47話

 冷たい風が吹き始め、夜の訪れと共に娯楽街の活気が増し始める中。


 街の端に聳える円柱型の建物へやってきたウェルギリウスとアルギスは、浮遊する円形の床に乗り、ゆったりとした速度で垂直に下降していた。


 

「――さあ、向かうとしましょうか」



 しばしの後、地下深くまで辿り着いた床が動きを止めると、ウェルギリウスは外壁の外へはみ出した床面を降りて、殺風景な石造りの廊下へと足を向ける。


 慣れた様子で前を歩きだすウェルギリウスに対し、アルギスは内壁へズラリと並んだ金属製の扉を見渡しながら、後を追い掛けた。


 

「ここは、どういう造りなんだ……?」



「何のことはありません。舞台を中心に、個室が用意されているだけです」



 淡々と言葉を返したウェルギリウスは、扉に貼られた銀色の番号札を数えながら、廊下を進んでいく。


 しかし、2人の進む廊下の奥へ隔壁が現れると、程なく、道の半ばでつんのめるように足を止めた。

 


「おっと、我々の部屋はここですね」



「ふむ」 


 

 後ずさりながら扉を開けるウェルギリウスに肩を竦めつつも、アルギスは中へ入ってシャンデリアの吊られた室内を見回す。


 前方へ目線を向けると、壁一面に嵌め殺されたガラス窓の奥には、円形にくり抜かれた建物の中心と、八角柱型のステージが佇んでいた。


 また、ステージから程高い天井へと伸びた細い柱からは、枝分かれした八本の支柱が等間隔に伸び、細かなタイル張りの鉄板を円形に設置している。


 

(見たところ、あの柱と鉄板は上まで続いているようだが……)



 部屋の中央で立ち止まったまま窓の外を覗き込むアルギスに、ウェルギリウスは苦笑いを浮かべながら、窓際へ置かれたソファーを指さした。


 

「あちらからは見えませんから、近づいても大丈夫ですよ」



「……舞台はわかった。だが、あの鉄板はなんだ?」 



 諭すようなウェルギリウスの言葉に足を進めると、アルギスは巨大なガラスへ手をつきながら、天井近くまで同様に配置された鉄板を見上げる。


 一方、壁際に立っていたウェルギリウスは、壁から飛び出すように設置された直方体の機材へ手を置きながら、アルギスの横顔を見やった。



「あれには部屋の番号と入札金額が表示さる掲示板です。そして、入札の希望はこちらから」 



「なにか、買う気でいるのか?」



 機材についた操作ボタンを撫でるウェルギリウスに、アルギスは横を振り向きながら、目を丸くする。


 しかし、ゆっくりと首を振ったウェルギリウスは、機材から手を離して、アルギスへと近づいていった。


 

「いえ。ですが、もしアルギス様のご興味を惹かれるものがあれば、と」



「……まあ、何が出てくるか見てから決めよう」



 曖昧な返事と共にガラス窓の奥へ目線を戻すと、アルギスは首を左右へ捻りながら、ドカリとソファーへ体を預ける。


 気だるげな表情で足を組むアルギスに対し、ウェルギリウスは微笑みを湛えながら、ゆっくりと隣の席へ腰を下ろした。

 


「はい。それが宜しいかと」



(期待外れでなければいいがな……)



 ウェルギリウスを一瞥したアルギスは、膝の上で両指を組み合わせながら、ライトに照らされた無人のステージを見つめる。


 それから暫くの間、2人が黙ってオークションの開始を待っていると、壁の奥から現れた男が、マイクのようなものを手に、ステージへと上がってきた。



〈――お集まりの皆々様、大変、長らくお待たせ致しました〉



 つるりとした壁面を見渡す男の動きに合わせて、天井から快活な挨拶が聞こえてくる


 ステージ上で歩き回る司会の男をよそに、アルギスは訝しげな表情で、鉱石の灯りが輝く天井へ視線を上向けた。


 

「なに……?」 



「どうやら、始まるようですね」



 一方、ポゥと輝く掲示板に目を細めたウェルギリウスは、浮かれ調子で、取り出したオペラグラスを磨きだす。


 ややあって、設置された掲示板のタイルが一斉に裏返ると、司会の男は着ていた衣服の襟を整えながら、ステージ端の講壇へ立った。


 

〈これより、当オークションにおける落札の仕組みと、簡単な注意事項をご説明させて頂きます〉



(どこかに、スピーカーでもあるのか?)


 

 どこからともなく流れ続ける音声に、アルギスは発生源を探ろうと、背もたれへ肘を掛けながら後ろを振り返る。


 

 さほど広くもない室内にアルギスがキョロキョロと目線を彷徨わせる中。


 司会の男は、時折体の向きを変えながら、淡々とした口調で説明を続けていった。



〈――また、決済は”中央諸国共通交貨”のみの取り扱いとなっております。それでは、オークションの開始まで、今しばらくお待ち下さい〉



 司会の男が恭しく頭を下げたのを最後に、部屋へ響いていた声はぷつりと途切れる。


 オペラグラスを目元から離したウェルギリウスは、後ろを振り返ったままのアルギスへ、苦笑交じりに流し目を向けた。

 


「いやぁ、何度聞いても長い前口上ですねぇ。飽き飽きでしょう?」 



「私だって、多少は待つさ。夜は長いんだ」 


 

 忍び笑いと共にソファーへ座り直すと、アルギスは再び足を組みながら、オークションの開始を待ち始める。


 以降、無言で様子を眺める2人に対し、ガラス奥のステージ上には、ケースを抱えた職員たちが忙しなく出入り繰り返すのだった。



 ◇

 


 オークションの開始から早くも3時間近くが経った頃。


 ステージ上に1人残った司会の男が、用意されたテーブルの上に商品を載せ、熱のこもった説明を続けていた。

 


〈――極海の覇者ダン・ドレーラが唯一残した、コーネリアの鉄槌号までの海図。2500万Fからの開始となります!〉



 声を張り上げた司会の宣言と同時に、掲示板へ張られたタイルは、パタパタと裏返りながら開始金額を表示する。


 

(これも物珍しくはあるんだろうが、欲しいかと言われると……)



 素早く切り替わる番号と共に表示された金額が吊り上がっていく一方。


 背もたれへ深く寄りかかったアルギスは、興味なさげに大きなあくびを零した。


 

「まあ、不要だろうな」



「あまり、お楽しみ頂けていませんか?」



 隣でボソリと呟くアルギスに、ウェルギリウスはステージの司会から目線を外して、体を寄せる。


 ウェルギリウスへ首を振り返しつつも、アルギスはしらけた表情で、司会がケースへ仕舞い直す古びた海図を見据えた。



「いや、そんなことはない。だた、こちらが勝手に期待しすぎていただけだ」



「……まあ、まだオークションも序盤ですから。この後、何かご希望のものがあるやも知れません」



 しばしの沈黙の後、アルギスから目を逸らしたウェルギリウスは、新たな商品の載せられたテーブルへ目線を戻す。


 気遣わしげなウェルギリウスの言葉にクスリと笑みを零すと、アルギスはステージ上で青々とした葉の束を掲げる司会の声に耳を傾けた。



「そうなってくれると、嬉しいな」 



〈こちらのヌエヒスですが、なんと本国では特別な祭事にしか用いられないという――〉 



 ぐるぐるとステージ上を歩き回る司会の男が商品の説明する最中にも、掲示板の表示は止まることなく移り変わっていく。


 

 やがて、2人のぼんやりと眺めていた掲示板表示が、動きを止めて20分あまり。


 小さく息をついたアルギスは、前のめりになりながら、司会の入れ替えるケースに目を留めた。


 

(せっかく来たんだ。一つくらい、なにか……)



〈続きましての出品は、死霊術師垂涎の的――”深化の楔”となります!開始は3200万Fから!〉 



 ケースの蓋を閉めた司会の男が開始金額を伝えると同時、止まっていた掲示板は再びパタパタと裏返り始める。


 徐々に上がっていく入札金額をよそに、アルギスは一層目を凝らしながら、テーブル上の布に並べられた鈍く輝く楔を見つめた。



「ふむ?」



〈鑑定人が曰く!こちらの”深化の楔”、打ち込むことで死霊の位階を一時的に――〉 



 他方、楔へ手を差し伸べた司会の男は、ステージ上を練り歩きながら、高らかに商品の詳細を謳い上げていく。


 初めて心惹かれた出品に口元を緩めると、アルギスは上目遣いに掲示板の金額を確認して、横を振り向いた。



「アレを貰おう」



「承知しました」 



 途端に相好を崩したアルギスの指示に、ウェルギリウスはソファーから立ち上がって、入札機材の備え付けられた壁際へと向かっていく。


 程なく、ウェルギリウスが機材に金額を打ち込むと、入札の勢いが落ちかけていた掲示板は、一足とびに8000万Fの表示へ切り替わった。


 

〈貴重なご入札、ありがとうございます!他には、どなたもいらっしゃいませんか?〉 

 


 動きを止める掲示板をチラリと流し見た司会の男は、満面の笑みでテーブルの前へ戻っていく。


 表示が変わる気配のない掲示板に、アルギスは長く息を吐きながら、ソファーへもたれ掛かった。


 

(さて、これで……)



〈――ありがとうございます!1億Fのご入札を頂きました!〉 

 


 しかし、すっかり落札を確信したアルギスがくつろぎ始めた直後。


 室内へ響き渡る司会の声と共に、掲示板へ表示されていた番号と入札金額が切り替わる。


 

 桁の変わった掲示板が再びピタリと動きを止めると、アルギスは怒りに顔を歪めて、ソファーから体を起こした。



「なんだと……?」



「如何されますか?」



 そのまま勢いに任せて席を立ち上がるアルギスに対し、ウェルギリウスは落ち着き払った態度で壁際から問いかける。


 すると、再度掲示板の表示を確認したアルギスは、ガラス窓へ拳をつきながら、苦々しい表情で口を開いた。


 

「倍額でいい。落とせ」



「はい。では、そのように」 


 

 踵を返したウェルギリウスが再びカチャカチャと機材のボタンを押し込むと、掲示板には跳ね上がった金額とアルギスたちの部屋番号が表示される。


 思いがけない高額の入札に目を見開きつつも、司会の男は空いた片手を振り上げながら、周りの壁面をぐるぐると見渡し始めた。



〈おぉっと!2億、2億Fです!続く方、もういらっしゃいませんか!?〉



「ふん。これなら……」 


 

 興奮する司会に1人ほくそ笑んだアルギスは、席を立ったまま、掲示板の表示へ刺すような視線を向け続ける。


 しかし、次の瞬間、アルギスが睨みつけていた掲示板には、またもや金額を変えて、先ほどと同様の番号が表示された。



〈よ、4億、4億Fが出ました……!他に、他にいらっしゃいませんか!?〉 



(ば、バカな……) 



 これまでの競り合いをあざ笑うかのような金額に、アルギスは愕然としながら、後ろのソファーへ倒れ込む。


 一方、機材へ手を置いていたウェルギリウスは、振り返りざまに金額を確認して、肩を落とすアルギスへ向き直った。


 

「まだ、入札を続けられますか?」



「……いや、もういい。そこまでする気はない」



 完全に動きを止めた掲示板を見上げると、アルギスは疲れを滲ませながら、ヒラヒラと手を払う。

 


 しばし2人の間に気まずい沈黙が広がる中。


 晴れ晴れとした表情を浮かべた司会の男は、振り上げていた手を下ろして、大きく息を吸い込んだ。



〈おめでとうございます!78番の方、4億Fでの落札になります!〉 



(まさか、開始額の10倍以上になるとは……。思ったほど、甘くないな) 

 


 なおも表示されたままの金額に眉を顰めつつも、アルギスは楔の仕舞い込まれたケースを名残惜しげに追いかける。


 やがて、掲示板の表示が元通り0へ切り替わると、司会の男とステージを照らしていたライトは、じわじわと明度を落としていった。



〈――ここからは、しばしお値打ち品のご紹介となります〉


 

 ややあって、未だガラス窓の奥が暗闇に包まれる中、天井からは落ち着きを取り戻した司会の声が聞こえてくる。


 直後、パッと眩い明かりに照らし出されたステージ上には、小ぶりなケースがいくつも運び込まれていたのだ。


 目の前に並んだケースの中から一つを取り上げると、司会の男は手慣れた動きで蓋を外して、小さな耳飾りを持ち上げた。


 

〈では、まずはこちら。”変化の耳飾り”から〉



「ほう?」

 


「よろしければ」

 


 片眉を上げて身を乗り出すアルギスに、いつの間にかソファーの後ろへ立っていたウェルギリウスが、そっとオペラグラスを差し出す。


 しかし、ゆっくりと背後を振り返ったアルギスは、オペラグラスを受け取ることなく、ガラス窓の奥を指さした。


 

「……あれも、入札してみろ」 



「承知しました」



 差し出していたオペラグラスをマントへ仕舞うと、ウェルギリウスは小さく頭を下げて壁際へ戻っていく。


 

 しばしの競り合いの後。


 パタパタと切り替わっていた掲示板は、アルギスたちの部屋番号が表示されまま動きを止めた。

 


〈――おめでとうございます!104番の方、2000万Fでの落札になります!〉 



 確定した落札を宣言する声が室内に響く傍ら。


 じっと掲示板の表示を見つめていたアルギスは、拍子抜けした様子で、壁際のウェルギリウスを見やった。



「今度は随分簡単に手に入るんだな」



「ええ。解説にあった通り、あれは人族へ変化するもの。使い道がごく限られていますから」



 訝しげなアルギスの声に後ろを振り向くと、ウェルギリウスはオークションの続くステージを尻目に肩を竦める。


 さも当然とばかりに言葉を返すウェルギリウスに対し、アルギスは不満げに唇を尖らせながら、ガラス窓へ向き直った。

 


(それなら、さっきのアイテムもそうだろ……) 


 

「フフ。それに、この時間は謂わば休憩時間です。参加している人数も、元より少なかったのかと」 


 

「……なるほどな」 



 訳知り顔で言葉を重ねるウェルギリウスにアルギスが頷きを返してしばらく。


 並んでいたケースの落札が終わると、明かりに照らされていたステージは再び幕が下りるように暗くなっていった。


 

〈それでは、いよいよ本命の出品となります!皆様、ご期待の上お待ち下さい!〉 



(本命ねぇ。さて、何が出てくるかな?)



 暗闇に染まるガラスの奥を眺めていたアルギスは、更に勢いの増した司会の声を何の気なしに聞き流す。


 しかし、明かりがつき、次第に闇が晴れ始めると、ステージ上へ姿を現した巨大な鉄檻に表情をピシリと凍りつかせた。

 


(まさか……)


 

〈――ご覧になられますは、獣王祭にも参加したことのある猛者”獅子人族”のダモン。入札は8000万Fより開始となります〉



 テーブルと講壇の取り払われたステージでは、檻へ囚われた男へ手を差し伸べた司会の男が、洋々と入札を開始する。


 囚人の如く手足を拘束された男を呆然と見つめるアルギスをよそに、再開したオークションは何事もなく続いていくのだった。

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