第86話危機
朝ご飯が今日も貰えるのかはわからない。ウズラ亭はまだ動きもなくて静かだから勝手に外に出るのは遠慮しているけれど、小さな窓から景色を眺めるのも遠く山々が見えるだけですぐに飽きてしまった。
……ユイマの知識を使って考えてみるか…。
グラ家であったことが少しはわかるかな?
ユイマの知識は心強い。結局何が起こったのか、どうすればいいのか、わからないままなのが一番怖いのだ。どういう意図だったのか、どんな意味を持つのか、それはなぜなのか…。
責任を持って一緒に考えてくれる存在が今の私には必要だ。先程から置き物と化している竜がそうであってくれる事を願う。
屋敷に響いていた声はミロスに拠点のある宗教団体?か何かの<火と水の竜を讃える会>のものであり、魔獣と竜が現れた。大結界は限定的、つまり特定の条件を満たした時に弾くもので、転移には個別対応がミズアドラスの基本的防衛策になっている。ウィノ少年の話だと大結界は結界内にあるものに影響を与えないから魔法使いに言わせると獣を追い払う鉄条網くらいの意味合いでしかないと思われる。
ということは、ミズアドラスでは個別結界が要。それなのに私と竜はグラ家の別邸の結界をぶち壊してしまった可能性がある。寝ていたからわからないが、どうやら堂々と到着したらしいので普通に考えると生きているとは思えない。何と言っても竜だし、もしかしたら転移している。この二つの条件を通す結界など張る意味がない。
大結界を抜けて来たのであれば恐らくあの竜と魔獣は高い理性がある。遠くミロスから転移して来た可能性は低い。転移はそれほど便利ではない。呼ぶのは召喚とほぼ同じで相手の応える手筈が整えば比較的簡単だが、押しかけるのはまず無理だ。出来るとすれば事前準備がいる。元聖殿長本人は日時に工作されていたらしいから、<讃える会>の人間が近くに用意したはずだ。改めて考えてみると元聖殿長にはラダさんのスパイか何かが張り付いていたのだろうか。手際が良すぎる。
聖カランゴールも幾つか結界を張っているから、それらをすべて抜けたとは到底考えられない。割と近隣から来たのではないかと推測される。元聖殿長のような偉い人と繋がるからには<讃える会>には相応の魔法使いが居ることは想像出来るし、ミロスは魔法と魔法技術に力を入れている国だ。多少は自力でなんとかしたのかもしれない。内通者が居るのならさらにやりやすい。ぶち壊した結界が修復される前を狙って転移して来たとすれば、私達の来訪は事前に知りようがない事だから……。あれ?
「あのさ、ライトニングさん。
やり直す為に来てる大魔女って、私だけ?」
「いいところに気が付きましたね。
ログラントの大魔女が他にいる可能性は、
勿論あります。ですが、今は聞いていません。」
話に興が乗ったのか、竜は目を開けて反応すると首をもたげてこちらを向いた。
「グラ家にいた時には、いなかった?」
「今のこの世界には魔女だけでしょうね。
やり直すというより確実に遂行する為ですが、
その為に何人も居ても不合理ですから。」
「確実に遂行する為?」
「最悪の事態を避ける為に、
取るべき行動はそれほど多様ではない。
同時多発的に起こることには根源がある。
我々はそう考えます。
逆に貴方がたに寄り添う為には、
多種多様な指導者が必要かもしれませんね。」
…いきなり難しいな…。
うっかり余計な事を言って早朝から勉強をやらされてしまった気分だ。私は完全に夜型だから今だに視界もぼんやりしている。こんなにいきなりトバされるとは。…まぁ自分で振ったんだけどさ…。
……指導者…そうか、大魔女は指導者として、
見張り番を手伝ってるみたいなものなのか…。
言われてみれば火の竜と水の竜、炎嵐と清流の大魔女は"魔の理を授ける"為に現れたとされているが、対立した勢力の指導者としても必要だったのだ。魔法の戦争にはキッチリ締めておく人物がいないと最悪の事態になりかねない。しかも"魔は永劫に変化する"らしく、おまけに人類も変わっていく。確かにこれは常に難しい問題かも。大魔女の存在って意外に不可欠、てかいいアイデアなんだな。
ログラントの魔法使いは魔というものが完全に支配出来るとは考えていない。ほとんど諦めて使えるところまで使っているのが常識的な考え方であり、多くは畏れを持って魔物や魔獣にも尊敬の気持ちを忘れていない。
ガーディードや吸血族の扱われ方が残念なのは、彼等が人類のステージに立っている為だろう。そうなると途端に差別を受けてしまうのだ。(もしかしたら他にも有り得る。)クセが強すぎたり迷惑をかけたりと周りが被害にあう事が想像出来る。私もユイマもそれが理解できる。うん、残念だな。
ユイマから見たら最悪な状況かも。
普通なら関わる事がない人達だし、
ただ身体借りてるだけって結構酷いよね。
私はまた鼻で笑ってしまった。こういうところが悪っぽいのかもしれない。
せっかく異世界に来て貴族に転移したんだから、ユイマのような令嬢を気取ってもいいのかなとか考えたりもしたけれど、やっぱり私には窮屈過ぎて無理だ。ユイマの記憶を元に想像するだけで疲れて嫌になる。努力家なんだろうな、ユイマは。
馬鹿にしているわけではなく、これは価値観の相違というやつだと思う。私は貴族になりたいわけではない。記憶を知る程にやっていられない。心から御免だ。
小説や漫画でよく聞く異世界転移が特殊な例で良かった。大魔女なら怖い目にはあっても竜がいてくれる。思索も信念も感性も自由だ。とりあえず、今のところは。
他人の身体借りて、やることが中途半端じゃ、
ますます申し訳ない。……頑張ろ。
「…大事な事なんだけど、前に言ってた、
未来の…捻じれた世界はまだ大丈夫なの?」
「未来に大丈夫などとは言えません。」
「…わかる。でも、王様には未来が解ってる、
だから私はここに連れてこられたんでしょ?」
「未来は常に危機に在ります。
行うべき事を行い、対策を計らなければ。」
なんか普通の心がけのいい人みたいな事を言ってるけど、話の流れだと違う意味だろうな。
「え〜と、やり直す必要のない行動と、
世界が捻じれる事を防ぐ為の対策を、
考えなければ、ということ…だよね?」
「素晴らしい。魔女は理解が早いですね。
ただし行動を制限するものではありません。
我々の帰還は恐れるものではないのです。
我々の意思がものを云う事態など、
少なくとも私には考えられません。」
ん?…アウトでなければいいのか。
それじゃ鋼の竜は、よっぽどのことを、
やっちゃったのかな?
「…理解が早い方ではないけど。そうなの?」
「古い友人には難しいことでした。」
「あ、あ〜そこは異世界人だから。
確かにそうかも。異世界人の方が、
そういう理解は早いよ。断然想像しやすい。
まず自分が世界を跨いで来てるんだから。」
「その経験が大きく違うのですか?」
「だいぶ違うと思う。……あ、てかさ、
つまり世界はまだ無事なんだよね?
決まった通りにしないと駄目なんでしょ?」
「決まった通りとは?」
「先が解ってるんだから正解ルートは知ってる、
てことでしょ?でなきゃおかしいよね?」
「…一応は合っています。」
「なのになんでそれを教えてくれないの?」
「魔女はこの世界に在る。しかし我々の存在を、
この世界に生きる物と考えてはいけません。
崩壊と再生は収斂性を無視するものではない。
僅かな変化を望むのみであることは、
理由があるのではなく我々の限界なのです。」
収斂性?限界?
「竜が正解を知ってるなら大魔女がその通りに、
動けばいいだけじゃん。傀儡みたいに。
限界もなにも何でも思い通り出来るでしょ?」
「その通りです。
ですが大きく違います。無視はできません。
魔の理とともに手段は与えることも出来る。
魔女は確かにそう感じるかもしれません。
ですが我々に望む未来などないのです。
我々には新たなる歴史など創れない。
この事実は検証されています。時に、
その結果として帰還が告げられます。」
検証の結果……?新しい歴史にならない…、
変わらない事が検証されている…ってこと?
「ライトニングさんが私を連れて、
グラ家に行ったのはOKだったんでしょ?
強行突破がいいならやりやすいよね?
対策っていうのは……、
わざわざ異世界人を連れて来て欲しいって、
そういうのも水の竜と火の竜が頼んだなら、
それはその…対策の為?」
「…成程。考えられています。」
「つまり、対策っていうのは、
この世界の人にはハードルが高いわけだ。」
「それは私にもわかりません。」
「え?」
「それが我々に解っているならば、
むしろ魔女の言う通り、勝手に動いて、
了解を得れば良いのです。領主家の別邸で、
私がしたのと同じ事です。」
「…説明してもらってない。」
「理解される事ではありませんか?」
「そういう問題じゃない。」
「狼との話は聞いていたのでしょう?」
……言いたい事は解る。
解るけど、これOKなのどうかと思う。
「…まあ、理解は出来るよ。確かに。
それより、対策が解っていないのなら、
私達が何か考えないといけないの?」
「私は貴方がたを全く知らないわけではない。
けれど何かという解答は不確定です。
考えだけではなく提示出来る必要がある。
事実を探し出すと言った方が正確です。」
……不確定…言われればそうかも。
"全く知らないわけではない"?
……あ、このヒト記憶が読めるんだった。
それだけで能力なんかある程度バレるか。
「対策を探し出すって方が…あ、調べるのか。
未来の危機に有効な材料が欲しい、てこと?」
「我々は貴方がたの可能性を知りません。
そのように伝え聞いています。
個体差が大きいとも。…ですから解らない。
貴方がたが一体どのような道筋で、
その解答に辿り着くのかが我々だけでは、
検証出来ない。到底解らないのです。」
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