第8話 「イレギュラー再び」
華奈が戦うところを見るのは初めてだ。華奈が配信者としてダンジョン攻略しているところも見たことない。
(家族に配信みられるのも気まずいだろうしな……)
ということで、今回で初めて華奈の強さをこの目で見れるわけだけど――
「すげえ……」
華奈は素早い動きを見せるウェアウルフを相手に一撃も外さず攻撃を当てていた。
華奈は巨大な鎌を武器としているようだ。全長二メートルはゆうに超える巨大さなのに、零斗が華奈の武器に気付かなかったのは、その鎌に特殊な機能が付いていたからだ。
華奈が得物を取り出した時、掌サイズの小さな棒だった。華奈がその棒を握った直後、棒が急速に伸び、刃が突き出て、鎌の形を形成した。鎌はその長さから相当な重量のはずだが、華奈は苦も無く操っている。
「華奈すごいな。それ、『魔道具』だっけ?」
「あ、お兄ちゃん知ってたんだ~。そうだよ、魔道具。ファンの方からもらっちゃってさ~」
魔道具はダンジョン産の資源を使って作られた道具のことだ。科学技術ではあり得ない現象を引き起こすことができ、鎌の巨大化もそれが原因だ。
魔道具は量産できるものではないため、高価なことが多い。有名配信者の華奈であれば自力で買っていても不思議じゃないが、それでも手を出しづらいだろう……と、思っていた。
(こんな凝った仕掛けの魔道具をプレゼントできるファンってなんだよ……)
戦闘用にチューニングされた魔道具なんて一般人は買えないし使えない。それを持っているファンの環境が気になるところだ。
「さっきからこの狼何回も斬ってるのに全然死なない~! そんなに生き汚くて恥ずかしくないの?」
「魔物に羞恥心はないだろ」
「それはそうだけど~」
零斗と会話をしながらもウェアウルフに次々傷を付けている。魔物は傷を高速で回復していってるが、それ以上の速度で傷が増えるから追い付いていない。
「きゃっ!」
「――華奈!」
華奈が優勢だと思っていたら、ウェアウルフの打撃が華奈の横腹に当たり、華奈は大きく吹き飛ばされた。零斗は飛ばされた華奈の元へ走り、身体を抱き寄せる。
「大丈夫か!?」
「お、お兄ちゃん……」
(華奈の顔が赤い。熱でも出たのか? じゃないとあんな優勢の状況から吹き飛ばされるなんて……)
「離して! ち、近い……からっ!」
急に華奈に突き飛ばされて、零斗は壁に頭をぶつけてしまった。
「あたしの身体をまさぐろうとするとか……全く、お兄ちゃんは変態さんだね」
「まさぐってねえわ!」
義理とはいえ妹の身体で興奮する兄とか嫌だろ。
「今戦闘中ってこと忘れちゃった? あたし頑張ってるんだけど」
「俺に非は一切ないと思うんだけどな」
華奈を助けようとしただけでここまで責められるのは理不尽すぎる。
ウェアウルフの様子を見ると、傷を回復するのに集中しているようで動く気配はない。
「あーもう、埒が明かない。こうなったら……」
華奈が大きく振りかぶる。鎌の刃の輝きが増し、周囲に紫色のオーラが纏われる。
「これ、疲れるからやりたくなかったんだけどなぁ」
華奈は心底嫌そうに呟いて、鎌を振るうと、刃の周りにあったオーラが飛ばされ、ウェアウルフを両断した。
「飛ぶ、斬撃……」
「どう? これでお兄ちゃんじゃあたしの足元にも及ばないって理解した?」
満足そうに話す華奈の表情には疲労の色が浮かんでいた。
「すげえな。それも魔道具の力なのか?」
「そだよ~。この魔道具、持ち主の気力? 的なものを吸収して力に変える性質があるの。際限なく強い力を生み出せる代わりに、強い力を使うほど疲れちゃうの」
「華奈があの時しんどそうだったのはこの武器が原因なのか」
零斗が華奈から動画撮影の協力を頼まれた日、華奈はえらく疲れた様子だった。
あの日もダンジョン攻略に行っていた筈だから、随分魔道具の力を使っていたのだろう。
「ありがとな、華奈のお陰で助かったよ。本当に強かったんだな」
「だから言ったじゃん。もっとあたしを褒め称えていいよ。具体的にはあたしの頭を撫でるのを許可してあげます」
そう言って、華奈は頭を寄せる。華奈のサラサラした髪の毛
(あれだけ戦っておきがら汗一つかいてないのか)
少し土埃が髪に付いてるけど、それだけだ。小さい頃から見ている兄の立場としては、ここまで強くなったのかと嬉しくなってくる。こういう時は素直に褒めようと、零斗が華奈の頭に手を伸ばした瞬間――
「華奈、下がってろ」
「え? なに、急に……」
「ダンジョンの奥から、アイツらが来る」
「アイツら?」
「――ウェアウルフだ」
「それは、さっき倒して……」
零斗の視線を追いかけるように、華奈がダンジョンの奥を見つめる。そこには、ウェアウルフ「達」がダンジョンを埋め尽くしていた。数は数えきれない。幾つもの赤い瞳が、ダンジョンの暗闇の中で光っていた。
「――嘘」
「じゃねえみたいだな。信じたくねえけど」
零斗がやるしかない。いくら華奈が強いとはいえ、体力と力を等価交換する華奈をこれ以上消耗させるわけにもいかない。
「華奈、後は全部俺に任せとけ。お前はもう十分頑張ったんだし。それに――俺はお兄ちゃんだからな。妹を守るのは兄の役目だ」
零斗は意識を集中する。ゴーレムから奪った、土や石を自在に操る能力を発動させ、巨大な腕を作り上げる。
ダンジョンは地中に存在するから土は無限にある。しかも普通の土とは違い、ダンジョンの土は魔力を纏っているから強度は普通の土と比べ物にならない。
「うおおおおおお!」
零斗は巨大な腕をウェアウルフの群れへと叩きつける。ダンジョンごと破壊するがごとく強力な一撃で、あっさりウェアウルフを一掃した。
「嘘、でしょ……あたしがあんなに頑張ったウェアウルフを、一撃……?」
「俺も驚いてるよ。ゴーレムのパンチってこんな威力あったんだな」
最初危険指定だからと及び腰になっていた時間はなんだったのか。ここまで簡単に群れを全滅させられるのは自分でも完全に予想外だった。
「とりあえず危機は去ったし、ダンジョンから出るか。もうここまで落ちたらボスエリアまで行っちゃう方が早いかもしれないけどって、あれ」
ゴーレムを倒した時と同じ感覚がする。零斗の身体に何かが入って来る、不思議な感覚だ。
「これ、もしかして……華奈、ちょっといいか」
「え、ちょ……なにする気……?」
零斗は華奈の身体に触れ、意識を集中させる。零斗の掌から青白い光が放たれ、その光が華奈の全身を包みこむ。
「……どうだ?」
「なんか、疲れが取れたかも。落ちたときの痛みも引いてるし、お兄ちゃん、あたしになにしたの?」
「もしかしたらって思ったけど、やっぱりそうか。」
さっき倒したウェアウルフがこのダンジョンのボスだったようだ。ウェアウルフの特徴から、治癒か分裂あたりの能力が宿ったのだと予想し華奈の治療を試したのだが、正解だったみたいだ。
(新しい能力を得たのは良かったけど……それにしても、まだボスエリアに行ってないのに、ボスが出てくるなんておかしいだろ。ゴーレムの時もそうだったけど……)
ボスはボスエリアで待っているという知識が間違っていると勘違いするほどイレギュラーと出会う頻度が多い。なにかしら理由があってボスがボスエリアから外に出てきているんだろうけど、その理由は見当もつかない。
「まあ、今は考えなくてもいいか」
「ねえ、お兄ちゃんあたしになにしたの? なに一人でぶつぶつ言ってるの~」
「あー、実はこっそり魔道具をもってきててな。俺、ダンジョンで死ぬかもしれないだろ。だから傷を治せる魔道具を用意してたんだ」
「そうだったんだ」
零斗はとっさに嘘を吐いた。サナエから口止めをされているわけではないが、あまり言いふらすものでもないし、
「なあ華奈、一旦帰ろうぜ。さっきのウェアウルフみたいなのがまた出たら危険だし」
「う、うん」
華奈は自分がウェアウルフに追いつめられたせいか、零斗の意見に素直に頷いてくれた。華奈と並んで帰る途中、零斗は道中で魔物が出ないよう、ダンジョンを操作する。魔物が出ないように頭の中で思い浮かべるだけで本当にその通りになるのだから便利なものだ。
無事ダンジョンの外に出ると、もう夕暮れになっていた。暗い空間で長くいたからか、夕陽が目に染みる。
「帰り道で魔物と出会わなくて良かったね、お兄ちゃん」
「そうだな」
「……あ」
「どうしたんだ、華奈」
「そういえばさ、あたし達が今日ダンジョンに来たのって動画を撮るためだったよね?」
「……そうだったな」
――完全に忘れてた。ダンジョン攻略はトラップに引っかかったから偶然そうなっただけで、本来の目的は初心者向けの動画を作ること。だというのに、チュートリアルの動画を撮るどころか自分たちの醜態しか録画されていない。
「このダンジョンは危ないし、また別のところ探しておかないと……」
「悪い。次動画を撮るってなったらまた付き合うよ」
「うん、ありがとう。…………お兄ちゃんのカッコいいところも見れたし、役得ってことにしておこっ」
「ん、なんか言ったか?」
最後の方が小声すぎてなにを言ってるのか聞き取れなかった。零斗が聞き返すと華奈は顔を赤くして首を振る。
「べ、別になにも言ってないんですけど~! ちょっと自意識過剰なんじゃないの?」
「急にいつもの調子に戻ったな……」
さっきまでのしおらしい華奈はどこへ行ってしまったのか。
「動画も止めておかないと……待って、噓でしょ」
「またなんかやらかしたのか?」
「……あたし、録画開始じゃなくて、配信を開始してたみたい」
「へ?」
「だから、今までの会話とかダンジョン攻略とか、全部配信されちゃってたかも……」
悪い、サナエ。目立つなって念押されてたのに、どうも約束は守れなかったらしい。
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