6話
王都を出て数時間が過ぎた昼下がり。
クスタマージョへ向かう一団は、昼食のため、鬱蒼とした雑木林の前で動きを止めていた。
「あー、つまんねぇ……」
1人離れた道端であぐらをかいたブラッドは、忙しなく動き回る使用人たちを眺めながら、ボソリとぼやきを零す。
一方、不貞腐れた表情でブラッドの見つめる先では、巨大な布地を抱えた使用人たちが、せっせとテントが立て始めていた。
(こんなこったら、無理言っても大将についてくべきだったなぁ)
遅々として進まない旅路に、ブラッドは後悔を滲ませながら、晴れた空を見上げる。
そして、そのまま後ろへ倒れ込むと、大きく両手を広げて、目を瞑った。
「……暇だ」
「――なら、少しは手伝ってくださいよ」
手持ち無沙汰になったブラッドが再びぼやいた直後、頭上から呆れ声が聞こえてくる。
穏やかな陽の光を遮る人影に、ブラッドはパチリと目を開けて、上体を起こした。
「あぁ?」
「人員が膨らみすぎて、休息にも一苦労なんです」
じっとりとした目でブラッドを見下ろしたペレアスは、やれやれとばかりに首を振る
ペレアスの冷めた態度に顔を歪めつつも、ブラッドは立てた膝に手をついて、地面から立ち上がった。
「……わかったよ。何すりゃいいんだ?」
「馬の世話は?」
鬱陶しげにコートの土を払うブラッドに、ペレアスは周囲を見回しながら尋ねかける。
腕組みをしながらペレアスが返事を待つ中、ブラッドは気の抜けた表情で首を振り返した。
「できねぇよ」
「……冒険者でしょう?」
あっけらかんとした返答に眉を顰めると、ペレアスは声のトーンを落として、質問を重ねる。
胡乱な目を向けるペレアスに対し、ブラッドは気にした様子もなく、背筋を伸ばした。
「俺は馬に乗るより走った方が早えんだ。世話どころか、触れたことも殆どねぇ」
「では、武具の整備を」
小さく息をついたペレアスは、遠く離れた場所へ集まった従者の一団へ顔を向ける。
しかし、足元へ横たわる大剣を見下ろしたブラッドは、またしてもフルフルと首を横へ振った。
「それも、したことねぇな」
「……何が出来るんですか?」
平然と言い切るブラッドに、ペレアスはがっくりと項垂れながら、首を傾げる。
すると、これまでつまらなそうにしていたブラッドは、ニカリと笑って、足元の大剣を拾い上げた。
「何でも殺せる。基本的にはな」
「はぁ……では、我々の食材でも調達してきてください」
不穏な物言いに渋面しながらも、ペレアスは諦めたように奥の雑木林を指さす。
やけくそ気味のペレアスに対し、ブラッドはパッと表情を明るくして、雑木林を見やった。
「いいね、そういうのを待ってたんだ」
「はい、はい。それじゃあ、頼みましたよ」
草臥れた態度でペレアスが騎士たちへ足を向ける傍ら。
手に持っていた大剣を肩へ担いだブラッドは、膝を曲げてしゃがみ込んだ。
「あいよ。すぐ取ってくっから待ってな」
「いえ、食材にはまだ余裕が……って聞いていませんよね」
勢いよく飛び上がるブラッドに、ペレアスはポリポリと頬を掻く。
ややあって、ペレアスが周囲を警戒する騎士たちの下へと戻る中。
上機嫌に駆け出したブラッドの姿は、木々の陰へと消えていった。
(やっと、体を動かせるな)
飛び込むように雑木林へ足を踏み入れたブラッドは、肩を回しながら、落ち葉で覆われた地面を進んでいく。
しかし、いくら歩けども、寒々しい雑木林の中に、それらしい影は見当たらない。
「んー。こっちだな」
キョロキョロと周囲を見渡すと、ブラッドは僅かに感じた気配を辿りだす。
それから、歩くこと10分余り。
幾分間隔の開いた木々の間を、素早く動く影が横切った。
「……チッ、なんだ、ただの鹿かよ。期待させやがって」
トントンと跳ね回る鹿へ、ブラッドは舌打ち交じりに背を向ける。
しかし、そのままブラッドが立ち去ろうとした時。
大地へ伏せようとした鹿が、地面へ崩れ落ちて、藻掻き始めた。
――キ、キュィィ……!――
「お?」
背後から聞こえてくる苦しげな鳴き声に足を止めると、ブラッドは後ろを振り返って、目を瞬かせる。
何かに囚われたように倒れ伏した鹿は、額へ新たな目を開き、次第にその姿を凶悪なものへと変えていった。
――キュ、キュギィィィ――
「魔物化か……なんだかんだ、初めて見たな」
みるみるうちに体高を倍にまでした鹿へ、ブラッドは躊躇うことなく近づいていく。
巨大化した角を振り上げると、魔物と化した鹿は、前足で踏みつけるように、ブラッドへと襲いかかった。
「イィィィ!」
「……いてぇよ」
重たくのしかかる前足をガッシリと掴んだブラッドは、額に青筋を立てながら捻り上げる。
直後、力任せに振り抜かれた大剣は、鈍い音と共に筋肉の隆起した首元を引きちぎった。
「さて、この調子で、もう一体くらい……」
ごろりと転がる頭部を横目に、ブラッドは逆手に持ち替えた大剣で、魔石化した心臓を刺し貫く。
そして、流れ出る血も構わず、胴体を肩へ担ぎ上げると、軽い足取りで再び雑木林の捜索へと戻ってくのだった。
◇
一方、同じ頃。
幽闇百足へ腰を下ろしたアルギスとマリーは、枯れ葉の舞い散る”リデムウェイルの森”をひた進んでいた。
(……今日は、随分静かだな)
背後で置物のように固まるマリーに対し、アルギスはモゾモゾと足を動かしながら後ろを振り向く。
そして、マリーの姿を横目に捉えると、鬱々とした表情に嫌な既視感を感じた。
「お前まで、何か問題があるのか?」
「い、いえ、大したことでは……」
アルギスの問いかけに首を振りつつも、マリーは青い顔で目を伏せる。
しかし、マリーの返答に鼻を鳴らしたアルギスは、幽闇百足の進行方向をずらしながら速度を落とし始めた。
「ならば、今話せ。大したことで無いなら容易だろう?」
「……アルギス様の、お耳に入れる程のことではないかと愚考します」
話を聞こうとアルギスが後ろへ下がると、マリーもまた、距離を取るように腰を浮かす。
はぐらかすようなマリーの態度に、アルギスは不満げな表情で幽闇百足の動きを止めた。
「それは、聞いてから私が決めることだ。……いい頃合いだ、休息にしよう」
「かしこまりました……」
たちまち幽闇百足が黒い霧へと戻る中、マリーはアルギスに先立って地面へと足を下ろす。
続けて、アルギスが隣へ降り立つと、マリーは影の中から取り出した布の上に、肘掛け付きの椅子を置いた。
「こちらへ」
「ああ。……さて、それでは聞かせてもらおう」
ドカリと椅子へ腰を下ろしたアルギスは、頬杖をつきながら、隣へ控えたマリーの顔を見上げる。
鋭い目つきで見つめるアルギスに戸惑いつつも、マリーは両手を体の前に揃えて深く頭を下げた。
「は、はい……お伝えするのも忍びないのですが、実は――」
(なに?昔、この辺りで母親と共に魔物に襲われている……?)
ポツポツとマリーの語りだした内容に、アルギスは周囲を見回して頬を引きつらせる。
一方、自嘲気味な笑みを浮かべたマリーは、涙声になりながらも、一度咳払いをして粛々と話を続けた。
「――私は振り返ること無く逃げてしまいましたので、結末はわかりませんが、その時に、恐らく母は……」
(どいつも、こいつも……もう少し、気楽な話の出来るやつはいないのか?)
言葉を濁すようにマリーが口を閉じると、アルギスは大きなため息と共に、鬱蒼とした木々を見上げる。
ありありと不満を露にするアルギスに、マリーは奥歯を噛み締めて、しずしずと後ろへ引き下がった。
「お耳汚しを失礼致しました」
「……いや、むしろお前に興味が湧いた」
不意に顔を下ろしたアルギスは、肘掛けへ手をついて、深く座り直す。
小さく溢れたアルギスの返答に、これまで澄まし顔を浮かべていたマリーは、無表情のままピタリと固まった。
「……!?」
「丁度、こうして2人になるのも半年ぶりだ。少し話をしようじゃないか」
やや遅れて身を仰け反らせるマリーに対し、アルギスは薄い笑みを浮かべながら、クイクイと指を折り曲げる。
咄嗟にアルギスへ駆け寄りつつも、マリーは怯え交じりに、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「な、何をお話すれば?」
(マリーと『巡礼者の追憶』……”マリアンナ”との関係は、ずっと気になっていたんだ)
マリーが顔を覗き込むと同時、アルギスの脳裏には有耶無耶になっていた疑問が首をもたげる。
しかし、パンと両手を合わせたアルギスは、内心を覆い隠すように笑みを深めた。
「そう固くなるな。……まずは、お前も椅子に座るくらいはしたらどうだ?」
「は、はい!」
アルギスが穏やかな口調で声を掛けると、マリーは恥ずかしげに頬を赤らめながら、簡素な木製の椅子を取り出す。
時折、はらはらと落ち葉が落ちる中、椅子を並べた2人の間には、ゆったりとした時間が流れていくのだった。
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