第14話 「合格の条件」

 ひとまず歪美を説得できたのは安心だが、ふと零斗は気づく。


「試験、どうしようかな……」


 歪美というイレギュラーを解決しただけで、試験に関してはなにも改善していない。零斗はダンジョンでアイテムを集めることができず、残る時間は一時間。このままだと不合格は間違いない。

 零斗にとっては深刻な問題だが、歪美は零斗の言葉で思い出したようだった。


「そういえば、試験なんてものもあったね。まあ、わたしとしてはレイ君をわたしのものにしたくて受験しただけだから、受かるとか受からないとかどうでもいいけど」


 歪美に殺されることは回避しても、探索者になれなかったら結局零斗の目的は果たせない。零斗は震える足で立ち上がるも、力が出せず膝から崩れ落ちる。


「歪美さん、肩貸してくれないか。情けねえけど、ちゃんと立って歩けそうにない」

「わたしが助けるメリットがないしなぁ」

「歪美さん……いや、歪美。俺を助けてくれ」

「助ける!!!!」


 呼び捨てにした瞬間、歪美の態度が一変した。歪美の恋心を利用してるようで心が痛むが、これも試験を突破するためだ。歪美が零斗の腕を肩にかけ、立ち上がる。歪美の細い身体では零斗を持ち上げるのは一苦労のようで、歪美が小刻みに震える。


「重かったら離してくれて大丈夫だから」

「しんどいけど……いける、よ……」


 だいぶ苦しそうな歪美は少しずつでも前に進む。歪美は腕も足も細く、零斗の身体を支えるだけでも大変だろう。零斗としても早く回復して歪美の負担をなくしたいが、血が足りないのはどう回復すればいいのか。

 悩んでいると、ダンジョン中に大きなサイレンの音が響いた。


「――なんだ!?」


 最初は火災報知器が誤作動を起こしたのかと思ったが、けたたましい音は一向に鳴りやまない。

 音が鳴って数分後、歪美と零斗の前に五人のスーツ姿の大人が駆け寄ってくる。


「試験会場内で血が流れているとの通報を受けたが、君たちかな。大丈夫かい? 怪我を見せてくれ」

「……やっぱりバレちゃったか」


 すぐ隣にいる零斗しか聞こえないような小声で、歪美がぼそりと呟く。

 やってきたのは恐らく試験に際して配置された警備員だろう。試験会場には監視カメラが設置されており、さっき零斗が刺されたのはカメラの死角にあたる部分だった。

 だから通報を受けるまで、異変を察知できなかったのだろう。死角を狙って本性を現した歪美の計算高さに改めて驚く。


「君、顔色悪いね。すぐ救急車を呼ぼう」

「いや、大丈夫です!」

「なにを言ってるんだ。ふらふらじゃないか」

「これはちょっと立ちくらみしただけで、顔色が悪いのは昨日夜更かししたからです」


 ここで試験を離脱させられたら探索者になるのが先送りになってしまう。だいぶ死にかけなのは事実だが、まだ身体は動く。


「大丈夫です! 試験を続行できます!」

「……分かった、君の意思を尊重しよう。だが、無理はしないように」

「ありがとうございます」


 零斗の言葉を鵜呑みにはしなかったのだろう。まだ怪しむそぶりを見せていた警備員は、それでも零斗たちのもとから去っていく。先の言葉通り、零斗の身になにかあったということは感ずいているが、敢えてその先を口にしなかった。

 警備員がいなくなってから、零斗は口を開く。


「歪美、行こう。早くしねえと、試験の時間がなくなっちまう」


 結局、体調を回復させる手段は思い付かず、歪美に支えられたまま動くしかなくなってしまった。

(これじゃあ、他のやつらに追い付くまで、どんくらい時間かかるか分からねえ)

 足りない血を補う方法といえば、なにかを食べるのが真っ先に思い付くが、こんな試験会場に食べるものなんて――


「――あっ」

「レイ君、どうしたの?」

「準備室に戻ろう。あそこには食べ物があったはずだ」


 血といえば鉄分。そんな都合のいい食べ物があるなんて期待してないが、なにもしないよりはマシになるだろう。

(絶対こんな使い方想定されてないだろうけどな)

 零斗の意思を汲んだ歪美は方向転換し、準備室へ戻った。



 準備室には、零斗の予想通り軽食が置かれていた。試験開始後に回収されてるかも、という懸念もあったが、大丈夫そうだ。

 零斗は歪美から手を離し、地面に座る。零斗に肩を貸していたのが大変だったのか、歪美は疲れた表情で倒れこんだ。


「肩が、痛い……」

「ここまで運んでくれてありがとう。歪美のおかげで助かったよ」


 元はと言えば歪美のせいなのだが、そこを言及したとて状況が改善するわけではない。

 零斗は壁に寄りかかりながら立ち上がり、パンが陳列されたショーケースに近づく。トングを握ろうとするも、上手く取れず、歪美にヘルプを求める。


「歪美、申し訳ないんだけど食べさせてくれないか。ちょっとずつ力が入るようになってきたけど、それでも掴みにくいんだ」

「分かった。はい、あーん」


 歪美がショーケースからローストビーフを挟んだサンドイッチを取り出し、零斗の口に運ぶ。


「……あんまこっち見られると、食べづらいんだけど」


 サンドイッチの美味しさに舌鼓を打っていたが、その間ずっと歪美に見つめられていたため、味に集中できない。


「美味しそうに食べてるレイ君可愛いなぁと思って。あぁ、ずっと見てたい……」


 好意があるのは分かるのだが、いかんせん好意が行き過ぎて殺されかけた前科があるため素直に喜べない。手を出す気配もなく、見てるだけで満足してくれているなら一応マシにはなっているが。


「そういえば歪美って、喋り方変わったよな。前はもっと口数が少なかったような気がしたけど」


 あんまり見られながら食べるのも気まずいので話題を変えようと歪美に話を振る。歪美本人が人間関係が得意じゃないと言っていたように、元々はそこまで話すタイプじゃないし、喋るときも喉につっかかるような話し方だったように思う。

 深く突っ込んでいい話題か分からなかったが、歪美は特に気にしてないのか、当然のように答える。


「本性を隠しながら会話をしようと頑張ってたから話すテンポが悪かっただけだよ。特にレイ君の前ではストー……見守ってる姿バレたくなかったし、こんなこと聞かれたらあれ答えよう、みたいに常に考えながら話してたから、そのせいかも」

「ちなみにストーカーしてるのは今更隠しても手遅れだぞ」

「……安全を見守ってるの」


 全てをさらけ出しておいて、いまさらなにを取り繕おうとしているのか。

 サンドイッチを二つほど食べ終え、ある程度腹が満たせた。すると、動かしにくかった手が少しずつ動くようになっているような気がした。


「なんか手足の感覚戻ってきたかも」

「流石にそれはないと思うよ。まだ消化もされてないだろうし、そんなに早く回復はしないでしょ」

「プラシーボ効果的なアレなのかな……まあいいや。そんなことより、試験マジでどうしよう……」


 もし仮に気のせいじゃなかったとして、多少身体が動くようになったところで合格には繋がらないない。


「ゼロポイントの状況から一発逆転できる方法があればいいんだけど……」

「あるよ」

「あんの!?」


 諦め半分で呟いた言葉に、思いもよらない返事がきて衝撃が走る。零斗の食いつきかたに気圧されたのか、歪美は若干身体を仰け反らせる。


「この試験、ダンジョンボスを倒せばアイテム集めしなくても合格確定だよ」

「もっと早く言ってくれよ!」

「こんなに時間経ってるし、誰かしらボス倒してそうだけどね。誰も倒してないことを祈ってボスエリアに向かうよりはアイテム集めた方が現実的かな~って」


 確かに、試験は残り一時間を切っており、ボスを倒した受験者がいる可能性はゼロじゃない。だが、動きの鈍い零斗がダンジョンを探索してポイントを集めるよりボスを倒す方に賭けた方が合格する可能性が高いはずだ。


「倒したら一発で合格できるようなボスがそんな弱いとは思えねえ。賭けてみる価値は十分あるはずだ」

「レイ君がそうしたいならわたしも協力するね」

「協力って、なにを――」


 歪美は足元で潰れているアリの死骸に触れると、目を瞑る。すると原型がないほどに踏み潰された死骸はたちまち修復し、完全に形を取り戻した。


「これが、歪美のスキル……」

「そう。じゃあ君はあっちの方探してくれるかな」


 歪美がアリに指示すると、アリはどこかへ走り去っていく。


「試験前に死体をいくつか用意してたから、このこれを使ってボスエリアを探そっか」


 歪美は準備室をあちこち歩き回っては地面にこびりついた死骸に触れていく。その度にハエやゴキブリ、ネズミといった動物たちが蘇り、歪美の指示を受けてダンジョンへ入っていく。


「死体を用意してたってことは、これ全部歪美が……?」

「うん。レイ君が来るまで時間はたっぷりあったし、動物を見つけ次第踏みつぶして殺してたの。本当はレイ君と一緒に行動できなかった場合、この動物たち使ってレイ君の居場所を突き止めようと思ってたんだけど、結局使わなかったし有効活用有効活用」

「殺しておいたって、流石にそれは俺でも引くぞ」

「え? なんで? どうせ生き返るじゃん」


 その瞬間、零斗ははっきりと分かった。歪美を理解することなどできないと。友人としてどうにか仲良くできないかと希望を探したけれど、ここまで価値観が違うとどうあっても分かり合うことは出来ない。


「……やっぱり無理だ」

「へ?」

「俺は歪美と一緒には行けないよ」

「な、なんで?」

「命をそんな扱いする奴と一緒にいたいなんて俺は思わない」


 零斗は一人で試験をクリアすることはできないのだから、歪美の助けを受けながら試験を突破するのが最善だ。だが、それをすると、零斗は人として大切なものを失ってしまうような気がした。


「歪美の力を借りて……命を踏み台にして試験を突破したとして――俺はサナエに顔向けできない」


 たかが小動物だと、そう言い切ることは出来なかった。歪美の倫理観の根底にある「どうせ生き返る」という思想が、命を軽視することに繋がっている。それならば、小動物に限らず人間すら


「色々助けてもらったのは感謝してる。ただ、それとこれとは別だ。俺は歪美の力は借りない。……これ以上、歪美のそばにいたくない」


 きつい言い方になってしまったが、これが今の零斗の本音だった。歪美の近くにいると自分までおかしくなってしまいそうで、今すぐ離れたかった。

 準備室から出ていこうとする零斗に歪美がすがり付く。


「なんで!? なんで急にわたしを見捨てるの!? 虫を殺したから? だから怒ってるの?」

「そうだけど、それだけじゃねえ。そこが分かってないなら無理だよ」

「わたしにはこの力しかないの! 他にどうやってわたしの価値を証明すればいいの!? あなたに必要とされないと生きていけない!」


 どれほど懇願されたとて、零斗がそれを受け入れてはいけないと思った。歪美がどんな経緯でこんな卑屈になったのか知らないし、知る気もない。零斗は歪美を置いて準備室から出ようと歩き出す。一刻も早く離れたいのに、まともに歩けないせいで遅々として進まない。

 準備室の扉に手をかけたところで、背後からか細く、消え入りそうな声が響いた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……わたしが悪かったです。良い子になりますから……見捨てないで……。誰からも必要とされないなんて、もう嫌なの……」

「――ッ!」


 振り返らないつもりだったのに、あまりにも辛そうな声が零斗の耳から離れてくれない。気づけばダンジョンに向かっていた零斗の足は止まっていた。

 零斗には非情になることができなかった。ダンジョンに戻る手前で振り返ると、頭を地面に付け縮こまっている歪美の姿が見えた。


「あぁもう! そんなこと言われて、見捨てられるわけないだろ!」

「レイ君……」

「ただし、何個か俺と約束してくれ。それだけ守ってくれるなら、俺は歪美を受け入れる」


 顔を上げた歪美の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


「一つ、歪美がスキルを使うとき、生きてる動物を殺して使うのはナシだ。なるべく使ってほしくはないけど……もし使うとしても真っ当に生きて、真っ当に命を終わらせた生き物だけに限ってくれ。まだ生きている命を勝手に殺して、それを操るなんて命の冒涜だ」

「……うん」

「二つ、俺を傷つける分にはいいけど、俺以外の人間に危害を加えないこと。この二つだけ心に留めてくれればいい。――俺に、歪美を信じさせてくれ」

「うん……分かった」


 歪美は涙ながらに頷く。歪美が嘘を吐いているようにも見えないし、零斗の言葉は届いているだろう。

 零斗は自分の胸に歪美の頭を寄せ、優しく抱きしめる。歪美の涙が止まるまで頭をなで続け、しばらく経つとすすり泣く声も収まってきた。


「歪美、落ち着いたか?」

「うん、ありがとう」

「さて、試験の続きやんなきゃな。残り時間があとどれくらいあるのか分かんねえけど」

「それなんだけど、レイ君。さっき放ったアリが下層に続く階段見つけたみたい」

「マジか! ありがとう、一緒に行くか」

「うん。レイ君は大丈夫? 歩けそう?」

「あぁ、なんとか」


 立ち上がるときは支えが欲しいけど、立った後は一人でもなんとか移動できる。足が重いし走ることも難しいが歪美に負担をかけなくて良い分、気は楽になった。

 準備室から再びダンジョンへ入っていく歪美の後を追い、零斗も準備室を出ようとし、直前で立ち止まる。ダンジョンへの入り口から準備室を見回し、手を合わせる。

 弔いなんて大層なものではないけれど、殺された命へのせめてもの礼儀として。その後、準備室を出て歪美の背中を追う。



 歪美に案内されて下層へ続く階段を見つける。階段の下から一匹のアリが這い上がり、歪美の足元で止まる。恐らく先に下の様子を見に行っていたのだろう。歪美がしゃがんでアリをじっと見つめ、数秒経ってから立ち上がる。


「この子がこの先になんかすっごく広い部屋がある……みたいなこと言ってる。多分階段の下がボスエリアになってるんだと思う」

「歪美は動物と意思疎通できるのか?」

「言葉とかは分からないんだけど、なんとなく……感覚? みたいなのでどういうものを見たのかは分かるって感じかな」

「流石にそこまで万能じゃねえか。どんな見た目してるかだけでも分かったら最高だったんだが」


 制限があるとはいえ、蘇生できるだけで十分すごいからこれ以上求めるのは酷というものだろう。


「行ってみるしかねえ。歪美も付いてくるか?」

「ううん。わたしはここに残るよ。わたしに戦う能力はないから、足手まといになっちゃうし」

「足手まといとは思わねえけど、歪美がそう言うなら俺だけで行ってくる。案内してくれてありがとう」


 零斗は一度歪美に頭を下げてから、階段を下りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る