第17話.霊媒師④

 異界に遅れて到着した羽宮は、冷たい空気を吸い込み咳き込んだ。

 

——カーッ、ペッ! 


 喉に出来た痰をアスファルトの上にべちゃりと吐き出す。

 辺りを見回し、ここが異界であることを確認。

 事前の情報通り、目的地であるコンビニがあることを確かめた。

 

「寒いな……」

 

 寒さで体を縮こまらせ、体を摩るフリをしながら、スーツの内側に隠し持った武器を無事に持ち込めたことを確かめる。手の先に固いものが当たる感触。ふくよかな体のラインを辿っていくと、手の平に苦労して取り寄せた必殺の武器の輪郭を感じ取った。


 羽宮は笑みを浮かべながら力強く頷く。


「さて……早速、中に入るとしよう。早々に片づければ朝日が登る頃には帰れる」


 羽宮は大きな声で宣言すると、駐車場を堂々と歩いた。


「なるほどなぁ……。ど田舎のコンビニは確かに広い」


 だだっ広い駐車場だった。

 電飾看板の下から入口までは少なからず距離が離れている。

 コンクリートジャングルに囲まれたコンビニとは違い敷地面積はかなり広い。ビルの一階部分がコンビニではなく、建物が単独で存在しているのも都会に慣れた自分にとっては逆に新鮮だった。


 田舎ではコンビニは社会インフラとして役割を担っている。

 銀行、郵便、税金や公共料金の支払い、住民票の取得、物流インフラ、最近では充電ステーションまであるのを見るとガソリンスタンドの代わりも担うようになっているらしい。


 コンビニの前で立ち止まる。

 特段、変わった場所は見受けられない。

 ”Daily 8”という名前を除けば、どこにでもありそうなコンビニエンスストアだ。


 店の入り口の上部には、『おせち料理 予約受付中!!』という文字と重箱が書かれた垂れ幕が吊り下がっている。

 店の外にはカラフルな連結ゴミ箱。コーラの空き缶が投入口から見え隠れしている。窓越しに見えるATMや雑誌コーナーの裏側、役に立たない店舗への衝突防止のU字ポール。窓ガラスに貼り付けられたポスターには禁煙防止文字が躍っているが、それを無視してタバコの吸い殻が落ちている――。


「さて――」

 

 両手を組み合わせ、伸びしたり縮めたりすることでポキポキという音を鳴らす。次いで、首を左右に前後に、そして最後に一周首を回す。


 鼻息を荒くした羽宮は中に入ろうとする。

 店の内部はガラスの表面に付着した細かい水滴のせいで、よく見えなかった。店内の気温と屋外の気温差によってモザイクがかかっている。

 

 中に潜んでいる存在は目視で確認できない。

 外でアレコレと警戒するよりも中に入ってしまったほうが早い。何より、こちらには必殺の武器がある。


「——いくか」


 羽宮はデイリーエイトの中に入ろうとした時、顔をしかめることになった。

 モザイクのかかった自動ドアの向こう側、黒い影のようなものが動いた。その影は朧気で、布に垂らした墨のようにジワジワとガラスに輪郭が広がっていく。やがて、一つの人影となって自動ドアの前で足を止めた。


 思わず上着の内側にゆっくりと手を入れた。

 ナンブのグリップを握り、相手の出方を窺う。

 

(怨霊なら、とっとコイツでぶっ殺してやる……)


 先に動いたのは黒い影の方だった。

 自動ドアのセンサーが作動する一歩手前で固まっていた人影。

 ついに前へと一歩踏み出したのだ。


 自動ドアがスライド。

 モザイクのかかった自動ドアが左右に開く。客の出入りがあったことを知らせる入店音。店の中から、強い熱風が顔に吹き付け、羽宮は思わず目を細めた。店の灯りが眩しく、外に出てきた人物が逆光のせいでよく見えない。


 やがて自動ドアが閉じた時、そこにいたのは——

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