第5話 機械の町
機械の町の門がかろうじて見える場所に男は立つ。周辺に民家はなく、人の気配もない。警備すらもないようだ。人の流れがあったであろう名残の道は今それがない事を道の中央に生える草が物語っている。
離れた場所の大きな茂みに隠れた、翼の生えた少女は男を待つ。その様子を小さなため池の端にある世界の眼が映し続けていた。
「おそらくは大丈夫だ。周辺に人の足跡も動物の足跡もない。今晩はここで野営を張って、明日の夕方にここを出よう。そうすれば日が暮れたあたりで門につくだろう。」
「そうですか、わかりました。」
「あと忘れる前にこの外套を渡しておこう。君の翼を隠さなくてはならない。」
「少し窮屈ですね。しかしそれはいらないのでは?教会の管理外の町であれば見つかったとしても大ごとにはならないでしょう。」
一見正論のように聞こえるがそれも難しい。なぜならば自分が聖職者の時に学んだ話では機械の町は中央教会に対して戦争を仕掛けた町なのだ。その際は始終機械側が押していたが、教会側が天使を召喚してかろうじて勝利を収めたという。
「機械の町は一度天使と戦っている。見つかってしまった場合、恨み辛みで殺される可能性はあり得る。」
少女は震える。覚えのない殺意を向けられるのは恐ろしいものだろう。
「あとそうだ、名前を決めよう。」
「名前、ですか。」
少女のおびえた表情は名前の一言ですぐに取れた。表情がよく変わるのは年相応だろうか。
「考えたのだが、やはりその背中の白い羽を名前にしようと思ってな。そのままの言葉でいうのも違和感が出るだろうから、聖書に書かれていた昔の言葉からハクウではどうだろうか。」
「はくう、ハクウですか。わかりました。私の名前はハクウですね。」
「ああ。恐らく同じ名の者はいないと思う。最初のうちは慣れぬ名前かと思うが頼む。」
「いえ、覚えますよ。初めての名ですから。」
初めての名という返答もそうある会話ではない。本当に名がなかったという事だろう。そこに少しの憐れみを憶える。
「あと、向こうについたら我々の関係は兄妹という事にしよう。年齢的に少し離れているが親子では少々、厳しい。」
「わかりました。」
自分で家族という言葉を言い、かつての家族を思い出す。邪念が、黒い思いが出てくるが今はそれを振りほどく。
「では日の明るいうちに食事を用意しよう。夜に光を使うと、この位置だとばれてしまうかもしれない。」
「わかりました。」
そういって多めにとってきた木の実を二人で食べる。初日の野営では寝ることすらままならなかったが今はこなれたものだ。
それに奇跡により光を作れる事が解り、またそれによる痛みもさほど強くない事と、奇跡を使うと俺の手首の印が光る事が解ってから、夜でも月明り次第では作業ができるようになった。
しかしこの何もない場所では光が有る事で誰かや何かに見つかる可能性も無くは無い。
あれほど求めてきた人々であるはずだが、それは同時に脅威でもある事が今の我々の立場を示していた。だがそれでも我々は野生に生きる事が出来ず、何よりも魅力的な久々の宿が近くにある。
宿の相場はわからないが、町から追放された時の荷物に野盗討伐の報酬が律儀にも含まれていた。この金が機械の町で使えるのか、そもそも蛮族故に宿というものがあるのかもわからないが探して一泊しよう。
山の中では何にも役に立たぬ金だったが、使えるのであれば金額はそれなりにある。値段が想定している通りならしばらくは生活に困らないはずだ。そして、その後どうする。
危機を脱し俺の目標へと戻ることができる。何より神に至る貴重な情報源の天使がすぐ隣にいる。俺は。そう考えたが頭を振った。
「どうしましたか?」
「いや、なんでもない。」
何にせよ考えるのは中に入り落ち着いた後だ。あの状況からここまで持ち直したとはいえ、まだその状況は終わってはいないし、何より疲れはあるはずだ。
変に考えて感情的になるのは悪手だ。今は町に入った後の事だけ考えよう。そう考えて野営を張る。
次の日の昼に野営をたたみ、日が赤みを帯び始めた時に俺たちは歩き始めた。薄暗くなるころには門へたどりつき、ハクウには外套と共に頭からあの黒い布をかぶるよう指示を出した。
改めて周りに見張りがいないかと恐る恐る見回して入り込む。警備や人は驚くほど何もない。形骸の門である事が判った頃には機械の町に明かりがつき始めた。彼女を呼び込んで先に進むとまばらに民家があり、道に人はいなかった。
道は城壁に沿い、左右斜めに伸びているようで、正面には大通りがあった。我々は左斜めの道へ進んだ。目立たぬ道だと思ったからだろうか、理由は無い。
光る柱からしても見た事のない街並みである、何よりどこに宿があるかわからない。進む道中に宿があれば良いのだが、見つからぬ場合は町の中心へ行けば在るのだろうか、だが天使、ハクウが居る以上は人目の多い場所に居たくない。あわよくば町の地図か何かが見つかれば良いのだが。
「道中に宿があれば良いんだがな。周りをよく見ていてはくれないか。」
「わかりました。」
周辺を見渡すがそれらしきものどころか窓が光る家もない。まだ横に見える大通りは明るいが、我々が進む道は灯りが無くなりすぐに暗くなってしまった。
暗さで我々が目立たぬとはいえ先に宿がなさそうな道に諦めが付く。我々は次の分かれ道を右に曲がり大通りに合流する方向へ進んだ。合流して左に曲がると行き先は更に光が強いようだ。
「まるで昼のようじゃないか。どうなっているんだ。」
ただの明かりではこうも明るくならない。夜だというのに相当に明るい。星が見えない。
「ここまで旧世代文明が残っているとは思いませんでした。かなり先進的ですね。」
「本当に旧世代の文明なのか?なのに先進的?旧世代というのは一体、」
正面から一人くる。思わず黙る。しかし何事もなくすれ違った。
「まあいい、宿をさがそうか。」
「おや、宿をさがしているのかい?」
先ほどすれ違った人に気を取られたため気が付かなかったが、もう一人来ていた。教会の教義に反する機械の町の人間は危険だというのが常識である。あまり関わりは持ちたくなかったのだが。
「とーいうか、外の人かい?」
いきなりな質問であった。正しく言うか、嘘をつくか。手に汗が沸く。
「まあ、いいさ。深くは聞かないよ。しかしなんでこんな町の端っこにいるんだい。」
「いや、道に迷ってしまってね、こんなところに来てしまった。」
「そうかい。じゃあもどりな、こっちには何もない。中央の方へ行けば何件か宿くらいはあるだろう。この道を真っすぐ行きな。大通りを伝っていけば中央に出るし、宿もある。それに明るい場所の方が安全だ。ここもそう治安は悪くはないがね。」
「ああ、そうか、ありがとう。そうするよ。」
「それじゃあ、気を付けて。」
「ありがとうございます。」
そう他愛もない話で終わった。話した相手は言伝の常識とは大分違う受け答えであった。何も変わらない、普通な、そして親切な人だった。
「それじゃあ、中央の方へいこうか。」
「よいのですか?目立つのでは。」
「話しかけられたように人の少ない通りではそれはそれで目立つかもしれない。とりあえず従ってみよう。なにかしらがあった場合はすぐに通りをずらそう。」
「…わかりました。」
ハクウも思う所があるようだがこちらに従ってくれた。結局の所、山越えと同じで我々二人とも逃亡生活というものをしたことがない。最適解は持ちえないので手探りでやっていくしかない。
今回のように人通りが少ない所でも逆に目が付けば話しかけられたりもする。ならば人通りが多い方は、たくさんの目にさらされる事になると、それもどうなのだろうか。
だがなるべく早く宿に入る事は恐らく正しいだろう。疲労故に迂闊な行動をとってしまうかもしれない。迷いつつも我々は大通りを足早にすすむ。
どんどんと家が増え、人が増え、光が増していく。増えた家々の中に酒屋があったようで入り口近くに置かれた看板に値段が書かれた。
その末尾の文字は我々が使う通貨と同一だった。となると今の手持ちの金がそのまま使えるという事だ。そしてその看板の少し奥にある別の飲食店の看板の中に宿の文字を見つけた。中に入る。
「すまない、部屋はないか。」
「うん?宿泊の客か?珍しいな、人数は?」
「妹と二人だ。いくらくらいになる?」
「うーんまあ、こんなもんかな。何泊する?」
値段は追放されてきた町に比べれば若干安い程度だ。ここにずっと暮らす事は無理である金額だが、他を探す余裕も今は無い。
「とりあえず三泊でたのむ。」
「わかった。それではここに名前を記入してくれ。」
手が止まる。しかしここで半端に嘘をついて変に疑われた時に悪手だろう。そもそも追放された経緯からこの町にまで我々の情報が来る可能性は低い。ここは後の確認があった時の為に間違えぬよう可能な限りそのまま描いた。
「これで頼む。」
「あいわかった。じゃあこれが鍵だ。」
「ありがとう。」
「何かあったら言ってくれ。門限は十時だ。何か食っていくか?」
少し、考える。そしてハクウを見る。目が合う。
「ああ、頼む。」
背に腹はかえられんが、なるべく早く金策を考えなければならなそうだ。
初日は二人で寝て過ごしてしまった。やはり野営に慣れたといえど、知らぬうちに疲れは溜まっているものだ。二日目には外に出る事にした。
俺は朝が弱かったが山での野営では日が昇ると中が熱くなる為、嫌でも起きてしまう。短期間であったがそれが習慣になってしまったようで普通に起きれるようになっていた。服を着替えているとハクウが起きた。
「ああ、起きてしまったか。すまないな、俺は少し外へ出てくる。」
「そうですか…。わかりました。」
不服そうである。そしておびえているようにも思える。しかし外へ出して積極的に人の目にさらすのはやるべきことではない。しかし一人で置いて行くのも怖い部分がある。
「うーむ。」
ずっとここに押し込んでいる訳にもいかないが、その考えの途中で扉が叩かれる。
「はい。」
「部屋の掃除を行いたいのだけど。昨日はずっと寝ていたようだし。」
「えーと。」
ハクウはその声にもおびえているようだ。掃除なぞしなくても生活はできる。しかし、あまりに引きこもるのもそれはそれで目立つだろうか。
かといって掃除をするにしてもその間ずっと外套を来たまま宿の中に待機させるのも目立つ。なにより可哀そうだ。
「ハクウ。」
声はなく、ハクウは俺の目を見る。
「外套を着てくれ。一緒に行こうか。」
「はい!」
返事と表情は正直であった。清掃夫には少し待つように言い、ハクウにしっかり外套を着せて二人部屋を出た。
ハクウは知識や能力はあるが偏っており、人に慣れていない上に一人での判断力に乏しいように見える。山で言っていた事が真実であれば当然の事なのだろうが、いずれこの点は問題になるかもしれない。
宿から出る際に玄関に地図があったのでそちらを見て商店街へと向かう。宿の料理ばかり食べると食費がかさんでしまうので、まず食料品を見に行った。見た事の無い食べ物がいくつかあるが、総じて大量買いの方が安く我々では消費しきれない量の上、生ものは調理ができないので買えず干し肉と果物を少々買う。
水は水筒の革袋を持参して水だけもらったが、その場の露店では透明の筒型容器や白鉄製の容器などもあった。なんでも白鉄製は温度が変わらない容器らしく、ハクウが仕組みを教えてくれたがよくわからなかった。
またハクウ用の服と靴を新たに購入しようと訪れたが、試着が難しい為に断念した。服は一着だけ追放時の荷物に入れてあったが、そもそも教会の修道着である為、この町では目立つ上に背中に穴が開いていないと翼が出せない為にそのままでは着る事ができない。故に今彼女が着ている服は天使の服である。
見た事の無い素材で異様に汚れないのだが、野盗討伐により刺された跡が残るそれはいくら生地が良くとも流石に可哀そうなので一着欲しいのだが、翼が通せるような背中が空いている服がなかなか見当たらない。
だが彼女自身は見た目相応なのか服を見る表情はうれしそうであったが、背中部分を見て落胆する様は不憫であるが微笑ましかった。
また二人で別の宿を探した所、いくつか覗いたが値段はほぼ変わらなかった。部屋を見せてもらったりもしたがそれも含めてなかなか良い宿を引いたようだ。
今日戻ったら追加でもう三泊たのもう。金策については進捗がなかったが、どうも中央の酒場には求人票があるのだそうだ。行き先を教わり二人で向かったが、その酒場の前は人が多くハクウとでは目立ってしまうので明日一人で行く事にした。
そんな形で一通り町の中心を回った。機械の町の人は悪人や狂人だと教わってきたが、なんて事はない普通の、我々と同じような人達であった。
ただ気になる点として、一部の人が変わった籠手や具足を身につけていた。見える範囲で三割程度の人だろうか。また町自体も機械の駆動音や用途のわからない大きな管、また煙突からひっきりなしに上がる煙はこの町ならではというものだろう。
それは山を越えた安心により恐怖よりも好奇心が勝ってしまう。そして久しぶりの日常と見知らぬ町の非日常が混ざった今、二人での買い物と食事は不自由ながらも楽しかった。そしてそれだけで終わらなかった。
「マビダ。」
ハクウが腕をつかみ寄り添う。その行動に驚きと戸惑いがあったが、その力は想像以上に強かった。
「なんだ?」
「さっきから同じ人がついて来て私たちを見ています。」
ハクウを見る目が見開く。振り向こうとする俺をハクウは腕を引っ張って抑える。その意図に気が付き呼吸やしぐさを変えず変わらぬ歩調を意識して歩く。今まで俺は気が付かなかった。
彼女の記憶能力の高さは宿の出がけの地図をかなり正確に覚えていた事からも信用できるだろう。天使であったが故にその能力は高いという事か。
「宿の場所はわかるか。」
「はい、おおよそは。」
早すぎる展開で想定していない状況だ。いざとなれば二手に分かれよう。しかしそれで、どうする?今は町の外で生活する道具も抗う武器も逃げ込む協力者もいない。ここでも追われるのか?荒野で生きるしかないのか?
「次の角を曲がり駆け出そう。それで、宿にまで行こう。途中駄目なら町に入ってきた門で落ち合おう。」
追われる理由を持つためにいろいろと考えてしまうが、ふと冷静になると単なる物取りならば宿に逃げ込むだけでよい。
「相手の背格好はどんなだった?」
「服装は少し変わった憲兵の服のようでした。ただ・・・。」
ハクウの手に更に力がこもる。
「ただ、なんだ。」
「ただの人でないかもしれません。隠しているようですが歩き方から間接の位置があり得ない高さです。」
背中に悪寒が走る。天使がいる以上悪魔もいるのだろうか。それに憲兵の服となると物取りの線が消える。次の曲がり角は後数歩、曲がったらすぐに駆ける。
「いくぞ。」
「はい。」
角を曲がり数歩だけ歩き走り出す。
「来ているか!」
「まだ来てません!」
距離があったためまだ反応していないようだ。次の十字路をどうするか考えた瞬間、強烈な衝撃が腹部に走る。
「あふ!」
「マビダ!」
ハクウが叫ぶのが聞こえる。走った勢いをそのまま腹に受けて転がった。目線が安定しない。半秒ほどでようやく相手を見据えられた。二人組のようだった。しかしその姿に目を疑った。
私を蹴った者は女性の方だったが両足がめちゃくちゃな機械でできていたのだ。もう一人の男も両肩の先と膝から下が似たような機械でできている。男の手にはハクウが抱きかかえられていた。
「いくよ。」
「わかった。」
そういって二人は跳ぶ。家を超えるほどの高さを。ハクウが奪われた。
「まて!大丈夫か!」
後ろから声が聞こえる。少し変わった憲兵の服、ハクウがつけてきているといった男は彼であろう。護身用の短剣を這いながら手に取り、構える。
「大丈夫だ、危害は加えるつもりはない。もう一人のほうは?」
「連れていかれた。お前らの仲間か?」
「そうか、やられたか。」
「こちらベルト、Aが奪われた。装備からレジスタンスの可能性あり。」
我々をつけてきた者は耳元を抑えた後一人つぶやく。何をしているのだろうか。
「この町の争いに巻き込んでしまいすまない。私はベルト。町の特殊部隊の一人だ。レジスタンスの追撃の可能性もある。あなたをこちらで保護させてもらうぞ。」
「い、いったい何を・・・。」
そういうと彼は風と共に俺に肉薄していた。短刀を持つ手は捕まれ、そのまま肩に担がれる。下を見ると憲兵の服からはみ出た足が見えた。
それは先ほど蹴ってきた相手とは形が違ったが恐らく機械でできていた。その後俺は猛烈に離れる地面を見た。
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