第15話自由
ようやく自由になれた〜〜〜〜〜!!
小石の思いもよらない効能に感動するあまり、暫く放心状態で立ち尽くす。言葉にならない何かがシュワシュワと泡に帰ってゆくようだ。素晴らしい。これでこそ未来に希望も湧いてくるというものだ……。
聡明なるルビさんが例の竹製の扉をノックしたのは、小石を握りしめた私が感慨深く深呼吸している時だった。ハッと我に返って思い出す。
あぁ〜!そうだった!
竜が帰って来たことを伝えるのが先だった!
「…どうぞ、入って下さい。」
返事をしたものの、気まずい。
「失礼します。」
「畏れ多くも
雷の竜の君にお会い出来ましたこと、
真実の神に感謝致します。」
ルビさんは、部屋に入るなりベッドに向かって深々と頭を下げた。勿論その上に丸くなっている竜に対する礼なのだが、まるで居るのがわかっていたかのような振る舞いである。聞き耳でも立てていたのだろうか。稀有な才ある魔法使いは魔力が察知出来るというから、ルビさんもそうなのかもしれない。
一方、竜は無反応。完全に無視している。
えぇ?
嘘でしょ。そんな態度ある?
私の方が焦ってしまう。顔を向ける事すらしないのだ。私と話していたから、こちらを見たまま。ルビさんには背中を見せて何食わぬ顔である。
いやいやアンタは知らないかもしれないけど、ルビさんには大変お世話になっているんですけど。もうちょっと優しく接してもらえませんかね、ただでさえ連絡し忘れてて気まずいのに……。
………言葉に出来ないクセがついてしまった。
この短期間で…………怖。
奇妙な緊張があった。ルビさんは竜に対してもユイマの使う言語に合わせてくれている。
なんとなく、無関係のフリも出来ない。
ベッドの横に腰掛け椅子を置いて座っていた私は、立ち上がるのもはばかられて椅子に張り付けられてしまった。
「私の前で嘘はつけませんよ。」
?
竜は相変わらず私の方を見たままである。
だから誰と話しているんだ。
心の声は相手に目線を合わせないと対象がわかりにくいんだよ。私に言ってるみたいじゃないか。
「……良いのですね。」
ああ、そうか。竜は私の後ろを見ていたのだ。
気付いたのは、ミニ本棚の上にある彫刻ガラスの水差しが音を立てて揺れ始めたからだった。横に置いたグラスも僅かに震えている。
……ポルターガイストみたい……。
昔観た映画を思い出してアホなことを考えている間にも、揺れは重なり大きくなって、いいお値段がつきそうな水差しが倒れてしまいそうだ。割れては大変だと思わず手を伸ばすと、その上蓋から何かが落ちた。
嘘!壊した!?
と思ったら浮いた。
!!?
蓋から落ちたと思った瞬間、フワリと空中旋回したガラス細工の装飾は繊細で美しく、まるでクリスタルのようだ。目が点になる私を他所に、あっという間に頭上を越えて天井近くでくるりと回転すると、ルビさんめがけて飛んで行き、衣服の影に隠れてしまった。
……ガラス細工が自律式飛行する超常現象……。
どう見ても高価な物を壊してショックを受けたところに追い打ちをかけてきた現実に言葉もない。
「申し訳ございません。
領主様の奥方様が使っている
魔法具でございます。」
ルビさんが、またもや深々と頭を下げる。
「雷の竜の君と大魔女様を
別のお部屋でおもてなしするように
言われていました。」
それは私も聞いていたことだ。
さっきの、何だっけ。あの魔法具ならユイマも知ってはいる。あまり馴染みの無いものらしく、現物を前にしてもイマイチピンとこない。動揺してもいる。
「大魔女様のお部屋には、
私の控えています部屋を通って
この魔法具が行き来していたのです。」
……わかった。あれは所謂通信機だ。
ブルジョワ好みの高価な魔法具で、一般人にはあまり使われないが、魔法使いなら大半が知っている。成程、実際あのクリスタルは小さく薄い。簡素な竹製の扉と天井の隙間から行き来出来る。
おそらく竜の帰還で引き返せなくなり、隠れていたのだろう。それこそ魔力が感知できれば意味が無いことなのだが。
まあ、つまり、気付かないのをいいことに、
好き勝手に盗撮盗聴されていたと……。
最悪。
寝てばかりいたのが、せめてもの救いだ。
当然許し難いが、話してしまっていいのだろうか。今もすぐそこで聞いているはずだ。
あ、もしかして、竜がいるからか。
私には何時も丁寧な言葉使いなので気付かなかったが、ルビさんは小石を持つ前の私と同じ状態なのではないだろうか。
竜は話の前に念を入れた。
ルビさんは自ら竜の前に立った。
"この地の魔女"を告発する意図なのか、
救う為なのか。どちらが本意だろう……。
「見える時の事を考えておきなさい。」
竜はピシャリと諭すような事を言う。
どうやら近々、奥方様には会わないといけないらしい。覗きの趣味のある人と縁を持つの嫌だな。正直、いい気分ではない。
「恩恵はすべてのものに。
炎嵐の魔女と清流の魔女の志しです。
貴方はお下がりなさい。」
最後にどこか優しい言い方で締めた。
急に二人の大魔女の名前が出てきて、また何の話か解らなくなってしまった。何かヒントは無いかとルビさんを見ると、どういうわけか、うっすらと目に涙を浮かべている。
え?悪いことしたから?
それともこの竜が地味に心をエグったの?
やりかねないからな、コイツ。
私一人が状況を理解出来ないまま、ルビさんは黙って一礼すると退室して行ってしまった。
あ…………。
竜はまたベッドの上で丸くなっている。
………………。
仕方ない。少し整理してみよう。
まさか魔法具が竜にバレない訳はないから、奥方様とやらは竜が常識外れの空間移動をすることは知らなかったのだろう。
それはラダさんもルビさんも同じ。
竜が消えたことは想定外で、困ったグラ家は、何故か大魔女の様子を知りたがった奥方様にその事実を伏せていたのかもしれない。大魔女さえいたらいいのだから。
そして通信は続けられた。
私が通信機に気付かなかったのはただの偶然でしかない。……まさか中身が異世界人だと知っているのだろうか。(知識は引継ぎ出来るのだが、そこまでは知らないのも無理はないだろう。)
何れにせよ竜が通信中のタイミングで帰って来たからには、ルビさんはもう白状するしか選択肢がないのだ。なんだかいろいろと間抜けた話だが。
……それはそうと、あの竜。
盗撮盗聴に気付いていながら、
私に黙ってるってどうなのよ?
どう考えても納得いかない。しかも共犯者に優しいとか調子のいい事この上ない腹黒竜を再びジト目で見てやった。被害者は私だ。
ルビさんは良い人だけどね、
当事者を無視して話を纏めんなよ。
まだまだ怒りは燻っていて、火が点きやすくなっているのだった。
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