うだけじゃ。戦わない事で悲しむ者は彼らじゃろう。しかし戦う事で相手に与えられる被害とその教会の機能不全による波及効果を鑑みれば、悲しむ人の総数は戦った方が多いじゃろう。なにより憎しみは確実に増える。」
「そうですか。ならば私は戦わない方に加担しましょう。よろしくお願いします。」
私の回答にみな目を丸くしていた。何か変な事を言ったのだろうか。
「そうか、ありがとう。」
「ちなみに、何故あなたはレジスタンスを結成したのですか?」
「そこの二人、先も言った通り私の孫なんじゃよ。息子は先の戦争で死んだがね。」
「おやじも天使に殺されたって町長から聞いたよ。腕が残ったらしいけど、結局回収できなかったとさ。」
「あ、あの、すみません。」
「いいわ。うちも天使を捕まえると聞いていきり立っていたけれど、あなたの様子を見たら拍子抜けだしね。父さんを殺した天使があなたである確証もないし、それに操られて意識がない訳だし、しょうがないでしょう。私がまだ二歳の時に戦争があったからというのもあるだろうけど。」
「あ、ありがとうございます。」
「町長の心境もわかる。しかし息子が死んだのはやるせないが、孫まで戦争で死なれてはわしは何もなくなってしまう。所詮は私情だ。だが、意外にも賛同者は多いのだよ。みんな守るものができてしまった者達だった。」
そう言って老人は目を伏せる。その諦めと後悔をはらんだ顔はミズとアクスにも移っていった。
「それじゃあ今日は宿の方に帰りましょうか。あそこも私たちの賛同者でね、あなたたちの事を教えてくれたの。町側からの監視があると思うけどあまり気にしないで。後は男の方ね・・・。」
「あの!マビダはどうなったのでしょうか・・・?」
「俺が遠目から見たがこちらが飛んだ後に別の男が家の上を人を抱えてはねているのを見たから、多分町長側と接触しているだろう。できれば彼も引き込みたい。話をしてもらえないか。」
「わかりました。話をしてみます。」
「じゃあ、今日は宿の方に戻って。地下道で宿の近くまでいけるから、私が案内してあげる。」
「ありがとうございます。」
そういってミズは私を案内してくれた。
「なあ、爺さん、いいのか?天使を送り出して。」
「お前こそいいのか?天使を見つけた際は親父の分一発殴ってやると息巻いてたろうに。」
残された二人が話す。
「ああ、忘れてないさ。爺さんから天使は機械のような奴だって言うから感情をたたきこむ為に一発殴ろうと思っていたよ。けど話してみた実際はただの女の子だった。なんか迷っているうちに冷めちまったよ。」
「確かにありゃ目を疑ったわ。まるで人だ。」
「しかも今回のやり取りからすりゃうちらよりも純朴だ。こちらの本心とはいえ話を鵜呑みして。まるで何もわかってない子供みたいだ。」
「だがあの翼は確かに戦場で見たものだ。それにちゃんと動いていた。」
「ああ。そういえば、あいつは製造理由と言っていたな。機械じゃないんだろ?」
「わからん。あの時何発か傷は負わせたが、光ってすぐ消えてしもうた。」
「あまりよく判らないけど、なんというか悲しい存在なんじゃないのか、天使って。やっぱり教会は悪なんじゃないのか?」
「否定はできん。だが戦争は起こさないと今回は決めたんじゃ。迷うなよ。」
「ああ。そこは違えんよ。」
アクスはそう言って部屋を出ていった。ランズは周りに人がいない事を確認し力を抜いた。その手は汗で濡れ、恐怖で震えていた。
「一体、天使とはなんなのかのう…。」
そう一人つぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます