第2話魔女
あの時の痛みを覚えている。それは、考えてみれば、不思議なことだ。
どういうこと?あれって私?でも……
自分自身は外から見ていた。雷性の攻撃を受けたとしても、それは自分ではなかった。
……という認識が間違っている…?
てか、正解なんかわかるわけない。
この状況を正しく理解するなんて無理でしょ。
自分で物事を確かめるのは苦手だ。
だいたいいつも間違っている。
しかも、ここは自分の住む世界ではない。
自分が"入る"直前のユイマが感じた恐怖を強烈に覚えているのに、いつもの自分が考えていることはジワジワと意味を無くしていく。
気づくと、いつの間にか翼の生えた巨大マツボックリは、すぐ近くまで降りてきていた。
意外に人懐こいな。
てか、近づきすぎるとまた感電するんじゃ……
近くでよく見ると、体はやや長く奥行きがあり、大きめサイズのパイナップルのようでもある。後ろには尻尾も生えていて、教科書の挿絵で見た竜そっくりだ。思っていたより随分小さいけれど。
子供かな〜。竜に幼年期ってある?
なんだかどうでもよくなってきて、判断が鈍る。
……あ〜そうか、そうなるんだ。
ついに精霊布は手を離れて、パイナップルに吸い寄せられると、その力を吸収されてしまった。
"大いなる魔"の"末端"と考えられている"意思なき精霊の力"は、力を持つ魔物には滋養であり"還元されるもの"だから自然なことだ(諸説あり)。
そういう時のために、強く引っ張れば外れる巻き方をしている。
ポトリと柔らかな布地だけがその場に落ちるのを見て、静かに深く溜息をつく。
あ〜〜〜〜〜ダメだ。本物だ。大物だ。
限りなく"大魔女様の御友人"殿だコレ。
嫌がったところで状況は許してはくれない。
魔法具から煙が立ち始めたのは、随分時間が経ってからのことだった。もちろん私は、それが自分の持っていたハンディファンだと知っている。
そりゃ変な電気流れたら壊れるよね。
むしろ今まで動いてたのが謎。
精霊布が反応するので、何かしら悪魔でも宿った物体Xの爆誕かと焦って逃げ出したが、そうでもなさそうだ。
……つまりユイマは、ハンディファンという、
いわば魔法具を、持ち主の意識と一緒に、
誤って召喚してしまった……
いや、知らんだろ、異世界人がこんなの。
自分の考えを即座に自分で否定する。
……虚しい……
咄嗟に思いついた魔法具の召喚という仮説は、考えるほどに無茶苦茶だ。通常、道具は召喚に応じるような意思は持てない。当たり前だが、私のハンディファンは異世界に影響するような特別なもの(神器や聖遺物など)ではないし、そもそもその呼び名などログラントの人間が知る訳もない。私自身も応じた覚えはないし、知られている訳もない。だいたい呼ぼうとしたのは、軽量魔獣。魔法陣も呪文も供物も使われたものの全てが、世界を越える異常を起こす程のスペックを持たない。
故に有り得ない。了。完全論破。
…………虚しい。
依然状況分析は頓挫する。溜息しか出ない。
その時、突如として、魔物が動いた。
おお、ちゃんと生きてる。
飛んでいるのだから生きているのはわかるのだが、あんまりにも動きがないから、とんでもなく鈍い生き物なのかと油断していた。
……近いな、やっぱり。
先程から、距離を取ろうとすると、寄せてきている気がする。
竜である可能性がある以上、礼を失する行為は出来ない。先方からの動きがないなら、去るのを待たなければ怒りを買いかねない。力を持つものに気を遣うのは、どこの世界でも同じだ。
考えてみれば、この魔物は真っ先に精霊布の力を食べてしまった。
お腹が減ってる……?
まさか………。そんな……。
ないない、食べるつもりならもう終わってる。
一瞬で終わっている。私なんか。
魔物は壊れたハンディファンが動きを止めると、初めてそこから目線を外し、私を見た。
クルンと丸く黄色い眼球に黒の細い瞳が、爬虫類を思わせ、少しギクリとなる。ちょっと苦手だ。
………………。
無言のまま立ち尽くす。
竜であるなら、高い知性を持っているはずだ。
年齢を重ねた竜は大賢者に勝るとすら言われる。
それが本当なら、今までの間抜けぶりも、
しっかり観察されていたのかも。
今更だけど……
ユイマなら、別の感想を持つのかもしれない。
「魔女の生誕を祝福します」
え?誰ですか?澄んだいい声ですね。
直ぐにはピンと来ない内容に、つい横目で辺りを確認する。誰も居ない。
声だけが静かに流れてくる。
「知っていますよ 貴方が何者か」
所謂テレパシー、心に直接話しかけるアレ。
話しかけてきているのは……
他に誰も居ない以上、目の前の魔物だろう。
竜ってこんなちっちゃくても喋るの?
マジで!?しかもイケボだし!!
何よりまずそれ。譲れないコダワリというのは、誰にも有るものであると断固主張させてもらう。
人と話す魔物で翼を持つものは、紛れもなく竜の眷属である。ようやく確定した。
言ってる事はヨクワカラナイけどな。
とりあえず、
私がこの世界の人間ではないと知っていて、
何処かの魔女の誕生日を、この竜さんと
一緒にお祝いしましょうということ?
悪いけど、魔女と呼ばれる人達なんて、
私には雲の上の神様並みの存在なんですけど。
そんな誕生日会、嫌すぎて行きたくない。
「………………」
黙ってしまった。顔に出てたかな。
まさか考えを読めるなんて言わないよね。
話しかけられているのだから、下手の者としては、返さなければならない。
相手が相手だ。馬鹿でも間抜けでも、誠実であるべきだろう。
「確かに私は異世界から来た人間です。
まだ学生のため世界を知りません。
本日が御生誕日の魔女様とは、
何処のどなたのことでしょう。」
口を開くとスラスラ言葉が出てきた。自分の声ではないかのようだ。こんな上品なもののいいかたは今までしたことがない。
大きな圧力に言わされている、と感じる。
最初からありのまま話すつもりだったが、逆にこれでは嘘がつけない。
「おめでとう ユイマ=パリュースト」
「三人目の大魔女」
「我々には友人を迎える用意があります」
ん?友人?……知らんけど…
誰の迎えに行くって?
異世界異種族間の溝は、広く深く、まだまだ埋められそうにない。三人目の大魔女は、未だボンヤリと小首を傾げていた。
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