第88話理解


 ログラントの人種は大まかに三種に分けられる。古代種、新人種、獣人種である。

古代種には、エルフ、小人族、巨人族などが当てはまる。名前の通り社会を形成してからの歴史が長く、長命の種族が多い。

新人種とは、古代種に対して比較的新しい社会に属する人類全般を指す。短命な種族がほとんどであるが、異種族間の混血も新人種に含まれる為に最も人口が多い。

獣人種は部分的または全般に獣に似た見た目をしているが、それ以外には新人種と大きな違いは無い。(脳の機能や体内の構造はほぼ同じ。ガーディードの様な特殊能力はない。)多種多様に種族が存在し、その社会や文化、言語なども様々に細分化している。

 竜はガーディードを"人格を持つ魔獣と捉えられている"と言っていた。魔法使いの考え方だと私達は一人のヒトと一匹の竜と一匹の魔獣、ということになる。

ナクタ少年やリッカ少女を魔獣と呼ぶのは現代世界の感覚だと乱暴な気がするが、ログラントでは魔獣はケモノではない。人を襲うのは人にも出来る事だし、言葉を話さなくてもテレパシーのような対話が出来る魔術もある。

魔獣の特徴をわかりやすく表す話としては、その多くは鼻が効くために、自らの判断を信じて危険を避ける本能のようなものものを持っているらしい。つまりは敏感で怪しいものには近寄らず危険を感じたら排除するか逃げる。その行動に迷いが無いという。あくまでもユイマが学校の先生から聞いた話では。

 ……別に普通にそういうヒトもいるしな…。

 生まれつきそんな能力があるとか羨ましい。

私には単純に生き抜く能力に優れた人達に思える。リッカ少女はともかくナクタ少年には間違いなくその傾向を感じる。素晴らしい。(竜の真似)。少し身勝手とも言える性格ではあるが、頼もしいっちゃ頼もしい。時々ちょっとびっくりするけど。



 朝から珍しく勉強したせいか、かつてないほどに朝ご飯が美味しかった。温かいご飯があんなに美味しい物だとは、現代世界では思ってもみないことだった。

今朝はなんとママさん自ら部屋まで来て案内してくれた。ファルーの一族の影響を感じつつ慎重に階段を降りてゆく間にも謎の緊張感に襲われたのだが知らんふりをして深呼吸し、昨日と同じようにウズラ亭のカウンター席に腰を下ろした。現代日本よりも少し茶色く噛みごたえのあるご飯(それでも味が濃くて美味)と温かい肉と温野菜のサラダ?とスープの朝定食をご馳走になってからサッサと部屋に戻って再び深呼吸し、荷物を纏めておこうと、ぐるりと見渡してみたのだけど相変わらず風呂敷以外に何も無い。ご飯の時に水筒の入手方法をママさんに聞いてみたら、竹製の物は自作する人も多いからナクタ少年ならすぐに作ってくれるだろうとのことだった。

 竹、切るところからやるのかな、やっぱり。

飲み水はミズアドラスなら困る事は無いらしい。そこらに湧き水が湧いているし、温泉もあるという。天然温泉は入っておきたかった。機会があるかはわからないけれど覚えておこう。

「……魔石はちゃんと持ってるな。」

大事なことなので声に出して確認する。

魔石を脚から外してみると思ったよりずっと不便だった。ポケットに手を入れて石に触れているだけのことが予想以上に面倒臭い。

ふと思い当たり、石を握りながら竜に尋ねた。

「水の竜の魔石は何処にあるの?」


「どこでしょうね。水の竜は知っています。」


ベッドに座って当たり前のように返答する竜。

そもそもなんで大魔女と魔石が同時になくなったのだろう。魔石はミロスの組織かなんかの狙いだったとして、大魔女が行方不明なのはなんで?一緒に逃げたとか?…まずは、大魔女も魔石泥棒に協力していた説。

いやいや、大魔女様で居られるなら何もしなくても余裕で暮らせるから変な事するわけがないんじゃないか?元々ミロスの組織の人だったとかなんじゃないの?…最初からみんな騙されていた説。

 どちらも裏切りの物語にしかならないな…。

ミズアドラスにはそのはずだ。魔石が失われた時点で大魔女を追うことには意味がないと、そうあっさり許されるものだろうか。誰も正体を知らないのだから一般人がどうしようもないのは解るけど。責任重大なことなんじゃないのか?

 ……あ、もう一つ。だからこそ、逃げた説。

「…竜には魔石のある処がわかっているなら、

 どうして取り戻さないの?」


「我々には関係のない事です。

 水の竜には無関係ではないでしょうが、

 我々の知る魔女ではないのですから、

 おかしな手を加えてもいけません。」


「ああ……今は何の力も無い石だもんね。」


「水の竜の力が眠っていることは確かです。

 私が眠れば恐らく行方は追えますよ。」


「……行方不明って言ったよね?」


「問題がなければそれでいいでしょう。

 巨大な力を持つ魔石ではありますが、

 この世界の技術では扱えるものではない。」


「だからって放置していいの?

 なんか危なく無い?周りへの影響とか。」

大魔女の魔石を駆動回路に使うという発想はなかなか無いだろうけど、出来ないと本当に言い切れるのか不安だ。とんでもない力を手に入れたとか何とか言ってはしゃぐマッドサイエンティストみたいなのがいるかもしれないと考える私は創作物に影響されすぎているのだろうか…。


「我々の力は貴方がたから見れば巨大ですが、

 魔石に宿る力はいたって単純ですから、

 開放するだけならば無害です。」


「ん…と。まあ、解る気がする。」


「せいぜい近くの魔のものが驚いて逃げる、

 それくらいの衝撃が起こる程度です。

 私と話す魔女に影響があるのは、

 あくまでも私が働き掛けているからであり、

 関係のないところで勝手に動くような、

 欠陥品ではないのですよ。」


「…その言い方だと天然の魔石なんか全部、

 欠陥品みたいなもん、て事になるけど。」


「天然の米より品種改良されたの米の方が、

 ずっと美味でしょう?」


 は!!確かに!!

「でも魚なんかは天然物の方が…。」


「純粋な旨味は改良したほうがより美味しい。

 雑味や深みなど複雑な味は別物です。」


 なるほど!!!

グルメ漫画みたいなやり取りになってしまったが、だいたいわかった。そんな気がする。

魔の理解というやつは深くて遠くて更には不確定なので、若輩の魔法使いはだいたい誤魔化す。むしろそれが常識。決めつける方が危険なのだから、これでいいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る