第5話 「ダンジョンの授業」

 真理先生が帰ってきたことで授業が開始された。真理先生は黒板をバンバンと叩いて生徒の注目を集める。


「おい馬鹿ども! 今からダンジョンの進み方講座を始めるぞ~!」


 ダンジョンの授業は基本的に座学を行うが、今日の授業は実技だった。実際にダンジョンの中に入って経験を積むらしい。勿論、入るダンジョンは初心者用のダンジョンだけど。


「ねえ、月島君。気をつけてね」

「なにをだ? 初心者用だし、気を付けるほどのもんじゃねえだろ」

「……力を見せないように気を付けてってこと。私の聖剣を折った時みたいな力を見せたら注目されるでしょ。私も常に月島君の近くにいるんだから、月島君が目立てば私も目立っちゃう。そうなると、私の正体がバレるかもしれないの」


 サナエが人類最強の探索者であるとバレたら色々不都合なこともあるのだろう。零斗は納得して、サナエの言葉に頷く。


「出来る限り普通っぽく振る舞うよ。つっても、これまで通りで良い気がするけどな。別に注目されたことなんてないし」

「まあ、気を付けるに越したことはないってだけで、私もそこまで警戒してないわ」


 念のため注意しておいたって感じなんだろう。授業は言われたことをこなせば良いだけだし、危険な目に遭うことなんてほとんどない。


「じゃあ、出席順にワタシについてこい」


 先生が歩き出すと、生徒達が楽しそうに後ろをついていく。零斗とサナエは最後尾だった。

 薄暗く湿った穴の中を降りていく。しばらく歩いた後、生徒の列が止まる。


「みんな、ここ注目だ。ダンジョンの床に四角く凹んだ部分があるだろ。こいつはトラップだ。ダンジョンじゃよくあるギミックだから覚えておくと良い」


 見ると、一センチ程凹んだ場所があった。ただ、注意して見ておかないと気付かないレベルの差だ。


「どうした、零斗。気になるものでもあったか?」

「いや、こんなトラップ初めて見たと思っただけですよ」


 零斗が遊びで潜っていたダンジョンにこんな仕掛けはなかった。もしこんなのがあれば零斗は引っ掛かっていたと思う。


「踏んで試してみるか?」

「先生、俺の命をなんだと思ってます?」

「おもちゃ」

「即答はしないで欲しかった……」


 ふざけてるのか本気で言ってるのか分からない。あと、少しは躊躇え。仮にも教師が生徒に対して気遣う素振りすら見せないのはヤバすぎる。


「被害が出るのがワタシだけなら敢えて罠にかかって危険性を伝えるのもありだが……生徒の中には戦闘技能のない者もいるからな。巻き込むことはできない」

「そんなに生徒想いなら俺の命も大事に扱って欲しいもんですけどね」

「零斗は…………いや、今はいい」


 真理先生がなにかを言いかけて口を閉じた。


「今はって、一体――」


 気になって、零斗が先生に問いかけた瞬間だった。


「きゃああああああ!!」


 遠くから叫び声が聞こえてくる。見ると、一人の女子生徒がダンジョンの奥からこちらに向かって走ってくる。

 列から離れて単独でダンジョンを進んでしまったのだろう。

 零斗はその生徒の姿を見て思わずため息を吐いた。彼女の名前は深井歪美(ふかい ゆがみ)という。

 ドジっ子という言葉すら裸足で逃げ出すポンコツ少女である。ことあるごとにトラブルを引き起こすが、可愛らしい容姿とマスコット的な愛くるしさで許されているところがある。

 歪美の背後にはダンジョンの通路を埋め尽くすほどの巨躯を持ったゴーレムが追いかけている。


「――先生!」

「あぁ、分かってる」


 歪美の叫び声の直後、真理先生が飛び出した。真理先生は高速でゴーレムに近づくと、一発。先生の身長よりも大きな腕に向かって拳を振り上げた。

 ――ガアン! と、轟音がダンジョン内に響く。ゴーレムは腕から崩壊を始め、やがて全身の土塊が崩れ落ちる。そして、真理先生は歪を助け出した。


「なんでこんな低級のダンジョンにゴーレムが……? ワタシは何度も足を運んだがこんなのは一度も……」

「せ、先生……ありがとうございます」

「気にするな、歪美。お前は後で反省文を原稿用紙百枚書くだけで許してやる」

「ふええええええ!?」


 さらっとすごいやり取りを交わされていた。それを横目に、零斗はサナエに話しかける。


「なあ、ゴーレムってそんなヤバい魔物だったっけ」

「確か『危険指定』されてる筈よ」

「危険指定?」

「月島君、本当にダンジョンに疎いのね……。授業の時間なにしてるの?」


 零斗が何食わぬ顔で口笛を吹いていると、サナエはついに諦めたようで、大きくため息を吐く。


「危険指定は魔物の危険度を表す指数のこと。FクラスからAクラスに分けられていて、ゴーレムは一番下のFクラスだった筈よ」

「へーなるほど」

「一応Aクラスより上もあるらしいけど、その辺りは私も知らない。私も今まで戦ったのって最高でもAランクまでだし。あ、Fクラスだからって弱いって決めつけちゃ駄目よ。そもそも『危険指定』を受けている時点で並の魔物よりは強いんだから。それが最下層のFクラスだったとしてもね」

「そんなゴーレムを一発で倒した真理先生すげえな」

「私も、学校の教員であんな威力のパンチが出せるなんて思ってなかった。すごいのね、あの人」


 あれだけ態度と口が悪いのに解雇されなかったり、ゴーレムを一撃で崩壊させたり、謎が多い人だ。


「一旦ダンジョンから出るぞ。ワタシにも理由は分からないが、このダンジョンは何かがおかしい。他の異常事態が起きない内に早く――」


 真理先生の背後で、散らばった瓦礫と土の塊が集積し、再びゴーレムの姿を形作っていく。


「しまっ――」


 真理先生が油断した一瞬の隙に、ゴーレムが大きな掌で二人を掴もうとしている。

 ――零斗が出るしかない。サナエからは目立つなと言われているが、こうなった以上、そんなこと言ってられない。

 サナエに迷惑がかかったとしても……目の前で命の危機に瀕する相手をみすみす見殺しにするほど、零斗の人間性は終わっていない。


「悪い、サナエ」


 一瞬でゴーレムとの距離を縮めた零斗は、敵の攻撃を止めようとする。その時だった。


「――っ!」


 ゴーレムの頭部にある、赤く光る瞳がこちらを向いた。


「ゴ、シュ……サ……」


 ゴーレムが、零斗に向かってなにかを語りかけている。人間の言葉で。

 強力な魔物ほど、他種族の言語や習性を模倣できる。それは、他の生物を「理解」できるからだ。

 言葉を理解し、生きる意味を理解し、自らに吸収できる。だから、危険指定を受けているゴーレムが人間の言葉を模倣できるのは当然だが……

(こいつは、ここで倒さなきゃいけない)

 零斗は本能的に、それを確信した。拳を構えて、襲いかかるゴーレムの掌に向けて振り上げる。


 さっき真理先生がやったパンチより遥かに威力の高い攻撃でゴーレムを粉砕した。衝撃波でダンジョン全体が揺れ、立っていられない生徒が複数見えた。


「これでもう再生はしないはずです。跡形も残らないように破壊したので」


 真理先生と歪の方を振り替えると、呆気にとられたように口を開けている。

(まあ、クラスの陰キャがでしゃばったらそういう反応になるよな……)

 明日からこれをネタにいじられるのも嫌だななんて考えながら頭を掻く。


「いや、跡形も残らないようにって……え?」

「多分身体の一部が残ってたらそこから再生するタイプの魔物だと思ったので……」

「いや、そういうことじゃなくて、ゴーレムを破壊するのって、そんな簡単なことじゃないんだけど」

「でも、出来ちゃったので」

「は……はああああああああ!?」


 信じられないものを見た、と言わんばかりの大絶叫がダンジョンに響いた。

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