第9話 感謝のお礼

 「レイどうした?遠慮しないで入っていいぞ?」


 キシにそう言われ、レイは恐る恐る部屋に入った。

しかし、彼女の表情は暗く、顔も俯いたまま。


「なんか悩んでんのか?なら相談に――――!?」


「――――うう……」


 キシが扉を閉めてそう言うと、いきなりレイはキシに抱きついてきた。

そして、啜り泣きから嗚咽へ変わる。

この状況にキシは固まってしまった。

 感覚的に10秒くらい経過したところで、ようやくキシの頭が状況に追いついてきたようだ。


「レ、レイ!? ど、どうした急に……」


「えっ――――あっ、ごめんなさい!」


 レイはすぐにキシの体から離れた。

すると、彼女の頬がだんだんと赤くなっていった。


「えっと……これは違って! 気づいたらこんな事していて……。本当にごめんなさい!」


「い、いや大丈夫。いきなり過ぎてちょっとびっくりしただけだから……。あ、別にレイが落ち着くまでさっきの状態でも良いんだぞ?」


「う、ううん! 落ち着いたから大丈夫。ありがとう」


 レイは目に浮かんだ涙を拭いた。

キシは最初は何事だと思ったが、とりあえず落ち着いて良かったと安堵の息を漏らした。


「そういえば、体調の方はもう大丈夫なのか?」


「あ、うん。けっこう寝ちゃったから今は大丈夫」


「なら良かった……! 知らない間に爆睡してたもんな」


「えっ……? もしかして……わたしキシにおんぶされたまま寝てた?」


「ああ、随分静かだなあって思って後ろ見たら……普通に寝てたぞ」


 キシにそう言われた途端レイは恥ずかしくなり、両手を頬に添えた。

そして、彼女の顔がどんどん赤くなっていく。


「うぅ、はずかしいよぅ……」


「別に寝たって構わないぞ?」


「ほ、ほんとうにごめんなさい! 今日キシに出会ったばかりなのに、いっぱい迷惑かけちゃった……」


「何言ってるんだレイ」


 キシはレイの頭にポンと優しく手を置いた。


「そのくらい俺に任せろって! だからレイはもっと俺に頼ってくれて良いんだぞ」


「キシ……うん!」


 にへらっと笑顔を見せるレイの姿を見て、キシも自然と笑顔になった。

池の辺にいたあのレイとはまるで違う。

出会った時はどん底で、自分はどうしたら良いのかすら分からないくらい彷徨っていた。

 しかし、今は違う。

元気溌剌としていて悩みなんてない。

今のレイはどこにでもいる幼い女の子だ。


「キシ、なんだかうれしそうな顔してる」


「えっ?あ、いや……そうか?」


「うん、すごく嬉しそうに見えるよ」


「そうかそうか。うん、俺は今めちゃくちゃ嬉しい!」


 どうやら顔に出てしまっていたようだ。

しかし、キシはレイにバレても別に構わないと思った。

なぜなら、この嬉しい気持ちはレイに向けるべきものなのだから。


「――――ありがとう」


「――――! ど、どうした?」


 レイはキシに近づき、彼の手を握った。


「あの時――――わたしはどうすれば良いんだろうって考えてた。アースィマもいてくれるけど、なぜかすごく落ち込んでて……」


 そう言うとレイは顔を上げ、キシを見た。


「そんな時に来てくれたのがキシだよ。キシがわたしにかけてくれた言葉は、わたしにとってすごく嬉しかった。だから―――ありがとう!」


 レイはキシを見上げながら、満面の笑みを浮かべた。

彼女が握る手もキュッと優しく、そして強く握った。


「あの時俺がレイに言った通り、俺もレイと同じ状況になっていた時期があった。

だからこそ、あの時のレイを見過ごすわけにはいかなかったんだ。おかげで今は悩みなんてない感じでスッキリした顔してるよ」


 キシはレイの頭に手を置いた。

レイはほんのり頬を赤くし、嬉しそうな顔をする。


「ほんとうに――――な人」

 

「えっ、なんか言った?」 


「えっ、ううん何でもない。じゃあ、わたしは寝るね」


「あ、また寝るのか。あいわかった―――なあ、何で俺のベットで寝転がってんだ?」


「だって疲れちゃって眠たいんだもん……。戻るのも面倒くさいし……良いでしょ?」


 レイはベットの上でうつ伏せになりながら、上目遣いでちらっとキシを見た。

これが子供の武器と言うべきか、それにやられてしまったキシは……。


「イ、イイデスヨ……」


 と、つい棒読みで了承したのだった。

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