魔女と魔石と雷の竜〜第三の魔女と呼ばれて世界の均衡を壊す運命を決定されました。…ナンデ?〜

南天

第1話雷光


 熱で世界が揺らめいている。

暑いなんてものじゃない。息すら苦しい。

辺りは霞んで、影だけが色濃く鮮やかだ。

 ……私もそうだ…。

 揺れて霞んで消えて無くなるんだ……。

駅前のバス停のベンチに腰掛けて俯く私は、すでに思考が定まっていなかった。

申し訳程度の日除け屋根が、午後に傾く太陽をわずかに遮ってはいたが、痛いくらいに地面から照り返す熱まで防ぐことは出来ない。

リュックに入れて持ち歩いていた手元のハンディファンは、虚しく熱風を搔き回している。

 …あれ……耳鳴り……?

 なんか、ヤバイ……?

最後まで考える間もなく、それは起こった。

何かが、破り裂かれて残された炸裂音。

私に捉えられたのは、それだけだった。


まるで心地よい夢のように。

息は、すうっと楽になり、

体はまるで重さを感じない。

というか、まるで…無いみたいだ。

 ……ない……、…ないのか。

 うん?………え??

 あれ?私はここに居るのに。

 いや………いないのか。

 …いないならそのほうがいいのかもしれない。


 気が付いたのは、二度目の痛みのせいだ。

一度目は置いてきた。痛い気がする音とともに。

全く同じなのかは解らないけれど、同じような音と感覚があった。…気がする。

確かな違いは…今度は生身が痛い…気がする。

ビリビリくる。というか……



 王国立リーゲル精霊魔法学校六回生のユイマ=パリューストは、感電していた。


 何!?明らかにアカンやん。……こわ。

思考が追いついたのは、条件反射で両腕を思い切りブン回した後だった。

何故か近くに落ちている小型の珍妙な魔法具?(でなければ魔力駆動装置か)が誰かの魔法で動いている。一体なんだろうと思いながら、軽く首を振りつつ、自分の意識の無事を確かめる。雷光の恐怖で胸の動悸が激しい。何回か瞬きをして、振れる視界の焦点を合わせ、ようやく軽く息をついた。怪我はないかと、両手を持ち上げる。

見た目には、いつも通りだ。

 怪我はなさそうだけど……

その手首まで目をやると、細く包帯のように巻かれた精霊布が、斑に揺れる虹のように美しく色彩変化していた。少し外に出した巻き始めの帯は、奇妙な風を受けている。

 ……初めて見た。

「通常はほとんど触れることの出来ない純粋な魔、魔的存在、強大な魔物に出会ったときなどに起こる反応。稀に強力な魔力駆動装置にも同様な現象が見られる」と教科書で説明されていた七色反応そのもの…なのでは…ということは……。

 誰の何の魔法か知らないけど、コレ、脅威だ。

 見たことないよ?何?雷性の魔法具?

 てか、責任者どこにいるの!

 魔力暴走したりしないでしょうね!?

とりあえず距離を取るのが、今は最善のことに違いない。慌てて体勢を整えようとしたところで、思い出した。

 ……あ。私がやったかも。

責任者≒自分の可能性を考え直す。


 ……サッキカラ、ナンナノ?


 同調は突然起こった。


 自分のことを思い出すためには、普通なんの力も要らない。当たり前だ。私はログラントのテステア地方出身。王国立精霊魔法学校生徒のユイマ=パリュースト。だが、……日本人である。

………えー、…ん〜と?

行き先の怪しい受験のために大事な夏を、塾の夏期講習を受けて過ごしていた。

……うん……うん?…や、大丈夫。合ってる。

この世界には合っていないかもしれないけれど。


 ……ソレガ、ドウシタノ?


 もう誰の意思か解らない。ただ思いついた言葉なのか…でも何処かで聞いたような…気がする。

いやいや、今はそれどころじゃない。とにかく命を大事に。逃げるが勝ち。善は急げ。

大した知識も魔力もない自分には、召喚魔法の失敗からは、逃げる他に術がない。学校で習う魔法としては難関の部類に入る魔獣の召喚を、恐らく失敗し、なぜか何処かの魔法具(魔法をかけるか魔石などの力を使って特定の働きをする器具)を引っこ抜いてきてしまったのだろうか。

 ……そんなこと、有り得る?

辺りは森の中の開けた丘になっていて、今はまだ明るい山吹色の夕陽が差している。

やはり誰も居ない。そういえば、魔法陣を描くのに使った小スピアもない。

 あれ結構時間かけて造ったのに。

などと、ぐるぐる考えを巡らせながらも、手首の精霊布は相変わらず強く反応し、さらにグングン上に引っ張られるのを感じる。

所詮自分の魔法だ。威力はたかが知れている。とすれば充分距離を取ったはずだが、まったく落ち着かない。むしろ泡立つような寒気を感じる。恐るべきものは本能が知っていると言いたいのか。

嫌な感じだ。やらなければならないと解っていても、上を見るのが恐ろしい……

 けどっ、せめて知っておきたい。

 失敗をちゃんとこの目で確かめなければ……

 またやるかも。

意を決して見上げた先にいたのは、小さな魔獣。

ではなく、空を飛ぶ巨大マツボックリ……

のような……

 ナニコレ?

本気で解らない。ナニコレ、コレ、ツヨイノ?というのが正直な感想だ。

その生き物は空に浮きながら、ただじいっと、謎の魔法具らしきものを、くりくりした小さな目で見つめている。何かを待っているみたいだ。

何に例えたらいいだろう。首の詰まった寸胴の蛇だろうか。いや、よく見ると、手足がチロンとついている。体の大きさは自分の顔くらいしかないくせに、その三倍はある立派な二枚の羽がやたらと目立つ。

 羽……、じゃない。翼だ。

薄い翼膜と脈打つ柔軟な動きは、"この世界の誰もが知る大いなる魔女達"の"友人"とされる竜の持つ翼のイメージに近い。

 そうだ〜まるで小さな竜だ〜…なんて馬鹿な。

 こんな身近にいるわけ無い。

 呼ぼうとした魔獣ホロンとは全く別物だし。

 私とは関係なく森に迷い込んだ生き物かも。

何がしたいのか、浮いているだけなら可愛いものだ。力を持つだけの、善良な魔物というのも在るのかもしれない……


 ただし、バチバチに帯電している。


気づくと同時に戦慄し、雷光の恐怖が蘇った。

 ……もしかして、これ、くらったの?私。

 嘘でしょ………よく生きてたな。私。

 

 混乱していたとはいえ、ここまで来てようやく自身の幸運に気付いた私は、幸先のいいものか悪いものかの判断に困って目の前がクラクラしてきていた。

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