神殺し

中立武〇

第1話 起こり

 白き羽の生えた、黒髪の女性が白磁のごとき通路を歩く。着ている服は羽と共に白くなめらかで通路に溶け込んでいた。


彼女は横幅が人二人ほどの扉で立ち止まり、横にあるインターホンを押した。


「神様、本日の業務の時間になりました。」


数秒の後に彼女の前のドアが開き、中から一人の少年が出てくる。


「おはよう。それでは始めようか。」


少年はそう言うと、彼女と共に部屋を出た。






 小さな村の神父の家では女性が家事にいそしんでいた。木綿を主に作らた粗い生地の服に対して、彼女の手は絹のようであった。

その手が木でできた質素な扉を開ける。窓の外には苔がむした世界の眼と呼ばれている石柱が見えた。


「ほら、おきてマビダ。あと一時間で教会でしょう。神父が遅れてしまっては格好がつかないわ。ヘリンはもう出かけたわよ。」


「…ん、もうそんな時間か。すまないな。」


寝ぼける頭から体を起こすと一挙手一投足に疲れを感じる。昨日は久々に剣の練習をしたのが堪えたようだ。


「朝食は用意してあるから早く支度しないと。私は先に洗濯をしているから。」


妻のチルレは言葉を続ける。


「ああ、ありがとう。」


今日は教会で子供達に文字を教える日だった。とはいっても途中で子供達は飽きてしまうので本のお話を聞かせて終わるのがいつもの流れだが。


「朝はやはりどうにもならないな。ヘリンは似なくてよかったなぁ。」


そう一人つぶやいて私は着替え始めた。苔生した石柱を見て初夏の季節になったのだとしみじみ思う。


父の仕事を受け継いで神父になってから六年ほどか。過去に野盗騒ぎで両親を失った時は随分と気が滅入ってしまったが、神父の仕事をしていく中で立ち直る事が出来た。


「それじゃあ、行ってくるよ。」


「あなた、気をつけてね。」


妻に送りだされ、私は教会へと向かう。雲こそあるが、空は晴れて暖かかった。






「また間引きを行えというのですか!」


光る画面が浮かぶ、白く大きな部屋で少年は叫んだ。


「しかし神よ。世界の目による計算ではこの推移で人口増加が続けば居住地の拡張が必要となり規模の拡大を行う過程で森林と人口の均衡が崩れます。この場合、近くの町との領地争いに発展し、死者数はこの村の人口以上の数と計算されています。」


白い羽の女性はそう続けた。世界の眼とはこの大陸の各地点に備えられた端末から、この場所へ情報を集めその事象と今後を予測し、世界の均衡を保つシステム名だ。


「…天啓で機械を教える事はだめなのですか。」


少年はそうつぶやいた。集落の規模を大きくする事で争いが起きるなら、面積辺りの効率を上げれば防げるはずだ。


およそ昔でいう中世レベルの文明であるこの世界ではまだまだ機械によって効率を上げる伸びしろが残っているのだ。だが彼はその問に対しての返答を知っていた。


「反対します。文明の程度を上げるのは滅びにつながります。」


世界の目の存在目的の一つは文明の発達を阻害する事だ。これは過去に文明が栄えたが故に優れた武器が生まれ、それにより世界が滅びかけた経緯から意図的に文明レベルを下げる事で大戦をなくして世界を存続させ続ける事が目的だ。


「決断をお願いします。神よ。世界の眼の提案も私たちの提案も、すべてを決めるのはあなたです。お願いします。」


少年は泣きそうな顔をして唸る。この少年は世界の眼の仕組みの中枢であった。合理性を追求した機械である世界の眼の情報を元に、人を愛する純粋無垢な心を持つこの少年が選び決めるという、人のエゴに塗れたシステムの中枢であった。


それ故に彼は人を愛するように作られ、愛し続けるように組み込まれている。


彼は過去にあった天啓の申請でこの村がどのような村であるかを憶えている。善人が多く、敬虔な神父がいる村だ。悪人ですら死んでほしくないと思う自分にとって、殺すなどと考えたくもない人々だ。


だが、同時に自分の善意に従って世界の眼に反対した結果がどうなったかも鮮明に覚えていた。


「…わかりました。間引きの実行を許可します。」


声は大きくなかったが、少年ははっきりとそう言った。


「かしこまりました。間引きを実行します。方法の指定をしますか?」


女性は無機質にそう返した。少年の頭脳は極めて高い知能を持つよう設計されているが、愛するものを殺す発想を積極的に出す事は出来なかった。


「方法は世界の眼で算出された最効率の案を採用してください。」


少年は直ぐにそう返した。


「かしこまりました。では間引きの内容を説明します。まず二日間水源に一時的に抵抗力を下げる薬品を散布、次に二種類の病原体を世界の眼から放ちます。これらは両方とも強い感冒を起こしますが、片方は更に死滅の際に毒素を発生させる株となります。これらすべては遺伝子操作にて最初の散布から三十日後に死滅し、この村の神父、医者、そして狩人の一部には感染しないよう設計しております。また、天啓用の薬はこの森で取れる材料にて作成可能です。以上の手順が神への求心力と削減数との効率が最も良いとされたものになります。」


「わかりました。そちらでお願いします。では次の議題をお願いします。」


少年は逃げるようにそう告げた。






「ただいま。」


「ただいまー!」


「お帰りなさい。少し遅かったわね、いま夕飯を作っているからもうちょっと待っててね。」


「はーい!」

我が娘のヘリンは走って家の中に入っていった。教会での勉強も終わり、今日は後片付けを早めに切り上げて娘と一緒に帰宅した。


道中に親友のリトルに酒場に誘われたが娘を言い訳に断ってきた。家族が出来てからあまり飲みにも行かなくなってしまった。時間を作らなければと思ってはいるが、なかなか一人の時のようには出来ないものだ。


「いや、リトルに絡まれてね。あいつも落ち着いて欲しいもんだ。」


「えー、リトルおじさんいい人だよ。森の事とかいろいろ教えてくれるし。」


「こら、そんな話をしていたのか。危ないから森に入ってはいけないぞ。」


「わかってるよー。」


私たちは夕飯の後、ヘリンは家族に今日の出来事を話した後、チルレに本を読んで貰っているうちに眠り、私も寝床についた。思えばこの時が一番幸せな日々だったであろう。






「おい、マビダいるか!」


教会で勉強を教えた後、事務仕事をしていると急に叫び声が聞こえた。声の主はリトルであった。


「どうしたんだ、そんな急いで。」


普段から落ち着きがないない奴だが、いつもと様子が違う。


「トイト爺さんが死んだ!来てくれ!」


思わず目を見開いた。トイト爺さんは昔から悪さをした子供を正しく叱る気骨のある人だ。昔は私もリトルと無断で森に入って殴られたものだ。


今では高齢であるが元傭兵であった事もあり体は強く、よく教会に行く途中の畑で耕しているのを見ていたが、確かに最近はその姿を見ていなかった。


「わかった、行こう。」


リトルのくだらない嘘であればと思いながら教会を出る。道中、リトルから話を聞くと今月初めはいつも通り外で農作業をやっていたが、時折大きな咳をしていたと近所の人が話していたそうだ。


家の中からも聞こえる程だったので声をかけたが、本人は平気だと言って追い返したらしい。ある日家から出なかったため様子をみると布団の上で意識が無い状態であり、急いで村医者に見てもらったがそのまま亡くなってしまったという。


しかもそれを皮切りに村全体でぽつぽつと風邪が流行り始めてるらしい。


「爺さんはここだ。お前に弔って貰いたい所だが、もしかすると伝染病かもしれん。先に棺桶に入れさせてもらった。」


リトルはそういって棺を少し開いた。隙間から見える爺さんは前に見た時よりも痩せこけているが、まぎれもなくトイト爺さんだった。


本来は教会にて供養をしてから棺に入れるものだが、感染症を疑ったリトルの独断で隔離を兼ねてすぐに棺に入れたそうだ。残念な事に彼のカンは昔から当たる。



「今、お医者様に症状が出ている人の対応を頼んでいるが今後どうなるかわからん。また神様にお願いしちゃくれねえか。」


ここ三か月ほど天啓を頼むような事案がなかったため、天啓を下ろすのは久しく感じる。伝染病と決まった訳ではないため、ただの風邪の場合は天啓の無駄になるが、そうでなかった時は極めて危険だ。


「わかった。すぐにやろう。また何か進展や変化があったら教えてくれ。あとうちへの連絡を頼む。」


「あいよわかった。教会に泊り込みか、おまえが体崩すなよ?」


「すまんな、頼んだぞ」


私は教会に戻り天啓の準備に取り掛かる。天啓を願うには教会を締め切り、専用の服を着て教会の象徴の前で願いを思い続ける必要がある。


これは神父である私にしかできない事だ。もしこの願いが届いたならば、象徴が光り私の頭の中に語り掛けられる。


天啓は教会の象徴の前でしか降りないため、一刻も早く必要な場合は泊り込みでやる事にしている。


ちなみに神が不要と判断したものや、願いが多すぎると天啓は降りてこないと今は亡き父から聞いた。準備中に父を思い出した事により作業の手が止まるが、ため息と共に作業を再開し蝋燭の灯りの元、私は天啓を願った。






 翌日の朝、本堂の戸が叩かれた。リトルであった。


「ほい、メシ。あと状況だがダメだ、五人死んだ。どうも爺さんは年だから早く来たのかと思いきや、一人二十代も死んでる。最初は軽い風邪みたいだがどうも急に悪化するらしい。一応村長に言って外出に制限かけたぜ。」


リトルは普段だらしないが緊急時には頼りになる。そしてそのカンのよさは私以外にの人間も知っている。村長の決断の速さもここから来るものだろう。


「わかった。すまないが天啓はまだだ。また何かあったら教えてくれ。」


「神さまってのはお前と一緒で朝弱いのかよ。早くして欲しいもんだ。」


お互い笑い、直ぐに別れた。リトルの持ってきた食事はチルレの手製だろう。食べなれた味は旨い以上に心が落ち着いた。


次の日の昼頃にリトルから更に死んだという報告を聞いた三時間後ぐらいに象徴が光った。私はそれに気が付き願うのをやめて吐息と共に意識を抜く。


すると頭の中にまるで直接見聞きをしたような知識と、その状況に生涯を捧げたような経験が流れ込んでくる。


天啓が終わると事を成した安堵感からか、祈りの姿勢を取り続けた故の体の痛みに気が付くが、ここからが重要である事を肝に銘じ外へ行く用意をする。


ここで天啓の内容を書いて誰かに渡せれば楽なのだが、天啓は記録に残してはならないという決め事がある。それを破ってしまうと天啓が降りなくなってしまうと父は言っていた。


子供の私は天啓を忘れないのかと問うと、天啓の内容は一文字たりとも忘れないと教えてくれた。確かに過去に受けた天啓の内容は今でも忘れていない。これも私が神を信じる理由の一つでもある。


「リトルすまない、天啓の内容からどうも薬の材料が森にあるそうだ。少し白みがかった苔から土を取り、潰した後に診療所の器具に通せばできるらしい。私は診療所に向かって医者に器具の確認と説明をしてくる。おまえは」


「わかってるよ、頭数そろえて森に行ってくるわ。なに、狩人にかかりゃ動かんもの持ってくるなんて朝飯前よ。」


「ありがとう、頼んだぞ。」


「お前も無理すんなよ、寝てないんだろ?」


「薬の説明が終わったら一休みするさ。気にかけてくれるとは随分優しいな。」


「言ってろよ。」


そう言って二人で少し笑い、親友と別れた。私は急いで診療所に向かい、器具の確認と説明をした。


村医者も患者の対応で軽くまいっていたが、私の話を真剣に聞いてくれた。薬を作る器具は埃をかぶっていたが、二人で洗浄し、組み立て直した。


私が家に戻った頃にはすっかりと暗くなっていた。ろうそくの灯で食べ物を照らし、食事もそこそこに布団に滑り込む。二日間まともに寝ていない身故に倒れるように寝た。そうでなければ妻と娘の咳を聞き損ねるはずがない。






 狩人たちが取ってきた苔を仕分けして、二日後に薬が完成した。累計二十人ほど死んだ後だった。


重症患者を中心に投薬するとたった半日で効果は表れ、会話が可能なまでに回復した。


材料がそんな珍しいものではないのか、狩人達はたくさん材料を取ってきてくれたが道具が一つのため薬の生産が追いつかなかった。


だが村の鍛冶屋があり合わせの部品で同じ物を作ってくれた為、四日後には薬の量は十分となった。村の診療所で安定して対処できるようになった辺りで妻と娘が倒れた。


「なんで黙っていたんだ!」


思わず私は声を荒げてしまった。


「ごめんなさい、負担になるかと思って。でもヘリンまでなってしまうなんて。」


「ゴホ、おとうさんごめんなさい。」


殊勝に謝る二人を見て私は声を荒げた事を悔いた。一人頑張っていたつもりだったが、家族も支えてくれていたのだ。倒れている二人を見て冷や汗をかいたが今は薬がある。


二人にすまないと謝り、明日診療所に行こうと話した。その日の夜は慣れぬ家事をした後に夜遅くに寝た。


次の日に朝一番で診療所へ向かった。家内も患ってしまったため見てくれないかと申し出ると最優先で見てくれるという話になった。


まだ他にも患者がいる現状でその申し出に声が詰まったが、二人を見直すと頼むとしか言えなかった。他の人の目線が怖く恐る恐る見回すと、不満な顔をする人は誰もいなかった。


その日は診療所側が病人の対応は我々でやると言われた為、病床で寝込む二人の横に付く事にした。


弱る家族二人を見て父の責任を感じ縮む様に座り込んでいると、後ろからどたどたと足音が聞こえた。リトル達狩人が材料をもって診療所に来たようだ。


「なにやってんだ、家族ほっといてひでぇ旦那だな。」


「…うるさい。」


リトルが部屋に入って開口一番そう言った。私はこの状況では何も反論ができなかったのでぶっきらぼうに言い捨てた。リトルも失言に気づいたのか、慌てて話を変える。


「んにしても難儀だな、俺を見てみろよ今回ぜんぜん風邪にかかんないぜ。マビダ、お前だってまだ体鍛えてるから今回平気だったんじゃねぇのか?やっぱ体は強くしないとな!」


ここで慌てるという事はあの話題の振り方もリトルなりの元気づけだったのだろう。その気持ちはうれしいが、時と状況は考えてほしい。


するとリトルの後ろからひと際大きい男がリトルの肩を叩いた。この村の狩人のまとめ役のカイロだ。


「おめえが風邪ひかねえのは馬鹿だからだろうが。」


低く、だがしっかりした声で男はそう言った。


「んな!」


「違いないな。」


先ほどのやり取りからと何となしの合点から私は笑いながら言った。リトルは何か言いたそうだったが、先のやり取りからばつが悪そうに口をつぐんだ。


「これ、あまり騒ぐな。病人が居るんだ材料はいるが雑音はいらんぞ。」


村医者がそう言って部屋に入ってきた。


「薬は神父様と狩人達のおかげで数が出来たが、まだ治っちゃいん者が沢山おるのだ。気を緩めるのは早い。それに対応が遅い場合は薬があっても治らぬ場合もある。」


そう続ける医者に、私は小さな緊張に唾をのむ。


「まあ神父様のご家族は初期症状じゃろう。恐らく問題ないな。」


そう言って笑う医者に続き、狩人達も笑った。つられて妻と娘も笑っていた。私はため息をつくばかりだったが、眉間の力は緩んだ。






 薬により症状を抑えられるようになった為、病人の対応を医者に任せて私は葬儀の対応を初めた。


だがその間にリトルから病気について気になる話を聞いた。それは死者は減ったが無くなってはいないという事だ。


私は村人全員分の薬が用意できた今は発見さえ遅れなければ死者は出ないと思っていた。だが医者が言うには初期症状は同一だが薬を飲んでからしばらくして昏睡状態に変わりそのまま亡くなるそうだ。


私はこの件について再度天啓を願おうと考えた。基本的に天啓は月に一度が目安となる為、前回からまだ一月経っていない今は天啓が降りてこない可能性が高いが、一人でも多くの人を救う為に無視はできなかった。


リトルから話を聴いた当日は葬儀を優先し、終わった後に少しだけ天啓を祈り、その後には家族の見舞いに行った。


二人は元気そうだったので安心し、明日には家に戻れるだろうと医者から聞いた。翌日、一人の食事は今日が最後だと思いながら朝食を食べて教会へ行き、今日の分の葬儀の準備をしているとリトルが飛び込んできた。


「チルレ達の容態が変わった!」


一瞬言葉の意味が理解できなかったが、すぐに震える程の悪寒が背筋に奔る。二人で教会から飛び出し診療所へ向かった。


診療所に着くまで私は慟哭のような神への祈りを心の中で叫んでいた。診療所に着くとチルレ、ヘリン共に昏睡している状態だった。医者は再度薬を投与する準備をしていた。その顔は曇っている。


「薬を飲めば治るはずだ!」


「…もう三本目だ。これ以上は薬で体を悪くする。今助手に過去の文献で同症状のものはないか確認している。」


医者は目を伏せながらそう言った。文献があるのであれば最初から天啓を行うことはない。私はうなだれた後に思いついた。


「教会に戻って天啓が来ているか確認してくる!昨日少しやったんだ!」


「やめろ!側にいてやれ!」


リトルはそう叫んだ。その表情は強張ってるが諦めが見れた。


「もしかしたら天啓が来るかもしれない!そうすれば助けられる!」


「行くな!せめて、せめて最後ぐらい」


私はリトルを突き飛ばし、教会へ向かった。後ろから聞こえている声はもう聞き取れなかった。私は教会に戻り一心不乱に祈りをささげた。ささげ続けた。やがて外は暗くなり、そして白み始め、教会の扉が開きリトルが暗い声で私に声をかけた。






 十日後、村の葬儀はすべて終わった。自分のを含めて。


自分の葬儀が終わった後に医者が頭を下げた後に症状について報告があるというので聞いた。病気ではないがある毒の中毒症状に酷似してるとの事だった。


もしかするとあの病気が何かの原因で毒に変わったのではと言っていたが、今はもうどうする事も出来ない私はそれを聞き流した。


全て終わらせた今、私は七日ぶりに家に帰る。忙しいのもあったが家に戻ると家族を思い出し心が砕けしまうと思ったからだ。


次の日、私は教会に鍵をかけ子供たちへの勉強を再開せず天啓用の正装を着て象徴の前で祈っていた。


せめて、せめて最後に願った天啓の結果が欲しかった。家族に背を向けてまでした事を無駄にしたくなかった。


リトルが無言で差し入れを持ってきてくれたが、食べ物はのどを通らなかった。そして祈りをささげ続けて二日後、リトルがつかみかかってきた。


「いい加減にしろ!知った所でなんなんだよ!もう病は終わったんだ!お前まで死ぬつもりか!」


無理矢理立たされてリトルは拳を振りかぶったが、私の眼を見た後顔を反らし、拳を下ろした。


「いいか、聞いてくれ。チルレの遺言だ。」


その言葉で空虚な思考から一気に頭に血が廻った。


「あの人を責めないでくれと。あの人は自分しかできない事をやるために行ったのだから。あの人は優しくて、強い人だから。私はそんなあなたが好きだから、変わらないでくれと言っていた。あとヘリンだが…。」


リトルはしまったという顔をした。私は止められた言葉がなんだったのかリトルに問いただした。リトルは唸った後にまた後で話すと言い出したが、内容が気になった私は何度も問いただし、最後には私がつかみかかっていた。


「なんでもいい!本当の事を教えてくれ!」


私は最後の言葉を、家族の残り香を渇望した。リトルは観念したのか、口を開いた。


「…お父さんはどこ、だ。」


「…そうか。」


私はそうつぶやき、手を離した。離したというよりも力が入らなくなり勝手にとれてしまった。リトルはすまんと言って教会から出て行った。


一人になった私はうなだれながら先の言葉を頭に巡らしながら立ち尽くす。そして力が抜けて膝を付き、頭を抱えた。神の象徴に背を向けて、私は祈るように家族の言葉を反芻した。外から雨の音がし始め、教会は急に薄暗くなった辺りで私は叫んだ。


「うおおおあああああああ!私が!俺が間違っていた!俺はそばにいるべきだった!神に、神などに祈るのではなくあの場に留まるべきだった!」


俺は振り向き象徴に叫んだ。


「神よ!何故二人を見殺しにしたのですか!何故皆を助けたのですか!何故私を死なせなかったのですか!」


象徴に反応はない。


「何故、なぜ!なぜええぇぇ!」


俺はリトルの差し入れにあった短剣を手に取り象徴へと歩きだす。


「なぜだ!なぜなんだ!」


光も音もしない象徴が自分を無視しているようで許せなかった。


「こたえろおお!」


俺は短剣を象徴の中心に叩きこむ。ガキンという音と共に、青黒い液体が流れ出した。舐るように刃を捩じり手を放す。


焼けた喉から磨り潰された嗚咽を吐きながら、象徴に背を向けて倉庫へと歩き出した。


俺は倉庫にある有事の際の剣や、過去に野盗討伐に参加した者が残した旅の道具を引きずりだす。


本堂に戻ると慣れ親しんだはずの教会の匂いや空気が俺を拒否しているような気がした。


俺はリトルの差し入れを手づかみで喰らった後、残りを荷物の中に突っ込んだ。外に出ると強い雨と闇が広がっていた。倉庫から出した皮の外套を頭から深くかぶり、歩みを進めた。


「おい!どこ行くんだ!」


右からリトルの声がする。雨音の中でも足音がわかるほど走っていた。


「教会から変な音が聞こえたがどうした!なんだありゃお前がやったのか!」


「…ああ。」


俺はどうでもいい事の言いように答えた。その行動に対する結果を考えたくなかった。


「なんだ、どうしたんだ!なんだその格好は、どこへ行くつもりなんだよ!」


俺はすぐに答えられなかった。何故ならここから出たいだけで行きたい場所などなかったから。


「やめてくれよ、お前のおかげで何人助かったと思っているんだ、みんなお前に感謝してる!お前は英雄なんだ!」


「その中に家族はいない。」


リトルは黙ってしまった。俺は続ける。


「もう、嫌なんだ。葬儀の度に泣いている家庭や、礼を言ってくる家族やその子供を見ているだけで嫌なんだ、なぜ、なぜ俺の家族が死んでいるんだって。なんで、みんなが、こいつらが生きてるんだって、そう思ってしまって、嫌なんだ。」


「だからって、出ていってどうすんだよ!」


「神を、殺す。」


「はぁ?」


会話が途切れ、雨音が場を支配する。


「何訳わかんねぇ事言ってんだ!いいからもど」


俺はそう言いかけているリトルの顔を殴った。


「がぁ!てめぇなにすん…。」


俺は腰にかけた剣に手を掛けた。


「お前…。」


そして、ゆっくりと引き抜き、剣先が自由になる感覚と共に、ゆっくりと剣先を彼に向ける。


「もう嫌なんだよ…。心配そうに見てくるみんなが、やさしいみんなが。もう、見ているだけで叫びそうなんだよ。止めないでくれ。すまない。」


雨の闇の中、俺は親友と教会を背に歩きだした。






「神よ、緊急の議題が一つ入りました。こちらをお願いします。」


「…これは。」


それは前回間引きをした村で異常警報が発信されたという事だった。教会に設置されている世界の眼からの映像では何故と叫んだ神職と思わしき人間が象徴にナイフを突き立てていた。


「この状況がなぜ起きたかわかりますか?」


少年は女性に問う。


「この人間は声の波長からこの村の神職、マビダであるようです。また、直近のレコーディングから、今回の間引きで家族二人を亡くしたと思われます。」


「…そんな。」


「また、彼の叫んでいた天啓についてですが、短期間の申請過多で一月後に廻されていたようです。」


彼の叫びと様子から心情を考えてしまい罪悪感が胸を押しつぶす。


「象徴の破壊は大罪です。幸い自己修復機能で直る範囲ですが、規定通りこちらを罪人として教会に手配しますか?」


「…いや、いい。やめてくれ。そのままでいい。」


「不穏分子は排除するべきと思いますが、何故?」


「…すまない。だが、これが私の決定だ。異論はしないでほしい。」


「わかりました。神の決定に従います。」


少年の贖罪であろうか、マビダに何も罰を下さなかった。だが映像の最後の方の神を殺すという言葉を彼は聞き逃していなかった。






 翌日、村人達は教会に集まっていた。教会の象徴に短剣が突き刺さっていたのを子供が発見したからだ。


横にはリトルがうなだれて座っていたと言う。駆けつけた大人がリトルを問いただした。


リトルも憔悴しており俺が嘘をつかなかったからと支離滅裂な事を嘆いていたがその言葉の端々から何となく状況を悟り村長に報告した。


村長はこのままでは不敬により村に天啓が降りない事を危惧したが、それ以上に天啓を下ろす者がいない事にも頭を悩ませる。


すぐ中央教会に新たな聖職者の派遣要請とマビダ捜索の手配を周りに話始めるが、大声が上がる。


「待ってくれ!神父は俺にやらせてくれ!」


声を上げたのはリトルだった。


「何を言っている。神職に至るのは簡単なことではない。第一お前は文字が読めないだろう。お前は捜索の方に手を貸してくれ。」


村長はそう言った。


「俺が、俺が悪いんだ。俺のせいでマビダは出て行っちまったんだ。俺が、止められなかったんだ。だから俺の責任なんだ!親友の俺があいつが戻ってくる場所を守ってやんなきゃいけないんだ!だから、だから俺にやらさせてくれ!」


普段言動が軽いリトルが泣きそうな面持ちで必死に訴えかけた。村人はざわめいた後、村長に判断をゆだねた。


「…半年間だ。それで神職者になれなかった場合、中央教会に神職者を申請する。」


「すまねぇ、ありがとう!」


反論する村人はいなかった。

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