第7話結晶


 夜の始まりに草むらの虫達が騒ぎだした。

小さな庭園に掘られた石造りの池には、紫がかった雲を映した水面がそよ風で静かに揺れている。

大魔女との対面を終えたラダ=リー=グラは、重いローブの羽織を脱ぎ、美しく編まれた籐の椅子にそれを掛けると、ゆっくりと辺りを見回した。何者の気配もない事を確かめる。

卓上の灯りだけで薄暗い部屋には壁一面の本棚と古びた木目調の机がひとつあるだけだ。あちらこちらに場所を選ばず積んである本の山が、広い部屋を随分と窮屈に感じさせた。

「やはり驚かれていました。混乱しているのでしょう。貴方の考えは逆効果かもしれませんよ。」

独り言のように話し、天井の隅で場違いに浮いている小さなクリスタルに目をやった。

(なにを生意気なことを。)

(竜とは隔離しているのでしょうね?)

親指ほどの結晶から声が聞こえる。

「お疑いですか?こう自由に監視されて、

 何も出来るわけもないでしょう。」

落ち着いた口調だが、僅かに苛立ちが滲んでいる。

「雷光の御二方をもてなすようにと

 仰られたのは、動きを封じる為ですか。

 僕は…あまり好きではありません。」


(まあ、そうなのでしょうね。貴方は。)

声の主は呆れたようにクスリと笑うと、それを最後に通信を終えた。

クリスタルは宙を泳ぐと、机上に置かれた小さな布の上に戻った。見るからに上質なその布には、シンプルな魔法陣が刺繍されている。

忌々しいものを見るようにそれを一瞥すると、ラダは深々と息を吐いた。




 夜中に目を覚ますのは、とても心細い。

それが慣れない土地の知らない場所なら尚更だ。

窓からの月明かりで、少し慣れれば周りは見えたのだが、建物の構造は知らされていない。

 どうしよう……トイレ行きたい。

 でも、こんな時間にベル鳴らすなんて……

ジッと金色のベルを睨み続けてもう大分経つ。 

サイドスタンドだと思っていたのは、実はコンパクトな本棚だった。ギッシリ本が入っていたが、内容に興味は持てず、結局この時間まで寝てしまった。ベルと、水の入ったガラス容器、そしてグラスが置いてある。ガラス容器の水は、ほとんどなくなってしまっていた。

 喉乾いてたからなぁ〜。

 お腹も減ったけど、まずトイレ……

またベルを睨む。

 ………やるかやらないか、でいったら、

 やらない選択肢はない。

当たり前だ。最悪の事態などあってはならない。

 ごめんなさい!

心で唱えながら思い切って、軽くベルを揺らす。

チリンチリンと、思ったよりずっと高く響く音に自分が驚き、すぐに下におろした。

ゴクリ……何となく緊張してしまう。こんな夜更けに誰か来てくれるのだろうか。


「どうかなさいましたか?」

声とノックがほとんど同時に聞こえた。ノックで竹製の扉全体が揺れる。良かった、助かった。変な時間に呼んだから心配してくれたのだろう。

「あの、トイレ借りたいんですけど…」

 ……あれ?

「ご案内します。入室してもよろしいですか?」

意外にも、可愛らしい声がする。夜中だぞ?

「どうぞ。」

 …………………。

ドアを開けて入って来たのは、またもや歳下に見える子供だった。手にランタンを持ち、ユイマと似たような格好をしているから、まだ見習いの魔法使いかもしれない。ランタンの灯りだけでは暗くて、やはり男の子か女の子か解らないが、今はさすがに女性だと思いたい。

 いや、でも、もう夜遅いよ?

 歳が近いから任されちゃったのかな……

今の私は大魔女様だ。図々しいが、聞いてみる。

「女の子…ですか?大丈夫?」

 ………やっぱり……

「ご心配ありがとうございます。

 一通りの魔法は身に付けております。」

 あ、そうか。………まあ。

 優秀な魔法使いなら大丈夫か。

文化や風習の違いだろうか。ユイマの常識では、やはり夜に女性や子供が一人で出歩くのは危険なのだが、学ぶ魔法が違えば常識も変わるだろう。

 ラダさんはどう見ても身分高そうだし、

 この建物自体がガードされてるのかな。

部屋には二つドアがあった。一つは竹製、もう一つはラダさんが入ってきた白塗のドアだ。

女の子は白塗のドアに向かって、あまり聞き覚えのない呪文を唱えている。

精霊魔法なら鍵穴の精霊にお願いするところだ。

 鍵穴の精霊……かわいい……

ユイマの記憶にある魔法は、モロにファンタジーでファンシーなものもあり、癒やされる。

「防犯のため、厳重になっております。

 お早めに呼んで下さい。」

早くして欲しくてモジモジしているのがバレた。

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