第5話友人


 空を飛んでいることは怖くない。

それ以上に心身共にクッタクタだ。飛んで移動していることなんか、浮いている時点で異常なのだから、もうどうでもいいと思う。深刻な疲れは全ての力を奪ってしまった。

 何処でもいいから、眠らせて……

考えられることはそれだけ。これ以上は無理。

フラフラしながら飛ばされているわけだけれど、浮いているから気付いてもらうのも難しい。

いっそこのまま寝てしまおうか。いや、それで落ちたりしたらそのまま帰って来られない。

 ………限界。言うしか無い。

「失礼ですが、

 少し仮眠を頂けないでしょうか。」

 仮眠。成程そうだね。

 そういう言葉を使うのか。

自分で言って自分で感心する。


「この魂は この世界のものではありません」


 ?


「世界の破壊と創造を司る神 竜の王」

「魔女は私の友人です」


 ?誰と話してるの?


「魔女は魔女であり 竜は竜のはず」


 ?まんまですけど。

 なんか説教されてる?

 てか、怒ってます?……えぇどうしよう…

竜は何故か頭を持ち上げ、上を見ていた。

こちらを振り返ったところまでは覚えている。


「自らの開放を 手伝いましょう」


 は!?

確かそう聞こえて、焦って必死に意識を保つ。

 何その"已を解き放つ"的なフレーズ。

 ヤダキモい怖い怖い怖いーー!!!


その後の記憶はない。

夢も見ないで、滾々と眠ってしまったらしい。

意識というのは意外と脆い。私だけかもしれないけれど。




 ……う〜ん、まだ起きたくない……。

薄ぼんやりと瞼の隙間から白い壁のようなものが見えた。違和感を感じても知らないふりをしてまた寝ようとする。

やがて少しずつ思い出す。いつにもまして徒労感に襲われた。思い出したところで理解出来ない。何も出来ないから何も働かない。ただボンヤリと目の前の壁を見詰めている。壁と本棚が見えるから、どうやら私は横向きに寝ていた。布団などは着ていなくて、枕もない。それでも不思議と快適に眠れたのだ。

硬めのベッドはあの竜のサイズではないだろう。助けてほしい人とやらの御宅だろうか。驚くほど清潔だが、驚くほどの気力もなく目を閉じる。

この際もう、あの竜の守りを信じるしかない。

こんな私はやはり、情けないのだろうか。


 しばらくすると軽いノックの音が聞こえて、ビクリとした。やや怯えながら返事をする。

「……はい。」

「こんにちは。入室してもよろしいですか?」

竜の声ではない。男性か女性かわからない、高いのに落ち着いた調子の話し方。

起き上がろうとして頭がフラついたが、構わなかった。貧血はよくあることだ。

「どうぞ。」

少し頭を垂れて部屋に入って来たのは、自分より歳下に見える子供だった。

年齢には不相応に思える豪華な魔導ローブを身に付けている。黒い髪は肩までのボブカットで、相変わらず性別は解らない。

相手の服を見て、初めて自分の着衣に目をやる。

ユイマは、学生服に当たる"見習い魔法使いの上下"を着たままだった。

「どうぞそのまま。」

「はじめまして。

 私はラダ=リー=グラと申します。」

さらに深々と頭を下げると、やっと顔を上げた。

淡い茶色の優しい瞳。礼儀正しい上に、まずこちらを気遣う。なんていい子だ。名前からは女の子の印象だ。

「ユイマ=パリューストです。」

こちらも頭を下げて、一応答える。

竜から聞いているかもしれないが。

「雷の竜の君からお話は聞かせて頂きました。

 雷光の大魔女様にお目にかかれたこと、

 光栄でございます。」


 ……………ん?………………………………あ。

 あぁあ〜〜〜〜〜〜!そっちなのか私!?

 え?でもナンデ??


ラダと名乗ったその子は、ニコニコと笑っている。柔和な表情には、やはり女の子にしか見えない可憐な愛らしさがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る