第3話記憶
「いらっしゃい」
「助けてほしい人がいます」
大いなる竜の眷属殿は、友人の魔女様の生誕祭を企画しており、三人目の大魔女様をお迎えする用意をしなければならないらしい。
つまり、その人員集めに、
わざわざ人の住処の近くまで降りて来た
…ということ?
何やら困っているようだが、依頼というよりは、ほぼ強制ではないか。さっきのちょっとした会話ですら支配を受けてしまう相手なのだ。
他に選択肢もなく、無言で頷く。
できる限り言葉を使うのは避けよう。
自分で聞いてて気持ち悪い。
圧倒的な魔力の差があるのだから仕方がない状況、とはいえ、自ら発した台詞にゾッとするような経験は初めてだった。
……竜って、やっぱり怖い。
魔女と呼ばれる人達は、こんな存在と渡り合うのだろうか。それともこの竜が異質なのか。
てか、人に対して友人関係か?コレ。
支配するかされるかみたいなの。
おめでとうとか、恐ろしいな。
あ〜、でも、光栄だとか思う人はいるかもな。
私も竜なんて初めて見たし。
俯きながらブツブツ考えていると、いつの間にか、竜はもう私を見てはいなかった。
アレ?どこ?
顔を上げると目の前、というか中空に、輝く光球が現れた。突然のことに、驚いてのけぞる。
眩しくて大きさが分かり辛いが、中心はバスケットボールくらいか…と、観察する間もなく、後ろから叩かれた。
え……雑じゃないデスカ?
何となく、竜の仕業なのだろうと予想はつくので、意外と平静な私。
前のめりに、その中に突っ込む私。
なるようになるしかない、と諦める私。
人間とは、已の無力を思い知ると、やる気を喪失する生き物なのだった。
光の中を覗くと、瞬間、自分を見た。
バス停でバスを待っている。
そういえば、私はユイマの顔もよく知らない。
私という人間は元々、何も持たない。居るだけでダメで、悪で、何も出来なくて、無理だと言わなければ嘘だと言われてきた。それでも生きていかなければならない。だからこそ落ちこぼれるわけにはいかないから、夏期講習なんて、望みも無いのに流されるまま受講していた。期待なんてしてくれない。悪い事をしないように、自由時間を削られていたのだった。
学校では周りに合わせるだけで精一杯。気に入らなければ態度をガラリと変える両親には、顔を合わせると接待しているような毎日だ。親にはお金の無駄使いをさせている事になるから、何も言えない。人生はすでに灰色だと感じていた。
バス停でバスを待っていた。
とにかく、動いて、前に進まなければならない。
自分にはそれしか許されないのだから。
日本で生きた記憶もログラント(この世界)で生きた記憶もある。今はユイマ=パリューストであるが、記憶の中のユイマは今の自分ではない。
……それはつまり、ユイマから見れば、
"乗っ取られた"ということか……
他人のすべてを知ることが出来るなんて、恐ろしいことだ。ユイマという人物に悪いと思う。
思い出すきっかけさえあれば、いくらでも記憶を引き出せるのだから。
ふと一つの可能性に気付く。つまり、この現象は、"入れ替わり"かもしれないということ。
…………嘘だ。………
………………………いや、有りえる。……
………………まあ、お互い様、と思っとこ。
ここで騒いだところで何も出来ない。気にし始めたら、気が狂う。懸命に、考えないようにするぞ、と心を決めた。
今のところ、ユイマの記憶は、その幽かな情景と知識が流れ込むのみで、その時の思考までは読み取れない。
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