第94話成長


 水の竜に会う。どうしてそれをするのかといえば、助けて欲しいと言っていた雷の竜が、会いに行こうと決めたからだ。それが何の為なのかといえば、幾つかの疑問に対する解答が欲しいからだ。それらは二十年程前の、水の竜の結界が失われた事に繋がっている。

ライトニングさんが眠ればいいらしいけれど、そうすると私を一人で残す事になる。雷の竜はそれを避けていてくれるとも考えられる。

 …竜も成長してるな。

 人間というものは、一方的に改造しても、

 好き勝手振り回しても良いものではないと、

 ちゃんとわかるようになったか…。

偉そうに感じ入る私は頭の弱い阿呆に見えるかもしれないが、命の窮地にある人間は考えることもレベルが低く原始的になるものなのではないだろうか。きっとそうだ。まずメンタルが擦り切れる。グラ家に居た時ならまだしも、この状況での置いてけぼりは、死んどけと言っているに等しい。

 異世界ものには多いけど、私には無理。

 何も出来ずにそのまま死んでる。

体力が無いとかではなく、一人で生き抜いていける気がしない。頼みもなく弱るしかないから絶望しかない。むしろユイマの体力だけが頼りである。そんな私には信じられないことが立て続けに起こっている。


 おそらくナクタ少年から話を聞いて来たのだろうが、竜の前では嘘がつけないという制限つきの状態で今までと何も変わらず振る舞えるウィノ少年は、ある種の天才か何かだろうか。見る者をギクリとさせる琥珀色の瞳を見るのも今日が初めてのはずなのに、平然と受け入れて既にこれだけ違和感のない会話が出来ているという目の前の展開がもう信じられない。竜の前ではナクタ少年ですら今だに態度はやや堅くなる。普段から嘘つかない人なの??そんな事有り得る??

更に言うと、水の竜に参拝したいなどということはウィノ少年に話していただろうか?会いたいだろうと気を利かせての事か、もしかしたら結界復活の可能性を期待してのことかもしれないし、雷の竜の実物を見て閃いたのかもしれないが、神がかっている。結果的にその提案は渡りに船。断る選択肢などあるはずもなく、あれ?話したっけ??と記憶がおかしくなりそうだ。

いずれにしろ私達は現在、この地の事情も良くわからないままウィノ少年にただ従っているだけの無能者なのだった。どうしてこんな状況になってしまったのかは、私達にもわからない。


 何も出来る事がない時、他人任せになってしまった時、やるべき事はなんだろうか。何事もワンパターンな私にはひとつしか思い浮かばなかった。

「…とりあえず、ありがとう。

 水の竜には会いたかったから。」


「……ウチの今後がかかってますから。

 領主家のお二人も考えていらした事で、ん゙、

 水の竜の結界は本当に別物なんでしょうね。」


 領主家には結界復活の考えがあるってこと?

 …ウィノ少年の考察かもしれないけど。

「今後…あ、でも、ファルー家はそんな、

 大魔女が居なくなって困ってたの?」


「水の竜の君ですよ。

 結界の負担が無いのは、違います。

 大魔女様はどうやら大人が順番に、

 ゴホッ、持ち回りでやってたみたいです。」


 …も…持ち回り……。

随分と親近感のある表現だ。クラスの係みたいでびっくりする。大人なら地域の掃除当番みたいな感覚なのだろうか。

「偉い人なんじゃないの?」


「それは勿論です。魔法使いの世界の事で、

 僕は良く知らないけど、ん゙ん、

 その、偉い人の中での、順番らしいです。」


ウィノ少年は使う魔法が制限されていたみたいだし、ファルー家としては魔法使いの世界には深入りしない方針なのかもしれない。

 …なんか思ってたよりも世知辛い制度だな。

 それだと偉い人達は仲間内では、

 大魔女が誰か知ってたんじゃない?

勿論少年が聞きかじった情報でそのように理解しているだけという可能性もある。偉い人の偉い地位には違いないが、魔石が無くなって竜に会えないのなら何の説得力もない、ということかな。ファルー家…いや、ウィノ少年としては。

 ライトニングさんと話してる感じだと、

 大事な事は竜が教えてくれるわけだし、

 何も発信出来なくなるよね?

魔石が無いと大魔女は竜に会えない。竜にはそれが大魔女の証明だ。他に確認のしようもないのだから、当然そうなる。

そして、大魔女がいないと竜は人前に現れない。魔石を持つ大魔女だけが竜の友人となり、友人が仲介者となって恩恵は与えられる。結界もその恩恵のひとつということだ。

与えた結界をわざわざ自身で解除するのも変だから、何かの理由で他から解除されたはず。それ以降全くコミュニケーションはとれていないということになる。


 元々大魔女の恩恵というのは魔法を理解しない人々にはあまり実感のないもので、色々と尾ひれが付いていることも多いからユイマの知識を持ってしても自信を持ってその功績を仔細に語るのは難しい。

竜と共に在り、魔法使いに知性の閃きを与えたり、魔の現象を解きほぐすヒントをくれたり、災厄を未然に防いだり、危機を知らせたり、魔の流れや様相を見てアドバイスをくれる有難い存在と言われるものの、正体は不明で結果もハッキリと目に見えるものではないから、逆に魔法使いでもなければその偉大さがピンとこないというのはごく普通の感覚だろう。(北側でも竜と共に在るのが大魔女だから、竜と会えなくなった前提で成立する地位なのかはわからない。)聖地ではあるが信仰上は聖殿が在るのだから問題ないとも言える。

それでも竜と大魔女が居なくなってバランスが崩れたのは本当なんだろうな。だから今回の事に繋がった説。どうだろう…。

 は!私、考えてみたら…、

 大魔女としてかなり頑張ってるんじゃない?

 ……こんなに必死なんだからさ。




「もうすぐです。」


ウィノ少年の言葉にハッとして顔を上げてみたが、見えるのは相変わらず高さのある黄土色の山肌と濃い緑をした草木の茂みだけである。

「…湖が?」


「……この丘の向こうです。

 丘を越えると急な下りになるから、

 足元に気を付けて下さい。ん゙、ゲホッ。」


そろそろお昼も近い時間で、木陰を出るとほぼ真上からの日射しも眩しくなっていた。

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