第3話 「転校生」

 翌日。いつも通り学校へ行くと、隣の席の友人――木月智也きづきともやが零斗の肩を叩く。


「おい、零斗。今日このクラスに転校生が来るんだってさ」

「転校生? なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

「それがな、朝から職員室呼び出されて怒られてたんだけどよ~」

「ちょっと待て。朝から怒られるってなにしてんだ。転校生よりそっちの方が気になるわ」

「そんなことどうだっていいんだよ。職員室で俺は見ちまったんだ。先生とその転校生が話してるところを」


 智也がなにに対して怒られてたのかが気になるが、智也本人が興奮気味で零斗の質問を聞き入れてくれる気がしない。

(仕方ない。ここは智也に話合わせておくか)


「どんな子だったんだ? 転校生って」

「超絶可愛い女の子だったぜ! ちょっとは零斗も気になってきたか?」

「全然」

「なんでだよ! 男だろ!」

「どうせ俺と関わることなんてないしな」


 仮に超可愛い女子がクラスに来るのが本当だったとしても、零斗には関係ない。

 智也がここまでテンション上がるレベルの容姿を持ってるなら、カースト上位の陽キャ達とつるむようになるだろう。

 零斗みたいな陰キャとは卒業まで一切接点を持たないって分かりきってるのに、気持ちが昂るわけがない。


「卑屈だなぁ」

「純然たる事実だよ」


 話していると、始業のチャイムが鳴り、担任教師が教室へ入ってくる。


「今日はみんなに紹介したい人がいる。……入ってきなさい」


 先生が話し始めた後、教室に誰かが入ってくる。零斗は全く興味がないから窓の外をぼうっと眺めていた。

 クラスがざわつく。智也が言っていた「超絶美少女」という話は本当だったのか。


「皆さんはじめまして。転校してくるのって初めてなので緊張していますが、仲良くしてくれると嬉しいです」


 無難な挨拶。――それが、無性に零斗の意識を引き付ける。

 聞いたことがある。この声を、零斗は知っている。興味がなかったはずなのに、零斗の視線が自然に教壇へ向けられる。まるで誘導されているかのように。


「……サナエ?」

「――私の名前は早苗と言います。楽しい学生生活を送れるように頑張ります」

 ダンジョンで出会った時より美しく輝く、純白の髪が零斗の視界を埋め尽くした。



 昼休みの屋上。零斗が着いた瞬間に、そこで待っていた人物が慌てて振り向く。


「あっ、来てくれたんだ。ありがとう」

「急に学校に転校してきたと思ったら、急に屋上に呼び出すなんてどういうことだよ」


 零斗はサナエに呼び出された。転校してすぐなんてクラス中から注目を集めるだろうに、そんな中で零斗と二人きりになると変な詮索されてしまいそうでリスクがある。

(寧ろ、リスクしかなさそうだよな……)

 サナエが一体なにを考えているのか。というか――


「そもそも、なんで学校に来たんだよ。サナエはダンジョン攻略で忙しいんじゃないのか?」

「ダンジョンも大事だけど、それよりもっと大事なことがあるの。私、もっと強くならなくちゃ」

「強くって、サナエは人類最強なんだろ? これ以上強さを求める必要があるのか?」

「月島君に一方的に負かされて、私もまだまだなんだって思い知らされた。私の目標には全然届かないんだなって。だから、月島君の強さの理由を知りたくなったの。それがこの学校に来た理由」

「強さの理由……そんな大層なものなんてないと思うけどな。普通すぎて失望されそう」

「そんなことしないわよ、私をなんだと思ってるの。それに、理由のない強さなんてあり得ない。必ずなにかある筈なの。その理由を、月島君が『当たり前』に感じてるから気づかないだけで」

「そんなもんなのかなぁ」


 自分の人生を振り返ってみるが、至って平凡なものだ。特に友達もおらず、成績も良くない。大きな事件に巻き込まれたこともないし、サナエの言う「理由」とやらに全く心当たりが出てこない。


「でも、それだと仕事は大丈夫なのか?」

「別に、ダンジョン攻略のベテランは私だけじゃないし。それに私の聖剣、折れちゃったし」

「マジでごめん」

「責めるつもりはないんだって! もういっそ忘れてほしいくらい」

「忘れるのは無理かな……」


 聖剣なんて大層なものを叩き折ってしまったなんて簡単に忘れられるものじゃない。たとえサナエが気にしていなかったとしても。


「武器は今、代替品を作ってもらってるから。その間自由時間ができたの。次の武器ができたら学校に来なくなるかもだけど」

「このままずっと……って訳にもいかないもんな」

「なに? もしかして、私とずっと一緒にいたいの?」


 サナエが楽しそうに零斗をからかってくる。


「そういう意味じゃなくてさ。サナエは学校ほとんど行ったことないんだろ? 俺と同じような年齢なのに、国から期待を負わされて、学校にも通えなくて……なんて、子供に背負わせるには重すぎるって思ってしまうんだ」

「……」


 零斗の言葉に、サナエはポカンと口を開ける。呆気に取られているといった様子だ。

 いつもの強気な態度が剥がれ落ちたサナエの姿は年相応に幼く見えて、零斗は見惚れてしまう。


「……優しいのね、月島君は」

「思ったことを言っただけだよ」


 しばらく、零斗とサナエの間に静寂が訪れる。零斗がなにを言うべきか迷っていると、サナエの方から沈黙を破った。


「心配しなくても、私は自分の生き方を後悔してない。前に言ったでしょ。私の夢は、この世界にあるダンジョン全てを攻略することだから」

「言ってたけど、世界の全部なんて、規模がでかすぎて……」

「私ね、ダンジョンが嫌いなの。だから、ダンジョンを世界からなくしたい。その為に、私は力を手に入れたの」

「なんでそこまで嫌ってるんだ? ダンジョンには未知の鉱石とか発見されたりして、人類に利点もあるだろ。ダンジョンを上手く利用すれば科学文明の発展が期待できるって――」

「――友達が、殺されたの」


 ダンジョンは悪いことばかりじゃない。そう言おうとして、サナエの返答に遮られた。


「ダンジョンで友達が殺された。だから私はダンジョンを許さない。ただ、それだけ」

「そっか……それは、そうなるよな……」

「ごめん、変な話しちゃったね。忘れて」

「忘れられるわけないって……」


 人類最強の探索者に重い過去――なんて、そうそう忘れられるものじゃない。一大イベントじゃないか。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。早く教室に戻ろうと踵を返すサナエの腕を、零斗は掴んだ。


「もう一つ、教えてほしいことがあるんだ」

「私に答えられることなら」

「サナエって、日本人だよな」

「そうだけど、どうしたの?」

「自己紹介の時に『早苗』って漢字だけ書いてたけど、本名はなんて言うんだ?」

「……言いたくない」

「え?」

「私の名前はただの『サナエ』。それだけ覚えていればいいの。早く教室に戻らないと怒られるわよ」


 サナエは無理やり話を終了させ、足早に教室へ帰っていった。


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