第10話 長く複雑な驚愕のやり方
向こうから知覚されそうなギリギリまで近づくと
スライムたちの様相が分かってきた。
洞窟が開けた場所に居るのは、聖属性のライトスライムの大群だ。
透明なゲル状の不定形な身体をウネウネと洞窟内の壁に這わせ
様々な場所にくっついてたり蠢いたりしている
開けた場所の中心には、体長三メートルはありそうな
真っ白に神々しく光り輝くスライムリーダーが鎮座している。
どうやらスライムたちは、キノコを食べているらしく
スライムリーダーの透明な体内には、
取り込まれたらしい未消化のキノコが大量に浮いている。
サナーは今更絶望的な表情になり
「くっ、今度こそ、私が囮になるしか……」
などとまた呟いている。
囮になったところで、多分食われて終わりだと思う。
俺は少し顔を横に向けて、サナーに聞こえない声で
「リブラー」
と囁いた。すぐに脳内に声が響いてきて
スライムたちをせん滅する解決方法が必要ならば〇を
ローウェル氏に金を払い、あなたたちをここに閉じ込めた真犯人に
罰を与えたいなら×とお答えください。
俺は単純にスライムたちをせん滅する方法を尋ねたかっただけだが
意外な選択肢が出てきたので、そちらを選んでみる。
「×で」
小さくそう言うと
犯人は村長です。彼は若い冒険者たちを生贄にすれば
このスライムたちが満腹になり洞窟から退去すると思ったのです。
村長に最も効率の良い罰を与えたいのならば、スライムの群れを
村長の自宅へと向かわせる必要がありますが
そのためには、多少リスクのある方法をとる必要があります。
リブラーを続行しますか?
ここまで聞いたなら、最後まで聞くしかない。
「続行で」
というとすぐに声が
誘導するためには
あなたたちをスライムと通じ合わせる必要がありますが
そのためにはナランさん、サナーさんにライトスライムを
一時的に融合させる必要があります。その方法ですが……。
その後、語られた長く複雑な驚愕のやり方に俺はしばらく言葉を失う。
二十分後。
俺は渋るサナーを説得して、最低限の下着以外の
剣に皮鎧の全ての装備や服に携帯食料まで脱いで、取り出して一か所にまとめていた。
布のパンツとサラシ姿になったサナーが不安そうに
「な、なあ……これって成功しても赤字なんじゃ……」
「いや、金の宛てはある」
リブラーでそこまで教えてくれている。最終的には黒字になる。
「そ、そうか……ならやってみようか」
俺はサナーに一匹の小さなライトスライムを捕まえてきてもらう。
暴れるライトスライムをサナーは素早くこちらへと持ってきた。
そして、ゲル状の身体に大きな口を開け、サナーへと齧りつこうとしている
ライトスライムの口の中に俺は、丸めたサナーのズボンを突っ込んだ。
ライトスライムはしばらくズボンを咀嚼して、光る透明な体の中に
サナーの服の布切れを浮かすと静かになった。
「成功したな……」
サナーは驚いた顔をする。
「よし、そいつは群れに戻して、小さいのをまた連れてきてくれ」
サナーはニカッと笑って頷いた。
それから俺たちは、群れの端から小さなライトスライムを連れてきては
少しずつ俺たちの服や装備を食わせていき
群れに戻すというのを十数回繰り返した。
これでも全体の数の四分の一にも満たない。
しかし、リブラーの言った通りに、上手くいっているのは間違いない。
俺とサナーは残った携帯食料を全て食べて気合を入れると
下着姿のまま、ゆっくりとライトスライムたちの群れの中へと入っていった。
リブラーの予測通り、他のライトスライムたちはこちらへと興味を示さなかったが
これも予測通り、ライトスライムリーダーがゆっくりとこちらへと近づいてくる。
そして、手を繋いで立っている俺とサナーの前でゆっくりと大きな口を開けた。
俺とサナーは大きなスライムの口の中へと包み込まれる。
生暖かいスライムの腹の中で、俺はとにかく震えるサナーの手だけを離さなかった。
しばらくすると、頭の中に、女性なのか男性なのか分からない声で
「……悪意はないな……我が子らから、お主たちが面白いものを喰わせてくれた
という多くの喜びは届いているぞ」
ここまでもリブラーが予測したとおりだ。
なんとスライムたちは、テレパシーみたいなもので度々会話しているらしい。
ゲル状の身体の中で口は使えないので。俺はどうにか、頭の中で必死に
「ここ、地元の人間がキノコを栽培している場所なんです。
退いてくれるとありがたいんですけど!」
それだけを必死に繰り返した。すぐに
「ふむ……しかし、我が一族を繫栄させるには、まだまだ喰い足りぬ。
どこか、良いところはないか?」
この質問も予測されていた。俺は今度は頭の中で必死に
「村の中であなたたちが食べてもいいところがあります!
洞窟から出してくれたら、俺たちが案内しますけど!」
というのを何度も頭の中で繰り返した。
次の瞬間には、俺とサナーは
ライトスライムリーダーの身体の外へと排出されていた。
サナーが震えながら
「な、なあ、もういいのか?飲まれただけだが……」
俺は黙って頷いて
「ああ、もう交渉は終わった。
あとはスライムたちを新たな食事場へと連れていくだけだ」
「ナラン、い、いつの間にスライム語を習ったんだ?」
不思議そうなサナーに
「俺もたまには隠れて勉強するんだよ。あんま舐めんなよ」
と言ってまたサナーの手を取って、俺たちは残していたカンテラに火を点け
大量の輝くライトスライムと大きなライトスライムリーダー引き連れ
洞窟の入り口まで大移動を始める。
たどり着くと、当然のように入り口は大岩でふさがれていた。
俺はここもリブラーの予測通りに大声で
「ローウェルのおっさん!!今からスライムを引き連れて外に出るけど
すべて味方なので攻撃しないでくれ!」
と洞窟内から叫ぶと、いきなりゴゴゴゴ……と地響きと共に大岩が引き開けられ
驚いた顔のローウェルが俺たちの目の前に走ってきた。
「入り口に迫るモンスターの群れの気配を感じてたから
お前らも、とうとう死んだもんかと思って……」
なぜか俺たちを罠に嵌めたはずのローウェルが
とてつもなく嬉しそうな顔をしてきた。
間髪入れずにその横っ面を思いっきりサナーが叩く。彼はまったく動じずに
「すまんかった……あとで、ボコボコにしてもいいから
事情を説明してくれないか?」
まだ殴りかかろうとするサナーの前に立って防ぎつつ
俺が短くスライムと通じ合ったと説明すると、ローウェルは笑い出した。
そしてニカッと微笑むと
「で、どうすんだ?スライム使って戦争でもするのか?」
「いや、あんたの雇い主にお返しをしたい」
ローウェルはニヤニヤしながら
「そうかぁ……じゃあ、おじさんは黙って監視だけすることしとくわ」
というと、俺の身体の横からすり抜けて殴りかかったサナーを
目にもとまらぬ速さでかわすと、近くの高い木の上から
「さあ、行こうぜ!」
とまったく悪気なくまるでワクワクした少年のような声をかけてきた。
お前も俺たちを売っただろと少し拍子抜けしつつ、ゆっくりと村の方へと
ライトスライムたちの群れを引き連れて進んでいく。
日が沈むころに村の近くまでたどり着いたので
ライトスライムリーダーにジェスチャーと人の言葉で
「日が沈むまで少しここで待ちたい」と伝えてみると、
なんと彼の(彼女かもしれないが)体から
一本の長い光る触手が伸びてきて、地面に「了解した」と人間の文字で書かれた。
俺はホッとして、さっきから手を繋いだままのサナーを見つめる。
サナーは俺の顔を見て
「な、なんか、本当にナランなのか?凄すぎるけど……?」
「間違いなく俺だぞ。真っ暗になったら、村長の家へと復讐に行こう」
いつの間にか隣にいたローウェルが
「……ふふ、そういうつもりか。村長の家の中の人間と財宝の避難は任せろ」
と言って、サナーに殴られる前にまた高い木に登っていった。
日が完全に沈んだ頃に、俺たちは静かに村の中へと進んでいく。
村の中は騒然とし始めて、家から逃げていく村人たちもいた。
ライトスライムの群れは神々しく発光しながら、整然と人も家屋も襲わずに
カンテラを照らし、手を繋いで進む、下着姿の俺とサナーについてきている。
そして俺たちは村の奥の、村長の家の前にたどり着いた。
俺は一度大きく息を吐いて、そして吸うと、背後で待機している光るスライムたちに
「この家は残さず、土台まで喰ってしまっていい!!」
と叫んだ。同時に大小のライトスライムの群れが俺とサナーを避けながら
猛烈な勢いで村長の屋敷へと襲い掛かって、バリバリと屋敷の外壁を食べ始めた。
「よし、これでいい。これで村長はもう悪いことはできない」
サナーが目の前で繰り広げられている凄まじい光景に身体を震わせながら
「い、いいのか?村長の家だぞ?村の権力者だぞ?国に通報されたりしないのか?」
「俺たち命を狙われたんだぞ?このくらいで許してやるのを
ありがたがってほしいくらいだろ」
「い、いいのかなー?」
リブラーはここまでやっていいと教えてくれた。
これで村長は完全に村内で力を失うとのことだ。
ただ……このやりかたに付随するリスクもリブラーは俺に先に教えている……。
唯一体だけ屋敷を喰っていない、ライトスライムリーダーが背後に近寄ってきて
また光る触手を伸ばして、地面に何か長文を書き始めた。
カンテラで照らして読むと
「旨い木材を、我が一族に食べさせてくれてありがとう。
他にも食べていい、人間の家屋はないか?」
俺は固唾を飲んで、大きく頷くと
「ある。あてはあるけれど、こ、交渉次第だ」
そういうしかなかった。
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