第8話 見たことある食べ物
レイをベットに寝かせ、夕食を食べることになったキシ。
食堂はかなり広く、まるでレストランのようだ。
「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
アースィマからメニューを渡されて見るキシ。
メニューの種類は豊富で、パンを主役にしたものが多い。
どうやら、ここで暮らす人のためだけではなく、本当にレストランとしてもこの場所が使われているようだ。
そんな中、メニュー表の一番上にあるおすすめに、かなり引っ掛かるものが。
「ディアスさん?」
「どうかしましたか?」
「これって……」
「これはここのアパートの創設から代々伝わっているもので、『ラーメン』といいます。これを食べられるのはうちだけですよ!」
「――――こ、これでお願いします」
「はーい。じゃあちょっと待っててくださいね!」
キシの注文を承り、早速厨房へ向かったアースィマ。
(いや……まさか、日本にあったあのラーメンじゃないよな……?)
そう疑いながら他のメニューを見つつ待つことに。
そして、5分くらい待っているとついに『ラーメン』が運ばれてきた。
「お待たせいたしました!これがうちのおすすめメニューの『ラーメン』になります!」
「あ、ありがとうござ……いま、す……」
アースィマが厨房から出て来て、キシの前に出した『ラーメン』。
キシが前世暮らしていた、日本で食べるラーメンと全く同じだった。
(これ色合い的に醤油ラーメンだよな……。いや、でもこの世界に『醤油』なんてものないぞ?)
一体どうやって作ったものなのか……?
そんな疑問が浮かび、首を
しかし、食べ物は食べてみないとわからない。
キシは、まずラーメンのスープから頂くことにした。
これもまたラーメン屋で絶対に見たことがある道具、レンゲでスープを掬ってゆっくりとスープをすする。
(――――これは……まさしく醤油ベースのスープ、醤油ラーメンに間違いない!)
食べたことがある醤油ラーメンの味にそっくりで、思わず驚くキシ。
しかし、まだ麺を食べていない。
まだ驚くのには早いと判断し、キシは気を取り直して今度は麺を食べることにした。
(さすがに箸はないか)
そこは異世界らしく、麺を絡め取りやすいように太めのフォークが用意されていた。
パスタのようにくるくるとフォークを回し、麺を絡め取る。
そして麺をスープの中から出すと、麺を少しだけ見つめ……そしてキシの口の中へ放り込まれた。
「――――」
キシの咀嚼音が微かに聞こえる。
麺を飲み込むと、キシはフォークを置いた。
そして、キシは食べている様子を見ていたアースィマの方を見る。
「ディアスさん」
「はい、何でしょう?」
「すいませんがちょっと叫びたい気分なので、少しだけ叫んでもいいですか?」
「さ、叫び……? ま、周りの人に迷惑にならない程度なら良いですけど……」
「分かりました。じゃあ迷惑かからない程度に叫びますね。あ、一応耳塞いでおいたほうが良いかもしれないです」
「わ、分かりました! 耳塞いでおきます!」
アースィマはキシの言う通り、耳穴に指を突っ込んで塞いだ。
キシはそれを見て大丈夫だと確認すると、天井を見つめた。
そして、彼の肩が大きく上がるほど息を大きく吸った。
「やっぱ醤油ラーメンじゃねぇかぁあああああああああああああ!!!!!!!!」
彼の声が、食堂内で大きく響き渡った。
そのせいで耳を塞いでいたアースィマも、体が振動しながらキシとは反対方向に少し体を傾かせたのだった。
自分が叫ぶほど言いたかったことを言うことができ、心が落ち着いたキシ。
耳を塞がなくてもう大丈夫というハンドサインをすると、アースィマは耳穴から指を抜いた。
「キシさんって結構大きな声出るんですね」
「そうなんですよね、思ったり大きな声が出ちゃいました。もしクレームきたら俺が対応しますんで……。それはそうとアースィマさん、これって誰に教わったんですか?」
「わたしは先代に教わりました。でも、このメニューは先々代の頃に出来たと聞きましたよ。このアパートの初代オーナーですね」
「な、なるほど……。ちなみに先々代の人の名前とか知ってたりします?」
「えっと確か……フルヤ・ショウヘイっていう名前だった気がしますね。もう亡くなられてますけど、かなりご高齢の方だったそうです」
「あ、ははは……そうでしたか。ははは……」
キシの予感通り、この世界に転生した日本人だった。
顔を引きつりながら笑うキシだった。
◇◇◇
アースィマに勧められ、風呂にまで入れてくれたキシ。
さすがに浴場までは日本様式では無かったものの、かなり広く、かなりの人数がいた。
体のガタイの良さから、恐らく冒険者だろう。
このアパートは、冒険者に愛される場所なのだと理解できた瞬間だった。
時刻はもう真夜中。
この後どこに泊まろうかと玄関前の休憩室で悩んでいると、アースィマがキシのもとに歩み寄った。
「キシさん、今日はもう遅いですし……良かったらうちに泊まっていきます?」
「えっ、そこまでしてもらわなくても!」
「いえ、これはレイちゃんを助けてくれた、わたしからの感謝ですから受け取ってください! それに……キシさんもレイちゃんのこと心配そうですし」
「――――本当に良いんですか?」
「ええ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「はい! じゃあちょっと待っててくださいね! いま鍵を持ってくるので!」
アースィマはせっせとカウンターへ向かい、部屋の鍵を手に取る。
そして、キシのもとへ再び戻る。
「では……これがお部屋の鍵です。キシさんのお部屋はレイちゃんのお部屋の隣、102号室でお願いしますね」
「分かりました。何から何まですいません」
「いえいえ! では、今日はゆっくり休んでくださいね!」
「はい、ではおやすみなさい」
「おやすみなさい、キシさん」
アースィマから鍵を渡され、キシは2階に上がって部屋まで移動する。
部屋の入り口の扉には名札が取り付けられるようになっていて、誰がここに住んでいるかが分かるようになっている。
(レイの部屋は――――これか。103号室)
キシが今回泊まる部屋の左隣にレイが暮らす部屋、103号室があった。
扉に付いている名札を見ると、『レイ』と書かれていた。
(まだ、寝てるのか……)
そんなことを思いながら、キシは自分の部屋の扉の鍵穴に鍵を差し、そして扉を開けた。
部屋の中は―――広くもなく狭くもない、丁度よい広さだ。
部屋の入り口のすぐ左にはクローゼット、右には洗面台がある。
そして玄関の奥にはシングルベット、その右隣には小さな机と椅子、大きな窓がある。
まるでビジネスホテルのような作りをしていた。
(これも初代オーナーが日本人だから、こういう作りになっているのか)
このアパートの歴史を知った後だと、そう納得せざるを得なかった。
「はぁ〜……疲れた」
キシはそう言うと、ベットに大の字になって寝転がる。
今日は驚くことばかりだ。
この街に来てから僅か1週間で、1人の少女に出会い、そして信じられないものを見せつけられた。
そして、それと同時に驚いたのは……。
(まさか、この世界で『ラーメン』を食えるとはなぁ……)
それが今日一番の驚きだった。
そうして、今日の出来事を思い出しながら振り返っていると……。
コンコンッ
扉からノックの音が聞こえた。
「はーい、何か御用ですか?」
「キシ、わたし。レイ」
「レイか、ちょっと待っててな」
レイの声を聞いて安心したキシは、扉を開けるためにベットから起き上がった。
扉まで向かうと、ドアノブに手をかけて下げ、扉を引いた。
そして扉が開くと……そこには申し訳なさそうな顔をしながら、部屋の玄関に立つレイがいた。
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