第98話彫刻
これから髪を挟む金具を付ける予定だというので、見せてもらった髪留めは少年に返さなくてはいけなかった。石に合わせて少し分厚くなったその台座部分には真ん中に小さく穴が空いていて、石の一部が髪に触れるようになっている。よく考えたな…。そこに雷の竜の魔石を嵌め込むらしいのだが、いつサイズを測ったんだろうと気になって聞いてみたら、ライトニングさんから教えてもらったらしい。…知っていたのかライトニングさんは。固定するには接着剤とか使うのかな。
強度が増して長持ちするという利点もあるとかで、ニスを塗りたいと言っていたナクタ少年の要望通りに仕上がるのなら、全体に艶も出てさぞかし美しくなるのだろう。私の知らない世界の事だから完成図が上手く想像出来ないけれど、彫刻は既にヤスリがけされていたらしく、表面もサラリと木目が整ってそのままでも十分綺麗だった。台座の周りには桔梗のような形の花が雄しべや雌しべまで細かく表現されていて不覚にも驚いてしまう。一晩で出来上がった物には見えなかったし、まさか花を彫ってくれるとは思わなかったのだ。ああ見えて繊細なロマンチストだったのか、それともユイマは歳上の女性だからと気を利かせてくれたのだろうか……意外とそういうことができる子なのかも。販売とかやってたんだし。
あ、そういえば聞かなきゃいけないことが…、
……伝えないといけない事もあるけど…。
とはいえ、ファルー家の方々がいるところでは話しにくい。急ぐ事でもないから機会を待つけれど、忘れそうで怖いのがユイマとは違うところだ。ライトニングさんが覚えていてくれると有難いんだけどな。
大抵の場合には私を助けてくれる雷の竜だが、エリアナお姉さんと仲良くなるには、一緒に居られると打ち解けて話を出来そうにもなかった。今日はファルー家に泊まる予定だと聞いているから、これも機会を待つしか無い。宿題は片付かないし、やりたいことはやらなきゃいけないことと、とことん合わない。そんなヤキモキした状況だ。そういう時に限っては、少しでも先に進みたくなる。
「……ウィノ君、今から水の竜に会いに行くと、
遅過ぎる?行けそう?」
荷物を纏めて背負いながら、談笑する少年二人の方に話しかけた。ふと気付けばその背後の物販コーナーには大柄の男性が戻って来ていて、既にお店はほとんど畳まれている。はっや!!
「……今からですか?ん゙、この時間ですから、
昼食を用意しようと思ってました。
お腹減りませんか?」
「減った。」
私ではない。返事したのはナクタ少年である。私は黙してただ大きく頷いた。異世界に於いて風呂と食事の機会を逃さないのは、最早鉄則だ。
「ここからなら近くまで転移出来ますよ。
専用の魔法陣があるんです。」
「!いいの?姉さん。」
話を聞いていたエリアナお姉さんが教えてくれたのをウィノ少年が牽制している。お姉さんは竜の前で話す事にも少し慣れてきたみたいだが、かえって喋りすぎてしまっているようだ。…その割に言われた本人は平然として気にしていない。
「……緊急用ですけど、ウィーノに任されてます。
今は十分それに当たるでしょう。
昔とは違う使い方も考えて良いはず……。
…………むしろこの地を守る為ですから。」
「……ファルー家を通さないといけないって、
そういうことなんですか…?」
「本来は違います。……合議制の為です。
水の竜の君と清流の大魔女様に関する事は…、
領主家と聖殿とファルー家で決める……。
………私達は門番などではありませんが、
緊急の時にはウチの大人が動きます。
……清流の大魔女様ではないというのが、
今回はそれが出来ない理由です。……その、
私自身は、大変に申し訳なく思います。
……ファルー家に試す意図はありません。
どうか、ご容赦ください。」
粛々と話すエリアナお姉さんからは、真面目な人柄とプライドが感じられる。
「謝る事なの?」
「そう思うけど…任されたのは私じゃないか。
そうね。ウィーノの思うようにすればいい。
…でも変でしょ?雷の竜の君に、
どうして隠さなければいけないの?」
「……姉さんは、姉さんの考えがあるんだね。
……それは、わかった。…ゴホッ。」
「なに?知らせたくなかったの?」
「そうじゃないけどさ……僕の計画があるから。」
エリアナお姉さんが驚いて、同時に笑う。自嘲なのか自虐なのか嗜虐的なのかもわからない。ウィノ少年のような自然な感性ではないから流石に違和感があるように思えてきた。
…これは…戸惑ってるとか……困っている…?
私の似非アルカイックスマイルと同じなのではないだろうか、と思い当たった。有り得ると思う。
「ごめん。でも隠し事は良くない。
神聖なる竜の君には嘘も裏切りも許されない。
これは表面だけのものでは無い。
……ウィーノには馴染みが無いだろうけど。」
「ああ……そうか、古い教えの通りに…。
そっか、そうなんだ……知らなかった。」
素直に納得した様子のウィノ少年は、たしなめられて笑顔で喜んでいる。この子すげぇな。適応力とかいうレベルじゃない。
正直言って教えだか何だかは実際どこまで意味があるのか解らないけれど、とにかくもう私達はこれ以上歩かなくて良いということで話を進めていいんですかね?
私とライトニングさんには中央階段を登った先の二階端に客室が用意されていた。ナクタ少年はウィノ少年の部屋に泊めて貰っていたらしい。荷物も其処に置いていたのを、ウィノ少年が一旦戻って取って来てくれたようだった。眉間にシワを寄せながら歩くナクタ少年は肩掛け鞄を斜めに掛けたまま、重たくなった荷袋を反対側の肩に引っ掛けてウィノ少年と連れ立って部屋に帰って行く。さすがに文句は認めないつもりだ。この先どうするつもりなんだよ、という事も含めて行き先を聞かないといけないんだよな。何かアテがあってこの地を連れ出す事を頼んできたはずだ。多分。でなければイド氏は本格的にどうかしているし、私も大いに困る。
食事は部屋に運んで貰えるということで、のんびり待っていた私は生まれて初めて所謂メイドさんによるルームサービスを生で見ることが出来たのだった。
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