おじさん肉を食べる

 大変だった。


 マジで大変だった。


 さすがにまずいと思ったセイランさんは、なんとかエナさんが全裸になるのを食い止めたが、それでも濡れた下着が嫌なのかエナさんは脱ごうとする。


 なんか無駄に高度なやり取り? 攻防をして結局セイランさんが勝つんだけど。


 もうちょいその辺を教えてあげて? いろいろ事情はあるんだろうし聞かないけどさ、アイリーンさんもリジーさんも見てないで、止めたり教えたりしなさいよ。


 とりあえず言葉がまだわからないから、四人の服が乾くまで後ろを向いている。


 後ろからセイランさんの「あっ」みたいななにか思い出したような声が聞こえて、何事か話すと他の三人からも「「「あっ」」」と声が聞こえる。


 ごそごそと音が聞こえたと思ったら、目の前に印象の違う簡易な服を着ているアイリーンさんが「てへっ」みたいな顔して回り込んできた。


 女神はなに着ても絵になるな。って、着替え持ってんじゃねぇか!


 着替え持ってて全員が忘れるか? おかしくないか? なにか事情があるんだろうけど、言葉が通じないから聞くのに気力がいるし、そこまで親しくもないから聞きはしないけどモヤモヤする。



 そんなこんなを経て全員が簡易な服に着替えて、煙を上げている焚き火とは別の焚き火を囲んで脱いだ服を乾かしながら、四人は何か話し合ったり装備の手入れなど作業をしている。


 私は今日いろいろありすぎて久しぶりに許容力を越えていたし、どうにでもなれと座り込んで自暴自棄になっているのでボーっとしている。


 心配げな表情で四人が見てきたり、身振り手振りで何か伝えようとしているのだがどうにも反応が希薄になりダメだった。


 開き直ってから生きる気力がなくなってきているんじゃないかと思う。


 さっきの下着騒動で一時的に私のテンションがおかしくなったのも、それもあるのかもしれない。蝋燭の最後の灯火のような。


 私が期待していた救助は絶対に来ない。優秀な消防隊員でも異世界は無理だ。


 私以外には意味がわからんだろうが、勝手に恩人と思っている亡くなった彼の埋葬は終わった。いや私にも意味がわからないな、なぜ開き直るきっかけだった人を今でも恩人なんて思っているのだろうか。


 まぁ遺品は彼女たちが届けてくれるだろう。


 現実を叩き付けてきた軽トラよりデカイ猪には八つ当たりができた。泣いて叫んで、この世界で一番心を許したのはあの猪なのでは?


 彼女達は私を殺さない。会ってからここまでなにかを調べるような行動を多くしていたが、私を探るようなものではなく周辺の環境を調べているようだ。


 私の荷物にも興味を向けてこない。拠点に着いても彼女達は武器を抜くこともなかった。


 想像ではあったが彼女達には強盗などと失礼なことを考えてしまったな。

 

 もしかしたら私が美人に、女神に殺してほしいと思ったのかもしれない。


 私には関わりのないこの世界で、これからなにかを築き上げる意味を見出だせない。惰性で生きるための基盤がない。


 大きな失敗や転落がない平凡な私には、今までの全てが失われ大切なものや大切な人達を二度と取り戻せないことが、こんなに辛く苦しいものなのだとは思いもよらなかった。



 嗚呼、帰りたいなぁ



 日が落ちてきた、穴蔵に戻らないといけないが体は軽いのに心が動くことを拒否しているようだ。



 目の前に木皿に乗せられた焼かれた大きな肉が差し出された。


 視線を向けると、赤髪の女神が泣きそうな目で私を見ている。


 どうしたのだろうか?


 食えということか?


 そういえば腹一杯肉を食いたくて、猪を引き摺ってきたんだったなぁ。


 頭を下げて感謝しありがたくいただく。



 大きな肉を一口食べる。


 肉はうまいものでもないな。野味とはこのことだろうか。


 大きな肉を一口食べる。


 塩がかかっているのかしっかりした味がある。


 大きな肉を一口食べる。


 味のある食事も久しぶりだなぁ。


 大きな肉を一口食べる。


 固い肉だが簡単に噛み切って、ここでもパワーが解決するのかと面白かった。


 大きな肉を一口食べる。


 嗚咽が聴こえる。いや嗚咽は私かぁ。


 大きな肉を一口食べる。


 食べながら嗚咽とは私も器用なものだなぁ。これもパワーのおかげかなぁ。


 大きな肉を一口食べる。


 うまいなぁ。



 大きな肉を一口食べる。



 大きな肉を一口食べる。



 大きな肉を一口食べる。



 大きな肉を食べ終わる。



 嗚呼、うまかったなぁ。



 柔らかいものに包まれた気がした。



 嗚呼、暖かいなぁ。



 暖かさに包まれ眠りにつく。



 心の底からなにかが燃え上がっている気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る