第5話.デイリーエイト


 思わず、その光源——頭上で点灯し続けるコンビニの電飾看板を見上げた。

 それを見た途端、病沢は目の奥に痛みを覚える。


「うおっ……眩しい」


 街灯などほとんどない田舎道を歩いてきたせいで強い光に目が慣れない。今日はTD漬の一日だったせいで目を酷使しすぎたのだ。

 

(この頃、本当に自分の加齢を感じるなあ。脂っぽいものを食べれば胃はもたれるし、階段の上り下りがキツイ。睡眠をとっても体力は全快しないし、どんどん自分が駄目になっていくような……)

 

 眩しさに思わず、光を遮るよう自分の顔の前に手を持っていく。

 そして頭痛を沈めるように、目をギュッと瞑って——やがて瞼を開けた。



 病沢は目的地であるコンビニに到着していた。

 これまで幾度となく訪れたコンビニだ。


 真っ暗な暗闇の中でただ一つ光る電飾看板。

 自然に似つかわしくない人口的に作り出された光——コンビニのトレードマークであるデカデカとした8の数字は親の顔よりも見た。

 看板の中の電球が切れかかっているらしく点滅を繰り返している。


 チカチカ、パチパチ。チカチカ、パチパチ。

 完全な点灯まで今一歩足りない状態だ。


――やっとここままで辿り着いた……あと少しの辛抱だ。


 病沢は自分にそう発破をかける。

 ここまで長かったのか短かったのか、いくら近場とはいえ随分時間がかかったような気がする。


 視線を電飾看板から下に戻す。

 目の前に広がるコンビニの駐車場はやたら広く感じられた。

 10台以上の車を余裕で駐車できるだけのスペース。店舗の敷地面積よりも駐車場が占める面積の方が広い。田舎特有のやたら駐車場だけが広いコンビニだ。


 いつもなら何台もの車や自転車が停めてあるのだが、さすがに大晦日であるせいか一台も車が停まっていない。駐車場を歩くと、靴の裏に砕けたアスファルトの礫の感触が伝わる。ボロボロになったアスファルトが剥げかかっているようだ。

 

 駐車場の消えかかった白線、店舗への乗用車衝突防止のためU字型ポール、窓から見えるブックラックの裏側、自動ドアの横に落ちているタバコの吸い殻はわずかに煙を立ち昇らせ、外に設置されたカラフルな連結ゴミ箱からはコーラの空き缶が顔を覗かせている。

 

 コンビニは暗闇の中で確かに存在していた。

 病沢は光に吸い寄せられる虫のように、暖かいであろう店内へと歩みを進める。


「寒い寒い……」


 病沢は両手で手もみしながら店内へと急ぐ。


 こういう時、病沢が自家用車を持つ人間を羨ましく思う。

 寒い中、歩く必要もない。ガンガンにエアコンを効かせた車内であれば凍える心配もないだろう。コストを無視すれば、好きな時に好きなところに行ける自動車は確かに便利な道具だ。ただ車検代や保険料、自動車税、重量税、炭素税、走行距離税——とコストは留まることを知らない。


 欲しくても、病沢は車を持つことはできない。

 仕方がない。車を持てるほど豊かな生活は送っていないのだ。


 デイリーエイトは自動ドアの前に立った病沢を受け入れた。

 ドアの前に立ったと同時にガラスドアがスライド。来客があったことを知らせる呼び鈴が鳴った。店内の暖房によって温められた空気が病沢を歓迎する。


 玄関マットの上に病沢が一歩踏み込むと、


『いらっしゃいませ!! ご来店、誠にありがとうざいます。当店、Daily 8は24時間365日、休まず営業中です♪ いつでもお客様をお待ちしております!!』


 軽快なBGMと共に明るい女性の声で店内放送が流れた。

 「24時間」「休まず」という単語が聞こえた当たりで病沢は顔を曇らせる。

 どこかブラックな雰囲気を少なからず感じ取ってしまったからだ。


(ここの従業員はこんな放送を聞きながら働いているのか? まったく酷いな。一体誰だ? こんなことを聞かせながら店員を働かせるなんて……。ここの経営者はよほどブラックな奴に違いない……)


 少なからず反感を覚えた病沢だったが、客として来店した自分にも責任の一旦がある。


 そもそもお客が来店しなければ、年末年始にコンビニは営業する必要がない。

 大晦日にコンビニで買い物をしたい客がいるから、アルバイトを雇わざるを得ないのだ。


 そう考えてしまえばブラック企業経営者と病沢は地続きである。

 来店してしまって申し訳ないと思いつつも、ここが存在しているおかげで欲しい物が手に入るのだから、いまさら行為そのものを辞めようとも思えない。


 病沢の内心は複雑な心情だった。

 入口で立ち止まり、決まりの悪そうにしているお客の背後、自動ドアが無音で入口を閉ざす。


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