第90話勝手
結果的にパロマさんとほぼ同じ流れになってしまった。竜との対面が後回しになってしまった事が悔やまれるが今更どうしようもない。
「……大変に、失礼、しました…。」
そう言い残して人語を操る竜に慄きながらも静かに退室しようとするリッカ少女は、ものすごく頑張ったと思う。
「いろいろと、お世話になりました。」
とりあえず、挨拶だけはしておかないと。
「………。水の竜のご加護がありますように。」
礼節を欠かすことなく再びドアの前で私達に深々と礼をした少女は、素早く廊下に出たと思ったらドアの裏側に隠れて見えなくなった。
人の気配が消えてなくなり、扉はまるで魔法のようにゆっくりと閉じた。
リッカ少女が去るのを見届けてからベッドの上の竜にわざとらしく顰め面を向ける。
「…泊めて貰ったのに。」
「魔女はそうですが私は違います。
私の友人は信奉者を望まないのですから、
私がその役を担う必要もありません。」
そりゃそうかもしれないけどね…。
雷の竜は事も無げに澄まして丸まったままだ。まるで私の事を私より知ってるみたいな態度が気になる。
「……………。
大魔女も人それぞれってことか。」
「ユイマはこの世界の定義では大魔女ですが、
雷光の英雄と呼ばれています。
魔女は魔女なのでしょうから、
この世界に付き合うかどうかは、
魔女が選ぶべきことです。
貴方の世界でも貴方が何と呼ばれるかは、
貴方が決めることでしょう?」
違いますね。かなり好き勝手呼ばれます。
反論すら許されない事も珍しくないですから。
大抵の人は外面しかみてないし。
「……信奉者を望まないなんて言ってないよ。」
「それを言わないのが魔女の良くない所です。」
「…………。」
読めるのって、記憶だけだよね?
本当は考えも読めるのに嘘ついてるとか、
……まさか、ないよね??
自分の顔と耳が熱くなるのを感じて、竜から見えないように顔を背けた。大きく息を吸って、吐く。
気にするな、気にするな……。
……………他の事考えよう……。
結局良くわからないままの事もあるけれど、ミズアドラスを出る前にグラ家がどうなったのかは聞いておきたい。ウィノ少年が来たら真っ先にお願いしよう。
ウィノ少年といえばファルー家。先程のリッカ少女の考え方が実は気になっている。ユイマの知識では有り得ない。ちょっと思い込みが激しい人みたいに思えたのだ。
ファルー家というのは…大魔女より偉いの!?
いやこれは少女の態度にムカついているわけではなく、エルト王国出身のユイマには信じられないのだ。もしそうだとすればミズアドラスでは大魔女の地位が異常に低い。魔法使いが少ないせいか、行方不明になって二十年程の年月が過ぎてしまったからなのか。魔石を持ち逃げした疑惑付きなのだから仕方がない…いやこれは公表されてはいなくて…。
あれ?公表されてるって言ってたよな?
ラダさんは……あれ?
ミズアドラス内で知られているのなら、世界が知っているはずだ。なぜユイマは知らなかったのだろう。秘匿事項だとすれば民衆も知らないはずで、話がおかしい。
ユイマの記憶ではミズアドラスには今も水の竜と清流の大魔女と魔石がそこに在るかのように学校で習っているのだ。勿論それが常識。姿は表さずとも火の竜と炎嵐の大魔女と同じように水の竜と清流の大魔女も絶大な影響力と存在感を持っているものだとユイマは信じていた。
……南側だから……?
北側に属するエルト王国は聖カランゴールについてはある程度学ぶものの、ミズアドラスはほとんど勉強していない。聖地だということと、神話や大戦時の話のついでに習うくらいだ。英雄の名前も知らなかった。現在の状況は新聞記事で知るくらいのものだし、事件は二十年程前なのだから、もしかしたらユイマの生まれる前だし…。
いや、だからといって。大魔女と魔石だぞ?
魔法使いには大事な内容だろうに…。
???歴史の授業がおかしい???
え?もしかして……改変してる???
グラ家は今その事件の続きにあるわけで、どちらが事実かといったら、竜も認めている方に決まっている。魔石は既に象徴でしかないし、大魔女はそもそも知る人が少ないのだから外からは断定出来ない。
ミズアドラスも(おそらく戦争したいわけじゃないから)ミロスが関わる事件だとは言えないが、ミロスもその事件後に無くなっていたとは、わざわざ教育しないという事か。だとするとミロスが黒にしか思えないんですけど。
あ、違った。公表された事実じゃないんだ。
元聖殿長が在任中に失われたということにしたんだっけ。あれ?でもそれは考えられないとラダさんが全否定していた。それが本当なら世界の魔法使い達が矛盾に気付かない訳がない。そんな筋の通らない理屈は魔法使いの教科書には、確かに、相応しいものでは無いだろう。
だが公式の発言だ…。
……真相は闇の中……ってこと??
だから、まあ……単純にカットしたのかも。そういうところの言ってることは全部怪しい、って判断なのかも。そのまま主張を受け入れる訳にもいかないし。偉い人の判断なんかわかんないけど。
…てか公式が怪しいってヤバくない?
しかも聖地で?……危な過ぎるだろ。
これは…思ったよりミズアドラスという処は窮地にあったのかもしれない。ジゼル=フロブラというのは、領国内を騒がせただけでなく、かなりヤバイ人だったようだ。
聖カランゴールが守ってくれるのかと心配していたが、そんな独裁のようなことをしていては、逆に攻撃されてもおかしくない。聖地は彼等にも聖地なのだから。グラ家がバランスをとっていたのだろうか。反感を買おうが不祥事があろうが領主家であり続けるのは、それなりに理由があると考えるのが自然だ。
世界各国から真相を予想出来ても、証拠が無いとか、それをハッキリさせてしまうとマズイとか、そういう微妙なところにあるのだろうか。
……ユイマなら理解出来ることなのかな。
学生のユイマとしては現在の状況くらいは正確に教えて欲しいものだろうけど。
とりあえず私の印象としては、ミロス帝国が真っ黒にしか見えない。
「ファルーの子が来たようですね。」
階下の物音を聞き取ったらしい雷の竜は、ようやく首をもたげて瞬くと、その小さな体をゆるりと起こした。
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