第4話.追憶④
「あんなことを言われたら断れる訳ないだろ!!」
結局、大樹に辿り着いてからグレイからの誘いを承諾してしまった。
死期が迫る友人の願い。
断り切ることもできずにノウマンは頷いてしまった。
だが、返事をしてしまった後でジワジワと焦りのような感覚が心の中から這い出てきてしまったのだ。恐らく、参加を承諾したことは倫理的には正しい判断だったはず。それは分かっているのだが、参加を承諾した瞬間から、本当にこれで良かったのだろうかと迷いが生れてしまう。
(クッソ、これでいい!! これでいいに決まっているだろ!! ナイトさんの最後のお願いだぞ? 聞いてやるのが友達ってもんだろ!!)
ジャケットのポケットの中に突っ込んだ両手をギュッと固く握る。
病沢は義理や人情を重んじる性格ではない。
それでも最低限の倫理や感情は持ち合わせている。この場合は、何としてでも大会への参加を承諾するというのが人間として正しい判断のはずだ。だが、頭の中の利己的な部分が「それはよしておけ」と肩を叩いている。
(今からでも断った方がいいのか……? いや、しかし……)
大会に参加するとなると、確実に仕事を休まなくてはならない。
代替可能な社会の歯車たる病沢は——最悪、会社から仕事を打ち切られてしまうかもしれない。
今の安定した暮らし。
決して豊かではないが、貧しいながらも生活を営めているのは事実である。今の仕事がなくなったらアパートの家賃や年金や健康保険料、介護保険料は支払えるだけの収入が無くなってしまう。そうなれば、これから先どうなる? このまま社会で生きていけるのだろうか?
そんなことを考えてしまう——いや、仕事か仲間かという葛藤を抱いてしまった自分自身に嫌悪感すら抱いている。あまつさえ約束をした後にも関わらず、この期におよんで自己保身に走ろうとする自分が心の中にいるのだ。
参加を承諾した瞬間から、ノウマンは押し黙ってしまった。
ナイトとグレイが会話を弾ませる一方、ノウマンは沈黙することになってしまう。
気持ちの整理がつかなかったのだ。
だが、新年を祝う花火の打ち上げが始まる直前、ちょうどグレイが年越し蕎麦の話題を切り出した時、ノウマンはなぜか蕎麦を買い忘れたことを思い出した。
これ幸いとコンビニ行くことを理由にゲームからログアウト。こうしてコンビニにカップ麺を買いに行くという名目の元、気持ちの整理をつけるための時間を作ったのだ。
「はあ……」
この日、何度目か分からない溜息をつく。
仕事のこと、上司のこと、大会のこと、グッドナイトのこと、グレイのこと——いろんな考えが浮かんでは頭の中で消えていく。
寒さに体を震わせながら、歩道を歩いていると、ふと耳障りな音が聞こえてきた。
除夜の鐘が鳴るのを待ちわびる静寂な夜。それを無粋にも、どかの馬鹿がバイクを乗り回し、改造マフラーから汚い爆音をひねり出しているのだ。信じられないことに電動式のバイクではなくガソリン式のバイクである。
病沢は思わず眉間に皺を寄せて苦笑いした。
別段、バイクに乗るが悪いことだとは思わない。何に乗ろうが本人の勝手であり、病沢が関与すべき問題ではないからだ。ただし、それは他人に迷惑をかけないことが前提である。迷惑。そう迷惑だ。
(迷惑か……。俺が仕事を辞めても誰も困らないだろうなあ)
労働者は社会の歯車である。
機械と同じく、古くなったり摩耗して使えなくなったら交換してしまえばいい代替できる都合のいい存在。低賃金労働者だけではない。政府は外国から奴隷を輸入したり、児童労働を解禁したりと労働力の確保にやっきになっている。
(仮に俺が仕事を辞めたとしても、他の誰かがそこに入ってくるだけ……。誰も困りはしないし、俺のことなんて誰も必要とはしないだろう。でも、ゲームの中の世界でも、自分のことを必要としてくれる友達がいるなら——そっちを優先してもいいかな)
一応の結論はそれだった。
ジャリリ、ジャリリと音が鳴る。
足の裏でアスファルトの礫が砕け散り、夜の帳を抜けて、彼はやってきた。
それまでほとんど見えることがなかった己の足元が見えた。
下を向いてあれこれと考えながら歩ていた時、ふいに明るい場所に出たのだ――。
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