第11話

 目が、覚めた。まだ生きているという、ちょっとした絶望感。彼に殺されたんじゃなかったのか。彼に感情を、返しきれなかったのか。


「なんでホスピスなんだよ」


 彼の声。よくわからない。


「わるい夢が、たくさんあるから」


 声は出る。弱々しいけど。


「わるい夢を、変えるの。わたしが今まで食べてきた感情に対する、償いなの」


 わるい夢を、変えてあげる。それがわたしの贖い。


「はじめて食ったのが俺の感情でもか?」


「なにそれ。そんなわけないじゃん」


「あるんだよ。そんなことが。うちの同僚が調べた。食ったのが俺の感情だから、化物にならず人になったらしい」


 うそ。


「そのかわり俺は夢の中だよ。食われた分の感情を取り戻すために、俺はずっと寝てた」


「そうだったんだ」


「だからまぁ、誰も食ってないよ。おまえはわるくない」


「でも、あなたの感情を。わたしは」


「おまえが人になるのに、必要なものだったんだろ。やるよ。感情ぐらい。安いもんだ」


 そんなこと。


 待って。


「わたしの部屋なんですけどっ」


「ホスピスに住んでるとは思わなかった」


「そこじゃなくてっ」


 なんで部屋にいるのよ。


「いや、助けてくれてありがとうって言おうと思って」


「ノックぐらいしてよ」


「いや、そのままだったらしんでただろ。寝てただろうし」


「いいのよそれで」


 しにたいのに。


「いや、そんなところまで似なくても」


「似てない」


 似てない。


「似てないの。これはわたしの。わたしの」


 わたしの、なんだ。

 なんなんだ。

 勝手に彼の感情を食って。

 勝手に感情を獲得して。

 勝手にしにたくなってる。


「とにかく部屋から出てって。はずかしいから」


「わかった」


 彼が部屋を出ようとする。


「行かないで。待って」


 彼が止まる。


「そこにいて」


 彼が、そこにいる。


「こっちは向かないで」


 どうしよう。

 どうしようか。


 どうしようもない。


「どうしようもないよ」


「いいじゃん。このままで。お互いこのままだよ。何も変わらん。助けてくれたお礼を言いに来ただけで、殺しに来たわけじゃない」


「殺してよ」


「化物はよく殺すけど、人は殺せないなぁ」


「あなたの感情を食ったのよわたしは」


「でも今おまえが獲得してるのは、おまえの感情じゃん。だって今おまえがやってること意味わかんないし。俺の感情なら分かるけど、おまえの感情わけわからん。なんだよ出てけとかそこにいろとか」


「わたしだってわかんないよ」


 無言。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る