第10話 「二人の『初めて』」
ゲームセンター特有の騒音が心地よく感じる。
「うわぁ、こんなところあるんだ」
「結構音大きいけど、大丈夫か?」
「大丈夫。ダンジョンにいる時よりはマシだから」
俺の知ってるダンジョンって割と静かなところ多かったんだけど……サナエの行くダンジョンはどんなところだったんだ。
ゲーセンの中を歩いていると、クレーンゲームのコーナーでサナエが立ち止まった。
「サナエ、どうしたんだ?」
「……」
サナエの視線の先には猫の形を模したぬいぐるみが飾ってあった。先を歩く俺に気づかないくらいじっと見つめているということは、相当気に入ったのだろう。
「わっ」
俺がクレーンゲームの台に百円玉を入れると、軽快な音を立てて起動する。
突然の音に驚いたサナエが、俺の方を向いて何か言いたげな雰囲気を出している。
「挑戦してみるか?」
「……うん」
「正面からじゃなくて横から見てアームの位置を調整すると取りやすいぞ」
ぎこちない手付きでスティックを操作し、アームをぬいぐるみのところまで移動させる。
アームがゆっくりと降下し、ぬいぐるみの胴体を掴むが――
「掴めてないの!? な、なんで!?」
「この台のアームは結構弱いのかもな」
ぬいぐるみの輪郭をなぞるだけでアームが上昇し、ゲームが終了した。
「……もう一回やる」
サナエが財布を取り出し、五百円を入れた。五百円を入れると五回プレイに加えて一回無料で遊べるサービスがあるらしい。
(そういえば、俺に負けてから俺の強さを知るためって学校に転入してきたり、サナエは負けず嫌いなところあるよな……)
六回分のプレイを終えて、サナエは膝から崩れ落ちる。ぬいぐるみは依然として初期位置から変わっておらず、絶対に取られまいという意思を感じた。
「な、なんでぇ……」
「ここまでアームが弱いことなんて珍しい気がする。そういう設定なのか、運が悪いのか分かんねえけど」
「設定……アームの強さって最初から決まってるの?」
「そう言われてるな。俺は店員になったことないから実際そうなのか断言できないけど」
「ずるい……弱く設定するなんてずるいわよ」
「まあ、店も商売だから……」
ボランティアならいざ知らず、金を稼ぐシステムなのだから金が落ちるように設定をしていてもおかしくない。
俺はサナエの前に割り込んで、クレーンゲーム機に百円を入れ、起動する。
「月島君、やるの? さっきアームが弱く設定されてるって言ってたじゃない」
「まあ見てろって」
アームが降りた時、ぬいぐるみから少しずれた位置で着地する。アームが閉じられ、上昇していくも、ぬいぐるみを掴んではいない。
「月島君、もしかしてクレーンゲーム苦手だったり――って、え? 持ち上がってる……」
ぬいぐるみに触れていないのに持ち上がる光景を、サナエが大きく目を見開いて見つめていた。
「なんで!?」
「ぬいぐるみのタグにアームを引っかけたんだよ。難易度は高いけど、慣れたら一発で取れるようになる」
ぬいぐるみが落下し、クレーンゲーム機の口から出てくる。
「はい、これ欲しかったんだろ?」
「そう、だけど……いらない」
「なんでだよ」
「これは月島君が取ったものでしょ。なら、私がもらう訳にはいかない。私は私の力で手に入れるから」
「負けず嫌いもここまで来れば筋金入りだな……」
欲しいものは自らの手で手に入れるって強い意志があるのは良いことだけど、このままだと後何円消費するのか分からない。
ある程度挑戦して無理そうだったら渡そうと決意し、再びクレーンゲーム機の前に立つサナエを見守る。
「こうして、こうすれば……やった、取れたっ!」
「嘘だろ!?」
「お手本は月島君が見せてくれてたから。ありがとう、助かったわ」
飲み込み早すぎないか? 若くして人類最強の探索者になれるだけあって、こういうところでも才能に恵まれているのか。
「これで私たち、お揃いね」
サナエはぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて、嬉しそうに微笑んだ。
◇
クレーンゲームの後、エアホッケーをしたり、メダルゲームで遊んだりした。サナエはどの分野においても飲み込みが早く、一回プレイすればすぐにコツを掴んでメキメキ上達した。
メダルを入れる箱が四つくらい並んでいる。全て満杯でこれ以上メダルが入る隙間はない。
「メダル、使いきれないな」
「これ余ったらどうするの?」
「店員に預けておけば次来た時に貰えるけど、どうする?」
「うーん、それは良いかな。この量から始まるとリスクがなくてつまらないし」
一箱目が一杯になった時点でリスクとはかけ離れた状態になってたけどな。
俺としても、この量を持ち運ぶのは面倒だし、返却したかったところだから都合が良かった。
「じゃあ俺返してくる」
「分かった。私は外で――って、思ったけどやっぱり月島君についてく」
「あぁ、一人でいるとまたナンパされるかもしれねえしな」
「そういうこと」
俺とサナエは店員にメダルを渡し、ゲームセンターを出た。
「ねえ、月島君」
「なんだ?」
「今日、楽しかったわ。ありがとう」
「そうか。それなら良かった」
俺の好きなところに連れていったり、ナンパされたり、サナエにとって嫌な記憶になっていないか不安だったけど、どうやら杞憂だったみたいだ。
「私さ、またゲームセンター来たいな」
「そんなに気に入ったのか?」
「……まあ、そんなところ」
「ふうん……ここだったらいつでも来れるし、通ったら良いと思うぞ。俺もよく一人で遊びに来てる」
「そういうことじゃ……もういい!」
「ちょ……な、なんで怒ってんだよ」
サナエはとうとう俺の言葉に返事を返してくれなくなった。どこがサナエの逆鱗に触れたのか全く分からず、俺はどうやって挽回するかを考えていた。
(女の子って難しい……)
「とにかく、月島君はまたいつか、私と一緒にゲームセンターに行くの! 良いわね! 拒否権はないから!」
「拒否権ないのかよ……でも、サナエって新しい武器出来たら暇な時間なくなるんだろ?」
「そういうの、今は考えなくても良いじゃん……」
少し寂しそうに、サナエは目を伏せた。それから潤んだ瞳で俺を見上げ――
「――約束、ね?」
やはり、俺に拒否権は存在しないみたいだ。まあ、仮にあったとしても、サナエにこんなことを言われて断れる男はいないだろう。
「分かった。約束な」
俺はサナエと小指を絡ませ、約束を交わす。
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