第2話 町へ
闇に混ざるように男は夜の森を行く。見えぬ足場に態勢を崩しながらも世界を呪う怨恨が彼を前へ進ませる。その様子を一メートルも離れない距離にあった世界の眼が男に気づかれずに映していた。
殺す、神を殺す。だが神がいる確信はあるが、どこにいるか、本当に殺せるかがわからない。
もしそれが記されているものがあるとすれば教会の総本山の中央教会だろう。一秒でも速く、這いずってでも行く。
この道の先に町がある。そこは中央教会との中継地点として栄えた町だ。噂では教会が禁忌とする機械の町とも取引を行っているため、様々なものが流れてくる。
もしかすれば中央教会に行く前にそこで何か情報が手に入るかもしれない。
「はあ、はあ。」
道は僅かながら登りになっていた。服の下から体を伝う滴に気が付き、汗か雨かで体が濡れている事を自覚したが、激情の炎が体に渦巻く故の熱から無視できた。
石か何かに躓き態勢を崩すがひたすらに歩く。いつもならこの先の見えぬ夜の暗闇に一人で進むのは恐怖で足がすくんだであろう。先の見えぬ今は足を滑らせたり、低木で目を潰す事もあるだろうが、今はもうそれで良かった。
「うわ!」
足をぬかるみで滑らし地に手をつく。革靴も油を塗りこんでいたが、その程度では意味をなさぬほどに濡れていた。
ついた手で地面を抉って千切り取り、後ろに投げて更に進む。今までの事やこれからの事を考えずに進み続ける事だけを無意識に選んでいたのだろう。
何時間か歩いた所で雨が止んだ。しばらくすると満月が地を照らし、風が吹き始めた。明け方の急な冷え込みが来た所でようやく足を止めた。
動くのをやめた為に一挙に体が冷え、また動きだそうとすると体が思うように動かなくなっていた。
濡れた地面に座ると更に体が濡れて冷えるので、足を引き擦りながら木の下まで行き適当に詰めた荷物をまさぐり衣服を引っ張り出して服を変える。
それでも冷え続ける体を濡れた外套で包みこみ、震えて耐えた。気づくと朝日が差し込み、日が体をゆっくりと温め始めた安堵感から気を失った。
恐らく正午ぐらいだろう、日が高く昇った所で目を覚ました。空腹で腕を上げるのも億劫になっている事を自覚し、荷物を引き出しているとリトルの差し入れを見つけた。
日常から離れ思考がおぼつかない程度に疲れた今、ここに居る理由は夢でない事に顔を歪め、その証拠を消し去りたいという思いから八つ当たりのように食べ物を喰らった。
あまりうまくない味からこれはリトルが作ったものなのだろうと思うと、涙が止まらなくなった。
そして嗚咽と共に最後のひと口を放り込むと砂を噛む音がし、泥と土に固まった手に気が付いた。
よく見ると着替えたはずの服も何もかもが泥と土にまみれてる。水で洗おうにもそもそも水もない。水筒だけは入れてきた記憶があるが、中身を入れる冷静さはあの時無かった。
一応、この道には途中に整備された泉があるはずだ。馬車で半日といった距離だったため、通り過ぎてはいないだろう。
手の平を払い荷物を詰め立ち上がる。風が吹き木々を揺らし、昨日嗅いだ雨の匂いは陽射しの香りに変わっていた。
孤独で誰もいない今、先へ進む事だけを考えるこの瞬間はその心地良さを理解せずとも感じていた。
道中は靴が乾いていくのに連れて歩きやすさを取り戻し、泉の手前の道中に川を見つけ体を洗おうとするも昨日の雨のおかげで川も地面も荒れている上、川べりが意外と厳しい角度であった為に川の前で再度手を払うだけとなった。
その後しばらくして泉を見つけ、流水で手と腕を洗い水を飲む。体も洗いたいものだが、水の冷たさからそれは難しいと感じた。
水筒に水を入れた後、休みたいという思いを抑えつけて歩きだす。泉まで来れば残りの距離は四割。食糧は昨日の残りがわずかにあるだけだ。せめて明日には着きたい。
そう思い後ろ髪をひかれつつも前に進む。そのまま無心で進み夕焼けの赤さに足を止める以外は歩き続けた。
二日連続で夜通し歩く体力はない。日が落ちる前に適当な場所で野営を張ろうと考えていた。荷物の中には天幕もあったはずだ。
使い方はあまりわかってないがどのみち今はこれしかなく、木を切るにしても剣しかない今ではそれだけで重労働だ。とはいえ野営をするのに丁度いい場所を進みながら探していると夜になってしまった。
子供の頃にこの天幕の持ち主から教わった立て方を思い出しつつ、月明りで組み立ててみる。
構造から恐らくもっと短時間で立てれるのだろうが、一時間ほどかけて立てる事が出来た。中に入り寝転がると、地面の冷たさが気になってくる。
外套を外し床に敷く事で結構楽になった。疲れからか、頭がすぐにぼやけて眠気を感じ、後少しという所で狼の遠吠えが聞こえた。その瞬間に目が一気に覚める。
この道は狼が出るという話を思い出した。剣の在りかを暗闇で探し、引き寄せる。遠吠えは複数聞こえ、南から北へ進む道に対し、東から聞こえる様だ。
群れで襲われたらとてもじゃないが生き残れない。息を飲み体を止める。風に吹かれる木々の音をこれでもかと注意して聞く。
しばらくすると遠吠えも無くなった。横になり気力が戻ったのか、少し安心し天幕の外へ出て回りをうかがう。
すると風が一定の方向に吹いている事に気が付き、風向きを確認すると遠吠えの元は風上にあるようだ。これならば臭いが流れてこないだろうと思い天幕に戻り、体を横にすると今度はピギャという狼とは違う声が聞こえた。
何度かその声が聞こえた後に、ひと際大きい叫び声がして、ぴたりと声は止んだ。鹿か何かが襲われ、今のが断末魔だったのだろうか。
ならば今晩は捕らえた鹿を捨て置いてこちらを襲う事はないのではないか。大丈夫と自身に言い聞かせつつまた横になるも緊張は解けず、半ば自棄になる事でようやく眠れた。
翌日はすぐに起きた。というのも天幕の中がやたらと暑くなり目が覚めてしまった。
まだ日は低いが、日の光が差すと天幕の中はやたらと高温になるようだ。天幕からはい出ると天幕の上が濡れていた。雨が降った様子が無い所から結露なのだろう。
こんなにも濡れるものかと頭をひねる。触ると滲むほど濡れている。表面だけではなくしっかりと水を吸っているようだ。
ため息をつきつつ、天幕から荷物を引き出す。改めて見ると回りはびしょびしょに濡れている。
地面に座るにも尻が濡れてしまうため、うろついていると近くにあった木の下は濡れていなかった。屋根があれば平気なのか。
この年になっても学ぶことはあるものだと思いつつ、眠気とだるさに引っ張られながら木の下で残り少ない食糧を食べる。
食べ終わり木陰で座っているとまた眠りそうになったのでとりあえず立ち上がり、天幕を畳もうと再度持つともう乾いていた。
なるほど、中の暑さのおかげで速く乾いたのかと納得し、荷物を仕舞い終ると随分と日が上がってしまっていた。
その後はゆっくりと歩き出すと直ぐに小さな小川が見えた。今度は下流なのか、前の川よりも土手が行きやすく水も澄んでいたため服と体を洗う。
とはいえ川は非常に冷たく手や顔や服の一部を洗う程度しかできなかった。期待を裏切られた事から余計に風呂が恋しくなってきてしまった。ため息をつきながら荷物を背負うと日が正午に近い事に気が付き足早に道に戻る。
しばらく進むと木々が少なくなり草原が広がった。記憶では草原まで出れば町はすぐ近くのはずだ。今日中に着ける事に安堵すると足取りが少し軽くなった。
進むにつれいくつかの道が合流していき、徐々に馬車とすれ違う。川で少し洗っておいて良かったと顔を見られぬよう頭を下げながら歩く。そしてふと顔を上げると遠くに灰色の城壁が見えた。
「…さすが町だ。立派な城門だな。」
近づいて改めて城壁を眺める。あと半刻ほどで着くだろう。ここら辺は平野となっているため見晴らしが良い。
ふと左を向くと少年と少女が遊んでいるのが見えた。声はあまり聞こえないが、どうも花を摘んで遊んでいたようだ。手に花輪をもってはしゃいでいる。
すると少年が手を引き町へと向かっていった。背伸びしたい年頃なのだろか、少年の腰には短剣が掛けられていた。
「…行くか。」
微笑ましい光景だ。だが、年はヘリンと同じぐらいだろうかと思った瞬間に薄れていた感情があふれ出した。
「止まれ。」
気が付くと門までたどりついており、門番に止められた。
「何者だ、身分を証明するものはあるか。」
今までなら神父である事を言えば通れたであろう。しかし象徴を破壊した今は教会に罪人として手配されているはずだ。素性を言うわけにはいかない。
「旅のものです。中に入れてはいただけないでしょうか。」
「駄目だ。今町は厳戒態勢だ。野盗による被害が多く外の人間は入れられない。」
なんと間が悪い。しかしこちらも食料や水の補充が必要だ。それに、本懐もある。
「そこをなんとか。怪しいものではありません。お願いします。」
「だめだ、身元を示すものを提示しろ。言っておくが金品を出しても無駄だからな。こちらも何人か見知った顔をやられているんだ。そうやすやすとは通せん。」
身分を示すものなど旅人は持っていないだろう。事実上、町の人間以外は入れないようにしているのか。更に今の私はあまり目立つ事はできない。
神職の証明書も捨てずに身に着けていた為にあるにはあるが、旅のものと言ってしまった手前、盗品とみなされるだろう。仕方なく荷物を探り何かないかと探してみる。すると証明書らしき札を見つけた。
「あの、これではどうでしょうか。」
「ん?…これは教会警護の証明書か。過去に一度教会のために戦ったことがあるというわけか。なんだ、今回の野盗討伐でも聞いたのか?」
「え、ええ。そんなとこです。」
「全く。そうならそうと早く出せ。ほら、通っていいぞ。」
「すいません、どこにしまったのかわからなくなっていたものでして。ありがとうございます。」
なんとか通れた。嘘を言うのは慣れていないが、なんとかなるものだ。
「おい!」
「はい!」
安心していた所を再度、門番に呼び止められ声が上ずってしまった。
「そこの右の壁に地図がある。教会は目立つところにはあるが、早めに傭兵登録をしておけよ。」
「あ、ありがとうございます。」
肝が冷えた。
白い部屋中、空中に浮かんだ半透明の画面を見つつ、少年と天使達が話し合っている。
「神よ、最初の議題はこちらをお願いします。」
「…天使派遣申請ですか。背景は?」
「はい、目的は野盗討伐、町周辺の山間部や中央教会を結ぶ道中の森に野盗が発生し被害が多く出ている模様です。また町の騎士が討伐隊を結成したものの、森の中で遊撃されて撤退しているようです。教会関係者の護送車も襲われており、被害人数、金額、共に十分派遣に値するかと。」
「わかりました。それでは世界の目により天使を選定、夜間に町の外の世界の目に転送してください。」
「わかりました。それでは二二一一五番をポッドから解放し、動作確認の後に町から十キロメートル離れた世界の目に転送、十日以内に対象の排除を行います。」
「承認します。その予定を天啓で下してください。それでよろしくお願いします。」
「かしこまりました。では、次の議題に移ります。」
別の天使が話し始めた。
私は町の地図をひとしきり見て覚えた後、教会へ向かった。地図を見た限りでは昔と比べても町は変わっていないようだ。だが問題がある。
ここの教会の神父はたしか父の友人であり、特に中央からの連絡もなかったため未だ現役であるだろう。
面識はあまりないが名前で判る可能性がある。次に金だ。村を飛び出してきた手前、ここまでは歩いたが中央教会までは山間部がある上に距離もかなりある。
移動には定期便の馬車を利用したい所だが、手持ちの金が少ない。恐らく町から中央教会へ行く馬車の金は無いだろう。
この状況下で傭兵は非常に良い仕事と言える。汚れ仕事であり人を殺す事に抵抗はあるが、父は野盗に殺された手前、罪悪感自体は大して無い。
死ぬ可能性もあるが、そちらについてはもうどうでもよくなっている。真っすぐに教会へ向かうと人だかりができており、無言で待つ者や気怠そうに待つ者、酔っぱらっている者まで様々いた。
私はこの者達と同列になるのだなと思いつつも登録に向かった。教会の服装を着た者が証明書の提示を要求してきたので町に入る時に提示した物を見せると、あまり人が並んでいない窓口を指さされた。
そちらでまた証明書と名前の記入を行い、拇印を押した。すると木札と前金を渡され、ここの宿に泊まれ、札は最後に回収するから持っていろと告げられた。
何かしら問いただされるかと構えていたが意外にすんなりと終わってしまった。考えてみると城門での検問にてある程度弾いているためここの手続きに時間をかけないのだろうか。
そんな事を思っているとすぐ横の人間は教会の人と言い合いになっていた。どうも前金の話のようだ。
ふむと横で聞いていると、どうも隣の人は現金で払われず、町の中の特定の店でこの札を切り分ける事で物を買えるとの事で、換金はすべて終わった後らしい。
村ではなかった仕組みにへえと思わず声が出てしまう。また他の者は登録を拒否されて連れていかれていた。周りを見わたすと意外にも登録にてこずっているようだった。
自分の登録が随分と楽だったのは検問で提示したこの札のおかげのようだ。これは教会が信頼できると証明したものであり、過去に村が狼の群れの討伐を行った際に一人だけ来てくれた傭兵に送ったものだが、その傭兵は結局村に定住したために旅の用品一式と共に教会へ納めた物だった。
札にはトイトと書かれている。爺さんはこんな使われ方は望まないだろうが、今は心の中ですまないとつぶやき、二つの札を仕舞った。私は足早に外へ出て宿に向かった。
時間は夕刻になる頃だろうか、ふと見ると城壁の所で少年と少女が言い合いをしていた。少女の頭にのっている花輪から城門で見た二人だろうか。声が大きく、ここからでも話が聞こえた。
「一緒におうちいこうよ、一緒にごはんたべよう?」
少女はそう言いながら少年の腕を引っ張る。
「ダメだって!見つかっちまったらやばいんだから!またあしたな、あした!」
少年は腕を振りはらおうとしてるが、少女に強く出れない感じだ。微笑ましく見ていると、ふと少年と目が会った。少年は私を見るや否や顔が青ざめ強引に少女の手を振り払った。
「きゃ!」
「ごめん!またあした絶対来るから!」
そういうと少年は路地裏に消えていった。
「うう…。」
振り払われたときに少女はしりもちを着いてしまったようだ。私は近くに寄り少女を起こしてあげた。少女はおじさんありがとうとお礼をいってくれた。
「ごめんよ、彼はどうも私を見た瞬間行ってしまったようだ。こわがらせてしまったかな?」
「うううん、ちがうよ。わたしが無理を言ったからだと思う。」
「そうかい?ああ、ほらだんだん外も暗くなってきたし、うちへお帰り。送ろうか?一人で帰れるかい?」
「だいじょうぶだよ!じゃあねおじさん!」
最初少し元気がなかったが、すぐに元気を取り戻して走っていった。しかし、少年はなぜ急に離れたのだろうか。そして二人のやり取りから、教会にいた頃を思い出す。
「うぐ。」
そして同時に叫びそうな声を押し殺す。城壁から振り向くと人は変わらず歩いている。変に目立つわけにはいかないと顔を手で隠しながら宿への道に戻った。
歩きながら涙をぬぐい、息を整えると案内にあった宿に着いた。宿は混雑しており人にあふれていた。身なりが汚いものが多く、安酒をかっくらっているようだ。騒がしい中、私は受付に向かった。
「おうそこの優男の兄ちゃん、ここはうちら傭兵でいっぱいだぜ?あんたみてぇなのはもっとキレーなとこ泊まりなぁよ!」
見たところ四十半ばといったところだろうか、筋骨がかなり太い大男に話しかけられる。吐息は酒臭い。酒はリトルと偶に飲んだがもともと私はあまり好まない。昔リトルと競り合って飲んだ時にえらい目にあったからだ。
「すまない、私も傭兵で志願したんだ。当日はよろしく頼む。」
「お?そんな荒事できませんって顔でよくきたな、こんなクソみてぇな仕事によ。さてはおめー天使サンでも拝みにきたか?」
天使だと?教会は申請をしたのか?随分と人が多いと感じていたが、今回は天使様を呼ぶほどに本腰を入れた討伐なのか。
「いや、初耳だ。天使様は本当にくるのか?」
「さあねー!んまあうわさだからなぁ。すげぇ美人なんだろ?俺も一度はおがみたくてねぇ。まあそれよりも今は酒だがな!」
そういって大笑いを始めた。私は愛想笑いで返した。
「そんじゃまぁ仲間だ、ほーれいっしょにのむか!」
む、まずいこのパターンは。
「いや!すまない道中雨の中を越えてきたものでいろいろ乾かさないと黴てしまう!それに体も洗いたいので失敬する!」
「あ、おいちょっと!」
そういって受付から鍵をもらいそそくさと立ち去った。この流れだと酒を何本かをおごらされるだろう。
リトルによくやられた手口だ、常套手段だったのか。部屋に入ると小さな部屋に布団が一つ置かれていた。雑魚寝の部屋かと思ったが個人部屋としてとってくれたようだ。
これもあの札のおかげだろうか。荷物を置き、椅子に座り考える。天使か。天使ならば神の事を知っているのではないか。だが直接問いただせるのか?目立つ相手だ、危険ではあるが…。まあいい、できることをやろう。
そう思いつつ衣服や荷物を干していたが、安心したのか風呂も入らずに寝てしまった。寝ぼけた意識の中、部屋の外は相変わらず騒がしいと思いつつ意識が途切れた。翌日は昼に起きた。疲れはあったにしろ、やはり朝は弱い。
午後二時頃か、私は前金での物品補充の為部屋を出た。改めて教会で詰めてきた荷物を並べてみると、野営の道具は一通りあれど剣以外の武器防具はほとんどなかった。
剣術こそ学んでいたが傭兵の知識などほとんどない。だがそれでも討伐用の道具を用意するべきだろうと素人ながら思った次第だ。
何より神を殺す為には戦う事を避けれないだろう。無駄な出費ではないと自身に言い聞かせる。
商店街に行くと案の定その手の物が目立つ所に売られていた。それに今回の討伐後は需要が下がるからか値引きしている看板も見られる。
とはいえ良い物かどうかを見れるほど武器を扱った事がない身である。何件か回り、物を触ってがたつきがなく手になじむ物を選んでいった。数件見繕って買ったものは金属を縫い込んだ籠手と、金属板を張った盾、そして短剣と靴だ。
弓でも扱えれば買ったのだが生憎得意ではない。盾は接近までの矢避けの為に買った。ある程度接近したら捨てるつもりだ。だが盾はなぜか値段が高騰しているのか割高に感じた。
籠手はあまり干渉しないように握りやすさで選んだ。皮がまだ新しいので油を塗ってならす必要があるだろう。短剣は錆に強い機械の町の白鉄製の物が売っていたので欲しかったが、流石の値段だった為に通常の鉄製にした。
包丁のように油を塗って鞘に入れておこう。皮でできた鞘なので馴染ませてしまえば鞘に入れるだけで油がつくはずだ。靴については散々濡らした為に臭いが出てきたので頭を悩ませていたが、不整地で重量物を持ちながら動く場合は靴底が硬い方が良いと聞き、木底の革靴を買った。
皮を蝋で何十にもつけてあるそうで水が入らないとの事だったが、籠手の革もあったため塗りこむ為の油も同時に購入した。更に干し肉などの食糧も買い込み宿へ戻る。
色々と物を買ったがそれでも残りの報酬で中央教会にいけるだろう。帰る道中で聞いた声を聴き辺りを見回す。声のする細い路地の奥へ入っていくと昨日の少年と少女が言い合っていた。
割って入ろうかと迷ったが、私が行くとまた少年はどこかへ行ってしまうだろうと思い、出るのを控えた。だが昨日よりもお互い必死なようで何故か離れられなかった。
出ていくか迷っているとまた少年に見つかってしまい彼は走って逃げてしまった。私はまたやってしまったと思い少女に謝ろうと近づくと私に気が付いた少女はこちらに駆け寄ってきた。
「お願い!ロニを助けて!」
私は勢いに負けてわけがわからずそのまま返答してしまった。
「ロニ?」
「お友達なの!お願い!」
少女はかなり必死な様子で理由を話しているが、必死さ故か要領を得ない。取り合えず私は少女を商店街の方へ連れて行き、喫茶店で話を確認することにした。
茶を飲ませ一息つき話を聴くと、少女はニミカという名で、ロニというのは昨日から遊んでいた少年の名であり、急に別れを告げにきたロニから訳を問い詰めると、彼は野盗の一味であり父と共に戦うと答えたそうだ。ニミカは必死に止めたが説得には応じなかったようだ。
「おねがい!悪い子じゃないんだよ!殺さないであげて!」
子供の大きい声がとても目立ち、周りから変な目で見られてしまった。
「ああ、ちょ、ちょっと声が大きいかな。」
「あ、ごめんなさい。」
「残念ながら私では傭兵全員にその事を伝えられないけど、向こうに行った時にロニを探すよ。そうだ、君に頼まれたという事を証明する為に何か判るようなものはないかい?物でも、言葉でもなんでもいい。」
「…じゃあこれもってって。」
ニミカは少し萎れた花輪を差し出す。私が町に入る時に作ったものだろう。
「これは…わかった。大切に持っていくよ。」
私は花輪を受け取り、彼女と別れ宿に戻った。昨日は宿の食事を食べ損ねたので今日はそちらで食べるとしよう。
だが手に握られた花輪を見て、神への復讐の為に子供に手をかけるかもしれないという事実に気が付き、花輪を潰しそうになってしまったので慌てて手首にかけた。
「ただいま。」
腰に短剣を下げた少年、ロニが洞穴に入るとそうつぶやいた。ここは炭鉱跡地であり、産出した石炭の多くを機械の町に渡していたが、産出量が少なくなり忘れられた場所だった。
また教会領土の中で秘密裏行っていた場所のため、今では機械の町と中央教会双方から忘れられた場所だった。
「…別れてきたのか。ロニ。」
「…うん。いいんだ、これで。俺も父さんといっしょにやるさ。」
「なぜだ。町に残ればお前だけでも生き残れるんだぞ!」
父と呼ばれた男の語気が荒くなる。
「野盗なんかになっちまったけどさ、やっぱり父さんは俺の誇りなんだ。それに言ったじゃないか。俺が大きくなったらまた騎士を目指すって。父さんの名誉を取り返すって!野盗なんてやってたのばれちまったらまずいけどさ!」
ロニはそう強がった。ロニの父は過去、中央教会で名のある騎士だった。しかし戦場で怪我を負い、足に障害をもってしまって戦えなくなり一線を退き、指導にあたっていたが妻の不貞からその立場をなくし教会から去っていった。
戦うことしかできないが障害故に就ける職もなく、今は流れて野盗となってしまった。かつて討つ側であり、侮蔑したものに自分がなってしまったのは歯がゆいが、それを飲み込んでもなお生きる理由はひとえに息子ロニを育てるためであった。
「やめろ、騎士になんてなろうと思うな。俺をみろ。こんな屑になりたいとでもいうのか。」
「あれは母さんが悪いんだろ!父さんは少ししか歩けないけど、この中でだって最強じゃないか!俺は父さんの名誉を取り戻すんだ!」
父に似たのか、ロニは頑固だった。すると壁にかけられたたいまつに照らされて大男が奥から出てきた。
「やめとけぇイルマ、そいつも立派な男だ、自分の生き方ぐらい決めさせろぉ。」
「頭領…。」
ロニの父、イルマの後ろから頭領と呼ばれた大男が現れた。片手には酒瓶が握られている。酔っているのだろうか、火に照らされている以上に顔は赤く、しゃべり方も少し間延びしている。
「俺も大概、ガキの頃から好き勝手にやってきたもんだからぁな、どーせそいつは言う事きかねぇよぉ。おめぇの気はわからんでもねぇがぁな。」
「しかし!」
「俺もロニあたりの年で盗みやタカリだやりはじめてたからぁな。あとロニ、俺はイルマにまけちゃあいねえぞ!」
頭領が声を荒げた時、すでにロニはその場から立ち去っていた。イルマはため息をついたが、頭領はそれに気づくと笑っていた。
「あいつのようなぁ調子のよさが必要なんだよぉうイルマ!生きるにゃあなあ!」
イルマは顔を曇らせている。
「おうしけたツラしやがってぇ、おめえもほれ、飲めよ!」
「すまない、襲撃に向けて装備や罠の確認をしておきたい、失礼する。」
そういってイルマは洞穴の外へ、足を引きずりながら出て行った。
「ケッ、なんだよどいつもコイツもよぉ!」
頭領はそういって地面に座りこみ、酒瓶をあおった。
「クソが…。」
彼は現状を嘆いている。襲撃が来るからでもなく、天使が来るからでもない。イルマの事である。騎士が自分の配下にいることが不満なのだ。
頭領は中央教会のスラム街の生まれであり、糞や腐敗臭の漂うなか、親も居ず、明日がわからぬまま生きてきた。
似たような境遇の友人もいたが、死んだか去ったかわからないがいなくなった。頭領は他の者に比べ体躯が良かった。また、短絡的な性格なのが状況に適合したのだろう。
子供の頃から盗み、たかりをし、青年となって強盗、殺人を繰りかえし、中央教会の騎士団に目をつけられ町から出た。
教会の騎士など憎しみしかなかったが、それでも子供の頃は絶対になる事はできないと知りつつも、騎士のあの輝かしい姿に憧れたものだ。しかしそれが今は自分の配下にいる。
イルマが自分の一団に加わる際に力関係を示そうと一戦交えたのだが驚異的な強さだった。
自分も我流ながら腕は立つほうだが、イルマは一歩も動かず、その戦闘を操作した。
周りからは頭領が押しているように見えていただろうが、恐るべき剣線の正確さから何度も致命傷を与える機会があったのだ。
しかしそれをすべてイルマの演技によってわからなくし、頭領のみにその脅威を感じれるよう仕立て上げたのだ。
あの腕を持ってして野に下るのであれば、一体どんな人間があの輝かしい姿でいられるのか。居続けられるのか。
「どうしろっていうんだよぉ…。」
まっとうに生まれ、まっとうに生きていれば、自分も騎士になれたのではないか。夢の話であるが夢すらも踏みにじられたのだ。それが悔しくてならない。
「潮時、なんだろうなぁ…。」
夢もない今の生活ですら若い頃のように無鉄砲では生きられなくなってきた。それ故に野盗をこの規模にできたわけであって、それ故に今まで生きる事ができた。
「まあ、しかたねぇか、だが…。」
何人も殺した。こちらも殺された。その理由は単純であり、必要であったからだ。規模が小さいうちは殺す必要があった。規模が大きくなってからは殺さずになんとかできるようにもなってきた。
だが無理だ、自分達は天使まで呼んで「念入りに」殺す必要ができたのだ。しかし。
「ロニは、な。」
あいつだけは、ロニだけは逃したい、そう思っていた。頭領は自分の人生の「もしかしたら」をロニに求めていたのだ。
彼が騎士となり、身を立てる事になれば、騎士にならずとも全うに生きる事ができれば。
しかし彼はロニを突き放さなかった。彼はロニが自分の意思で生きたうえで成功を願っているからである。身勝手である事に気づいてはいるが、もう希望はそんなものしかない。
「まあ、やることは一緒だ…。」
そういって酒を飲み干した。瓶を捨て、寝床へ向かう途中に明日イルマと作戦について話をしようと思った。
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