アイリーンは過去を思い出す

 私アイリーンは孤児だ。


 人の居住地が魔物に襲われるなど特別珍しくはない。特に落伍者の集まる小さな名前もない村は、救援を待つこともできず救援が来ることもなく。


 背も両親の腰ほどしかない頃、住んでいた小さな村が魔物の集団に襲われた。


 父以外全てを失った。父も私以外全てを失った。母も家も財産も親類も友人も知人も。


 冒険者になってから知ったが小さな村はそこだけで完結した小さな落伍者の世界だった。


 父はそれから無気力になった。最低限私の世話はしてくれていたが、お腹が空いたと泣いても怒ることもなかったが笑いかけてくれることもなくなった。


 小さな私にはお腹が空いていることがわかるくらいでなにが起きているのかわからなかった。


 古いぼろぼろの小さな部屋に父と二人で居たことは覚えているけど、どこでどう生活していたのかわからない。



 気が付いたら私は孤児院にいて父はいなかった。



 今ならわかるような気がする。


 最後に行き着いた村で全てを失い、未来への希望がなく、助けを求める宛がなく、振り絞る気力がなく、絶望して無気力になったのだと思う。想像でしかないけど。


 ゴンゾウの光を映さない遠くを見ているような目が、あの頃の父と同じだった。



 ゴンゾウは凄かった。


 巨大なシールドボアを受け止め。おそらく面識のない冒険者に、短時間で立派な墓を作り。自分がろくな装備をしていないのに、遺品の返還を私たちに願い。言葉がわからない私たちと、頭を悩ませながら交流して。シールドボアを、軽々と川まで引き摺って。


 偶然かもしれないが魔物の嫌う香木の煙を焚いて、短くない時間を川辺で過ごしていた痕跡もあった。


 あんな怪力があるのに物腰は穏やかで、私たちに襲いかかるそぶりどころか、いやらしい視線を向けることもない。


 ん? リジーの大きな胸は見ていたかな? でも最初だけ。


 セイランの体躯に脅えることもなく。


 大人しいリジーを揶揄することもなく。


 小さいエナを侮ることもなく。


 私を尊敬するような目で見てくる。


 常に私たちに敬意のようなものを持って接していた。


 そしてすぐに泣く。


 今も目の前で料理が下手な私が焼いた、特別美味しくもない少し塩を振っただけの硬いシールドボアの肉を、涙を流しながらとても美味しそうに食べている。


 リジーが焼くと美味しくなるのに、なぜか私が焼いたものをゴンゾウに食べてもらいたかった。


 なぜだろう、胸が苦しかった。私も涙が止まらなかった。


 ゴンゾウは初めて会ったときから今に至るまでに徐々に表情が暗くなっていた。まるで死を受け入れるように、死を迎え入れるように、死を望むように。


 それは煙の発生源である、たぶんゴンゾウの拠点にたどり着いてからも変わらなかった。


 シールドボアを川に沈めてから私たちの下着姿に慌ててはいたけど、それでもゴンゾウは徐々に生気を失っていく。

 

 普段何泊もする調査依頼をあまり受けず、短期の討伐や知人の護衛依頼がメインの私たちは、依頼中の荷物をできるだけ少なくしていることが多く、着替えをタイゴンで購入していたことを全員が忘れていて恥ずかしい思いもしたし、エナにも全裸にはならないように注意しないといけないが、今は置いておく。


 セイランもリジーもエナも同じようにゴンゾウの異変を感じ取っていたので、調査や焚き火を囲んで作業をしながら四人で相談をしていた。


 ゴンゾウが「稀人」の可能性があること。


 こんなところで短くない時間をほとんど物資のない中で生活していたこと。


 体を叩いた時に感じた痩せ細った身体のこと。


 全てを失って生を諦めているのではないか。


 ゴンゾウは望んでこの地に来たのか。


 答えは出なかったがひとつだけ、生を諦めている人の表情だと、セイランとリジーと私の意見は一致した。特にセイランは長く冒険者として活動し、仲間や夫を亡くすような経験もしている。


 セイランは確信しているようだった。


 リジーは目を潤ませていた。


 エナは悲しそうだった。



 ゴンゾウは私の焼いた大きな肉をとても美味しそうに泣きながら食べ終わった。


 涙を流しながらもう思い残すことはないというような穏やかな表情で目を瞑る。



 ゴンゾウを抱き締めていた。



 全てを諦めた父が重なったのかもしれない。


 父に私は大丈夫だよ。生きていけるよ。と思ったのかもしれない。


 このまま遠くへ行ってしまう恐怖を感じたのかもしれない。


 引き留めなければいけない、と思ったのかもしれない。


 守らなければと思ったのかもしれない。


 ただの自己満足かもしれない。


 全部かもしれないし、全部違うかもしれない。


 私の腕の中で涙を流して穏やかに寝息をたてるゴンゾウを感じながら、同じように私も涙を流す。


 ゴンゾウを抱き締めながら、起こさないように一緒に横になる。


 赤子を抱く母は、このような気持ちなのだろうか?


 赤子扱いされたとゴンゾウが知ったら怒るだろうか? 怒らずに照れるだけのような気がする。


 そんなことを考えながら、ゴンゾウを抱き締めたまま眠りについた。

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