第89話記事
……現在の領主であるグラ家の長男ラダ氏と長女ルビ氏が住む居館は領主家別邸とも呼ばれている。歴史と伝統の宿る建築物として評価も高い文化財の一つでもある。火災により失われたのは主に建物中央の二階広間に繋がる部分と階段付近であり、全焼は逃れたものの再建は難しいと思われる程に大きく損壊していた。夕刻の火災は深夜には消し止められ、翌日の朝には原因の特定と調査の為に憲兵と聖騎士団員、そして聖職者が現場に入り、それぞれの分野からの検分を始めている。焼け跡からは既に二体の遺体が見つかっていた。
遺体は元聖殿長ジゼル=フロブラ氏、そしてその側近の魔法使いアルナダ=ルスト氏であることが確認されている。二人は損傷の少ない状態で発見された為、すぐに身元が判明した。……
……ミズアドラスの大物の死亡が伝えられると同時に、自身も火事で軽傷を負ったゼシル=リカー=グラ領主からはフロブラ氏が一部聖職者と画策し、反乱を企てていたことと、それを未然に防ぐ為に別邸が一時的に戦闘の場となった事が説明された。その場に身を投じたラダ氏とルビ氏は反乱勢力との戦闘で負傷したために急ぎ病院に運ばれたという。二人の容体については未だ明らかにされていない。現時点では、この火災による怪我人は五名。いずれも領主家の側近や兵士であり、それぞれ医師の診察を受けている。……
……フロブラ氏はミズアドラスで強大な影響力を維持していた。反乱を共謀したとされる者達の中からは現在聖殿長を務めるレイシュ=ソーエン氏との関係を匂わせる発言も出ているとの情報があり、聖殿内部及び聖騎士団関係者はさらに詳しく調べられるものと予想される。ミズアドラスは今まさに混迷を極めている。……
〜聖カランゴール地方紙による、
ミズアドラス領主家別邸火災の記事より〜
歴代領主はグラ家とその血統を継ぐ分家から任じられてきたという。英雄の末裔とはいえファルー家は、あくまでも地元の有力者という立場でしかないのに領主家の信頼は厚く、実質的に誰も逆らえない影の絶対支配者となっているようだった。むしろ領主の方は政治がらみで交代するのにファルー家にはそれが無い。家長は亡くなるまで手綱を握り続ける。日本でも聞いたことがある話だ。地方の町や田舎の集落で実際にあるらしい。
ウチも思いきり地方の田舎だが、偉い人があからさまに崇め奉られているような事は身近にはないから良くわからない。もしかしたら大人の世界には厳然と存在しているのかもしれない。知らんけど。
どうして私がファルー家について、急にこんなに詳しくなったかというと、部屋までお別れを言いに来てくれたリッカ少女が声をひそめつつ切々と語ってくれたからだった。勿論少女はもっとファルー家に好意的で優しいものの言い方をしていたので随分と印象は違うのたが、まぁまぁだいたいあってると思う。
「この部屋は酔い潰れちゃった人と、
使用人が使うだけで、お客用じゃないんです。
魔女様なのに変だとは思ったんですけど…。
ごめんなさい。痒くなりませんでしたか?」
竜と私に丁寧な朝の挨拶をした後に宿泊した部屋の事を突然話し始めて、私は意味がわからずポカンとしていた。実は他にもっといい部屋が用意出来たのだろうか。それなのに申し訳ないということかな?いやこっちはお金も無いのだから助かりましたよ?
痒みはあるといえばあるし、毛布はちょっと怖いから使わなかった。現代世界でも日本じゃなければそんなもんだとか、聞いたことがある。
魔女なのにって、どういう意味だろ??
やっぱり詐欺師だと思ってたのかな??
詐欺師の目的は自分の利益なわけで、魔女を名乗るからには態度も要求もそれなりに大きく出るのが普通なのかもしれない。
そんなことを思いながら適当に相槌を打っていたら、ファルー家というものはこういうもので…と、やや強引な流れだ。とりとめのない会話に熱心な様子を見て、しっかりしていても意外とリッカ少女は普通の女の子なんだなとほっこりした。いや決して話を聞いていないわけではない。
話の内容はいたって真面目なのだが、私達はこれからミズアドラスを出て行くのだからイマイチ身が入らないのだ。わざわざ教えてくれたのには理由があるのか、それとも13歳の女の子らしいおしゃべりなのか。後者であれば友達みたいに思ってくれたみたいで少し嬉しいのだけど多分違うのだろう。昨日の私の態度が地元民から見ると失礼だったとか、そんな理由じゃないかと思う。ナクタ少年が間に入ってくれていた場面を少女の話の途中で思い出して、あれか、と腑に落ちた。ウィノ少年はファルー家の使いとして来ていたのだから、おそらく私は無礼な怖いもの知らずだったわけだ。今もほっこりしているどころじゃなかったのだ。大変失礼した。
「ウィノから、大魔女様のことは、
口外しないように言われています。
……本物に会うのは初めてなんです。私。
水の竜の方ではないから、ご挨拶やお祈りも、
作法が違いますよね?教えて貰えませんか?」
追い打ちをかけるようにリッカ少女が想像を越えたお願いをしてきた。もう駄目だ。目が点になる。思想とか価値観というのは本気で理解しようと努力しなければ、俄に解るものではないのだと本日私は学びを得ました。わからないものは、こんなに近くに在るのに遠い。遠過ぎて朦朧としている。
「あの、私はまだ公に認められていないから、
そういう…お祈りされる対象ではなくて、
ええと……雷の竜なら知ってるかも、です。」
結果として、困った私はライトニングさんに丸投げしてしまった。ウチの竜はベッドの上で丸くなる生き物なので、やはり我関せずとばかりに丸まっていた。名前が出たところで見向きもしないしピクリとも動かない。
「……………。
雷の竜の君は大魔女様でないと、
お話されないのではないんですか?」
あ、しまった。
「……その、あ…あれ?……違うんですか?」
竜が会話を理解している事を意識したのだろう。リッカ少女の表情と話し方が急に固くなった。
?水の竜は普通の人と話をしなかったのかな?
ミズアドラスではそういう教えになっているのか、リッカ少女は雷の竜を会話の通じない生き物だと考えていたみたいだ。
そんな設定だったっけ?…そう言われればそのようにもとれる記述を本で読んだ気がする。大魔女は竜との仲介役だとか。実際は会話も自由に出来るのだから、架け橋となっているというような意味合いだろう。
「大丈夫。話してくれますよ。
ねぇ?ライトニングさん。」
「……………。」
…あ、コイツ面倒臭がってんな。
思わず雷の竜をコイツ呼ばわりしてしまった。無視されて腹が立ったのでツンツン突いてみる。
「私は竜です。祈りならば神に捧げなさい。」
丸まったまま声だけが響いた。何故か割と強めの口調だ。
「…。」
竜の声が聞こえると同時に少女はヒュッと小さく息を吸い込んだ。それを吐くより早く軽妙なバックステップで大きく一歩後ろに下がると、目を見開き口は半開きのままで時を止め立ち尽くしている。白いブラウスと薄い茶色のロングスカートという出で立ちに明るい緑のスカーフを首に巻いて、大人の春コーデを着せられたマネキンのようだった。ポージングは少し奇妙で、顔を伏せがちに食い入るように竜をみつめて何かを問うているようにも見える。
…………。反応も人それぞれだなぁ……。
どうやら本当に、ミズアドラスの子供達は竜が人の言葉を話すとは思わないものらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます