第8話水鏡


 残念ながら水洗トイレではなかったものの、壁と床がタイル貼りされた和式トイレを案内され、何とか危機は回避した。臭いはキツいけど、掃除は行き届いている。贅沢は言えない。

灯りとりには行灯のようなものが置いてあったが、大魔女様である私は、案内の女の子に魔法を使ってもらって、呑気に楽していた。

 精霊魔法でも出来るけどね〜。

 得意分野なんだけど、杖も何もないしなぁ〜。

そう、そういえば何も持っていない。

ユイマは学校用の肩掛けカバンを持っていたはずなのだが、召喚の際に近くの木陰に置いて、なんやかんやあったせいで、結局、着の身着のままである。サイフも、ハンカチすら無い。

水がめの上の柄杓を手にして、ハッと気付く。

「すみません、鏡はありませんか?」

ドアの向こうで控えている女の子に声をかけた。

「……鏡は神聖なものです。

 私達は滅多に見られませんが、領主様なら

 持っていらっしゃるはずです。」


 あ、そうなんだ。

 魔道の教えとか、この辺りの信仰かな?

考えながら、ちょっとだけドキドキしている。

水を掬う前に水がめを覗くと、初めて見る生ユイマの顔がそこに映っていた。

前髪は7:3で7の方をピンで止めていた。茶色の髪は肩まであり、先が外にハネている。

 まず髪ボッサボサだけど、バランスはいい。

 私よりはずっと綺麗な娘だ。

 確かに出来る感じある。

自分の顔に冷静な意見を持つ事なんてほとんど無いのに、他人と思えば言えてしまう。そんなもんだ。自虐したくないしね。

瞳や肌の色合いは水鏡ではよくわからない。

 ?

何か、髪の毛についてる。


「もうそろそろ、魔法が解けます。」

案内の娘がアナウンスしてくれた。

「あ、今行きます。ありがとう。」

ササッと手を洗い、仕方ないので濡れた手を整髪ついでに頭に塗りつける。

 ………自由だ。言葉が。

これだけ話せれば確実だ。勿論快適ではあるが、竜の存在を感じないのは少し不安でもあった。



 雷の竜は眠ってしまった。

眠れば意識は自由に旅が出来る。

竜の会話は天より高く海より深い所で

竜にしかわからない言葉で為された。

この世界の全てを知る神に等しい王を除いては。



 ………眠い。寝すぎて昼夜逆転したみたいだ。ウトウトし始めた頃には窓からの日差しが眩しくて起きてしまった。カーテンを閉めずに寝ていたせいで朝日がベッドに直射している。

外が暗いのは怖くはなかった。アジア風とも中華風とも言えそうな建物は、三階くらいの高さがあり、恐らくその最上階に今いる部屋はある。覗かれる位置でもないだろう。

杖も何も無いとはいえ、気付きさえすれば魔法から逃げることは不可能じゃない。周りが見えたほうがまだマシだ。魔法具や装置を仕掛けられたなら、精霊布のない今の自分が出来ることは何もない。

 まず何者かもわからない人の家に

 一晩泊まっておいて今更だけど。

 よく平気で寝てられたよ。

それだけ疲れていたという事なのだろうが、それにしても何も考えてなかった。丸一日以上寝ていたのではないだろうか。

 ……不穏な空気だな、なんとなくだけど。

 歓迎されてる訳では無い気がする。

部屋には時計がない。防犯のためにドアには解法に時間がかかるレベルの魔法を使っている。

 窓も……?

近くで見ると窓は嵌め込み形になっていて、ガラスを割らない限り開けられない造りになっている。ガラスは恐らく簡単には割れない。分厚いだけではなく、光の反射が不自然で、何かしらの加工がしてあるように見える。

 ……………。

まずは気分を変えよう。昨晩大変お世話になった竹製の扉の前までいくと、軽くノックしてみる。

「はい、お呼びですか?」

なんと、同じ声だろコレ。あの子まさかずっといたのだろうか。さすがに交代するのが普通だ。何時間連続勤務させてんだ子供に。

まあそれはともかく。

「あの……もしかして、

 私ここから出してもらえないってことですか?」

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