第10話.デイリー8


—— いちむーどゥい めーにち ぐてー。


 夢の中で声が響き渡った時、病沢は叫び声をあげながら目を覚ました。

 天井のギラギラとした照明が目に突き刺さるようで痛い。

 インナーが汗を吸い、背中にぴっちりとくっついている。喉はカラカラで砂漠のように干上がっていた。


 目を覚ました病沢はフラフラと周囲を見回しながら立ち上がろうとする。

 昏倒、酩酊、衰弱——ぐわんぐわんと視界が揺れた。


(ここはコンビニか……? そうだ。俺は襲われて……)


 近場にあったレジのカウンターに手をつくように立ち上がった拍子、500mlのコーラ缶が手に当たって床に落ちた。店員が帰ってくるのを待つ間、会計が少しでもスムーズに終わるようにと病沢がカウンターの上に置いておいたものだ。


(……夢じゃなかった)


 病沢はこめかみを抑えながら静かに呼吸を整えた。

 さっきまでの出来事が強烈に頭の中に刻み込まれている。頭痛に頭を抱えそうになりながらも、床で音もなく転がるコーラ缶に目を向けた。ゴロゴロと回転しながら、近くの棚に当たって停止。カツンという小さな物音にですらビクビクとしてしまう——。


『いらっしゃいませ!! ご来店、誠にありがとうざいます。当店、Daily 8は24時間365日、休まず営業中です♪ いつでもお客様をお待ちしております!!』


 店内放送から黄色い声が聞こえた瞬間、病沢は驚きのあまり飛び上がりそうになる。嫌な汗を掻きながら目をギュッと瞑る。

 店の中で流れていた店内放送が復活していた。気を失う前に流れていた機械的な喋りではない普通の話し方で――。


 病沢は自動ドアに目を向けた。

 店の放送が再開されているのなら、同じように自動ドアも直っているかもしれない。いや、むしろ自分は本当に悪夢を見ていただけなのかもしれない。


 病沢の心中で淡い希望が生れる。


(……そうだ。さっきまでのは悪い夢だ。仕事の疲れが溜まっているせいで見てしまった白昼夢か何かに違いない)


 病沢の足がよろよろと出口へと吸い寄せられる。

 今すぐにでも自動ドアの前に立って入口が開くか試したい。きっと開いてくれる。ドアがいつものように開いて、このコンビニから家に帰ることができるはずだ。


(……今年一年ずっと働きづめだったじゃないか。上司からは詰められ、今日はTDのしすぎだったじゃないか。挙句、ナイトはあんなことを言い始めるし——そうだ。俺は肉体的にも精神的にも追い詰められたせいで悪い夢を見ていたんだ)


 あと一歩前に踏み出せば、自動ドアの前にいけるという場所で病沢は足を止めた。

 

 自分の胃の辺りに鋭い痛みが走るのを感じる。

 ここからでは陳列棚が邪魔になっていてあの場所が見えない。

 ここで一歩前に踏み出せば——あの女がいた場所が見えてしまう。


 自分に襲いかかってきた女。

 あれが夢でなかったのなら、陳列棚の向こう側には女の死体があるかもしれない。それを見てしまえば、やはりこれが夢ではなく現在進行形で続く現実ということになってしまう。


 あるいは自動ドアの前に移動した途端、死角からアレが襲いかかってくるのではないかと思うと、体が震える。アレは今も物陰から自分のことを窺っていて隙をみせたら襲ってくるのではないか? こうしている間にもアレに見張られていたとしたら?          


 病沢は静かに呼吸しながら、周囲に目を凝らす。

 隙間が怖い。

 商品と商品が並べられている間、陳列棚の向こう側からアレがこちらを見ているのではないか、と嫌な妄想が膨らんでいく。


 病沢は唇を丸めて、もう一度正面のドアに目を向けた。

 このまま突っ立っていても何も変わらない。

 口の中から出てきた唾を呑み込むと、棚から物陰から顔だけを出して例の通路の様子を窺う。


——誰もいない。


 それを確認しながら、病沢は体が弛緩するのを感じた。

 陳列棚の影から姿を表すとトイレがある方向を見る。


 ドアは閉まっていた。

 洗面台を照らしていた電球には暖かい光が灯っており、あそこにあった闇は消えている。開かずのトイレにはドアで封がされており何もかもが元通りだ。


 だが——病沢は見つけてしまう。

 通路の中心に転がる己のスマートフォンを。


「…………」


 病沢は苦虫を噛み潰したような顔になるとスマホから目を逸らし、自動ドアに目を戻した。

 祈るような気持ちで病沢は一気にドアの前に躍り出た。

 全身を固くさせながら泥落としの玄関マットの上に乗った瞬間、息を止め、扉が開く瞬間を待ちわびる。

 

 だが駄目だった。


 デイリーエイトの入口は頑なに閉ざしたままだ。

 透明なドアは隙間なく閉ざされ、今も病沢を店内に閉じ込めている。

 

 その現実が否応なしに病沢を苛立たせる。

 ついには拳で力一杯、目の前に立ちふさがる自動ドアのガラスを殴りつけた。


「——痛ッッ!!」


 痛みに悶絶し、顔に苦悶の表情を浮かべる。

 痛む右手をさすっていると、自分の手にはすでに傷があったことに気づいた。

 指先の爪が何本か剥がれている。

 それだけではない。自分の体を見れば全身の所々に赤い模様がついていた。赤い血痕は生乾きで指の腹で触ってみれば、微かに湿っている。


 病沢はイートインコーナーに目を向けた。

 そこには、やはりカラフルなパイプ椅子がある。


 殴った時に壊れたはずのパイプ椅子。

 背もたれのプラスチックが壊れた時、破片の一部が自分の手を傷つけたのは覚えている。しかし、目の前にあるパイプ椅子は無傷だった。


 体に残った無数の傷と痛み。

 衣服には自分とそれ以外の血液が付着している。

 

 あれは現実であったことを否応なしに突きつけてくる。


 改めて自動ドアに目を向ける。

 もう自動ドアの前でジャンプしたりセンサーの前で手を振ってやろうとも思えない。恐らく、このドアは何をしても開かないだろう。


「…………」


 コンビニで壊れた物は元通りに再生している。

 床に散乱していたはずの商品は全て棚に戻っている。

 自分以外の何もかもが元通りだった。


——ならば、殺したはずのアレはどうなる? というか死体はどこにいった?


 店の中は空調がガンガンが焚かれ、汗を掻くほど暑いのに病沢の体からは一気に体温が急降下した。

 今、鏡を見たら自分の顔から血の気が引いていくのが見えただろう。相手は理屈では理解できない正体不明の敵だ。復活してまた襲いかかってきても——いや、絶対に襲ってくる。


 病沢の視線は救いを求めるように、通路の半ばに転がるスマートフォンに集中する。そこに転がるのは自分が持っていたスマートフォンに間違いなかった。


 足音を殺して静かに近づく。

 トイレのある方向を警戒しながら、静かにスマートフォンを拾った。100円ショップで買った安っぽい透明なケースと傷だらけになった液晶の保護フィルムが指によく馴染む。


 スマートフォンを手に収め、ホームボタンを押す。

 画面に光が入ったことで電源が生きていることはすぐに確認できた。


 しかし——病沢は呆れを通りこして笑ってしまった。

 アレが自分のスマホを踏みつけたのは見ていた。

 恐らく画面が割れているだろうことは予見していたことだし、実際に割れていたとしても別段驚きもしない。画面に光を入れた時に驚いたのは、画面が割れたというレベルでなく粉砕されていたからだ。


 スマホの液晶画面は何も見えなかった。

 指でなぞれば液晶の割れた破片が刺さりそうになるほど、徹底的に破壊されている。


 病沢はポケットにスマホを仕舞う。


 コンビニの外には出られない。

 助けを呼ぶこともできない。

 またアレが姿を表して自分を襲ってくるかもしれない――。


 病沢は目の前が暗くなるような感覚を覚えた。

 打つ手なしだった。何をするにしても八方ふさがり。


「…………」


 病沢の顔から感情が抜けて落ちていき、やがて無表情になった。


『——それでは次のコーナーは……リスナーお待ちかね。ハートがドッキドキ♡クイズコーナーです。えー、ラジオDJこと、わたしくルーちゃんがご来店のお客様に向けて簡単なクイズを出題するという定番のコーナーです。クイズに正解すると……なんと!! ルーちゃんから特別な景品をもらえるかもしれません!!』


 今のところ、トイレからアレが出てくる気配はしない。

 常に気を張って警戒するのは精神的にも肉体的にも無理がある。だから、今は何もせず余計なことをせずに体力を温存するのがいいような気がした。これはきっと夢だ。何かの悪い夢——。


 病沢はイートインコーナーに行くとカラフルなパイプ椅子を掴んだ。そして、商品が置きっぱなしになっているレジのところまで持ってくると椅子に腰かける。


 座り心地は普通。可もなく不可もなく。

 イートインコーナーにはカウンターテーブルが備え付けられているため、そちらで座ろうとすることも考えたが、あそこは外が見える。落ち着かない。


 そう考え、二つあるレジのうち奥の方を使うことにする。

 カウンターの上にはレジの他、緑のカップ麺と数本のコーラ缶が乗っていた。どれも病沢が会計前に置いておいたものだ。


 自然と病沢の視線はコーラへと向けられていた。

 激しい運動と緊張、さらに気を失っている間に大量の汗を掻いた。

 喉は渇きを覚え、体は水分を欲している。

 目の前には、キンキンに冷やされた黒くて強い炭酸が特徴の甘い飲み物が。

 病沢は迷うことなくコーラを掴んだ。

 

(ぬくい……)


 病沢は虚ろな目になってパッケージを見た。

 本来ならキンキンに冷やされているべきコーラは人肌レベルまでぬるくなっていた。無理もない。あれだけ長時間、ここに置きっぱなしだったのだから。

 ぬるくなった炭酸飲料ほど残念なものはない。

 ぬるくなってしまったコーラなどコーラではないのだ。病沢は静かにカウンターにコーラを置くと、すぐに椅子から立ち上がりドリンクが冷やされた冷蔵庫へと向かおうとする。


 その際、先ほどカウンターから落としたコーラが見えた。

 病沢は溜息をつきながら、それを拾おうと腰を屈める。


『——えー……それでは第一問です!! わたくしこと、ルーちゃんはデイリーエイトで?』


 明るい声でクイズの問題が読み上げられた時、病沢のコーラを拾おうとした手が止まった。

 

『うーん……これはなかなか難しい問題ですね。そんなこと知るかって思うかもしれませんが当てずっぽうでもいいので答えてみてください!! 頭を捻れば答えがでるかも? そこのコーラを拾おうとしているリスナーのあなたっ!! ズバリお答えください!!』


 再び、心臓が嫌な鼓動をした。

 病沢は屈めていた体を静かに起し、今しがた聞こえた放送が何かの聞き間違いではないかと自分の耳を疑う。


『”えっ……俺のこと?”って顔をしていますね? そうです。あなたです。このお店に他にリスナーはいないでしょう? さあ何人だと思いますか? お答えください!!』


 無言になったまま病沢は自分の額から汗が吹き出すのを感じた。

 

『あれ? だんまりですか? そんな……ショックです。回答者がいないとクイズの意味がないじゃないですかー。ネバーギブアップ!! ダンマリで無視を決め込むのは寂しいです。ルーちゃんが一人で喋っているだけじゃないですか! これじゃ、私、実質ボッチですよ!』


 軽い口調で言う。


「お前は……誰だ?」


 緊張と渇きによるガラガラとした声。

 喉からやっとのこと絞りだした声は自分でもひどく聞き取りづらいものだった。


『その質問はあんまりです……しょぼーん……。このお店で流れていた放送をずっと聞いていたんですから、あなたは私のことをきっと知っているはずです』


 コンビニの店内放送と会話が成り立っていた。


「知らない……。俺はお前なんか知らないぞ」


 震え声で否定する。


『……そうですか。では改めて、あなたに自己紹介♪ 深夜のコンビニのお供! ラジオDJのー…………ルーちゃんです!!』


 ラジオから咳払いが聞こえた。


『それで? クイズの答えは? 私は何回殺したと思いますか?』


 足の震え。

 声の震え。

 全身の怖気。


 病沢は自分が恐怖していることを悟られないよう努力する。

 この女は自分をどこからか見ているのだ。どこから自分を監視しているのか定かではない以上、怖がってしまえば、相手をさらに調子づかせてしまう。

 さもなければ、嗜虐を目的として、さらに行動がエスカレートするかもしれない。だから今は怖気つくような態度は極力とるべきではない。怖がる素振りをみせれば相手を喜ばせるだけだ。


『あれれー? クイズってどんなものか御存知ないのですかー? 出題者の私が質問をしてあなたが答える。それがクイズです。なんでーあなたが質問しているんですかぁー? ほらぁ? 答えて下さいよ。何回、殺したと思います? 誰が殺したと思います? ほら、早く答えて答えて♪」


 乱れがちな息を整える。

 店の中に響く放送の声はこんなにも明るくて元気なのに、その向こう側には暗くてどす黒い何かが見え隠れしているような気がしてならない。


(落ち着け……落ち着け……)


 パニックにならないよう自分に言い聞かせる。

 むしろ狂えるのなら狂ってしまったほうが楽なのかもしれないが、正気は何とか保たれている。それでも怖くて口を開くことさえできないが——。


 無言のまま時が流れる。

 頭の中では目まぐるしく色々な考えが浮かんでいっては消えていく。

 やがて無言の病沢に痺れを切らしたのだろう。

 ルーが先に喋った。


『……うーん、残念。制限時間をオーバーしてしまいました。クイズが少し難しかったようですね。では、回答の発表を行いたいと思います!! 答えは——ダダダダダダダダ――CMの後で!! ちなみに不正解だったリスナーは死刑です!!』


「…………」


 あまりに軽い口調で死刑という言葉を口にする。

 普段なら、それこそ子供が無邪気にふざけて言っているようにしか聞こえないものだが、この女は恐らく自分のことを本気でやるだろう。


『次はどうやって殺しちゃおうかな? 殴られたい? それとも削いであげよっか?  お前もあの男のように泣き叫ぶのを――』


 自分の行く末を想像してしまい、彼女を言葉を遮りたくなった。

 が、なんと言って反論したり啖呵を切ればいいのか分からない。普通ならここで泣き叫んだり、己に降りかかった理不尽にブチ切れるような場面なのだろう。しかし、それをやったところで何になるというのだ。


 結果として、病沢は無表情になることしかできない。

 無反応なのが面白くないらしく、ルーは困ったような声で唸る。


『うー……今日のお客様はなかなか怖がってくれませんね。どうしましょう……。怖がってくれるから楽しいのに。もうっ!!』


 自分の喉元から湧き上がっている嗚咽を必死に抑えつける。

 実際、しゃっくりのように湧き上がる嗚咽を無理くりに抑えたせいで、鼻から乱れた呼吸が漏れる。


『あー!? 今、鼻で笑った!! そうやって人の仕事を馬鹿にして!!』


 声だけを聞けば地団駄を踏む様子が思い浮かぶ。

 自分の顔からは血の気がひくばかりだが——。


『今日のお客様は本当に嫌い!! いけませんよ!! ルーちゃんの仕事をさせてもらわないと!! それになんですか? 女の子の顔面を本気で殴打するなんて……マジぶっ殺そうかと——ゴホンッ!! えー……今大変不適切な言葉遣いがありましたことを謝罪させていただきます』


 相手の発言に耳を傾けていた病沢は気づく。

 どこからともなく響いてくるラジオは店全体に児玉するようで、特定の方向から聞こえてくるようなものではない。自分の耳元で囁いているような気さえして、自分の背後に誰かが立っているようなイメージを抱いてしまう。

 

「……か、簡単に殺せると思うなよ。俺は諦めは悪い方なんだ」


 内心、こんなこといってしまえば火に油を注ぐような行為だと分かっている。


『あ?』


 ドスの聞いた声。

 それを聞いた時、病沢はやってしまったと後悔する。


『お客様……何を勘違いしてらっしゃるの?』


 無邪気な子供が笑うようなキャハハという甲高い笑い声の後に続けて言った。


『はあ……いいですか? 私が殺す側であなたが殺される側。調子に乗らないでもらえる? ぶっ殺すよ? マジで。こっちはいつでもお前を殺せるんだよ。分かる? お客様?』


 これまでの声のトーンは何だったのかと思うほど雰囲気が一変した。

 売り言葉に買い言葉。


――もうどうにでもなれ。


 相手の機嫌をとったところで、元から殺意のある相手を説得できるなどとは微塵も思わない。

 そもそも病沢を全力で殺しにかかってきていたではないか?

 今さら、ご機嫌取りをして何になる?


 なかば諦めモードに入った病沢だが、この期に及んでも考えることはやめずに何とか突破口は開けないものかと生に縋りついていた。

 自分が生存できる道を模索しようとするのは、生き物としての本能なのかもしれない。


 病沢は大きく息を吸った。

 肺が大きく膨らむのを感じると、ますます胃が痛くなる。

 病沢はどこを見る訳でもなく天井へ向かって顔を上げた。

 

「…………」


 ラジオは押し黙っている。

 病沢は相手からの反応を待つが、一向に喋らない。

 発言の内容を考えているから黙っているのか、それとも怒りのあまり放送を中断してしまったのかは分からない。しかし、これはあまり良くない展開だ。相手がブチ切れて罵詈雑言を飛ばしたり、またトイレから出てきて襲ってくるのであれば、まだマシだ。それはそれで、いつでも病沢を襲ってこれる状態であることが分かるからだ。


 しかし、無視されるというのは好ましくない。

 これでは相手が襲ってこれるのか、それとも単に病沢が苦しむのを楽しんでいるのか判別することができないからだ。


 相手から反論を待つ間、すぐに何かの音を病沢の耳が拾う。

 カサカサという音。

 まるでネズミがゴミを漁る時にでも聞こえそうな小さな音だ。


(……俺を殺しにきたのか?)


 病沢は音の出所を探るべく、カウンターの前から移動。

 そのままカサカサという音が聞こえる棚へと移動する。

 商品が陳列してある棚と棚の間の通路、お菓子が所せましと並ぶコーナーだ。


 音の原因はすぐに分かった。

 袋入りのポテトチップス。

 うすしお味やコンソメ味といったお馴染みのラインナップの他、サワークリームやらバーベキュー味、さらには期間限定のフレーバーと多種多様な袋入りのポテトチップスが並ぶなか、一つだけガサガサと蠢ている袋があった。

 

 ビニールの中で何かが動いている。

 それがビニールのカサカサという音を発生させていたのだ。


 中に入ったポテチが動くはずもない。

 だが外からビニール包装を見る限り、穴が空いている様子もなく、ネズミやゴキブリが中で蠢いているという訳ではなさそうだ。では一体、中で何が蠢いているのだろう?


 病沢の疑問を余所に、ガサガサという音が大きくなる。

 そして突然、目の前のポテチの袋が膨張していき袋がパンパンになった——途端、爆発した。


 病沢は思わず悲鳴をあげていた。

 これまで喉元まで抑えていたはずの感情が抑えきれずに漏れる。

 粉々になったポテチがあたり一面に爆散、病沢の体に降り注ぐ。


 次に聞こえてきたのは、あの耳につく笑い声。

 これまで以上にラジオの声は甲高い声で笑っていた。


『やっぱりビビってるじゃないですかー♪』


 嘲笑混じりの笑い声が店全体に響く。


『そんなに強がっちゃって、本当はクソビビリなヘタレ野郎な癖に~』


 体に付着したポテチの破片を手で叩き落とすこともできなかった。

 ただ放送から流れてくる声に耳を傾ける。


『あたしは今ー、頭を直すので忙しいのー♪ 一度だけ何とかなったからって調子乗ってるんじゃないかって思ったんだけどー、これだけビビッてくっれるなら問題ないよね~。あっ、そうそう。これはあたしが出題した問題じゃないから、景品はなしね。残念でした~。舐めた口を聞きやがったお前はあとでぶっ殺すこと確定~♪』


 ドキドキを通り越して自分の心臓の音すら聞こえない。

 耳の中にラジオから流れる楽し気な声だけが流れていく。


『心配しなくても、少し時間が経ったらキチンと殺しにいってあげますよ? 今度はどうやって殺そうかな? そうだ! 頭を潰してくれたお礼に全身の骨を一本ずつ折っていくのはどうでしょう? 悲鳴を聞くのが今から楽しみです』


 病沢は放心状態のまま棒立ちする。

 なんら反応をすることができなかった。


『もちろん、簡単には殺しませんよー。おっと、えー……それでは名残惜しいところではありますが、<ハートがドッキドキ♡クイズコーナー>はお時間となってしまいましたので終了とさせていただきます。それでは次のコーナー<ドアを突き破って突撃? お客様をぶっ殺せ!!>のコーナーに移る前に、休憩がてらBGMを流したいと思います』


 女は最後に、こう言い残した。


『ああ、それと、当店舗の商品は全て無料となっておりますので、次のコーナーが始まるまでの間、ご自由に口にして頂いて構いません。 うん? あれ……? 無料と自由? フフフ、えー、すみません。えー……それと、商品には毒の類は入っておりませんので、どうぞご安心して口にして下さい。それではしばしの間、AFKになります。ご来店のお客様はどうぞごゆるりとお買い物をお楽しみ下さーい。以上、ラジオDJのルーちゃんがお送りしました――Have a good night ♪』






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