第4話 「波乱の渦中」
教室に戻ってきた零斗に真っ先に声をかけてきたのは智也だった。
「おい零斗、早苗ちゃんとなに話してたんだよ! あんな綺麗な子に転校初日で呼び出されるとか……もしかして、告白でもされたのか?」
「なんでそうなるんだよ」
「じゃあ呼び出されてた理由はなんだったんだよ」
「それは……」
どう答えればいいのか悩む。経緯を話すとサナエの正体をばらすことになってしまうし、零斗がラスボスごっことかいう狂った遊びをしていたことも知られてしまう。しかも、零斗がビビらせていた陽キャ連中に。そうなるとクラスに居場所なくなるし、話したくない。
悩んでいると、向かい合う零斗と智也の間にサナエが割り込んできた。
「どうしたの? なんの話?」
「さ、早苗ちゃん!?」
「楽しそうに話してるから気になっちゃった」
「えっと、それは……」
「俺がサナエ……さんになんで呼び出されてたのかって話してただけだよ。別になんもないよな。この学校のこと聞かれてただけで」
サナエ本人が来て助かった。零斗の言い分は全くの嘘だけど、サナエが認めればそれが事実になる。
逃げ道が見つかって内心安堵していると、サナエが不意に零斗の腕を掴んだ。
「実は私、月島君のこと好きなの。だから、さっき呼び出して告白したんだ」
――は?
頭が真っ白になった。今、零斗の身になにが起きたのか全く理解できない。
サナエはなんと言った? なにが起きた?
「えええええええええ!?」
クラス中から驚きの声が響く。一番驚いてるのは零斗だけども。
「ちょ……ちょっと待て! 俺は別にサナエとは……」
「今早苗って呼んだ?」
「もう敬称なしとか距離近すぎない?」
「恐ろしく早い告白……オレは見逃しちゃったよ」
クラスメイトの疑惑がどんどん濃くなっていく。
(ヤバい……どうしたらいいんだ……)
サナエは容姿が整っている。そんな彼女と付き合うのはそれ相応の容姿が必要な筈だ。零斗は別に見た目が良いわけじゃないし、嫉妬の対象になるだろう。それだけはなんとか避けないと……
「違うんだ! 俺は――」
「もう、恥ずかしがらなくてもいいんだよ。これから一杯思い出作ろうね。ダーリン♪」
いっそ殺してくれ。
クラス中から鋭い視線が向けられる。恐らくは男子からのものだろう。初日に美人の転校生をかっさらっていった陰キャ。こんなの陽キャたちからネタにされるに決まってる。
「お前ら、授業始めるぞー。……どうした? クラス中が殺気立ってるが」
(た、助かった……)
本当に助かったかはともかく、先生の乱入で零斗に集まる視線は一気に教壇へと向けられた。気まずすぎる空間から一時的に解放されて、零斗は大きくため息を吐く。
先生はぴっちりとしたスーツで身を包んだ長身の女性だ。名前を東雲真理(しののめ まり)という。黒い髪をポニーテールにしている。昔からスポーツをやっていたからポニーテールに慣れているらしい。
大人びていて綺麗な容姿をしているが……
「先生、零斗が転校生ちゃんと付き合ってるらしいでーす」
「……なんだと?」
陽キャの男子が我先にと手を上げ、真理先生は眉を寄せて、険しい表情になった。
「ワタシは来年で三十で彼氏もできず、ただ年を重ねているだけだというのに……零斗ごときクソ陰キャに彼女だと……?」
「さらっとクソを付けるなクソを」
先生はとんでもなく口が悪い。零斗にだけじゃなくて全ての人間に対して。
(そういうところが好かれない要素じゃないかな……)
と、言いそうになったけど止めておいた。言ったら確実に殺される。
「ワタシがどれだけ合コンで苦労してるか。その度に『真理さんって……ちょっと怖いんですよね』って愛想笑いされる気持ちが分かるか!」
「分からないですし、熱くならないで下さい」
「授業なんてやってられっか! ワタシは帰る!」
「職務放棄しやがった!?」
言って、真理先生は目じりに涙を浮かべながら教室を出ていった。
「あーあ、零斗、追いかけてやれよ」
「俺が行ったら神経逆撫ですることになりそうだけど……行くしかねえのか」
もうこのまま放っておいて、自習時間にしちゃっても良いんじゃないだろうか。そう思うけど、この後の授業は「ダンジョン探索」に関する授業。
サナエの為に探索者になろうと決めた以上、授業をサボる気にはなれなかった。
「じゃあ、行ってくる」
「おう、頑張れ」
零斗が教室を出ると、すぐ後にサナエも飛び出してきた。
「月島君が行くなら、私も行くわ」
「それより、なんであんなこと言ったんだよ」
「あんなこと?」
「ほら、俺とサナエが……その、付き合ってるとか」
「あれは、そっちの方が都合が良いと思ったのよ。私がこの学校で興味があるのは月島君だけ。他の煩わしい人間関係は作りたくないの」
「煩わしいって……」
「それに、付き合ってるってことにした方が一緒にいる口実もできるし便利だと思って。実際、今も『彼氏を追いかける』って言って出てきたし」
サナエ側の事情を考えると彼氏彼女の関係は使いやすいんだろうけど……
(……まあ、役得だと思うことにするか)
陽キャどもの反応がめんどくさそうだけど、フリとはいえサナエと恋人関係になれるのは嬉しい。
「一応彼氏なんだからサナエの本名教えてもらっても……」
「殺されたいの?」
「本名聞いただけで!?」
なんで名前を聞いただけで命を狙われるんだ。もしかしたら守秘義務とかそういうのがあるのかもしれない。
廊下を歩いていると窓の外から中庭が見える。真理先生は中庭のベンチに座ってタバコを吸っていた。
「学校の敷地内でタバコ……なんで怒られないの、あの人」
「さぁ……? 俺の方が知りてぇよ」
口が悪いのに加えて色々と問題すぎだろ先生。零斗たちは中庭に急いだ。
「教師が学校の敷地内でタバコとか、バレたら問題でしょ」
「あ? いーんだよ、誰も気にしないって。校長もワタシには強く言えないし」
分かってたことだけど、真理先生の辞書に「反省」の二文字はないようだ。零斗は内心で諦めて、話を変えることにした。
「先生、いつの間に中庭に来たんですか。先生が教室出てから俺たちが追いかけるまで、そんなに時間経ってないと思うんですけど」
「飛び降りて直でここまで来た」
「飛び降りたって……教室三階ですよ? なんで無事なんですか」
「スキルだよスキル。授業で教えたことなかったか?」
「……ありましたね。世界でも限られた人間しか持ってない超能力のことでしたっけ」
「零斗、頭悪いのによく覚えてたな」
「先生にオブラートって概念を教えたい」
「オブラート程度でワタシを止められると思うなよ」
実際はすっかりスキルのことなんて忘れていたから、真理先生の言うこともあながち間違っていはいない。サナエからスキルのことを教えてもらって思い出せたので、サナエには感謝しておかないと。
「ワタシにもあるんだよ、スキル。人よりちょっと身体能力が高いくらいの能力だけど。そのおかげで、飛び降りとか無茶なショートカットできるから割と便利だぞ」
「スキル持ちって申請すれば国から支援してもらえるので、出会いの場も作れそうですが……私もスキル持ちなので、その辺りは理解してるつもりです」
サナエってスキル持ってたんだ、と驚いたけど、考えてみれば「人類最強の探索者」なんて肩書を持っている人間がスキルを持っていないはずもなかった。
「国が斡旋する相手なんてお堅いエリート様ばっかりだろ。ワタシとは絶対相性悪いって。それに、スキル持ちは探索者にならないといけないしな。ワタシはもうそんな職と関わらないって決めてんだよ。だから、内緒な。ワタシがスキル持ちってことは」
「でもこのままじゃ先生に出会いないっすよ」
「ぐぅ……っ!」
真理先生から心の底から振り絞った声が漏れた。
「はあ~ぁ、前職辞めれば出会いがあると思ったんだけどなぁ……。なんでこんなことになったんだろうなぁ」
天を見上げて寂しそうに呟く真理先生の姿からは、そこはかとない哀愁が漂っていた。
「はぁ、仕方ない」
サナエが小さく息を吐いてから、スマホを取り出した。
「……私、実は出会いを目的としたパーティーに招待されることがよくあるんです。先生の趣味嗜好が分かれば、ある程度希望に沿った方を招待することは出来ると思います」
「そ、それは本当か!?」
生徒から出会いの場を提供されて喜ぶアラサー女性の図。大人としてのプライドとかはないのだろうか。
(それにしても、サナエが出会い……? さっきはそういうの、「煩わしい」って言ってたのに……)
サナエの招待は本当だったらしく、スマホの画面を覗いた真理先生の顔が明るくなる。
「ありがとう! サナエ……お前は神様か!?」
「大袈裟ですよ、先生。それでは、教室に戻りましょう。授業が終わってしまいます」
サナエの両手を掴んではしゃいでいる真理先生に気圧されて、サナエは若干引いた表情になっている。
「……職員室で出会った時から気になってたことなんだが」
「はい、どうしましたか?」
「サナエ。もしかしてワタシ達は、以前会ったことないか?」
「……さあ? 少なくとも、私の記憶にはありませんね」
零斗は二人して不思議な会話をしているな、なんて呑気なこと考えながら二人の後ろを歩く。
(サナエと前から知り合いだった? そんなことあるとは思えないんだけど)
真理先生が意気揚々と進む中、零斗はサナエの肩を指で叩く。
「どうしたの?」
「出会いがどうのって言ってたよな。サナエがそういうの興味あるとは思えなくて」
「なんだ、そんなこと。私は誰とも付き合う気なんてない。私に出会いを押し付けてくる人がいるから、仕方なく行ってるだけ」
「押し付けてくる……」
「父親がね。人類最強の遺伝子を残さないといけないとかなんとか。私の意思は無視で、パーティーに招待してくるの。だから、先生を誘えたのはラッキーだったわ。いざとなれば先生を盾にすれば良いし」
サナエがパーティーへ招待した理由は真理先生を慰めるためだけではなかった。
そんなことも露知らず上機嫌なままの真理先生に、零斗は哀れみの視線を向けた。
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