第99話推測


 この世界のメイドさんは現代日本とは全くイメージの違う別物だった。当たり前といえば当たり前だけど、まず衣装が違う。すっきりしたベージュの長袖シャツの上にスカート丈の長い黒の袖なしワンピースを被せた様な格好だ。ワンピースは前も後ろも同じデザインで、身幅よりずっと広く造られた前後の布地を左右の端にある紐で絞って身に着けるシンプルなものだった。私達の部屋に来たのは女性らしいのだが、顔が見えないように帽子とヴェールをしている姿は黒子のようにも見える。挨拶以外は口を開かず黙々と作業に徹していたので余計にそれっぽいなと思ってしまった。

メイドさんは部屋の中に食事を載せた木製のワゴンを運び入れてから、パタパタと天板や脚を組み立ててその上にテーブルセッティングを始めた。やけに大きなワゴンだと思ったらテーブルを兼ねていたようだ。おまけにワゴンの中からは椅子まで出てくるから驚いた。確かに見渡せば部屋の中にはテーブルなどは見当たらず食事する場所がない。ゆったりした一人掛けソファがあるだけだ。便利だなコレ。

食事の準備が整うと、そこに居るのを知っているの知らないのかわからないが、雷の竜にも何か要望が無いかと尋ねられた。鞄から出て来てもらうとまた面倒だと思って、後で聞いておくのでまたの機会にすると伝えておいた。領主家に居た時と同じく、用事があればベッド脇のサイドテーブルに置いてある銀色のベルを鳴らすように言われた後は、必要な事は全て済ませましたからと言わんばかりに速やかに去って行ってしまった。ちょっと寂しい。

料理を載せて運んで来てくれた木製のワゴン兼テーブルには側面に見たことがないくらいの豪華絢爛な装飾彫刻があしらわれていて、虎、狼等の動物と竹籔や牡丹のような草花を見付けた私はしばらくそれらに魅入っていた。見ているうちに、これだけ彫刻が盛んなミズアドラスを出ることが本当にナクタ少年の為なのか疑問に思う。ここで師匠さんを探した方がいいんじゃないのか?技術的にも間違いないなさそうに思えるし、こんなにあちこちで見るくらいだから、仕事としても恵まれているんじゃないかな…。

…まぁそれはそれとして、運ばれてきた料理は美味しく頂きました。


 ナクタ少年については、ミズアドラスの外に出なければならない理由も良く解らないが、何処に連れて行けば良いのかも解らない。先に聞いとけって話なんだけど、(話を聞いてないのが悪いのはわかってるが)半ば強引に決められて…いや、結局は場当たり的に引き受けてしまったから今更それを後悔している。

遠慮なく言わせてもらうと、ナクタ少年はどうやらお父さんが亡くなくなり、売買する商人に売られしまったようだ。積極的にではないとしても、お母さんがそれを了承したということだろう。知り合いの商人だからニュアンスとしては少し違うのかもしれないが、事実としてはそうなる。身柄はそのようになっていても自宅に住んでいたようだから……どういう事だろう?

例えば……パッと思い付くのは……お母さんがマイヤール金融(仮)に借金してるとか?………子供が……考えたくないけど……担保みたいになっているとか…!?売買が合法なら、アリなのか……??

 ………………あるかもしれない……怖っ…!!

小説やなんかで聞きかじった情報でしかないけれど、親に力が無いと守れないっていうシステムは有り得るのではないだろうか。シンプルだからこそ馬鹿に出来ない、無視出来ないのがマネーでありパワーであり現実なわけで、推測通りなら言葉もないが仕方がない。そうであればもう普通の家族には戻れなくても関係性が悪くなければいいか、とか考えて新たに人生を切り拓くしかない。

 ……つまり……そういうこと?

物凄く不本意だが、イド氏と私は何故か考える事が似ている気がしている。不本意というか、ぶっちゃけ凄く嫌なのだけど理解出来てしまうのだ。

 …いやいや落ち着け。本人が居るんだから、

 直接本人に聞けばいい話。それ以外は嘘。

 変に考えない方がいい。先入観持つだけだ。

私の考えることなんて、何時もだいたい間違っている。この世界で頼りになるのは雷の竜の能力とユイマの知識。…私の意思を除いては、それでいいはずなのだ。

 魔法使いを探したのはナクタ少年が魔法を知らないから危険だというのもあるだろうが、何よりガーディードだからだろう。幼体で同族の居ない土地に出るのならば必要な条件になる。(魔力を持つ同じ生き物同士は互いに干渉することで落ち着かせる効果を持つものも多い。同族干渉というらしい。群れの中では幼体はこの効果に守られていると思われる。)魔力の調節が出来ずに獣化を解けなくなるならば魔力が扱える人間がいればいいのだ。原因が解っているならやりようもある。ユイマもやった事がないみたいだけど理屈としては可能なはずだ。魔獣だから多分ユイマには打ち消す(何らかの魔法で直接獣化を解く)事は出来ない。魔獣の魔力は純粋で人格を持つ様な種族ならば一般的なヒトより高位なのは間違いない。(魔獣には下手な魔法よりも呪いの方が余程効果が大きい。自身の魔力が使われる為だ。)おそらく内部の魔力を落ち着かせる魔法陣が有効だと思う。自分より格上にはかなり時間がかかるが、大人しくさえしていてくれれば……いや、預けるなら教えておいて欲しいわ、こういう事も!!

 …ふぅ…………………………。

 ………………ん~~と、そういえば…。

 逆に、ナクタ少年からすれば、

 大魔女の付き添いになるって、もしかして…、

 かなりラッキーなのかな……?

 リッカ少女も名誉なことみたいに言ってたし、

 人生大逆転で……つまりはシンデレラ?

 シンデレラボーイナクタ少年、てこと??

王子様の自覚はありませんけど、ミズアドラスに於いてはそんな感じの立場になるんじゃないか。

 なんだか初めて大魔女であることが、

 素敵な事に思えてきたぞ?…良くない?

 雷光の大魔女様、かなりいいんじゃない!?


「私のことを忘れていませんか?」


 ……忘れてました。

不意に声を上げた雷の竜の不機嫌な顔が鞄から覗いている。綺麗に頭だけを出していると、皮の色合いが竜に似ているから鞄と一体化した新種の生き物みたいになっていた。気分も上がっていたところに大好物の美声が聞こえて、うっかりその姿を見たものだから何の備えもない私は思い切り唾を飛ばして吹き出した。

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