第7話

 やってしまった。

 遂に。彼の夢を。夢そのものを。変えた。変えてしまった。


 彼は。たぶんこれで起きる。


 わたしの感情は。わたしはどうなる。分からない。


「はっ」


 起きた。

 起きた?


 わたしは起きた。

 ベッドサイド。

 彼は。


 まだ寝てる。


 でも。たぶんもうすぐ起きる。わたしが夢を変えたから。起きる方向に。


 夢は、変わる。彼にとって夢が現実なら、現実そのものが、書き換えられたことになる。それが、何をもたらすのか。起きた彼が、本当に、彼なのか。何もかも分からなかった。それでも、変えるしかなかった。


 彼と一緒に、夢のなかに閉じ込められるのが、いちばん、しあわせだった。たぶん。

 元々感情がなくて、他者の感情を貪ることでしか存在を保てなかったわたしが。感情をもって、心をもって、日常生活を送っている。そして、感情を食われた彼は、起きないまま。そんなのはおかしい。


 でも、彼の心の、いちばん奥の部分には。さわることができなかった。


 疲労感と、綺麗に死ねることへの憧憬。


 伝わってくる。でも、さわれない。存在の保持だけをひたすら貪ってきたわたしには、さわってはいけない尊いものなのかもしれなかった。人としての、終わりへの矜持。潔い終末。いかにも、彼らしい。


 違う。


 本当に、それを持つべきは。わたしなのに。

 他者の感情を貪るわたしこそが、潔く消えるべきなのに。


 彼だけが。


 彼。


 目が覚めてる。

 起きた。

 彼が起きた。


「知らん顔だな。俺の観察が任務か?」


 えっ。


「俺のほうの任務はどうなった。まだ俺の感情を食ったやつは、生き延びているのか」


 忘れているのか。

 そうか。

 夢だから。

 起きれば忘れる。


「生き延びてんなら、さっさと殺さないとな。通信は?」


 伸ばされる。手。


 そこで、彼が何かに気付く。


「あ。ごめんなさい。ねぼけてて変なことを。忘れてください」


 急に、取って付けたような笑顔。わたしを、わたしだと、分かっていない。


「よっ、と」


 彼が立ち上がる。ずっと寝ていたとは思えない身軽さで。そのまま、わたしを避けて、部屋を出ていった。


 わたしに、気付かないまま。

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