第25話.黒い液体

 ノウマンは店内を見回す。

 

 酷い荒れ具合だ。

 ゴミやガラスが散乱し、横倒しになっている棚もある。スナック菓子やお弁当の中身が散乱しているため散らかっているというよりは汚れている。

 

 ノウマンには目もくれず、羽宮は障害物を飛び越え、洗面台とトイレのドアが場所に向かっていく。


 ノウマンがそれを見つけた時、人差し指をただ彼に向けた。

 途端、彼の最も近くにあった棚が独りでに移動し、洗面台とトイレがある方向へ進もうとしていた羽宮の進路を塞ぐ。


 彼が咄嗟に後ろに避けなかったら、重量のある棚が直撃していただろう。

 続いて、棚だけではなく店全体に散らばった商品やゴミが動き出し、デイリーエイトの中央に何もない空間を作り出した。


「貯蔵したエネルギーはに保管してある。今さら、発電機を壊しても儀式を止めることはできない。第一、ドアには鍵が掛かっている」


 彼の背中に向かってノウマンが語り掛ける。

 道を塞ぐ棚から羽宮が振り返った。

 中肉中背というより痩せ気味。彼もまたスーツを着用している。


 明るい場所で彼の姿を確認した時、ノウマンは嘆息。


「今になって納得した。最初に君の偽物を見た時、違和感を覚えていたんだ。あの時は気づかなかったが、初めからここには二人で来ていたのか。一杯食わされたよ」


 羽宮の姿が見えなかった原理は分からない。

 店の外にいなかったのだから当然、中にいたということになるが、姿は確認できなかった。


 体を透明にする何らかの手段。

 今はそれを使っていないだけで、隙を見せたら彼は再び自身を透明にして攻撃してくるかもしれない。

 

 対策は考えてある。


 ノウマンは自然と笑みを浮かべていた。

 自分でも分からないが、何だかウキウキするような気分だった。常時、感じていた痛みから解放されたせいか、それとも本来の自分を取り戻したからなのかは分からないが——。


 ノウマンは敵の様子を窺った。

 

 偽物のメタボ羽宮は拳銃を隠し持っていた。

 突発的に動いた時、咄嗟にスーツの内側に手をやったのは確認済み。それなりに威力を持った武器だと察することができたため、予め警戒しながら対峙することができた。


 事実、自分を除霊するほどの力を持っていたのは先ほど身を持って体験したばかりだ。


 本物の羽宮が同じ拳銃を隠し持っていたとしても不思議ではない。

 仮に自分だったら、これから戦う相手に自分の得物を見せることはしないだろう。武器を隠し持って油断させた方が有利に事が運ぶのだから――。


 棚が動いたことに空いたスペースの外側をノウマンは歩く。

 

「しかし、君も酷い人間だ。『絶対に諦める』などと言っておいて、実際は殺しに来ているじゃないか? 酷いな……あれは嘘だったのか?」


 円の外側を歩きながら羽宮に近づこうとする。

 

「嘘じゃない。病沢さんはここに囚われていた。あんたを助けたいと思っていた……!」


 羽宮も円の内側を歩き始めた。

 常にノウマンを視界に入れ、一定の距離を保ちながら歩いている。お互いが反時計回りに歩き、にらみ合いが続いた。


 彼の額には汗の粒が浮かび、キラキラと光を反射している。

 

(幽霊を殺すか……)


 何を言っているのだろう、と自分でも訳が分からず顔の笑みが深くなる。

 羽宮は荒れそうになった呼吸を沈めるように深呼吸をしてから口を開いた。


「……お前は誰だ?」


 その質問に聞いた時、ノウマンは笑ってしまった。

 

「悪手だな? 貴様ら霊媒師が本名を躍起になって聞き出そうとしているのは、これまでのやり取りで十分に分かった。今さら名前を聞き出そうとして素直に答えると思うか? 名前の重要性を自ら証明しているようなものじゃないか? それとも何だ? 貴様も拳銃を隠し持っているのか? なるほど……それならもう一度撃って、呪文を試してみる価値はあるかもな」


 メタボ羽宮が襲ってきたのは契約書に自分の名前をサインした時だった。

 彼らが自分の本名——正体を知りたがるのは除霊に必要だからに他ならない。さもなければ、敵と対峙しているのに名前を聞いてきたりはしないだろう。


 彼もまたスーツを着こんでいた。

 常識的に考えれば、全くの丸腰で除霊に挑むようなことはしない。

 最低でもメタボ羽宮が持っていた拳銃で武装していることは考慮する必要がある。もしくはそれ以上の何かを武器として使っていることを念頭においておかなくてはならない。飛び道具か近接武器か――もしくは超常的な力を持つ何らかの道具を。


「コーヒー!!」


 突如としてノウマンは怒鳴り声をあげた。

 その声量は店全体はおろか外にまで響くような非常に大きなものだ。加えて、指で店の隅にあるコーヒーメーカーに大仰な動作で指を向ける。


 ただし目線は羽宮に合わせたままだ。


(……武器はどこに隠し持っている?)


 ノウマンが怒鳴った時、咄嗟に羽宮の肩がビクリと動いた。

 そして僅かに右手——恐らくは彼の利き腕——がパーの形を作るように広がったのを確認している。何かを掴もうとする動き。確実に武器を隠し持っていると考えてよい。

 もし丸腰なら、素手戦うことはしない。近場にある武器を拾って戦うか、距離をとって逃げるかだ。

ただし後者の逃げるという選択肢を取ることはまずないだろう。

 

 店の中はそもそも狭く、逃げる場所が皆無。

 外に逃げることは可能だろうが、メタボ羽宮が末路を考えれば勇気がいる選択だ。

 そう考えれば逃げ場は事実上存在しないのだから相手は戦うしかなくなる。

 そもそも逃げ場はここに存在しない。

 デイリーエイトに穴はない。そのように建築した。いくら霊媒師がここに入ってこようと、すでにそれを軽々と跳ね除けるだけのエネルギーは溜まっている。ここに入ってこられるのは、それこそ自分と縁がある人間に限定される。


「失礼」


 円をグルグルと回り、ノウマンがコーヒーメーカーの近くに来た時、紙カップに入ったコーヒーを手に取る。手でカップを握った時、熱々のコーヒーの温度が手に伝わった。自分好みの熱いブラックコーヒー。

 店の中で漂う食べ物の匂いを掻き消すかのように香ばしい匂いがする。


「コーヒーは熱々のをじっくりと冷ましながら飲むのが好きなんです。羽宮さんはどうですか? コーヒーに砂糖は入れます? ミルクは? 私は何も入れずにブラックオンリーで飲むが好きなんです」


 相手の動きをつぶさに観察。

 「相手について知っていることが多ければ多いほど戦いは有利になる」とナイトは言っていたが、それには同感だ。


 利き手は右手——驚いた時の反射的な動きは誤魔化しようのないものだ。

 さっきの反応から見てこれは正しいだろう。

 さらに思い出してみればメタボ羽宮はスーツの生地に何かを仕込んでいた。発動すると自分の体の動きを阻害する何か。同じくスーツを着こんでいる羽宮にも仕込まれているはずだ。


(となると……揉み合いになれば一度は動けなくなるという訳か……)


 コーヒーを手に取りながら「これは厄介だ」と考えた。

 動きを封じられるのは致命ではないが致命につながる。

 動きを封じられた時にさっきの拳銃で攻撃されたら——。


「すみません、羽宮さん。ところで……話は変わるのですが——私はコーヒーは熱々のを冷ましながら飲むのが好きなんです。羽宮さんはどうですか? コーヒーに砂糖は入れます? ミルクは? 私は何も入れずにブラックオンリーで飲むが好きなんです」


 相手も迂闊には手を出してこれないだろう。

 それに相手は生きた人間だ。必ず疲労する。

 集中力には限りがあるし、体力や精神は疲労する。

 相手の消耗を狙ってリソースを削るのは基本戦術だ。


 対して、ノウマンのリソースは膨大だ。

 長年に渡って蓄積されたエネルギーの一部を供給してもらえれば体に受けたダメージなどすぐに回復する。孤立無援の羽宮とは違う。


 危険視すべきは一撃で自分を葬り去るような先ほどの弾丸のような武器。

 一撃で殺されてしまったら膨大なエネルギーがあっても意味がない。

 拳銃そのものは外に転がっている。一見すると弾が切れたから拳銃をそのまま捨てておきましたという風に見えるが、相手がわざとそうした可能性も考慮するべきだ。実はもう一丁持っていましたなんてこともあるかもしれない。


 情報を引き出すためノウマンは会話を続けようとする。


「ちょっと失礼……」


 ノウマンはわざと店の隅——奥のレジの角に体を向けた。

 羽宮に自分の背中を見せるような形で。

 そして顔をやや上に傾けながらコーヒーを啜るフリをする。

 視線は頭上にある防犯ミラーへこっそりと向ける。鏡に映った羽宮の様子を見るが、武器を構えたり、こっそり襲いかかる素振りは見られない。


(ふむ……仕掛けてこないか)


 相手が武器を抜いて襲ってきたのであれば、そのタイミングでカウンターなり回避行動に移っていたのだが——。


「うん。旨い……そうそう。コーヒーを飲んでいて思い出したんですが—— 私はコーヒーは熱々のを冷ましながら飲むのが好きなんです。羽宮さんはどうですか? コーヒーに砂糖は入れます? ミルクは? 私は何も入れずにブラックオンリーで飲むが好きなんです」


 といって自分は相手から言葉巧みに情報を聞きだせるほど口が上手い訳ではない。

 凝った内容の会話をしつつ相手に探りを入れらるほど自分の頭が良くないことは自分がよく知っている。

 

(とりあえずコーヒーで適当に……お茶を濁す?)


 ハッハッハとノウマンは大きく笑ってしまった。

 楽しいという感情が抑えきれなかったのだ。どうやら自分は本当におかしくなってしまったらしい。普段なら感情に蓋をするのだが、今日は蓋が緩んでいる。それでも堪えきれずに笑ってしまうのはいいとしても、目を細めるほど笑ってしまうのはいただけない。


 ノウマンは目だけを羽宮に向け続ける。

 外周ギリギリ、背中を障害物に預けながら限界まで距離をとる羽宮。


「どうです? コーヒー? ねえ、どうです?」


 コーヒーを手に持ったまま、口をつけたカップを羽宮に持っていく素振りを見せる。

 これまで円を描くようにグルグルと回っていた動きを無視して中心を横断。羽宮に急接近するが、それでも彼は武器を抜くことはしなかった。後退し、背中を陳列棚ギリギリまで預ける。


 これでも駄目か、とノウマンは羽宮に感心した。

 円の中心に躍り出たノウマンは元の位置まで戻る。

 

(存外に我慢強い)


 事前に相手の得物を探るのは難しそうだ。

 ノウマンは方向性を変えることに決める。

 ならば先に相手に攻めさせる、と。

 相手が先に手を出してくるのなら、得物を出さざるをえない。それを見てからこちらはどう攻めるか決めてしまえばいい。この距離感なら飛び道具だろうが近接武器だろうが脅威はさほど変わらない。

 スーツに縫いこんだ武器だけを警戒し、羽宮に触れないよう無力化してしまうのが無難——。


(もっと圧を掛ける)

 

 有利に進めるためには相手から攻めてもらう必要がある。手の内を晒してもらえば対策を取ることができる。脅威が健在化すれば対策をとるだけの話。

 このまま膠着状態が続くのも悪くないが、相手に何か直接攻撃する意外の攻め手があった場合、不意を突かれることもあるかもしれない。万が一でも油断して敗北したら、これまでに過ごしてきた毎日は何のために頑張ってきたのかという話しになる。


 攻撃だ。徹底的は攻めは全てを解決する。

 ノウマンは呟いた。


「ルーちゃーん。いつものー」


 その一言が発せられた瞬間、店の奥から打撃音が響き渡った。トイレのドアをノックする音が聞こえ始めたのだ。


ドンドン、ドンドン。


 ノックというよりは体当たりしているような大きな音が児玉する。


 効果はテキメンだった。

 羽宮は店の奥とノウマンに交互に目をやった。

 額の汗が雫となって顔を流れ落ちる。


——さて、どうする。 


「そういえば、まだ彼女のことを紹介していませんでしたね。いい子ですよ。コーヒーを美味しく入れてくれる」


 ノウマンは一枚カードを切った。

 デイリーエイトにはノウマンに味方する存在が一人だけいる。


 彼女に伝えたのは”いつもの”とは、儀式中、自分を驚かせるためにドアを殴打するだけの行為を指す。記憶のない病沢を恐怖させる目的でドアを叩くのはいつものルーティンの一つだった。


 そのため彼女が外に出てくることはない。もう少しでドアが開いてナニかがやってきてしまうという焦りを与えることを目的とした行為。

 体験した身としては、あれはかなり焦った。

 逃げ場がないのにやってくるのであれば、隠れるか戦うの二択になる。まして、ノウマンがいる以上、隠れることはできない。

 戦う以外の選択肢を取ることができない。


「……どうかしましたか、羽宮さん? 顔色が悪いですよ?」


 病沢は霊媒師に二択を迫った。

 その二択とは、今戦うか後で戦うか。

 羽宮にしてみれば、一対一のタイマン勝負ならまだ勝ち目があると踏んでいただろう。だが、二対一となれば話は変わる。所詮は多勢に無勢であり、今より不利な状況に陥ることになるのは目に見えている。より勝機がある状況は一対一の今しかない。悠長に様子を窺って隙を待つような手は使えない。


(ほら、早く攻めろよ)


 彼にとっての最善は彼女がここに来る前にノウマンを倒すことになるだろう。

 ノウマンを即効で除霊してからルーの除霊に取り掛かる——羽宮が生き残る確率が最も高いのは、これしかない。 


 基本的に戦いとは、自分のペースに巻き込んだ方が有利に立てることをノウマンはよく知っている。

 

 羽宮は無言でノウマンを見た。


 続けて、彼はスーツのジャケットにおもむろに手をやる。

 ボタンを外し、上着を脱いだ。

 

「…………」


 すぐに襲いかかることもなく上着を脱ぐという行為。

 単に動きにくいからジャケットを脱いだとも取れるが——次の瞬間、脱いだジャケットを羽宮が自身の前方にいるノウマンに向かって投げた。


(なるほど)


 空気の抵抗を受けた黒い布がばさりと広がる。 

 ほんの僅かな秒に満たない時間、ノウマンの視界に制限をかけたのだ。この行動の意図は、攻撃に移る自身の予備動作をノウマンに知られるのを一手遅らせるため。恐らくは何らかの武器を構えるための時間を作るため、そして対策を練らせないための行為。


 だが——


(対処可能だ)


 前方にジャケットを投げる予備動作を確認した時、ノウマンは自身の手に持つコーヒーカップを放り投げた。

 ブラックコーヒーがなみなみと注がれたカップはジャケットにぶつかり、二人を隔てるスーツの帳を捲り上げる。その帳の向こうで羽宮が銀色の刃物を構えるのが見えた。

 細長いナイフの刀身は一目見ただけで鋭い切れ味を持つことが分かる。天井の蛍光灯の光を反射する様は、ナイフというよりはヤクザが使うようなドスに近い形状。自分が作ったハンドメイド品のナイフとは似ても似つかぬ業物——。


 それを腰だめで構えて突進。

 全身の体の体重を乗せて前方にいるノウマンに迫る。


 対抗するため、ノウマンは後ろに下がりながら手を伸ばしてエネルギーを使用した。

 左手に溜めたエネルギーを共振させ力場を生成。空いていないスナック菓子の袋や蛍光灯を目くらましと陽動のために破裂させる。そして右手は、近場に転がっていた本コーラ缶を引き寄せるのに使用。


 刃が自分に迫る中、羽宮がコーラを踏みぬいた。

 前に進むための摩擦を生み出すための力が空転。彼は勢いあまって前方にバランスを崩す。崩れかけた態勢をもう片方の足でカバーしつつ、なおも刃物での突進を継続しようとする。重心が動いたことによって腰だめでの構えが崩れ、突き刺しから斬りつけになりつつあるような突進。

 ノウマンはバランスを崩したのを確認するのと同時に、身をよじって羽宮の横に回りこむ。そしてエネルギーで拳全体を保護、威力を増強した拳を羽宮の顔面——より正確には顎を狙って拳に叩きつける。


 目に見えない膜が張られた拳。

 そこにエネルギーが込められていることは、陽炎のように拳の表面が揺らめいていることからも明らかだろう。

 

 顎に接触した拳から伝わる感触は確かなものだった。


 羽宮の体を吹き飛ばされ、ナイフが彼の手を離れた。

 ノウマンは手を抜かない。

 床に転がった刃物が床で踊っている間に、木のグリップ部分を足で蹴り飛ばす。羽宮が起き上がって反撃してくるのを警戒しつつ、追撃を入れようとするが——。


「……おや?」


 反撃を警戒し、左手を軽く握ったノウマンだったが——彼が起き上がってくることはなかった。

 彼はまるで陸に打ち上げられた死にかけの魚だった。

 床でのたうち回るように手足をバタバタと動かしているが勢いがない。ノウマンから距離をとろうとしているがまるで動きが滅茶苦茶で、床に散らばるガラスや蛍光灯の破片が突き刺さるばかり。何よりノウマンを見ている目の動きが……焦点があっていなかった。


 油断を誘うための行動——そう思いもしたが、何をする訳でもなく、自分から遠ざかろうとしている。


「本物はもっと強いものと思ったが、これでは——」


 ジタバタと動かしている手足。

 その動きが目障りに感じた。


「…………」


 ノウマンは相手の腕を踏みつけた。

 直後、羽宮が歯を食いしばりながら痛みに呻く。バタバタさせるのをやめ、もう片方の腕でノウマンの足を掴む。


 そしてノウマンは確信した。


——こいつ伸びている、と。


 これで終わりだということに気づいてしまった

 拍子抜けしたような脱力に襲われる。

 一時は自分を殺しかけた霊媒師たち。こんなにもあっさりと決着がついてしまったのは予想外だった。まだ何か策を隠し持っているのではないか、もしくは他にも自分を殺すための秘策を持っているのではないか、と以前として警戒し続けるが——。

 

 しばらく様子を窺ってみるが、やはり変化がない。


「…………」


 荒い呼吸と焦点の定まらない目。

 頭上から羽宮を見下ろす。


「生きているか? 私の質問に答えろ」


 羽宮は真っ赤になった口を微かに動かす。

 反応があることから死んでいないことは分かった。

 が、声が小さすぎて聞き取れない。


「……ん? おい! 勝手に気を失うんじゃない!! 目を覚ませ!!」


 足で脇腹を軽く小突く。

 が、それだけの刺激を与えても反応しない。


 その時、ノウマンにフツフツとした怒りが湧き上がった。

 こちらが真剣に——文字通り命がけで儀式を完遂しようとしていたのに、それを妨害したはずの霊媒師が弱すぎる。


 そこまで弱いのなら黙っていて欲しかった。 

 というよりも何でここに来た?

 

 例えるのなら、事前の期待が高かった新作のゲームソフトを購入したのに、実際はクソゲーだった——という感じだ。


 こちらは事前に入念な準備を行って儀式を行っていたのに、邪魔をする部外者はそんなことお構いなしに土足で踏み荒らしていく。こちらの気持など微塵も考えずに――。

 彼らが身を持って愚かさの代償を払うのはいい。だが、儀式をぶち壊された代価としては、あまりに吊り合わなすぎる。


「…………」


 まだ殺さない。

 殺すのは必要な情報を聞き出してからだ。


 静かな憤りがノウマンを支配した。


 ノウマンは無言でコーヒーサーバーへ向かった。

 そしてカップに熱々のコーヒーを注いで、意識を失いつつあった羽宮の元まで持ってくる。

 挽き立てのコーヒーの香り。

 豊潤な香りを放つ黒い液体。

 真っ黒でさらさらとした煮出し汁。


 意識を失った羽宮の顔面に向かって傾ける。

 灼熱の液体が彼の顔に注がれることになった。


「————〇×△□!!」


 失いかけていた彼の意識を強引に引き戻す。

 ノウマンは右手にエネルギーを溜め、手の上で陽炎のように揺らめく空間を見た。

 そこから目を逸らし、羽宮へと向けを冷たい眼差しを送る——。

 

 

 異界のコンビニ、デイリーエイト。

 その晩、霊媒師の悲鳴がいつまでも鳴り響いた。





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