第12話 「探索者本試験」

 試験当日。零斗はサナエから渡された資料に書いてある場所についていた。時間は朝の十時。平日よりは遅く起きても大丈夫だが、とはいえ休みに昼頃まで寝ている零斗からすれば辛いものがある。


「で、そのサナなんとかとかいうやつはどこにいるの?」

「マジでついてきやがった……」


 ――当然みたいな顔をして華奈もついてきた。昨日の話は冗談であってほしかったところだ。

 試験って大抵は緊張するものだけど、今の零斗は華奈の行動が気がかり過ぎて、試験どころじゃない。

 内心不安に怯えていると、サナエが小走りで近寄ってきた。


「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった。おはよう、月島くん。そっちの人は……知らない人ね」

「そっちこそ知らない人だよね~。ぽっと出の癖に遅れてくるとか意識低すぎ~。こんなんじゃお兄ちゃんのそばにいる価値ないよね~!」


 さっそく華奈が煽り散らかしている。普段は初対面の相手にこんな態度とるのは兄として看過できないところだが、今の華奈とサナエの間に入れない。

 サナエは無表情で華奈の煽りをスルーすると、零斗に視線を向ける。


「月島くん、この人は知り合い?」

「知り合いっつーか、義理の妹だ。こいつはいつもこんな感じなんだ。態度は悪いけど、嫌わないでやってくれ」

「私は嫌わないけど……その子からなぜかすっごく敵意向けられてるわね」


 華奈は零斗の背後から顔を覗かせ、サナエを威嚇している。


「はぁ、私はただの付き添いだからあんまり騒がれて目立ちたくないのよね。月島くんの妹さん、あなたの名前教えてくれない?」

「それで素直に名前を教えると思ってんの~? 敵に情報与えるわけないってちょっと考えたら分かると思うだけど……あっ、知能がないのか~☆」

「こいつは華奈だ」

「お兄ちゃんなんで裏切るの!?」


 煽りに必死すぎていつまでも正直に話さないからだし、そもそも裏切りってほどのことでもないだろ。


「華奈さん、私が嫌われてる理由は分からないけど、このまま嫌われたままではいたくない。私は月島くんとこれからも関わることになるし、多分華奈さんとも会うかもしれないじゃない。だから、できれば仲良くしたいの。どうしたらあなたと仲良くなれるかな」

「……」


 華奈がいくら煽っても、サナエは落ち着いた様子で対処する。サナエの余裕が華奈の神経を逆なでしたのか、不愉快そうに舌打ちした後零斗の背後から飛び出る。


「じゃあ、あたしと勝負して! もう二度とお兄ちゃんに近づけない体にしてあげる!」

「勝負すれば満足してくれる? 目立つのは嫌だけど、それで華奈さんの敵愾心がなくなるなら悪くないかもね。ただ、試験会場の目の前で戦うのは他の参加者の邪魔になるし、少し離れましょうか」

「その余裕がいつまで持つのか楽しみだね~」

「っていうことで月島くん、華奈さん少し借りてくね。応援するって言ってたけど、ちょっと難しいかも」


 と、ちょうどその時会場からアナウンスが流れた。


『試験開始まで残り五分です。受験者の方は速やかに準備室へお集まりください』


「月島くんは早く行って。遅刻したら試験受けられなくなるわよ」

「あぁ、分かった」


 サナエに背を向け、試験会場に向かうも、零斗の心は試験どころではなかった。

(いや、あの二人がどうなるかが気になる……!)

 兄としては華奈とサナエは仲良くなってほしいけど、今の関係から仲良くなるなんて想像もできない。

 とはいえ零斗が緩衝材になるのも難しく……そんな悶々とした気持ちを抱えたまま、準備室に向かうのだった。



 準備室、と呼ばれた部屋には魔道具がいくつも置いてあり、更にはパンやおにぎりといった軽食も置いてあった。


「にしても、待遇が良すぎるな……」


 試験を受けにくるだけでこの待遇の良さは聞いたことがない。どれだけ国が探索者という職業に力をいれているか、よく分かる。

 零斗が並べられた魔道具を眺めていると、背後から肩を叩かれる。振り返ると、そこには歪美が立っていた。


「つ、月島くんも試験……受けるんだね」

「歪美さんもだったんだ。良かった、知り合いがいなくて気まずいところだったんだ」

「わ、わたしも……。よければ試験の間、一緒にいない? って、やっぱり駄目だよね。こんな根暗な女と一緒なんて……」

「全然根暗だと思ってないよ。一緒にいてくれるのはありがたい。ただ、試験の内容的に一緒にできるかは分からないけど」

「え……あそこに試験のルール書いてある、よ……?」


 歪美が指し示す先は準備室の中心。長机の上に紙が何枚か置いてあった。時間ギリギリで準備室に来たこともあって、部屋の中を詳しく見ていなかった。

 零斗が机に近づき、紙に手を伸ばした瞬間、準備室にアナウンスが流れる。


『試験を開始します。参加者の皆さま、任意の扉からお入りください』

「あ、やべ」


 ルールを読む前に試験が始まってしまった。準備室を見回すと、零斗が入ってきたものを含めて、扉が十個あった。この中から自分で選ばないといけないようだ。


「わ、わたしが説明するから……早く入ろう……時間、制限あるから……」

「時間制限もあるのか! ありがとう、とりあえずあそこ入るぞ」


 歪美の手を取り、一番近い扉を開ける。扉の先は洞穴のような様相を呈していた。まるでここは――


「――ダンジョン、なのか?」

「そ、そうだよ……。ダンジョンを模した会場で、アイテムを集めたり敵を倒したりしてポイントを貯める試験……なんだって」

「なるほど、制限時間内に集めたポイントで競うって感じか。思ったよりちゃんと試験っぽいな。……ん? 待てよ。アイテム取るって言ったってアイテムポーチとか持ってきてないぞ。まさか両手で抱えなきゃいけないとか……?」


 アイテムポーチは魔道具の一種だ。掌サイズの小さな袋の見た目をしているが、中は特殊な空間になっており、ほぼ無限に物を収納できる機能がある。試験の内容的にアイテムボックスは必須のようにも思えるが、零斗は持っていない。

(もしかして、自分で持ってくるところから試験が始まってるとかそういう話なのか?)

 家に帰るまでが遠足、みたいなノリで試験に来るまでも試験みたいな。自分で言っててわけがわからなくなってきた。


「さっきの準備室にアイテムポーチ置いてあったよ。月島君は気づいてなかったみたいだけど……」

「マジか!? もっと余裕持って準備室に入るんだったー!」


 零斗の嘆きがダンジョン中に響く。どうせ準備しなくても大丈夫だろうという油断がこんな形で牙を剥くとは思ってもいなかった。


「い、一応わたしが持ってきてるから、これ使おう。二人で組むならバラバラで動いて情報共有しつつ動くのが効率的だけど……アイテムポーチが一つしかないなら一緒に動くしかないね……」

「悪いな。俺みたいな足手まとい連れて行くのハンデでしかないと思うけど、歪美さんさえ良ければこのまま一緒にいさせてほしい」

「あ、足手まといなんて、そんなこと……。月島君は頼りになるよ。前もゴーレムから私を助けてくれたし」


 歪美は頬を朱に染め、恥ずかし気に目を伏せる。


「わたし、ずっと月島君と仲良くなりたいなって思ってたの。だ、だから……その、『月島君』じゃなくて、『零斗君』って呼んでも良いかな……?」

「あ、そんなことか。全然いいぞ」

「え! 軽っ!! じゃ、じゃあじゃあ『レイ君』って呼んでも良い?」

「呼び名なんてなんでもいいよ。歪美さんの好きなようにしれくれたら」

「や、やったぁ……ふへへ」


 幸せそうに口を緩ませ、


「そっか……レイ君は呼び名とか気にしないタイプなんだ……なら、きっと『次』もおんなじように受け入れてくれるよね」

「次……? どういう意味だ?」


 その時、零斗の腹部が熱を帯びた。焼けるような熱――否、これはしびれるような、強烈な「痛み」だ。


「――ぅあああああああああああ!」


 ナイフが、零斗の腹部へ突き刺さっていた。ナイフは根本まで完全に埋まっており、血がとめどなく流出している。零斗を刺した歪美はさっきと変わらない笑顔で、血に塗れたナイフを握りしめている。

 痛みに思わず零斗はうずくまり、ひたすら痛覚に耐えていると、歪美の方から声が聞こえてきた。


「あぁ……早く死なないかな、レイ君。そうすれば、きっと――」

「なん、で……だよ……」

「なんで? 理由なんて聞かなくても分かるでしょ。わたしはレイ君のことが大好きなんだよ。それだけ」


 歪美がなにを言っているのか、全く理解が出来なかった。好きだと語る歪美の顔には、零斗を心配するような様子はない。好きな人を傷つけて、幸せそうに笑うなんて、常人の発想じゃない。

 困惑する零斗をよそに、歪美は恍惚とした表情で一人、語り続ける。


「レイ君のことをずっと見てたんだから、好きになって当然でしょ? だから殺すの。レイ君には死んでもらわないと困るの」

「……なに、言ってんのか、分かんねえよ」


 零斗はかつて取得した力――ウェアウルフの修復能力の使用を試みるが、


「レイ君、なにしようとしてるの?」

「ぐああああああ!」


 腹部に右手を当て、回復しようとした瞬間に歪美が零斗の右手をナイフで突き刺す。


「怪しいそぶりを見せたらもっと痛い思いをするよ? わたしはただ、レイ君に死んでほしいだけなの。安心して、レイ君が変なことしなければこれ以上傷つけたりしないから。ゆっくりゆっくり、血が流れきって死ぬまで、待ってるから」

「なにが、好き、だよ……っ! こんな、こと……っ!」

「わたしの気持ちを疑うんだ。でも、いいんだ。一度死んで私のモノになれば、私を愛してくれるはずだから」


 歪美は狂気的な雰囲気を孕んだ笑顔を浮かべ、恍惚とした表情でナイフを握りしめる。


「わたしね、スキルを持ってるんだ。『死者蘇生ネクロマンシー』っていうの。死んだ生き物を蘇生させる能力。この能力は、動物とかなら基本なんでも蘇生できる。でも、人間だけはわたしが心から大切だと思ってる人でなければ蘇生できない。人なんてどいつもこいつもクズばっかりだと思ってたから、人間の蘇生に成功したことはなかったけど……レイ君ならきっと成功する。だって、なによりも大切な人だもん。そして、生き返ったらわたしのモノになるの」

「なんで、そこまでして……」


「わたしはね――レイ君の『初恋』が欲しいの」

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