第9話 「ショッピング」

「……月島君ってバカなのかな」

「すみませんでした」


 零斗は自分の部屋で正座をさせられていた。目の前には零斗の椅子に座ったサナエが、足を組んでこちらを見下ろしている。

 華奈が間違えて配信をしてしまった当日に、サナエからメッセージがきて、その翌日――つまり今日、お説教をしに零斗の家を訪ねてきたのだった。


「私、配信を見た時、自分の目を疑ったわよ。月島くんがあっさり罠にかかるし、危険指定と戦ってるし」

「それもこれも全部妹が……」

「妹さんのせいにする気?」

「全部俺が悪いです」


(くそ、全部華奈のせいなのは間違いないけど、兄としてそれを認めてしまうのは色々終わってる気がする……)


「すごく話題になっちゃってるわよ。SNSでも、あの探索者は一体どこの所属だー……って」

「今回の件で俺の力が世間にバレちまったなら俺もサナエも危ないんじゃ……」

「とりあえず、今はまだ大丈夫よ。治癒能力もゴーレムの腕も、スキルで再現できる範囲だし。今のところはダンジョンボスの能力を奪えるってところまでは思い至ってないはずよ」

「ほ、本当か?」

「絶対とは言わないけど、少なくとも私が調べた限りでは月島君のスキルに気づいた人はいない。ただ、これ以上目立つ真似をしたら危ないかもしれないけど」


 サナエは冒険者の人脈が多い。今回の件に関しても色んな冒険者から話を聞いたりしたのだろう。それでも真相に気づかれていないなら、一先ずはバレてないと考えて大丈夫だろう。


「……あくまで、人助けの為だから私も強くは責められないけど、本当に気を付けてよね」

「分かった。俺も出来る限り目立たないように頑張るよ」

「なら良いわ。これ以上怒っても仕方ないし。わざとやってるのか疑問だったけど、そうじゃないなら気にしないようにする」


 なんとか納得してくれたみたいで、一安心。最初からサナエなら理解をしてくれるとは思っていたけど。


「申し訳ないし、罰としてなんでも言うこと聞くよ。聖剣の件といい、サナエには迷惑かけっぱなしだし」

「なんでもって言ってもそんなお願いすることなんて……あ、あるかも」


 どんなことでも受け入れるつもりではあるけど、サナエがどんなお願いをするのか想像もつかない。

 零斗がサナエの期待に応えられるか若干不安ではあるが、なんとしても挽回しようと心に誓う。



 サナエに連れてこられたのはショッピングモールだった。


「……まさか俺への罰が『買い物に付き合う』なんて。本当にそんなことでいいのか?」

「今までダンジョン攻略ばっかりしてたし、必要なものは政府から支給されたし、自分からお買い物することなんてなかったのよ。だから、こうして時間ができた時にやってみたいと思ってて……」

「一人で買いに来ればよかったと思うけど」

「よく分からないのよ、システムとか。だけどこんなこと他の人に聞くのは恥ずかしいし」

「俺に聞くのは恥ずかしくないのか?」

「だって月島君に聞いても馬鹿にしないでしょ」


 どうやら零斗のことを信頼してくれるようになったらしい。サナエが心を開いてくれているみたいで嬉しくなってくる。


「それで、なにを買いたいんだ?」

「お買い物をしてみたいとは思ってたけど、具体的に欲しいものがある訳でもないのよね」

「うーん……じゃあ服買うのはどうだ? 今もサナエ制服だし」


 休日なのにサナエは制服のまま。ダンジョンで出会った時の服装はダンジョン攻略のための装備であって私服ではないし。そう考えるとサナエはまともな私服を持ってないのかもしれない。


「服……私、多分センスないと思うから、期待すると損するわよ」

「サナエは元が可愛いし、なんでも似合うよ。俺もできる限り協力するしさ」

「可愛いかは分からないけど……うん、分かった。ならお願いする」


 サナエと一緒にショッピングモールを回って、服屋に入る。おしゃれな服装の男女が店内を歩いているから、場違いじゃないか心配になってくる。


「サナエってどんな感じの服が好きなんだ?」

「動きやすい服かな」

「機能性重視か……」


 言いそうではあったけども。

 動きやすそうというのであればスカートは駄目だろう。色々気をつかわなきゃいけないし。

 店員の話しも聞きつつ、一時間くらい選別してようやくサナエの服が決まった。

 黒のパンツにニットの服。後はネックレスを付けて完成だ。無難な服装だけど、スタイルが良いサナエにはシンプルな方が似合っている。


「どう? 似合ってる?」

「あぁ、すっげえ可愛いよ」

「そっか……」


 自分で服を選ぶのが新鮮だったからか、サナエは鏡に映る自分の姿をまじまじと眺めている。時にはくるりと一周回って別の角度から見たりしている。

 正直、どんな服を着ているかより、新鮮な経験に胸を躍らせているサナエの仕草の方が可愛らしい。


「服の代金、払ってもらって申し訳ないけど……」

「いいよ。今回は俺の罪滅ぼしの意味も兼ねてるし。それに、払った金額以上のものがもらえたしな」


 楽しそうに笑うサナエの姿は、服の値段より遥かに価値があるものだった。


「他のお店どこ行こっか。私の用事に付き合ってくれてるし、月島君の行きたいところ行こう」

「サナエが俺に気を遣う必要なんてないぞ」

「私が月島君のことを知りたくなったの。だから私のためにも月島君の好きなところを教えてよ」

「じゃあ、ゲーセン、とか……」

「げーせん?」


 サナエが首を傾げる。ゲームセンターは高校生であれば男女問わず定番の遊び場なのだが……

(それを知らないってことは本当にダンジョン以外行くことないんだな……)


「ゲームセンターって名前なんだけど、俺はそこが好きなんだ。色んな遊び方出来るし、一人でも大人数でも遊べるし」

「じゃあそこ行きましょ。月島君がそこまで言う場所、気になってきたし」

「サナエのお気に召すか分かんねえけど……」

「あっ、ちょっと待って。その前にお手洗いに行ってきてもいい?」

「了解。俺はあそこのベンチで待ってるから」


 近くの広場のベンチを指してから離れていくサナエを見送る。自動販売機で缶コーヒーを買い、街を歩く人を眺めながらのんびりとサナエが帰って来るのを待つ。



「……遅くね?」


 待っても待ってもサナエは戻ってこない。サナエが零斗の下を離れてからもう三十分近く経つが帰って来る気配がない。


「流石に探しに行くか。サナエに限って危険な目に遭ってないと思ってたけど、ここまで遅くてなにも起きてないなんてあり得ないし」


 サナエに直接危害を加えられる人間はいないだろうが、もしかしたら迷子になっているのかもしれない。

(だとしたらメッセージで連絡してくるよな……)

 悩みながらサナエの向かった方向に歩く。そして、案外あっさりとサナエを発見できた。できたのだが――


「ちょっとどこまで逃げるんだよ。オレらと遊びに行くのそんなにいやなの? 絶対君を楽しませられるって」

「……」


 金髪のチャラい男たちがサナエを囲んでいた。完全に陽キャで零斗とは住む世界が違う人種だ。


「なにしてんだ……?」


 サナエなら一般人なんて片手でもあしらえるだろうし、撒くのも容易なはずだ。それなのにただ無言で不安そうに視線を泳がせている。

 その姿は人類最強とは程遠い、一人の少女の振舞だった。


「――その子、俺の彼女なんで。あんま困らせないで下さい」


 どうして抵抗しないのか理由は知らないし、聞く時間もない。今はただ、一刻も早くサナエを救いたいと思った。

 いつもなら陽キャのオーラに当てられて気後れしているだろうが、今の零斗は全く引く気はない。


「誰こいつ。ねえ、本当に君の彼氏なの? こっちが仲良くしようとしてるのに、水差すなんて空気読めねー」

「こいつ見るからに釣り合わない陰キャじゃねーか。もしかして、彼氏のフリして助けようとかしちゃってる感じ?」

「漫画の読みすぎだろ。オタクはさっさと家に帰って大人しくゲームしてろよ」


 漫画の読むのかゲームするのかどっちかにさせろよ。同時にやったらキャパオーバーだよ、というツッコミは心の中に置いておくとして。

 街中でゴーレムの腕を出現させるわけにもいかない。サナエや一般市民を巻き込みかねないし、大事になる。

 ならば、やるべきことは一つだ。零斗はダンジョンのボスエリアに籠っていた時期を思い出して高らかに口上を述べる。


「ふっふっふ、凡愚どもが騒ぎおる。貴様たちの耳障りな戯言なぞ聞くに堪えんわ。我の趣味嗜好は貴様らのような非力な若者の血肉と心臓のみよ! 捧げよ! 供物と贄を我の祭壇へ捧げよ!」

「な、急になに言ってんだコイツ……」

「頭おかしいんじゃねえの」

「痛すぎる……ってか、めっちゃ周りから見られてんぞ。こんなキモイ奴と同じ場所にいるのを見られたくねえって!」


 チャラ男たちは零斗の姿に恐れおののいて逃げ去っていく。

(別に俺をいじってくるクラスメイトをビビらせようと口上考えるようになっただけで中二病なわけではないんだよな)

 本気でこういうのを格好いいと思っているわけじゃない。だから、人前の、しかも大声でラスボス的な台詞を言いきるのは辛かった。超恥ずかしかったし帰りたさがすごかった。

 とはいえ、恥ずかしさの対価としてサナエを救えたのだから結果オーライだ。


「大丈夫か、サナエ」

「そうね……月島君ありがとう」

「とりあえずここから離れよう。めっちゃ見られてるからゆっくり話せなさそうだ」


 零斗は近くの喫茶店に入り、なんとか視線から逃れる。


「それで、なんでナンパなんてされてたんだ?」

「私が月島君のところに帰ろうとした時、困ってるお婆さんの荷物を持ってあげたんだけど、その後迷っちゃって……そしたらあの人たちに声をかけられたの。最初は無視して逃げてたんだけど、道路の端に追いつめられて、どうしようもなくなっちゃった」

「サナエが本気で嫌だったらいくらでも逃げる手段はあったと思うけどな」

「力づくで逃げるのは無理よ。だってそんなことしたら、あの人たちが死んじゃうかもしれないでしょ。人間を相手にすることなんてほとんどないから、どのくらい手加減すればいいのか分からないし」

「だから逃げられなかったのか」


 サナエの考えは零斗にも理解できる。零斗もあんな恥ずかしい口上を言わなくてもサナエを助けることはできた。けど、零斗も力づくでナンパ男たちを退けようとしたら殺すまではいかなくとも大怪我させていた可能性が高い。

 零斗がやったみたいに大声で怖がらせるのもサナエにはできないだろうし……どうにもできないのも仕方ない。


「でも、助けられて良かった。最悪ゴーレムの力を使うところまで考えてたし」

「なんで、月島君は私にそこまでしてくれるの?」

「なんでって、女の子を守りたいって思うのは普通の考えだろ」


 女の子の前で格好を付けたい、困ってるところを助けたいと思うのはおかしいことじゃない。そう思って何気なく答えたのだが、サナエは驚いたのか、言葉を失っている。


「そう……なのね。やっぱり、私、月島君のこと……」


 サナエが零斗を見つめてなにかを言おうと口を開いた。


「お待たせしました~!」


 店員が注文していたコーヒーとパンケーキを持ってきて、サナエの言葉が遮られた。商品を受け取ってから、零斗はさっきサナエがなにを話そうとしていたのか問いかけることにした。


「それで、さっきサナエはなにを言うつもりだったんだ?」

「あーうん……なんでもない、かな」


 サナエは言及することなくパンケーキを口に運んだ。

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