第93話裏道
ナクタ少年とウィノ少年は山側の裏道を通って来たと言っていた。もしかしてと思ってはいたが、その予想の通りに私が領主家から歩いて来た道こそがその裏道に間違いなかった。
山道に入ろうというのに川を渡る頑強な橋から続く石畳は明るい陽の光の下で見ると凹凸の陰影まで艶めいていて、辺りは余計な草木もなく手入れされていた。観光地ということだから整備されているのかなと感心していたら、広さを造った道の端には休憩用のベンチや賑わう時にはお店が入るのであろう木製の陳列棚まで見つかり、観光地の定義まで現代的だなとナクタ少年との初対面を思い出した。形は小さくとも逞しいのは結構だけど、今日はちゃんとお財布を持って来ているんだろうか。管理がなってないみたいだったからな…。
同じ道なら途中で獣道に入るところが何処かに隠れているはずなのだが、昼間の山道はまるで印象が違って見えたし、あの時は黙々と足元を見て歩いていたものだから山に入ってしまうと道筋も記憶に定かではなくてまるっきりわからない。
「この道、領主家の裏に出るんだよね?」
来た時とは違って動きやすいズボンを履いて歩くと風呂敷を背負っているくらいは大した負担では無かった。先を行くウィノ少年に話しかけるくらいには余裕がある。
「やっぱり、ここを通って来られたんですね。」
「…領主家の火事、関係してたんですか?」
勘のいいウィノ少年に加えてナクタ少年が鋭く突っ込んできたのが心臓に悪い。こんな怖い子達だったの?君等。
「……火事を起こしたわけじゃないよ。」
「そうじゃなくて。…いや、俺の言い方か。
そんなわけ無いとは思ってます。
居たんですか?その、現場に。」
「あ、うん。居た。
たまたまだけど、お客さんとして。(多分)」
「じゃあ、巻き込まれたんですね。」
私の後ろからついてきているナクタ少年がホッとしたように呟いた。そういえば肩掛け鞄ひとつで随分身軽だが、家から持って来た荷物はファルー家に置いて来ているのだろうか。
「…わからないはずですよ。
本当にここしか無いという処ですから。
自力で見つけるなんて奇跡みたいだ。」
「どういう意味?」
私の質問に答える為にウィノ少年は乾いた土と木の根を踏み締めながら少しだけ顔を後ろに傾けた。
「別邸の裏に道があるのは秘密なんです。
地元の人達も知らない事だから、ん゙。
他では絶対に言わないで下さい。」
「俺も?」
「うん…当然警備はいるけどね。」
…いなかったと思うけど。火事だったから?
「ファルー家に繋がるのは、皆知ってるの?」
「はい。」
「それは。」
少年二人の声が被った。
「じゃあ、ファルー家の裏道なんだ。本来は。」
「領主経験者しか知らないんですけど、
ファルー家は水先案内人をやっていて、
ゴホッ、ん゙ん゙。水の竜の君の謁見は、
ウチを通さないといけないんです。」
「え?ナクタ君は?」
「俺は全然関係ないです。
ウズラ亭で待ってる予定だったから。
湖の参拝所まで案内するっていうのも、
観光ルートと同じ道だと思ってたのに。
…予定変更するってさっき聞きました。」
「雷の竜の君から大魔女に推薦されたんだよ?
もう無関係なわけないだろそんなの。ん゙ん゙。
僕も親に報告しないといけない。」
「……ふ〜〜〜ん…。」
ナクタ少年の、心からどうでもよさそうな返事を聞いてウィノ少年がまた溜息をついている。しっかりしているのは解っているけど、大人びて居すぎてそれはそれで心配だ。
「勝手に会わせてもいいの?」
「!駄目ですか?」
「いや、私は構わないけど。その…。
ミズアドラスのルール的に、いいのかな、
と思っただけで、いいならいいんだけど。」
「大丈夫です。雷の竜の君と話せるなら、
水の竜の君と話も出来るでしょう?」
「?そうなの?」
雷の竜は私の背負う風呂敷に乗る振りをして重さを感じさせないように浮いたままじっとしている。話しかけるつもりで顔を上に向けたら、ついでに動いた風呂敷の傾きで気付いてくれたようだった。
「我々は誰でも会話することが出来ます。
それを望むか望まないかでしかありません。」
知ってる。答えの内容よりも風呂敷を背負うと魔石に触れない方が私には問題だった。久々で緊張してしまうけれど、過度に恐れる必要は無いと解れば何とか会話はできるようになっている。私もこの数日で成長したな。
「驚きました。初めて知ったことばかりです。」
「話ができればいいってこと?
だったら誰でも会えるんじゃねぇの?」
当然の質問をナクタ少年が挟む。私もそう思う。
「大魔女様以外には会話できた例が無い。」
「なんで?」
「そもそも会えないから。
大魔女様だけが謁見の洞に入れるんだよ。」
「洞の中にいるのか、水の竜って。」
「案内人であり付き人っていう立場だから、
ナクタに話してるけど最重要機密だよ?
わかってる?」
「…俺が知っててもいいの?」
「大魔女様から案内を頼まれ付き人をしていて、
水の竜の君とも会話できる人間なんて、
ゲフン。ゴホッ、ん゙ん…。
ファルー家よりもよっぽど重要人物になる。
実際に水の竜の君を呼んでもらえれば、ん゙、
連れているのが誰だろうが関係ない。
それだけでウチの人間は納得するよ。」
…まぁ、そうかもね。本物の大魔女様なら、
その付き人にとやかく言うなんて出来ない。
「…それだと大魔女しかわからないよ?
水の竜が本当に来たのか、何を話したのか。
……全く会えないわけじゃないでしょ?
何回か、姿を見た人は居るって聞いたよ?」
「聞いています。けどそれも、わかりません。
本物なのかも確認できませんから。
……もう大人は関心がないみたいで、ん゙ん゙。
今回初めて僕に任されたんです。
僕は昔ながらの規則の通りにしないと。」
成程。月日が過ぎて大魔女なんて忘れられかけているということか。十年一昔とか言うけど、本当にそういうものなの?世の中って。
過ぎてしまえば忘れてしまう。その方が幸せ?…かもしれないけど、そういう事ばっかりでもないだろ、なんて言ったところで怒られるだけか。
ユイマが聞いたら愕然とするんだろうなぁ…。
それくらいにユイマの知識や常識とはかけ離れている。昔ながらの規則とやらは三人目が現れるなんて想定していないのだろう。リッカ少女の反応を見る限り、どうやら普通の人は水の竜とは言葉が通じないイメージで、対話すら不可能だという設定になっているようだった。竜とのコミュニケーションに於いてはユイマも竜が人類を選ぶという考え方を習っているし、実際に対話する竜属は通常そういうものらしいから(教科書の通りなら)不自然では無いのだろう。しかし少なくとも水の竜と雷の竜の場合は、事実でもないわけだ。
「…でも俺が水の竜に会ってどうすんの?
別に会いたいわけじゃねぇけど。」
「お前もさ、ここまで関わってるんだから、
ちゃんと自分で責任持てよ。
大魔女様の正体は秘密なんだぜ?
ゴホッ。こっちだって中途半端に帰せない。
付き人やってるんだろ?
主人についてかなくてどうすんの!」
「……ああ、そっか。」
自覚がない。ちなみに私にもない。なんでついてくるんだろうと本気で思っていた。付き人とか付き添いって、そういう存在だという風に認知されてるんだな。…私も別についてきて欲しいわけじゃなかったんだけど…。
大事な事を知られたからには…か。
ちょっと…いや大分怖くない?
正体が秘密なのって、そこまで厳格な決まりだったのか…。ナクタ少年にそんな覚悟は無かったと思うし、私も無い。どうしよう。ウィノ少年だけがミズアドラスのしきたりと闘っている状態だ。私もユイマも何も知らないから無力。ナクタ少年は見るからに無関心。
……すみません。私達の分も頑張って下さい。
情けないって、こういう事だな。
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