第16話 「女の戦い」
時は、試験開始前まで遡る。華奈を連れてサナエは試験会場から離れ、人通りの少ない空地に着いた。
「さ、始めましょうか」
「あれー、移動長いから、ビビっちゃって逃げる気だと思ってたんだけど、やるきあったんだー?」
「逃げないわよ。まあ、月島くんの妹さんと戦うのなんて気が進まないのは事実だけど……戦うって言ったからにはちゃんとしないとね」
「ふうん、これ見てもまだ戦う気起きるか、楽しみだね」
華奈が魔道具を起動し、大鎌に変形させる。身の丈以上の得物というだけで威圧感があるが、それ以上に驚いたのは――
「ダンジョンの外でそんなもの振り回す気? 人が通ったらどうするの。危ないわよ」
「人いないんだから別にいいでしょ~? それともまさか、内心ビビってる感じかな? 今なら身の程をわきまえて謝れば許してあげるんだけど~」
「止めるつもりはないってことね。はぁ、仕方ないか。あいにく今の私には手持ちの武器がないの。だから、これでいいわよね」
サナエは地面に落ちていた木の枝を拾い上げると軽く振り回す。今まで使っていた聖剣と比べれば頼りがいはないけれど、ないものねだりをしても仕方がない。
流石に素手で相手するのは申し訳ないし、と思ってサナエが気を遣った結果だったのだが、華奈は顔を真っ赤にして怒りを露にする。
「そこまであたしのこと舐めてるんだ……絶対許さないから!」
「え、なんで怒って……別に舐めてなんて……」
サナエの言葉は届かず、華奈が接近してくる。一文字を描くように大鎌が襲いかかってくる。サナエはそれを木の枝で受け止め、弾き返した。
「なんで、そんなので弾けるの!?」
「私のスキルよ。所持した武器を『強化』できる。私はこれを『アーマード・リインフォース』と呼んでいるわ」
「だっさ……」
「ださくないわよ! カッコいいでしょ!?」
零斗と初めて会ったときも命名センスに言及されたが、何度考えてもサナエにはかっこいいとしか思えない。
「とにかく、私にとって武器なんて枝だろうが剣だろうが致命的な差はないわ。元が強いとわざわざ強化しなくて良い分、ちょっと楽できるくらい」
差はない、と勢いで言いきってしまったが、流石にこれは言いすぎたと反省する。枝を強化したところでかつて所持していた聖剣と同じ火力を出すことはできない。ただ、華奈の魔道具くらいならば、十分捌ける。
「じゃあ、あたしもスキル使ってあげる。――死んでも知らないよ?」
直後、サナエの足元の地面がぐにゃりと歪み、足が地面に沈み込む。体重を支え切れず、バランスを崩したサナエに華奈の鎌が迫る。木の枝で防ごうとするが――鎌に触れた瞬間に枝が曲がってしまい、鎌の勢いを抑えられない。サナエのスキルにより強度が上がった得物も、もはや役に立たない。
「なるほど、そういうスキルね」
枝を放り捨て、姿勢を低くすることで横薙ぎされる鎌を避ける。
華奈の鎌に直接触れた枝は大きく歪み形を保てなくなったが、サナエの足元の地面はそれほど凹んでいない。
「触れたものを柔らかくするスキル……なのかしら。ある程度は触れてなくても柔らかくできるみたいだけど、触れてないと多少凹ませるくらいしかできないみたいね」
「……別に柔らかくするだけじゃないけど。こんなこともできるし」
言うと、華奈がサナエに向かって高速で移動する。サナエの目には華奈が走り出す直前、華奈の足元の地面が一瞬凹んでいるのが見えた。まるで、地面がトランポリンのように弾んだのだ。その後、凹んだ地面が反発し華奈が弾かれたように高速で接近してきた。
「柔らかくして相手の武器を使い物にならなくし、弾性を持たせることで高速移動……物体の質そのものを変化させるってところね。直接触れなくても多少は変化させられるのが厄介ね」
「そんな悠長に構えていいのかな~? あたしの攻撃は、防げないよ?」
確かに、どれほど硬い盾を持っていようと、柔らかくされたら防御力なんてなんの意味も持たない。華奈の攻撃を受け止めるのは不可能だ。しかも相手のバランスを崩して意表をつくこともできる。敵の武器を柔らかくして自分への攻撃を無力化することも可能だろう。攻守ともに優れたスキルと言える。
「でも……生き物には適用されないようね」
サナエは華奈の腕を掴み、固定する。武器や地面の質を変化させることはできても、人間の身体に影響を及ぼさない。サナエが華奈の腕を掴んでいるのに、スキルの影響を受けないのがその証拠だ。
「ちょっ……力、強……」
「鎌のリーチを活かして中距離を維持すれば良かったのに、接近してきたら駄目じゃない。能力は優秀でも経験値が足りてないわ」
「離……して……っ!」
「うん、いいわよ」
サナエは華奈の腕から手を離し、華奈を解放する。一生懸命サナエの手を離そうとしていた華奈は、突然手を離されたことで思わずしりもちをつく。
「え、いいの?」
「もちろん。あなたの得意な距離で戦いましょう」
華奈の鎌がちょうど届く位離れた位置へ、サナエは自ら移動する。長物を活かせる距離であり、サナエが接近するには華奈のスキルをかいくぐらなければならない。自分から不利になる状況を作ったサナエに華奈は戸惑いを見せる。
「勘違いしないでほしいけど……別に華奈さんを舐めているわけじゃないわ。寧ろ、私は華奈さんのことすごいと思ってる。自分の能力の活かして戦えるってことは、ちゃんと戦い方を考えて努力してるってことだもの。自分を高めようとする探索者、私は好きよ。だから――」
最初はただ面倒くさいだけの戦いだった。華奈が求めるから仕方なく受け入れただけで、全く乗り気ではなかった。だけど、久しぶりに血が湧きたつような感覚を覚えたのだ。
人類最強なんて肩書があるせいで、探索者と力比べなんて久しくしていない。戦いが好きなわけではないけれど、強い相手と戦うのはその人が努力した証を見ることができるということだから、嫌いじゃない。
「だから、私は全力のあなたと戦いたい。相手のミスをついて勝つなんて、そんな終わらせ方じゃもったいないと思うの。今は月島くんの妹じゃなく、私と同じ『探索者』としての華奈さんと戦いたいと思ったの。悪くない提案じゃない?」
「……」
サナエの提案に、華奈は黙り込む。今までならサナエの提案なんて即刻斬り捨てられていただろうが、否定の言葉が出てこないということは華奈の心に届いたのかもしれない。
数分、静寂だけがこの場を包み、華奈が口角を上げる。
◇
あたしがこんな性格になったのは、お兄ちゃんと出会ってすぐだったと思う。あたしの両親は探索者だったけど、両方ともダンジョンの中で殺された。両親以外に身寄りがなかったあたしはお父さんと仲が良かった知り合い――今のお母さんに養子として引き取られた。そこで、あたしは初めてお兄ちゃんと出会った。
家族がいなくて寂しかったあたしは、似たような年のお兄ちゃんと仲良くなりたかったけど、お兄ちゃんはあたしに興味を持っていないようだった。大人しくて物静かだった昔のあたしは、どうやったら仲良くなれるかいっぱいいっぱい考えた。
ある日、お兄ちゃんにちょっとちょっかいをかけてみると、意外と怒られなかった。からかうと、面白い反応を返してくれた。
そうやって、あたしは「からかったら構ってくれる」のだと学習していった。あたしは日に日にお兄ちゃんへの接し方が挑発的になっていった。だって、そうしたらあたしを見てくれる。あたしと話してくれる。
――家族なのに、興味を持ってもらえないなんて悲しいもん。
お兄ちゃんと話したいから、あたしは「今のあたし」になった。元々の家族を失って、あたしを受け入れてくれる唯一の家族に、見放されたくなかったから。
だけど、こんな性格だったせいで学校じゃ友達なんてできなかったし、あたしと話してくれる人も少なかった。お兄ちゃんに構われたい一心で生きてきたから、他の人から見てどう思われるかなんて考えたこともなかったんだ。
大きくなるにつれてお兄ちゃんと一緒にいれる時間は少なくなって……でも寂しくて。あたしは心の隙間を埋めるために配信を始めた。目立つためにダンジョン配信なんてしちゃって。
『女の子が一人で危険なダンジョンに入ってるなら、心配してくれる人が見にきてくれるかも』
そんな打算的な目的だった。ダンジョンでやった初配信で、あたしは自分のスキルを認識した。スキルを使い始めてから、安定してダンジョンが攻略できるようになって、ファンも増えていった。
でも、どれだけファンが増えても……あたしには手に入らないものがあった。それが友達だった。同じ配信者や、探索者が近づいてくることは山ほど会ったけど、あたしの性格を見たら離れていったんだ。
誰かと対等に接したことがない。それが、あたしにとって密かなコンプレックスになっていった。
「今は月島くんの妹じゃなく、『探索者』としての華奈さんと戦いたいと思ったの」
目の前の女から言われた言葉で、あたしは少し胸が弾んだ。お兄ちゃんに近づく泥棒猫だとばかり思っていたのに、一人の探索者として勝負を挑んでくる相手なんて初めてだったから。
あたしにすり寄ってくるわけでもなく、あたしが必死に追いかけなきゃ振り向いてくれないわけでもない。彼女の視界にはあたししかいなく、あたしも彼女の姿しか見えていない。……それが、心地よかった。
「サナエさん、だっけ。あなた、思ってたより良い人なんだね」
「名前覚えてくれたんだ」
「あんだけ話してたら流石に覚えてる。ちょっと前は口に出したくなかっただけ」
お兄ちゃんに近づいて、お兄ちゃんを取られてしまうという焦りから敵愾心を向けてしまい、どうしても名前を呼びたくなかった。けれど、今は違う。
「あたしの全力、あなたに見せてあげる」
あたしが大鎌に魔力を注ぐと、応えるように鎌の周囲に白色の淡い光が溢れ出す。あたしの身体から力が抜けていき、その度に鎌のオーラが増大していく。小細工は一切なしの全力全開の一撃を決めるために、あたしは目を閉じ鎌に力こめ続ける。
ダンジョンでこんなことをすれば力を溜めている隙を狙われてしまうが、サナエは手を出す気配がない。
あたしの力のほとんど全てを鎌にこめ、振るう。半月状の斬撃が白い軌跡を描きながらサナエに向かって飛翔する。
「予想以上ね、この威力は」
サナエは一歩も動かず、斬撃を待ち構えている。腕も動かさず、迎撃しようとする様子は全く見えない。
(攻撃を防ぐにも、もう間に合わないはず――)
どう見ても間に合うはずがなかった。斬撃が届いた瞬間にあたしの勝ちが確定する。今から棒切れで斬撃を防ぐのは不可能――きっと、誰が見てもそう思っただろう。だけど――
「――ッ!」
斬撃がサナエの目と鼻の先に迫った瞬間、サナエが一歩踏み込む。地面が揺れたかと錯覚するほど強烈な踏み込みの後、サナエが得物を振り上げる。目にも留まらない速度で斬撃と接触し、衝撃波と共に火花が散る。
あたしの全力の斬撃はサナエの攻撃で相殺され、白い光を散らしながら宙へ消えていく。けれど、そんなことよりもあたしに目に焼き付いた光景があった。
「きれい……」
得物を振り上げたサナエの動きがあまりにも美しく、華奈の視線はサナエに釘付けになっていた。艶やかな髪をたなびかせながら無駄のない動きでたった一振り。その姿が華奈を惹きつけてやまない。
「あたしの負け、だね」
「あら、まだやるのかと思ったけど」
「全力出して負けたんだもん。これ以上続けるのはみっともないよ」
「まあ、それで華奈さんが満足なら私も特に言うことはないわ」
もっと戦うこと自体はできるけど、それは美しい在り方だと思えなかった。サナエは気丈夫で綺麗な人だけど、相対しているあたしが見苦しく足掻くのはサナエに対して失礼だ。
「華奈さんとの勝負、楽しかったよ。探索者になったのも戦うことも、好きで始めたわけじゃないけど……華奈さんとだったら、戦いを通じて通じ合ってるような感じがして、すっごく気持ちよかった」
「それはあたしもだよ」
あたしを対等に戦える相手だと認めて本気をぶつけて戦った。それが心底気持ち良かったのは事実だ。それに、サナエの真っ直ぐな言葉に打たれて、あたしの戦意はすっかり折られてしまった。
「サナエさん……どうやったらそんなに強くなれるの? サナエさんはあたしを対等に見てくれてるのに、あたしの力じゃあなたに遠く及ばない。あたしがサナエさんと同じ場所に立つなんて、やっぱり相応しくないような気がして……」
華奈の全力をなんなく斬り裂いたサナエの剣技を目の当たりにしては、自分の実力に自信を持てなくなってしまった。『同じ探索者として』なんて言ってくれたのに、サナエと同じなんて胸を張って言葉にできない。
サナエの顔が見れなくて、あたしはサナエの目を見ないよう視線を落としてしまう。
「相応しくないなんて、自分を卑下するようなこと言わなくていいわよ。対等かどうかに力は関係ないんだから。それに、戦い方なんていくらでも教えてあげるわよ。一緒に高め合いましょ――友達として」
「友達……」
「ええ。だから顔を上げて。私たち、きっと仲良くなれるから」
「……うん、そうだね」
「友達」なんて言葉を口に出したのなんていつぶりだろう。その言葉を聞かなくなっていつ以来だろう。口に出すとなんとなく恥ずかしい。けれど今、あたしの胸の奥は高揚感で熱を帯びている。お兄ちゃんさえいればいいと半ば諦めていたけど、これがきっと、あたしの本当の気持ちなんだ。
「そうだ、名前はなんて呼んだらいいかな。サナエさんって言い方だと、友達にしては他人行儀すぎるような……」
「私はそれでも良いけど、華奈さんの好きな呼び方で」
「うーん……じゃあサナエ姉さん! 年上だし!」
「ね、姉さん!?」
「もしかして、嫌だった?」
「嫌じゃないけど……ちょっと恥ずかしいかも」
「嫌じゃないならけってーい! これでサナエ姉さんもあたしの家族だね!」
あたしが何気なく言った言葉に、姉さんがどこか遠いところを見つめて呟いた。
「家族、か……」
「姉さん?」
「ううん、なんでもないよ。家族って言ってくれたのが嬉しかっただけ。そろそろ月島くんの試験も終わってるだろうし、一緒に迎えに行こっか」
「うん!」
あたしは姉さんの腕を抱きしめて試験会場へ歩く。
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