第7話 「動画撮影デート(?)」
サナエとの学校生活を始めてから、始めての休日がやってきた。零斗は目覚ましをかけずに休日の有り余る時間を睡眠時間にたっぷり使おうと企んでいたのだが……
「おにーちゃーん! 寝坊するとかあり得ないんですけど~!」
誰かが零斗の身体を揺さぶっている。心地の良い惰眠に身を任せているところを邪魔されて、零斗は内心不機嫌になりつつ上体を起こす。
フリルの付いた可愛らしいワンピース姿の華奈が零斗の上に跨っていた。
「なんだよ……」
「なんだって言いたいのはあたしの方なんだけど。もしかして……あたしとの約束、忘れちゃったの……?」
(あれ、華奈泣いてる?)
寝ぼけた頭が急に覚醒していく。脳内で必死に思考を回転させ、いつかの記憶を呼び起こした。
『あたし、ダンジョンの動画作ってるんだけどね』
『お兄ちゃんも動画に出演してほしいの。初心者役として』
……思い出した。そういえば週末に華奈と動画を取りに行こうと約束していたんだった。
「ご、ごめん。思い出した思い出した。ダンジョンの動画取るんだったよな」
「……うん」
時計を見ると十四時になっていた。朝から動画を撮りに行くという約束をしていたから、華奈は零斗を起こすのを相当我慢していたようだ。
もしかしたら、零斗が午前中に起きることを期待して起こさなかったのかもしれない。けれど、全然起きる気配がないから我慢の限界がきてさっき起こしに来た、みたいな。華奈の気持ちを考えると罪悪感が胸の奥に突き刺さる。
「埋め合わせはするから、許してほしい」
「本当!? 嘘じゃないよね!」
「あぁ、俺に出来ることならなんでも」
と、そこまで言って気づいた。自分がいかに思考停止していたのかということに。
(なんでもって、迂闊すぎるぞ俺……)
悪戯っぽく笑う華奈が零斗に顔を近づける。
「なんでもかぁ……どんな命令しちゃおっかなぁ~♪」
(とりあえず、華奈の機嫌が治ったなら良かったけど)
「お兄ちゃん、早く準備してよね!」
「分かったよ」
寝巻きから私服に着替えようとクローゼットを開いて、華奈がまだ部屋から出ていないことに気付く。
「準備してほしいなら出ていけよ!?」
「ちっ、バレたか……」
逆になんでバレないと思ったのか。零斗は華奈を無理やり部屋から追い出して着替える。
◇
華奈が動画を取るために選んだダンジョンにやってきた。
「このダンジョン、最近になって危険指定の魔物が発見されたらしいよ」
「そんなダンジョンで動画撮って大丈夫かよ。動画ってダンジョン攻略の初心者向けだろ?」
「初心者って言っても、探索者の資格を取り始めた人くらいの認識だしね。資格を取れてる時点で簡単すぎるダンジョンの動画出しても役に立たないでしょ」
危険指定と一口に言っても強さはピンキリだろうから、必ずしも危険が及ぶとは言えない。
(俺も危険指定のゴーレムを倒したんだし、危険指定でもランクの低いやつなら勝てるはずだ)
しかも、ゴーレムを倒したことでその能力を宿している。負ける気はしてないけど、行き慣れていないダンジョンに入るのはやっぱり緊張する。
「お兄ちゃん、ビビってるの? 可愛いじゃーん」
「ビ、ビビってねえし!」
一瞬立ちすくんだのを見て、すかさず華奈の煽りが飛んでくる。
「今日であたしとお兄ちゃん、どっちが上か分からせてあげないと」
華奈は楽しそうな様子でダンジョンに潜っていく。
ダンジョンの入り口付近でカメラを起動し、録画を始める。カメラは空中に浮き、自動で探索者を追尾してくれる。これのおかげでカメラマンを雇う必要がない。
「便利だよな、このカメラ」
「元々はダンジョンの偵察用に作られた機械なんだってね。今じゃ探索者も増えてダンジョンの情報も出回ってるから娯楽に使われるようになっちゃったけど」
ふわふわと浮いて零斗たちについてくる。動きがペットのようで少し可愛らしい。この感覚は自動で床を掃除してくれるロボットを見るのと似ている。
「じゃあ動画撮ってるから、撮れ高を気にして行動してね~」
「要約すると面白おかしく罠にかかってくれってことか」
「分かってるじゃーん。期待してるよ!」
「嫌な期待だなぁ……」
真理先生といい、華奈といい、零斗の周りには零斗の命を軽視する人間が多いような気がする。
(嫌われてる……とは考えたくねえなぁ)
零斗の手を引いて、華奈はダンジョンを進んでいく。全く止まる気配がないし、トラップとか気を付けてる様子もない。
――カチ。
小さな音が、華奈の足元から聞こえた。視線を落とすと、華奈の右足がほんの僅かに地面に沈んでいる。
「なんか嫌な音聞こえたぞ」
「んーなんのことかなぁ」
「お前トラップ踏んだだろ! 昨日見たぞこれ!」
授業で真理先生が教えてくれたトラップと全く同じものがそこにはあった。
(こいつ、絶対今気付いてなかった……っ!)
視線を泳がせて誤魔化そうとしている。全く誤魔化せてないのに。
窪んだ箇所から足場が崩れていく。零斗と華奈はダンジョンの下層に落とされた。
「いてて……」
「華奈、大丈夫か。怪我とかは?」
「全然大丈夫ですけど! 痛くないもん!」
「ガッツリ『いてて……』って言ってたけどな」
華奈が変なところで強がる性格は変わらないな。
いくら探索者として実力があるっていっても、零斗にとってはポンコツな妹という印象が拭えない。
「俺たち、どこまで落とされたんだろうな」
「さあ、感覚的には地下十階くらいまで落とされてそうな気がしたけど」
「十階!? 確かに落下してる時間すげえ長いとは思ってたけどさ。よく生きてんな俺たち……」
「あたしが受け止めてなかったらお兄ちゃんは死んでたね、間違いなく。あーお兄ちゃんの下敷きになっちゃって全身が痛いなー。お兄ちゃんは命の恩人になにか言うことがあるんじゃないかなー」
「そもそもお前が罠踏まなけりゃ良かったんじゃねえの?」
それにしても華奈が探索者として優秀という話だけは聞いていたけど、こんな高さから落下しても傷一つないなんて、予想以上だった。
「待て……華奈、なんか来るぞ」
ダンジョンの奥からなにかが近づいてくる。
二メートル程の身長があり、全身は体毛で覆われていた。鋭い牙と爪の両方が赤く濁っている。
頭のてっぺんに耳が二つ。臀部から太い尻尾が生えている。
「――ウェアウルフ」
華奈がぼそりとそう呟いた。零斗とは違って魔物の知識が多いから、パッと見て敵の正体を看破できたのだろう。
日本名に直すと「人狼」になる。ゲームの名称としても使われる有名な名前だ。
「危険指定Eクラスの敵だよ。あたしはともかく……お兄ちゃんは気を付けてないとあっさり殺されるよ」
「また危険指定かよ……最近よく出会うようになったな。まるで危険指定のバーゲンセールだ」
「ふざけてるの?? まあ、余裕があるなら別に良いけど」
華奈は真剣な面持ちでウェアウルフと向き合っている。
危険指定Eクラスということは、昨日倒したゴーレムより強いってことだ。
(危険指定のFとEにどんだけ力の差があるか分からねえな……)
もしかしたらゴーレムなんか足元にも及ばないくらい差があってもおかしくない。昨日のゴーレムと戦うような気持ちで迂闊に近づいたらどうなるか分からない。
(サナエの聖剣を折ったこともあるし、ウェアウルフも倒せるんじゃ……いや、サナエの話もどこまで本当か分からねえしな……)
全部が全部嘘だとは思わないけど、サナエの戦闘を見たのが初対面の時だけだし一瞬で終わったから実力が判断しきれない。人類最強の肩書も証拠を見せられてないから、全部を鵜呑みにはできない。
悩んでいると、華奈が零斗の前に出た。
「いいよ、お兄ちゃんは下がってて。お兄ちゃんにあたしの実力を見せつける良い機会だし、しっかり目に焼き付けてね」
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