第11話 「穏やかな日常」
ゲームセンターからの帰り道。サナエが「あっ」となにかを思い出したように手を叩く。
「そうだ、月島くんに伝えないといけないことがあるんだった」
「なんだ? 伝えたいことって」
「探索者資格を取るための試験、日程が決まったの」
「あぁ、そういえばそうだった」
サナエと遊ぶのが楽しくてすっかり忘れていたけど、こっちが本分だ。
「探索者の試験ってなにするんだ?」
「んー……毎回やること変わるらしいし、聞いてもあんまり参考にならないかも。っていっても、仮に知ってても教えられないけどね」
「なんでだよ~教えてくれたら楽できるのに」
「教えちゃ試験の意味ないじゃない」
サナエはすごくまっとうなことを言っている。とはいえ、サナエとしても零斗には探索者になってほしいから、受かりやすいように手引きしてくれると期待していた。
(やっぱ自力でやんないと駄目か)
「筆記試験とかないといいな」
「あるわよ」
「終わった……」
仮免取得のときにも筆記試験をやった記憶はあるから、当たり前の話である。
「……本来なら、ね」
「へ?」
「ダンジョンの知識がない人を探索者にしても死ぬだけだから筆記は必須って定められてるんだけど、今回月島くんはやらなくていいわ。私と一緒にダンジョンを攻略するなら私がその場で教えれば良いだけだしね。だから、月島くんが受けるのは実技だけ。私に勝てる力があるなら間違いなくクリアできると思うわ」
筆記をやらなくていいだけでこれ以上ない喜び。零斗はテストも毎回赤点ギリギリなので、筆記があるって言われた瞬間の絶望感は半端じゃなかった。
「ありがとうサナエ……」
「ちょ、ちょっと! 抱き着かないで!」
零斗にはサナエが救いの女神に見えた。思わず抱き着いてしまったが、これは誰がどう見ても事案ではないか。零斗は一旦サナエの身体から手を離すと、高速で周囲を見回し、通行人がいないことを確認。改めてサナエに抱き着く。
「いや、だからやめなさいって!?」
サナエに力づくで引き剥がされた。
(流石に悪ノリが過ぎたか……)
これ以上は本気で嫌われかねないので、零斗は素直にサナエから離れる。
「もう、月島くんのばか。ばかばか…………ばか」
「語彙力!」
サナエの罵倒が想像以上に可愛くて、怒られているというのに、つい零斗の頬が緩んでしまう。
「あっ、そうだ。月島くんに言わなきゃいけないことがあったんだ」
「なんだ?」
「月島くん探索者になってくれるって言ってたじゃない? その試験の日程が決まったの。この紙に日時と場所書いてあるから確認してくれない?」
「分かった……って、試験明日かよ!?」
「実技だけなら別に準備とかいらないでしょ」
実際、なにやるか分からない試験なんだから準備もなにもないのだが、急に言われると動揺を隠せない。
(サナエと一緒に探索者やるためにも、絶対受かってやる……)
世の探索者は、家族のためとか平和な世界のためとか高尚な目的を持っている人も多い。だというのに、零斗はただ一人の女の子と一緒にいたいだけで探索者を目指している。
零斗が試験を受けるということは、その分探索者を目指す誰かを蹴落とすことになる。それは零斗より立派な意思を持った誰かかもしれない。零斗よりずっと努力している人かもしれない。そう思うと「俺みたいなやつが……」と、負い目を感じる部分はある。
それでも――
「とりあえず、やるだけやってみるよ。サナエの信頼を裏切りたくないからな」
浅い目的かもしれないけれど、零斗にとってはどんな高尚な志よりも大切なものだったから。
「ありがと。応援してるからね」
そう言ってサナエが去ろうと踵を返した瞬間だった。
「――っ!」
「どうしたの? 月島くん?」
「いや、なんか誰かに見られてるような気がして」
「私はなんの気配も感じないけど」
「……だよな。多分気のせいだ」
前にもこういう気配を感じたことがあったから、気のせいと断じるほど楽観的にはなれない。しかし、試験前にサナエに心配かけたくない気持ちから嘘を吐いてしまった。
若干心配そうなサナエと別れ、零斗は家に帰る。明日の試験をなんとなく予想しながら歩いている途中、十字路を曲がった際に誰かとぶつかった。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「えっ……つ、月島くん」
「あっ、もしかして歪美さん?」
考え事をしていた故にぶつかった相手を認識していなかったが、よく見たら見覚えのある顔だった。
ふわふわした栗色の髪の毛、大きくて丸い瞳に真っ白な肌。身長は零斗より頭一つ分くらい低く、腕や足が心配になるほど細い。……以前、ダンジョンでゴーレムに襲われた深井歪美そのものだった。
「わ、わたしなんかの名前を覚えててくれたんだ……うへへ。……じゃなくて、ごめんなさい。月島くんのお身体は大丈夫でしょうか……骨とか折れてませんか……?」
「そんなやわじゃねえよ」
「ひええええごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 嫌わないでえええええ!」
歪美は泣きながら走り去っていく。出会ってから逃げるまでの流れについていけず、零斗は呆然と立ち尽くしていた。
「なんだったんだ……?」
◇
家に帰ると、夕食が用意されていた。既に華奈は食事を始めており、零斗の帰宅に気づくや否や、ご飯を頬いっぱいに溜めた状態で零斗の方を向く。
「おはへりなはい~」
「律儀に言ってくれるのは嬉しいけど、それは口に入ってるもの片づけてからにしてくれ」
「んぐっ……お兄ちゃん、可愛い妹がお帰りって言ってあげてるんだから跪いて感謝するところでしょ!」
「はいはい、ありがたいありがたい」
「あたしの扱い雑過ぎ! お母さんからも𠮟ってよ~」
華奈が母親に助けを求める。母親は零斗の分の料理を取り分けながら、微笑まし気に零斗と華奈の様子を眺める。
「ほんと、二人は仲良しね」
「「仲良しじゃない」」
「ほら、息ぴったり」
母親の言葉を否定しようとしたら見事にハモってしまい、お互いがお互いを見つめる。華奈は頬を紅潮させながら、腹いせとばかりに、零斗の皿に乗った唐揚げを強奪していった。
「おい、なに勝手に俺の唐揚げ取ってんだよ」
「お兄ちゃんのものはあたしのものだから」
「どっかのガキ大将かお前は」
「もー、お兄ちゃんったら文句ばっかり。じゃあ代わりにこれあげる」
華奈は自分の皿にあるキャベツの千切りを零斗の方へ移動させる。零斗の皿からは唐揚げが消滅し、キャベツのキャベツ乗せという斬新すぎる料理が完成した。
「流石にこれで飯は食えねえよ……」
「仕方ないでしょ。あたし、草嫌いだもん」
「野菜を草と形容すんのはやめとけ」
しかも作ってくれた親の目の前で。キャベツを食べるのは構わないけど、それだけじゃ腹が膨れないしな……と考えていると、華奈が零斗から奪った唐揚げを頬張った直後に口を抑える。
「うっ……気持ち悪い」
「俺への嫌がらせのために身体張りすぎなんだよ。それ、もらってくぞ」
華奈は少食で、油濃いものを得意としていない。普通に食べる分には問題ないが、零斗の分まで食べようとするとこうなるのは必然だった。
「そういえばお兄ちゃんはなんで今日遅くなったの? あたし、なんの連絡ももらってないんだけど」
「普通に友達と遊んでただけだぞ。あ、そうだ。母さんに伝えとかなきゃいけないんだった。俺、探索者の資格取ることにしたから」
零斗が報告すると、華奈が口に含んでいたものを吹き出した。
「な、なに言ってんの!? お兄ちゃんは雑魚でばかなんだから、探索者なんてならずにあたしに飼われ……養われればいいの!」
「今とんでもないこと言いかけてなかったか!?」
衝撃的な言葉が聞こえて一瞬、零斗は自分の耳を疑ってしまった。
「お兄ちゃんが探索者になったら死ぬに決まってるじゃん!」
「でも俺、華奈をウェアウルフの群れから助けただろ」
「それは……っ! あ、あとダンジョンの知識がないから罠にかかって死ぬかもしれないし」
「あの時罠にかかったのお前だけどな」
「……」
ついに華奈がなにも言わなくなった。
「そんなに死にたいなら好きにすれば良いじゃん! もう知らない! 勝手にダンジョンで野垂れ死ねばいいよ! やっぱだめ! 死んだら殺すから!」
「さっきからなに言ってんだ」
「む~~~! じゃあ探索者の資格とったらあたしとずっと一緒にいること! それだったら危険はないし」
「おいおい、勝手に話を進めるなよ。俺には一緒に探索者やってくれるって人がいるから、お前と一緒ってのは無理だ」
「はああああああああ!?」
華奈がは表情を歪ませ、もはや雄叫びにも聞こえるような声を出した。
「誰そいつ……お兄ちゃんの友達で探索者やってる人いないはずだよね」
「なんで俺の交遊関係まで把握してんだ……」
「茶化さないで。あたし、真剣だから。それで、あたしの知らないその誰かさんはどういう人なの?」
「ええっと……サナエって子で……」
「女?」
華奈から恐ろしい気配が漏れ出ている。零斗の目には華奈が真っ黒なオーラを全身にまとっているように見えた。
「女の子……だと思う」
「は?」
「女の子です」
あやふやにしようとしたらとんでもない圧をかけられたから素直に白状する。
(流石にここで話を逸らすような度胸は俺にはない……っ!)
「お兄ちゃんちょろいから騙されてるね。さな子だかさな美だか知らないけど、その女危険だから関わらない方がいいよ。いやもうあたしが消す。邪魔だし」
「俺の身を心配してくれるのは嬉しいけど、華奈じゃ多分どうにもならない」
探索者の中でも一番強いとされているサナエに華奈が勝てるとも思えないし、この様子だとサナエに負けてプライドを折られると、華奈のメンタルに相当ダメージがいきそうだ。
「ふうん、そんなにその女のこと信用しちゃってるんだ……あたしより強いとかありえないんですけど。そうだ、その女も試験会場に来るんだったら、あたしもお兄ちゃんに付いて行く。会場で
華奈は怪しい笑みを浮かべながら自室へ帰っていく。
(これはマズいことになったかもしれねえ)
まさか零斗が試験を受けるだけでサナエと華奈のマッチアップが成立するとは全く想像していなかった。というか、華奈がここまで食いついてくるとは思わなかった。
明日は胃が痛くなりそうだな……なんて、零斗が冷や汗を浮かべながら思いを馳せていると、零斗と華奈のやり取りに干渉せず食事を続けていた母親がふと呟く。
「もう、華奈の野菜嫌いはいつになったら治るのかしら……」
「そこはもはやどうでもよくない?」
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