46話

 陽が高く昇り、領主館を警備する騎士たちの影もすっかり短くなった昼前。


 紋章の刻まれたマントを纏うソウェイルドが、ベルナルトを引き連れ、静寂に満ちた領主館の一室に足を運んでいた。


 未だ陽光を遮るようにカーテンの閉め切られた部屋は、中心へ配置された円卓を除いて、家具もその殆どが外へ運び出されている。


 へソウェイルドとベルナルトが室内を進む中、既に集まっていた4人の貴族たちは、円卓へ手をついて、静かに椅子を立ち上がった。



「皆、よくぞ集まってくれた。そろそろ始めるとしよう」


 

 全員の姿を一人ひとり確認したソウェイルドは、ベルナルトを背後へ控えさせながら、満足げな様子で椅子へ腰を下ろす。


 他の3人がぞろぞろと席へ座り直す一方で、ヨアヒムは立ったまま、ソウェイルドの右隣に空いた席へ目線を落とした。


 

「グリューネ家の、到着をお待ちしなくて宜しいので?」 

 


「ああ、奴も今回は不参加だ。他に指示を与えた」

 


 遠慮がちに声を上げるヨアヒムへ顔を向けると、ソウェイルドは眉一つ動かさずに首を振って見せる。


 淡々とした報告に顔を強張らせつつも、ヨアヒムは後ろへ引き下がって、深々と頭を下げた。

 


「……これは失礼致しました」



「他に、何かある奴はいるか?」


 

 1人遅れて椅子へ腰かけるヨアヒムをよそに、ソウェイルドは円卓へ座る顔ぶれに、ぐるりと目線を一周させる。


 すると、向かいで華美な衣装をきっちりと着込んだ巨体の男が、ヒラヒラと片手を挙げた。



「……なんだ、グレゴリー」



「俺の持ってきた酒は、いつ頃来る?」

 


 ため息交じりにソウェイルドが声を掛けると、グレゴリーは軽口を叩きながら、がらんとした室内を見回す。


 とぼけた表情で首を傾げるグレゴリーに対し、ソウェイルドは眉間に皺を寄せながら、扉の脇へ控えるジャックを見やった。


 

「部屋が施錠される前に、自分で聞いてこい」


 

「おお……本当に、あの爺様はいないようだな」 


 

 ソウェイルドの返答に目を見開いたグレゴリーは、顔を綻ばせながら、後ろを振り向く。

 

 室内にどこか弛緩した雰囲気が広がる中。


 グレゴリーの右隣へ座っていた年若い男が、切れ長の目を一層細くしながら、大きく咳払いをした。



「エヴァンス卿、いくらなんでもご無礼が過ぎます」 


 

「そう熱くなるなよ、アレクス。少し場を和ませようとしただけだ」 



 じろりと横目に睨むアレクス・ライオネルの視線に、グレゴリーは苦笑いを浮かべながら前を向き直る。


 程なく、室内が静けさを取り戻すと、ソウェイルドは円卓についた両手を組みながら、大きく息を吐き出した。

 


「改めて。これより”六支族会合”を始める」



 凛としたソウェイルドの声が室内に響くと同時に、取っ手へ鎖の巻き付けられた扉には、巨大な錠前がガチャリと音を立ててかけられる。


 

 それから、重苦しい沈黙が流れ出してしばらく。


 ソウェイルドへ目配せをされたヨアヒムは、円卓へ両手をついて、小さく頭を下げた。


 

「それでは、私の方から情報の共有をさせていただきます。既に、お手元へ概要は渡っているかと思いますが――」


 

 ゆったりとした口調で話し出すヨアヒムに対し、4人は目の前に置かれていた書類の束を手に取りながら耳を傾ける。


 やがて、説明が王都の現状に及ぶと、グレゴリーはしかめっ面で持っていた書類を置いた。

 


「第四師団の件はどうする気だ?裏でファルクネスが動きまわっているぞ」 


 

「ああ。ついにニコラスが退いたのか」


 

 しかし、グレゴリーの声に顔を上げたソウェイルドは、どこ吹く風とばかりに、涼しい顔で受け流す。


 すぐさま再び書類へ目を落とすソウェイルドに、グレゴリーは恨めしげ目線を向けながら腕を組んだ。

 


「そうだ。ウチのもだいぶ堪えてる」



「ふん。それで、ニコラスはどうしている?」


 

 疲れ果てた様子のグレゴリーに鼻を鳴らすと、ソウェイルドは薄笑いを浮かべて、目線を横へ滑らせる。


 すると、これまで2人のやり取りを眺めていたアレクスが、ピンと背筋を伸ばして円卓へ身を寄せた。


 

「大叔父殿は先日、老後を楽しむと言って旅立たれました」


 

「あの、ジジイ……」 


 

「……年寄りは旅に出る習性でもあるのか?奴は、どこへ行った?」


 

 ギリギリと奥歯を噛みしめるグレゴリーに対し、ソウェイルドはため息をつきながら、呆れ顔で額を押さえる。


 対照的な態度を見せる2人に頬を引き攣らせつつも、アレクスはどうすることも出来ず、ただ深々と頭を下げた。

 


「私への手紙には、”旧友を訪ねる”、とだけ」


 

「ふむ……」


 

 絞り出すようにアレクスが声を上げると、ソウェイルドは口元へ手を当てて、難しい顔で1人考え込む。


 長い静寂の最中、方々から突き刺さるような視線を感じたアレクスは、タラリと汗を流しながら顔を上げた。


 

「……領地へ戻り次第、直ちに捜索を開始します」


 

「いや、アレは良くも悪くも政治から遠い。好きにさせておけ」


 

 バツの悪い表情を浮かべるアレクスに、ソウェイルドは表情を和らげながら、肩を竦めて見せる。


 しかし、隣に座るグレゴリーへ目線を戻すと、神妙な面持ちで首を横に振った。



「だが、第四師団の件は一時凍結だ。今動けば、第二王子に嘴を突っ込まれかねん」



「……それも、そうだな」 



 何かを言いたげに口を開きながらも、グレゴリーは諦めたように、背もたれに寄り掛かる。


 そのまま苦い顔で書類を取り上げるグレゴリーを尻目に、これまで身じろぎ一つしていなかったヨアヒムが、無表情で右隣へ体を傾けた。 



「いつまで、あの横暴を許されるおつもりで?」



「クク。無論、気の済むまでだ。まあ、その前にヴァレンティナ辺りが止めるかな?」



 一方、上機嫌に喉を鳴らしたソウェイルドは、口角を上げながら、ヨアヒムへ流し目を向ける。


 楽しげな様子のソウェイルドに目を白黒させると、ヨアヒムは居住まいを正して、首を傾げた。



「宜しいのですか?」 



「ああ、愚か者同士で戯れさせておけばいい。精々、引っ掻き回してもらおうじゃないか」



 勝ち誇ったようなソウェイルドの言葉に、4人は顔を伏せながら、憐れみ交じりの嘲笑を漏らす。


 

「……これでは、国王派が可哀想だ」 



 クスクスと忍び笑いの広がる傍ら、ソウェイルドはなおも頬を緩めたまま、ドカリと背もたれに寄りかかった。


 

「管理はハートレス家へ任せてある。失われるのは、国庫の金と王宮の信用だ」 



「心得ました。今後は、そのように」


 

 他方、ソウェイルドへ体を向け直したヨアヒムは、満面の笑みを浮かべながら頭を下げる。

 

 ややあって、再びヨアヒムが説明を再開しようとした時。


 途端に目つきを鋭くしたグレゴリーが、円卓へ片肘をついて、身を乗り出した。

 


「しかし、ハートレスは本当に大丈夫なのか?」



「問題ない。遠からず、我が家との縁も深まる」



 警戒心を滲ませるグレゴリーに、ソウェイルドはどこか遠い目をしながら首を縦に振る。


 そして、思い出したようにパンと両手を合わせると、穏やかな笑みと共に言葉を続けた。


 

「娘は近々こちらへ来るようだぞ。気になるのなら、顔でも見ておいたらどうだ?」 



「フッ、そうしよう」



 嬉しげな声色に口元を緩めたグレゴリーは、肘掛けに手をついて、椅子へ座り直す。


 胸を撫で下ろす3人をよそに、ソウェイルドとグレゴリーは揃って円卓の書類を取り上げた。

 


「……では、次は私から。お任せ頂いていたソーンダイク領制圧の件ですが――」 

 


 ソウェイルドとグレゴリーの2人がすっかり機嫌を良くすると、今度はアレクスがヨアヒムに変わって報告を始める。


 幾分、雰囲気の明るくなった5人の間には、ゆったりとした時間が流れていくのだった。


 



 アレクスの報告が終わってから、2時間あまりが経とうという頃。


 長く続いていた5人の会合は佳境を超え、終盤へ差し掛かろうとしていた。

 


「――今は狼人族とも交渉に入っている。……俺からは以上だ」 



 左右へ視線を投げかけるように円卓を見回すと、グレゴリーは身を引きながら、得意げな顔で腕を組む。


 

「上々のようだな」


 

 グレゴリーの報告にソウェイルドがニヤリと口元を歪める一方。


 はたと目線を右にずらしたヨアヒムは、訝しげな表情で、向かいの席へ腰を下ろす華奢な男に注意を向けた。


 

「今日は随分と静かですね。デニレア卿」


 

「……私は、ここに列席していことすら烏滸がましいと考えておりますので」

 


「……ふむ。聞かせてくれ、オーランド。それは何故だ?」


 

 肩身を狭くして黙り込むオーランドに対し、ソウェイルドは肘掛けに頬杖をつきながら、静かに問いかける。


 じっと耳を傾けるソウェイルドに狼狽えつつも、オーランドは下唇を噛み締めて、膝についていた手を握りしめた。


 

「我が領の鉱山が枯れ果て早100年。未だ、私がこの席に着く権利などありましょうか……」

 


「何をいうかと思えば。お前が如何に恥じ入ろうとも、その身に流れる血は変わらん」


 

 呆れ顔で首を振ったソウェイルドは、淡々とした言葉を返しながら、肘掛けへついていた腕を下ろす。


 そして、短く息を吐き出すと、目つきを鋭くして、俯くオーランドをギロリと睨めつけた。



「お前には、まだやるべきことがある。宿命に従え」


 

「ありがたき、お言葉。至らぬ無礼をお許し下さい」


 

 気迫の籠もったソウェイルドの叱責に、オーランドは身を震わせながら、歓喜の表情で頭を下げる。


 恭しい返事に再び口元を吊り上げたソウェイルドは、爛々と目を輝かせて、両手をすり合わせた。


 

「いや、丁度いい。全員しかと聞いておけ、今から話そうと思っていたことだ」


 

 威圧感すら感じさせる声色に室内へピリピリとした緊張が走る中。


 再び視線を縫い留められたオーランドは、表情を引き締めながら、勢い込むように前のめりになった。



「私めに、でしょうか」 


 

「ああ。お前も”レトムの鉱山地帯”は分かるだろう?」


 

 一方、1人上機嫌に微笑んでいたソウェイルドは、円卓の上で両指を組み合わせて、言い聞かせるような口調で口を開く。


 意図の掴めないソウェイルドの問いかけに、オーランドは目線を左右へ揺らしながらも、粛々と頭を下げた。


 

「はい。存じております」



「あの一帯を、お前にくれてやる。まあ、飛び地にはなるがな」


 

 歯切れのよい返事に笑みを深めると、ソウェイルドはクツクツと喉を鳴らしながら、こともなげに領地の分割を約束する。


 しかし、息を殺して耳をそばだてていたオーランドは、他の3人から漏れた驚嘆の唸り声に、慌てて顔を跳ね上げた。


 

「で、ですが……」

 


「全員、落ち着け。重要なのは、ここからだ」


 

 忙しなく目線を彷徨わせるオーランドをよそに、ソウェイルドは声のトーンを落として、円卓へ座る全員の顔を睥睨する。


 ややあって、くるりと左を振り向くと、糸のように目を細めながら、僅かに首を傾けた。

 


「事前調査によれば、あの鉱山からは精霊銀……”ミスリル”が採れる。そうだな?ヨアヒム」


 

「はい。既に鉱脈も掘り当てているようでございます」



「な……!?」 


 

 落ち着き払った態度で首肯するヨアヒムに対し、オーランドは大きく目を剥いたまま絶句する。


 すると直後、正面を向き直ったソウェイルドは、向かいに座るグレゴリーとオーランドへ目線を行き来させた。


 

「お前は、この鉱山のミスリルを掘り出してグレゴリーへ引き渡せ。だが、間違っても人目に触れさせるな」

 


「し、承知しました……」



「おい、俺まで動くのか?」 



 オーランドがおずおずと頭を下げ直す傍ら、隣へ座るグレゴリーは眉を顰めながら、不満げな声を上げる。


 気の進まない様子で顎を撫でるグレゴリーに、ソウェイルドは疲れを滲ませながら、目頭を押さえた。


 

「”ヴォルニグラッド”との窓口は、お前の望んだことではなかったか?」 



「おお、そういうことなら異論はない。話を止めて悪かった」 



 ソウェイルドの返答に一転してホクホク顔を浮かべると、グレゴリーは簡単な謝罪の言葉を最後に口を噤む。

 


「今回は、これで終わりだ。最後の最後まで、まったく……」



 しかし、顔から手を離したソウェイルドは、げんなりとした表情で、円卓へ置かれていた書類の束を持ち上げた。



「お預かりいたします」


 

 くたびれた呟きを漏らすソウェイルドを尻目に、オーランドは席を立って、円卓を一周するように全員の書類を受け取っていく。


 ややあって、戻ってきたオーランドから書類の山を受け取ると、グレゴリーは腕に走らせた稲妻で、その全てを灰へと変えた。


 

「オーランド。また、ゆっくり話そう」



「承知しました」



 元いた席へ座り直したオーランドは、手についた灰を払うグレゴリーに、コクリと頷き返す。


 そのまま、口を閉じて背筋を伸ばす2人に、残る3人もまた、全員が襟を正して椅子へ浅く座り直した。



「今を以て、六支族会合を終了とする。ご苦労だった」


 ソウェイルドの宣言に4人の緊張感が和らぐ中。


 静寂の満ちていた室内には、ジャラジャラと鎖の外される音が響き渡る。


 

 そして、長い間閉め切られていた扉が開かれると、片手のトレーを持ったジャックが、部屋を出ていくベルナルトと入れ替わるように5人の下へ近づいてきた。



「前を、失礼いたします」 



「お、来たみたいだな」



 円卓へ置かれたグラスに、グレゴリーはパッと表情を明るくして、そそくさと手を伸ばす。


 一方、グレゴリーの側を離れたジャックは、トレーへ乗せていたグラスを、4人の前に置いていった。


 

「せっかくだ。乾杯にしないか?」



 程なく、トレーを胸に抱えたジャックが引き下がると、グレゴリーは笑顔で椅子から立ち上がる。


 唐突なグレゴリーの提案に戸惑いつつも、3人は早々に腰を上げて、グラスを円卓から持ち上げた。



「……良いだろう」



 しばしの逡巡の後、全員の顔を見回したソウェイルドは、遅れて席を立ちあがる。


 そして、目の前のグラスを拾い上げると、続けざまに円卓の中心へ向かって高く掲げた。

 


「失われた栄光と、我らが悲願に」



――我らが悲願に――


 

 厳かなソウェイルドの宣言に続いて、4人もまた、グラスを掲げながら重々しい声を上げる。


 そのまま注がれていた酒を一気に飲み干した5人は、叩きつけるようにグラスを置いて、部屋を出ていくのだった。

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