第9話 親心
「お、起きろよ……ナラン」
頬を突かれて、ゆっくりと目を開けると
少し頬を染めたサナーが仰向けの俺の身体の上に跨っていた。
馬小屋の壁の外からは朝の光が射してくる。
「なんだよ……寝かせろよ。まだ出社しなくていいよ」
「お前、私に服を着せたよな?」
「ああ、そうだよ。お前が先に寝やがったからな」
「ど、どうだった?私のかっ、身体は……」
そこでサナーは耳まで真っ赤になって顔を伏せる。
「……別に。子供のころと変わらんよな」
「そ、そうか……そうだよな……」
サナーはなぜかとてつもなく残念そうに大きく息を吐くと
「もう、大きくならんのかなぁ……」
などとブツブツとよくわからないことを呟きつつ、馬小屋の外へと行ってしまった。
俺はもう一度、両目をつぶると、すぐに寝入ってしまった。
「起きろーっ。もう昼だぞー!」
サナーの声と共に起きると、良い匂いがする。
なんと平たく敷かれた藁の上には、洗われたトレイが並べられ
その上にコッペパンや、ジュースなどが食器やコップに入れられて置かれていた。
飛び起きて、俺はすぐにジュースを口に入れ、ミカンだなと
旨さに感謝しつつ、パンをかじりだした。
黙って貪り食っている俺をサナーは眺めながら自分も食べ始めた。
「で、私たちの冒険第三話はいつ始めるんだ?」
「金がなくなるまで、会社行かなくてもよくないか?」
サナーは首を横に振って
「おっさんから昨日百三十万イェン持ってかれて
今日朝、街で朝食買ったら残り九万三千イェンしかなくなった」
「それくらいしか減ってないなら
洞窟に隠してある支度金とひと月分の給料兼ねた三十五万イェンもあるだろ?
合わせたらひと月くらいはブラブラできんか?」
サナーは実に悲し気に首を横に振り
「取りに行ったら残らず盗まれてた……」
俺は大きく息を吐いて、怒りを鎮めてから
黙ったまま、むしろ自分たちの幸運に感謝した。
もしかすると、ローウェルがここを紹介してくれてなかったら
今頃、洞窟で強盗に襲撃されて死にかけていたかもしれない。
サナーを無言で見つめると、頷き返してきて
「ああ、呑気に洗いっこしたり、朝食食べてられなかったかもしれない」
「洗いっこはともかく……おっさんに感謝しないとな」
「それだけはしない。私は中抜きされた挙句にぼったくられてると思ってる。
社長もおっさんもグルなんじゃないのか?」
「そこまではないだろ」
「どうだか」
強情なサナーを横目で見つつ、俺は朝食を食べることに集中する。
旨い。生きてて良かった。
その後サナーは、どこかへと出て行って
俺は食べ終わって片づけ、馬小屋で藁に座ってダラダラしていると
「よう、暇そうだな」
ローウェルが馬小屋の入り口から顔を覗かせてきた。
「こんにちは。今日は、休暇にしようと思ってる」
先に言っておこうと言葉を発した瞬間
ローウェルの顔が渋そうになり
「おい、若者は学ぶなり働くなり遊ぶなり、毎日忙しなくしとくもんだぞ?」
「若者でも疲れる時は疲れるだろ」
「きつくても、気力だけでどうにかなるのが若さのいいとこだ。
俺みたいに四十も超えると、ちょっと無理すると体にガタが来る」
「おっさんいくつなんだよ」
ローウェルはニヤリと笑って
「四十一だ。まだナランは十代だろ?
受け手が居なくて社長が困ってるいーい仕事があるんだよー」
怪しげな雰囲気で言ってきた。嫌な予感がした俺が断ろうとするよりも
いきなり戻ってきたサナーがローウェルの背後から
「やる!やるやる!ちょうど金がなくて困ってたところだ!」
「嬢ちゃんはそう言ってるぜ?」
俺は軽く舌打ちして、できるだけ仕方なさそうな顔を作り頷いた。
一時間後。
俺とサナーは依頼内容も聞かされずに、ローウェルの荷馬車に乗って揺られていた。
ちなみに皮鎧と剣と鞘も洗っておいたので
昨日の匂いと色が残ってないのは救いだ。
晴れた午後の日差しは気持ちよいが、今度こそ生きて帰れない可能性もある。
ローウェルは上機嫌で咥え煙草して馬を御しながら
「今回の報酬はなんと百万イェンだ!」
サナーが一瞬喜びそうな顔をしてから、ハッと気づいた様子で
「報酬は良いんだが、おっさん
なあ、ミーティアライトソードとブロンズシールドの支給は?」
ローウェルは振り向かずに
「そんなこと言ったか?」
俺がサナーの顔を見ながら
「事務長から却下されたんだろ。仕方ないって」
「いやそもそもおっさん言ってないだろ!私にはわかる!」
荷馬車内で立ち上がり御者席に向おうとしたサナーに抱き着いて止める。
「やめとけって。いいんだよ。そんなに気にしなくても」
「くっ、くそ……」
なぜかサナーがそのまま抱き着いてきたので
「いや、お前こそ何なんだよ」
「傷ついたから、ちょっとナランから癒されたいなと思って」
俺は黙ってサナーの身体を離し、座り直した。ちょっと気になったので
「ガイドがまたついてないけど、人手不足なのか?」
ローウェルに向って尋ねると、彼は振り返らずに
「お前らには要らんだろ。今回は俺も一応ついていく。
それに、今大半が紛争に出向してるからな」
「バーン山のやつだな!?」
サナーがいきなり身を乗り出して尋ねる。
ローウェルはプカーッと煙を円状に吐き出して答えなかった。
話したくないようだ。サナーは腕を組んで
「もしかして劣勢なのかな……」
と考え込んでいた。
俺たちの自宅がある廃墟群から、三時間ほど荷馬車で北に行くと
林に囲まれた平らな地形に作られた中規模の村についた。
今度はローウェルは村の中まで、荷馬車を入れて
村内の道をまっすぐに進んでいき
奥にある三階建ての大きめな木造家屋の前で停止した。
「村長の家の前だ」
「依頼主か!よし!任せろ!」
勇んで馬車から飛び降りたサナーの後ろ姿を見ながらついていく。
ローウェルも荷馬車をつなぐと、足早に俺たちを追い越して
そして玄関の扉をガンガンと叩いた。
中からは、ふくよかな老婆のメイドが顔を覗かせてきて
そして「どうぞ」と静かに言いながら俺たちを中に入れ
そして村長の待つ応接間へと案内してくれた。
緑のハンチング帽をかぶってローブを着た白髭の村長は
「私が村長です」
と一言いい、案内してきた老メイドの方を見る。
老メイドは黙って頷くと
「皆様には、我が村の近くにある
洞窟内に出たスライムリーダー討伐に行ってほしいのです」
聞いた瞬間、サナーと俺はローウェルの顔を見て
彼は横に顔を逸らした。
スライムと言えば、斬撃が半減され、打撃が効かずに
有効なのは魔法攻撃というモンスターだ。
しかもスライムリーダーは、レベル30を超えているスライムのボス的存在で
魔法を使えない俺たちだけでは荷が重い。
「当然、おっさんもずうううっと同行するんだよなあ?」
サナーがローウェルを睨みつけると
「一応、そのつもりだが、仕事が入ったら仕方ないな」
サナーがまた文句を言う前に
老メイドはいきなり俺たちに三十万イェンの札束を見せてきて
「どうぞ。前金です。村人が怖がっていまして
それにあの洞窟はキノコの大切な産地の一つです。
できればすぐに行ってほしいのですが……」
ローウェルは誤魔化すように立ち上がり
「もちろんすぐに向かいます。わが社としては周辺地域住民の安全も大事ですから」
しかもサナーに金を受け取るように目で支持した。
サナーはサッと受け取ると皮鎧の中に入れた。
三十分後、俺たちは村から西の林中にある洞窟へと向かっていた。
何かおかしい。なんか納得いかない。
どう考えても、俺とサナーだけだと全滅するような討伐案件が
あまりにあっさり進んでいくのが、なんか引っかかる。
「おっさん、大事なこと言ってないよな?」
俺が尋ねるとローウェルは笑いそうになり
「ないない。弱いお前らをレベルアップさせたい親心だよ。
スライムは攻撃力が低いのは知っているだろ?
時間をかければ、倒せるだろ?」
確かに正しい。ただ厄介な攻撃が多いのもスライム族の特徴だ。
「……大丈夫かな」
サナーはもう覚悟を決めた顔をしている。
林に埋もれるような岩場の洞窟の入り口の前で俺たちは立ち尽くす。
しかも洞窟の入り口の横には
どう見ても入り口に蓋をするための大岩が置かれている。
「あーえっと……おっさん……じゃなくてローウェルさん?」
俺は真面目な顔でローウェルを見つめた。
彼は余裕な表情で
「閉めるわけないだろ。当然、俺も一緒に行くし
近くには村人の気配もない。心配すんなって」
と言いながらサナーにカンテラを渡してきた。
サナーは意を決した顔のまま
「行こうぜ!私たちの冒険、第三話の始まりだ!」
と言って洞窟の中へと入っていった。俺も仕方なく続くと
ローウェルも後ろから静かについてきて一応は安心する。
カンテラの灯りだけを頼りにしばらく洞窟の中へと進むと
遠くに光り輝く何が見えてきた。
「スライムだな……」
光がなくて発光しているということは、聖属性のライトスライムか
炎属性のファイアスライムだ。サナーは少し心配そうな口調で
「多いぞ。なあ、おっさん、あんな数だと私たちが勝てるかな?」
「あれ、おっさんは?」
俺はその瞬間、やられたことを悟った。
忍者の能力であっさりと俺たちから離れたローウェルは今頃
忍者の怪力で一人で入り口を閉めていることだろう。
サナーも気づいたようだが
「いや、ここまでは私の予定通りだ!どうせ汚い大人は裏切る!
きっと第三話も何とかなるって!」
俺を励ましてきた。というか、俺たち簡単に騙されすぎだ。
ここまで自分たちがバカだとわかると、逆に開き直るしかないなと思い
慎重にスライムの群れに近づいていく。
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