第8話 廃墟と馬小屋と庭

ローウェルは、町はずれにある先ほどまで居た傭兵会社本拠地近くの

レンガ造りの住宅地廃墟群へと俺たちを連れていく。

そして、二階建ての天井が割れた廃墟横の

綺麗に草が刈られた庭に建てられたわりと新しい馬小屋に

俺とサナーを連れて行った。そして

「宿泊するなら一晩で二人で七千イェンだ。馬小屋ごと買い取るなら三十万イェン

 となりの廃墟ごと俺から買い取るなら……そうだな……。

 大特価百万イェンで、この権利書をつけてやる」

ポケットから取り出したくしゃくしゃの汚い証文を広げて見せてくる。

サナーはグギギギと歯噛みした顔で

「く、くそー!汚い大人だ!こんな廃墟いらな……」

俺は手でサナーの口を抑え

「買い取らせてくれ」

ローウェルはニヤニヤしながら

「ついでに家に補修費も三十万ほどくれると

 お前らは、明日から馬小屋で泊まらないで済むんだがな?」

サナーが顔を真っ赤にしてローウェルに掴みかかろうとするのを

俺は身体を入れて両手を広げて止めると

「助かる。サナー百三十万イェン、すぐに渡してくれ」

「で、でも……」

「家無しは、襲われやすいのは知ってるだろ?」

「う、うん……だけど、こんな廃墟に家買ったって……」

ローウェルがふふんと鼻を鳴らしながら

「安心しろ、傭兵会社の周辺は夜盗も手を出さない。

 まあ……ネタを少しばらすとな」

ローウェルは煙草を取り出して火を点けて空に向け煙を吐き出すと

「社長が、ここを高級住宅地にしたいって無茶ぶりしてきたんだよ。

 それで、俺たち社員がここらの廃墟を一棟ずつ買わされて困っているわけだ」

サナーが舌打ちしながら下を向いて

「……それで、若い派遣社員に押し付けたいんだろ」

ローウェルは悪びれずに頷いて、煙を大きく吐き出すと

「でも、住所はあった方がいいぜ?

 それに家も、ある程度は綺麗に修理して引き渡すがな」

サナーは渋々と百三十枚の紙幣を数えて俺に渡してきた。

それを受け取ったローウェルは数えせずに

「百二十七枚しかないが?」

いつの間にか誤魔化していたらしい。

サナーは渋々と三枚の紙幣をローウェルに渡す。


ローウェルも去ったので、二人でカンテラで照らしながら

藁の敷かれた馬小屋に入ると

サナーが大きく息を吐いて、黒く塗られて臭い皮鎧を脱ぎ捨てた。

さらに鞘に入ったブロンズソードも藁の上に放り

馬小屋の隅に放置されていた、二つの大きなブリキバケツを

それぞれの手に持つと

「とりあえず、寝る前に身体を洗わないとな!

 綺麗な水を確保してきまーす。ご主人さまー!」

俺が「ご主人様って冗談でも言うな」といつものように答える間もなく

素早い動きで明かりも持たずに外へと駆けて行った。

大きく息を吐き、皮鎧を脱ぎ捨て、鞘に入った剣をその横に置く。

「よく生き残れたな……」

つい、口から言葉が漏れる。ほぼ何のスキルもない

雑魚の俺にしてはよくやったと思う。

そういえば、色んな人から職業サポーターとか何度も言われてたな。

サポーターってなんだっけか……ああ、思い出した。

何のスキルも魔法も知識もないやつの呼び名だな。

要するに……一般人ってことだ……サナーは戦士なのにな。

あいつ、このまま生き残り続けたらそのうち上級職にあっさりなりそうだな。

戦士の上級職か……なんだっけ?

元々、闘いに興味ないからな……ローウェルが忍者だったよな?

忍者かあ……やばいよな……確か、暗殺から特攻からなんでもできて

しかも極めた忍者は素手で、相手の首を跳ね飛ばすんだよな……。

古代図書館前のオークも首が切断されてたし、ローウェルがやったんだろうな。

戦士の上級職だったかな……サナーが忍者になったらやばいよな……。

あ、眠くなってきた……。



……



「こらあ!!ご主人様!奴隷との楽しい水浴びタイムを忘れるなぁ!」

「ぶばはぁ!」

いきなりサナーの声が響いて、水を思いっきり顔と体にかけられた。

辺りは真っ暗で俺は服を着ていないらしい。

すぐ近くに明かり照らされた馬小屋があるので

いつの間にか全部脱がされて庭に連れ出されたようだ。

「な、なんだよ……寝かせろよ。あとご主人様はほんとやめろ」

文句を言いながら水を払いながら立ち上がると

サナーがピタッと俺の背中に手を当てて

「タオルも石鹸も見つからなかったし!私の手で臭いが消えるまでこするからなっ」

「……はいはい」

明かりのついている馬小屋へと戻ろうとすると、腕を掴まれ

「おい!恥ずかしいだろうからせっかく暗闇で見ないように脱がしたんだぞ!?

 私の苦労を無駄にしないでくれ」

さらにピトッと背中に抱き着かれた。サナーも何も着ていないようだ。

それにしても痩せているし、胸のふくらみもあまりないので

少年に抱き着かれているようだ。俺は大きく息を吐いて

「わかった。わかったけれど、身体は自分で洗う。

 馬小屋の藁を使えば、多少は綺麗になるだろ」

「えっ……あっ、気づかなかった……で、でも!

 藁よりも人肌が絶対きれいになる!手だけじゃなくて、私の身体も使いたい!」

妙に強情なサナーは抱き着いたまま離れない。

そのまま少し考えて

「じゃあ、お前が藁で俺の身体をこすって洗ってくれ」

サナーは「えっ……」と少し残念そうな言葉を吐いた後に

「じゃ、じゃあ!私の身体も藁でナランが洗ってくれ!

 臭いが完全に無くなるまでだぞ!」

「……わかったよ」

渋々、了承することになる。


庭の暗闇の中、藁を敷きつめ、その上にうつ伏せや仰向けで寝転んで

サナーから少しずつ水を垂らされながら

藁で優しく体をこすられていると気持ちよくなり眠くなってきて

意識がなくなりそうになると

「こらっー!私の身体も洗うまで寝るんじゃない!」

いきなり怒鳴られて起きる。というのをなんと一時間近く繰り返し

サナーは俺の背中に顔をピタッとくっつけて臭いを何度もかいできてから

「よ、よーしっ。もっ、もう綺麗になった。残念だけど……いや残念じゃない!

 奴隷としてはご主人様の身だしなみにも気を付けてやらないとなっ」

何となく、変な吐息をかけながらサナーが言ってくる。

俺は「……ふーっ」大きく息を吐いて立ち上がる。

暗闇の中、代わりにサナーが藁の上にうつ伏せに寝たので

一応真面目に、少し水を垂らした後、綺麗な藁を選び背中からこすってやると

「うっ……あっ……ちょ、ちょっと待て」

「なんだよ」

「お、思ったより、き、気持ちよかった……どうしよ……」

「どうもこうもないだろ……早く終わらせて寝たいんだよ」

「わ、わかった。堪える……」

サナーは少し全身に力を入れたようだ。


嫌々ながらも、とりあえず

うつぶせの背中や太もも、ふくらはぎなどの手足を洗ってやっている最中

「うっ」「あっ」「くそっ……あぁん」「きゅ、きゅうぅぅ……」

などと、時には裏返った変な声をサナーはあげ続けて、眠気が吹っ飛んでくる。

「あのな、笑わせるのはやめろ」

「ち、ちがっ……そんな気はない。でも気持ちよくて……」

「水洗いを提案したのはお前だぞ?さっさと仰向けになれ」

一度サナーの身体から藁を離して言うと

「あっ……今の命令なんか、いい……もう一回もらえる?」

俺は一回舌打ちして

「あ・お・む・け・に・な・れ」

わざと大きめにいってやった、サナーはブルっと全身を震わせたようで

「はい……ナラン……おぼっちゃん……」

妙にしおらしい声で、仰向けになった。

「おぼっちゃんもやめろって、呼び捨てかお前でいい」

なんだこいつと思いながら

また変な声を聞きながら、顔とか腹とか手足とか問題のない範囲で

水を垂らしながら藁で拭いてやっていると

「ちゃ、ちゃんとしてくれ!残らず、全て頼む!」

「……知らんぞ」

もうめんどくさくなってきたので、割と強めに藁で残った敏感な部位を拭くと

サナーはしばらく震えながら堪えていたが、いきなり

「うっ、あっ、ああーっ!」

などと大きめの声を立てて全身をブルっと大きく震わせ

それから一切喋らなくなった。

なんだこいつ……まさか、俺より先に寝たのか……意味わからんな。

こうなると俺が馬小屋の中でこいつに服を着せて、藁に寝かせるのか……。

これだと、どっちが奴隷かわからんぞ……。

酷い一日だったな……と洗い終わったところで、そういえば

こいつの髪も洗わないと思い、残ったバケツの水を使い綺麗に洗ってやる。

「……」

寝たい。いい加減寝たい……サナーは相変わらず寝たままだ。

馬小屋にそのまま連れていき、今度は明かりに照らされながら

藁で痩せた身体を拭いてやる。

こいつも一応、女らしいが、

子供のころから一緒だったし、色々見えても何とも思わない。

綺麗に折りたたんであった布の服を着せてやり

そして丁寧に藁の柔らかい上で寝かせてから、俺が自分の服を着るという

ほんんんんんっっっとと!どっちが奴隷なんだよ!

と思いながら、大きく息を吐いてサナーの横に横たわると

すぐに眠り込んでしまった。

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